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銀山の寵姫⑤



「この山を下りて人里に行けばお國も何とかなろう。ひとまず道中を護る者が要る」

「それはわかりますが……」


颯馬は曖昧な返事を返す。

別に道中を護衛するのは構わない。というよりも、ここで國江を放って一人帰ることは初めから選択肢に無い。

要するに國江は要救助者である。場所や状況に特殊性はあるものの、怪異に襲われて自ら安全地帯に避難した一般人という解釈の範疇だ。

祓魔師の颯馬には救護義務がある。祓魔師の主な業務は怪異の調査と討伐だが、その中で要救助者の救助もかなり高い頻度で発生する。

消防隊や医療従事者、警察、あるいは災害派遣の自衛隊などと同じように業務の範囲内での要救助者の救助も仕事のうちだ。


なので國江を助ける、というのは別に構わない。頼まれなくてもやる仕事の範疇だ。

しかしそれはそれとして、シロガネの言う「國江に仕えろ」というのはどう言うことか。そしてシロガネの養女にするという話も颯馬はいまいち飲み込めずにいる。そのあたりはもう少し掘り下げて聞く必要があるのだが……。

 

「にしても人の子というのはよくわからぬ」


シロガネが唐突に話を切り出す。あ、これは恐らく雑談の類だ。

というのはこの短いやり取りの中でも颯馬は何となく察していた。ようやく目の前の銀龍とその隣の國江の背景と目的がややわかってきた所である。そしてもう少しで必要な分を聞き出せそうなのだが、微妙に会話の軌道が逸れる感じだ。

周辺地域で年寄りの話を聞く時の感覚に似ていた。若者を捕まえて自分の言いたいことを喋る時のそれだ。


「あの……」

「熊が化て出るのも山を拓いて森を切り倒すからだろう。随分と昔から人の子は木を切るのを好むよのう」


話を遮るのを失敗した。こういうのは最初の話出しを止められなかったら面倒なのだ。

颯馬はややうんざりとしながら諦めて耳を傾ける。横で國江がまたコツコツとキャリーバックの方へと歩いて行った。


「昔は木炭が多くいったからの。我の下で掘り出した銀を溶かすのに入り用だったのもわかるが、近頃はそうでもなかろうに」

「まぁそうですねぇ。最近は化石燃料に置き換わってますから、木炭は使わないはずですが」

「石炭になってからはあまり切らなくなったからのう。しかし、少し前までは銀を掘っては我を崇め奉り可愛げがあったが、最近山を閉じてからはめっきり寄り付かんようになって」

「昔は日本でも鉱山開発が盛んだったと聞きますが、最近は聞かないですね」


國江がキャリーバックを横に倒しながら相槌を打つ。

そのままキャリーバックのファスナーを開けて中に手を突っ込んだ。

シロガネは少し寂しげな口調だ。銀山が閉山になり、信仰の対象としては次第に忘れられたのだろうか。

根本を辿れば霊域とは人々の信仰心や自然の地脈が集まる場所の事だ。地脈の根元とはいえ、人々の信仰心が薄れたのは寂しいのだろうか。


「大正か昭和の頃には鉱山はどこも閉山したんじゃなかったでしたっけ」

「そうよのう。人の営みも諸行無常よ」


キャリーバックの中をゴゾゴゾやっていると思ったら、中から何かを抜き出した。ペットボトルだ。

よく自動販売機で売っているタイプの緑茶のペットボトルである。


「しかし、最近はまた山を拓いて木を切ってるではないか。化け熊が出るのもあれが原因では無いのか」

「最近ですか? 最近というといつ頃でしょう。私達からすると昭和も長いですし、平成も長いのですが」

「それは元号か? 寛永からは何年か」

「……それはちょっと……わからないですね」


そのまま國江はペットボトルの蓋を開けて口をつける。

颯馬は自分も足を崩しても良いか悩んでいる所だ。岩肌の上に正座し続けるのは地味に辛い。が、言い出すタイミングはつかめめない。

國江が困ったように笑うと、気を悪くした様子もなくシロガネは続ける。

 

「近頃は山の端を切り拓いて不気味な板を干しているだろう」

「板を干す?」


シロガネが妙な事を言い始めた。颯馬と國江が揃って頭上に疑問符を浮かべる。

地方としても大正から昭和の頃には鉱物や石炭が採掘できて潤っていた頃はあるが、そんなものは人の感覚からしてみると遥か昔である。最近はめっきり産業もなくなり地方から都市部に若年人口が流出しているというのは最早今更な話だが、そんな田舎の地で山に板を干すとはどういうことか。

田舎は変な風習が残る所が多くあり、中には魔除けのような呪術的な意味のあるものもあれば、何となく習慣化しているだけの特に意味のないイベントまで数多くある。とはいえ、地元出身の颯馬も板を干すなんて奇妙な風習は聞いたことがない。


