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(貧乏)男爵令嬢エムリーヌ・ホルベインの結婚~ワケアリ伯爵様と結婚することになったのですが私もワケアリなので溺愛はいりません~   作者: 澳 加純 


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59. 尼僧が持ってきた手紙

 兎にも角にも。まずはパトリスから事情を聴きだしたいのですが、弟は尼僧(サァル)アイリスなる女を異様に恐れているのです。

 やはり、おかしい。馬車の御者がジョリイ伯爵の部下であったこともあり、この尼僧、どうも信用できないわ。

 さらにこのアイリスなる尼僧、レンブラント騎士団の赤い外套(マントル)を見て眉を少しだけ、ええほんの少~しだけ、見逃しそうなくらいの僅かな仕草でしたが(ひそ)めたのです。


 ヘンじゃありません?

 勇猛果敢と噂に高いレンブラント騎士団を観て、不快感を表すなんて!

 ん、尼様なんて、普段は修道院にこもりっぱなし。世情には疎いから、まだレンブラント()()の黒い噂を信じているのかしら。だから、騎士団を恐れている、とか?

 なんて、勝手に想像を働かせていたら――。


「私、常日頃は王都のレスキン修道院へと身を寄せているものです。この度()()様のご領地となりましたカステ地方のデイラン州にあるハビラ修道院まで巡礼の旅に出たのですが、途中寄りましたホルベイン村で、お父君の男爵から、こちらのお子をレンブラント館までお連れして欲しいと頼まれました」


 話の筋は通っているような気も致しますが、パトリスの反応を見ていると、どうもこの話鵜吞みにはできません。


「それは、ご苦労様でした。長旅、お疲れでございましょう。尼様も、従者の方も、どうかお食事など召しあがって行ってくださいな」


 先の土地の有力者や教会が、立ち寄った巡礼者に衣食住の施しをするのはごく普通のことです。彼らとて腹が減っては動けないのですから、食事を振舞われるのはありがたいことだったとみえ、素直に礼を言い施しを受け入れました。

 老家令のイサゴが丁寧に彼らを騎士たちの食堂へ案内すると、(わたくし)はパトリスを居館の家族用の食堂へと連れて行きました。それまで弟は一言も口を開くことはありませんでしたが、食堂に着き、完全に尼僧たちの目が届かない場所へ来たのだと理解すると、ポロポロと涙を流し始めました。


「まずは、座って。ロラ、コルワートにお願いして、温かいスープを持って来てちょうだい」


 1杯目のスープを飲み干すまで、パトリスの涙は止まりませんでした。(お願いだから、号泣しつつ鼻水も啜りながらで、スープを飲むのはやめてぇぇぇ。姉、恥ずかしいから!)




 2杯目のスープとパンの皿が空になる頃(ホルベイン家の家系はよく食べるんですのよ!)、ようやくパトリスの心は落ち着いてきたようでした。


「ゆっくりでいいわ。話せるところから、なにがあったのか教えてちょうだい」


 弟によれば――。

 私がリヨン(……ことモリスですわね)と故郷を出た後くらいから、ホルベイン村の周囲に怪しげな男たちが出没するようになったのだそうです。どうもジョリイ伯爵の手の者たちらしいと、父が申したのだそうな。根っからの無頓着(ノンシャラン)者の父ですから、それが危険に及ぶかもしれないとは、全く考えもしなかったのでしょう。あるいは「今年の納税は大丈夫なのか?と調査に来ただけ」ぐらいに考えていたのかもしれません。(こっちか!?)

 事実、その輩、最初は遠巻きに村やホルベイン家を傍観している風だったそうです。ですが4日前に、尼僧アイリスが乗った荷馬車と共に数人のジョリイ家の家来たちが村に押し掛け、レイピアを手に、なだれ込むようにホルベイン家を占拠したのだそうです。


 そしてパトリスを人質に捕ると、荷馬車に無理やり乗せ、レンブラント館まで同行させられたのだとか。小さな家だから制圧も簡単だっただろうし、まだ幼い子供もいるから、質に捕られちゃったら反撃なんてできない。それこそ赤子の手をひねるより簡単な