「板ですか? 山の中にですか?」

「そうだ。木々を切り倒して開けた場所を作ったかと思えば、何やら大量の板を立て掛けて干しておるだろう」

「はぁ……板……」

「青だが緑だか分からん光沢のある不気味な板だ」


う〜ん、と國江が片手でペットボトルを握り、もう一方の手を顎に当て首を捻って考え込む。

さっきから何の話をしているのか。颯馬は早々に思考を放棄している。こういう時に下手に相槌を打つと話が長くなるので適当な所で切り上げたいのだが、國江にそのつもりはないようだ。仕方なくむっつりと黙っている。

長考する國江はクイズ番組の解答者のようだ。やや間を置いて「あぁ」と呟いた。


「太陽光発電のことですか」


タイヨウコウハツデン。と聞いてしばらく颯馬は単語を脳内で変換するのに手間取る。

……あれか。あの空き地に大量の金属パネルを斜めに立て掛けている。なるほど。板を干している。

環境に優しい再生可能エネルギーとかで火力とか原子力に変わる新エネルギーと大々的に触れ込んでやっているアレである。

確かに田舎では最近流行っているらしい。ひとまず広い土地があればパネルを置いておくだけで電気が作れるという所は、二束三文の土地だけは無駄にある田舎には都合がいいのだろう。颯馬も知らないうちにあちこちで見かけるようになっているなと思った。


まぁ確かに割と山の方にも作られている。田舎の中でも道路が通っている所や平地はまだ家があったり役場があったりと使い道があるが、それが山に近くなるにつれて形は歪だわ傾斜はきついわでただただ不便なだけの土地になっていくのだ。まぁそれを考えると太陽光発電とやらで使える分ありがたい話だろう。


「タイヨウ……なんだ?」

「そうですねぇ……アレは電気を作っているものなんですが」


國江が説明を始めたが、すぐに止めた。


「シロガネ様電気ってわかりますか?」

「デンキ。よく分からぬ言葉ばかりだの」

「ほら、これを動かしているものなんですが」

「またその不気味な板か」


國江がポケットからスマートフォンを取り出してシロガネの方に向ける。

側面のボタンを押して画面が明るくなるが、シロガネはやや頭を遠ざけている。嫌そうだ。


「このスマートフォンを光らせているのが電気なんですけど、それをあの板から採っているんですよ」

「なんだ油を採るようなものか」

「……まぁ……そう言えなくも……ない、かな?」

「……さぁわかりません」


國江が颯馬の方を向いて問いかけてくるが、そんな事を聞かれても困る。

多分太陽光発電と農作物から油を採集するのは別物と思うが、シロガネの捉え方は何か近いものを感じないではない。

ただ颯馬はその辺り全くの専門外であるため聞く方が間違っているとさえ思う。そんなものは大学の先生だか電力会社に聞くことだ。


「恐縮ですが……」


半ば強引に、颯馬は会話の間に割って入る。少し前にも同じ事をした気がする。

平伏したまま再度シロガネに対して頭を下げた。別にここまでしなくても良いようだと思いつつも、今更態度を変えるのもバツが悪い。


「その化け熊の件、そちらの方を護衛するのに異論はございません。麓までお連れ致します」


再びシロガネと國江がこちらの方を向く。

会話に割って入った勢いのまま、颯馬は早口に言いたい事を言ってしまう。


「しかし、『仕えろ』というのは、その……どういう事でしょうか。少々困惑しております」


元々颯馬はあまり口が上手くない。

そしてこういった目上の存在と話す時に腹に探りを入れるような真似はそもそもできない性質なのだ。よっていつもこういう時は単刀直入でしか話せない。

國江が化け熊を連れてこの地域まで来た事も、この霊域に逃げ込んだ事も理解すが、とはいえそれが、颯馬が國江に仕えるという話にされてもついていけない。

そもそも当たり前であるが、現代社会では武士の時代のような主君と家臣のような関係は無くなって久しいのだ。……いや、もしかするとシロガネはその辺りの価値観が更新されていないだけか。


「お國が山を降りれば、ひとまず何とかなろう。しかし、それとて一時凌ぎにしかならぬ。人里で化け熊を討てたとしても、な。いづれ同じような物怪がお國を狙い同じような事が起きよう」


シロガネが答える。


「そうなんだよね。結局体質改善の方法はまだ見つかってないし」


そしてシロガネの言葉を流れるように國江が引き継いだ。

まるで示し合わせたような流れだ。


「一時の護衛を何度も何度も探すのは手間であろう。そうそう腕の立つ者が居るとも思えぬ」

「つまり、私に必要なのは長期的な契約のできるボディーガードなんだよ」

「はぁ……」

「まぁでも、私一般人だからそんなにツテないし。お金もそんなにいっぱい持ってないから」


國江が片手の人差し指を頬に当てニッコリと微笑む。

胡散臭い笑みだった。


「そこで、ホラ、せっかくシロガネ様と会えた事だし」

「お國がしばらくこの地に居るのであれば、我の名で地元の防人を付ければ良かろう。お国のその力を制御する術が見つかるまでは、我の加護と物怪を祓う防人がお國を守れば良い。その力がどのようなものか、我も興味がないではないしな」

「そうそう。たまにご機嫌伺いに来ますから」


いや、まぁ理屈はわかるのだが。と颯馬は眉を下げる。

その地元の物怪を祓う防人というのは颯馬の事らしい。完全にシロガネと國江の都合である。

國江の事情がこれまで聞いているため、護衛が必要であることに疑いはない。短期的にはどうにかなっても、今後のことを考えると長期的に護衛できる存在は必要でだろう。まぁそれも分かる。

しかし、そこに颯馬の都合もへったくれもない。確かに地元の祓魔師でそこそこの物怪であれば追い払えるという条件には合致するが、同時にそれに付き合う義理は颯馬にはないのだ。この山から下りる間ぐらいは護衛するのが救護義務の範囲内だが、それ以降は流石に付き合う義務はない。颯馬とて祓魔師の仕事があるのだ。本人も言うように若い女性である國江はそこまで長期的な報酬も出せないだろう。

とは言え、相手は山の神であるので、颯馬もあくまでも謙った態度をとる。


「そうは申されましても……そこまで私の一存では決めれませんので」


面倒な頼まれごとをされた時はコレである。

颯馬の経験上、そもそも自身は交渉事に向かないので、下手に答えずに回答を保留して持ち帰るのだ。

そして、ありのままを叔父に報告してあとは丸投げするのである。颯馬はあくまで現場の祓魔師であるし、九浅寺家に属する存在であり、未成年なので何も間違っていない。よく分からない判断は大人に任せるのである。

颯馬はとりあえず、平静を装いながら頭を下げる。


「ほぅ。嫌か」

「いえ……嫌というワケでは……一族の長に伺いを立てませんと……」

「我の命には従えぬ、と」

「いや……そんなことは……」


シロガネが颯馬に詰め寄る。いや、これは詰め寄るというよりももっと剣呑な雰囲気である。

ビリビリと空気が振動するかのように辺りの霊力が濃く殺気を帯びる。


「ならぬぞ。我が命に背くとは不遜である」


先ほどまでの好々爺膳とした雰囲気とは一変し、声に威厳が籠る。

迸る殺気に颯馬は冷や汗が流れ落ちるのを感じていた。唐突に神の逆鱗に触れたか。

 

「背くというのであれば容赦はせぬ。我自ら祟ってくれよう」

「は? た、祟る?」

「是非もなし。麓の集落その悉くを、そのタイヨウコウ何某(なにがし)とやらと一緒に山津波(やまつなみ)で押し流してやっても良い」


山津波とは土石流、地滑りのことである。

山の傾斜地が豪雨などの要因によって土と岩石と水が一緒になって家も道も何もかもを飲み込んで崩落させる自然災害だ。

山間部の田舎にとっては台風の季節などは河川の氾濫と共にいつ起きるか分からない災害だ。そして、地震などよりもよっぽど身近な恐怖の対象である。

対策といえば小まめに森林の手入れをして木々の根がしっかりと地面の表層を保持することぐらいだが、そんな対策をしていても起きる時は起きる。

むしろ最近は太陽光発電で木々を切っているので起きやすいのかもしれなかった。


そんな馬鹿な、と颯馬も一瞬考えるが、相手は山の神である。

それも地脈の主であり一体の霊域の核である。そもそも銀山の主ということは陰陽五行の土と金を司る存在だろう。

そのような山の力そのもののような存在であれば、土石流を起こすぐらいはやってもおかしくない。


颯馬の額に滝のように汗が流れる。

颯馬の都合など一切無視した不条理極まりない命令であるが、つまり、逆らったら山津波である。

めちゃくちゃ明確な脅迫だ。


「いや……そんな……ご無体(むたい)な」

「そうであろう。我もそんなことはしたくない」


人生で「ご無体な」などと実際に言うことになるとは露ほども予想していなかった。

が、これは無体と言う他ないだろう。それに対してシロガネはコロリと態度を変えて穏やかな口調に戻る。

これは、本当に感情を荒ぶらせていたワケではないだろう。交渉事の中で相手に強硬な態度を見せる時のそれだ。

日常的に脅迫に慣れている人間のすることである。


「そうそう。逆らわない方がいいよ。相手は自然災害なんだし」


國江が茶々を入れるように口を挟む。

いやお前が原因なんだが……と颯馬は思うが、それを口に出せる状況ではない。


「九浅の。一族の長とやらに伝えよ」


改めて、といった風にシロガネは言葉を継いだ。


「急な話だが、この娘は我の養女にすることにした。引いてはこの者に我が娘(おくに)に仕えさせるよう命じた故、そう心えるように。逆らえば麓の集落を滅ぼす」

「…………はい」


これは颯馬にはどうしようもない。

自身の都合の遙か上の次元で、地元の町丸ごと人質に取られたのだから。


「さて、お國。話も着いたことだ。そろそろ山を下りる支度をしたらどうだね」

「はーいシロガネ様」


國江がニッコニコな笑顔で返事をする。

そして、同時に颯馬は思い至る。たぶん、こうなるように仕向けたのは國江だな、と。



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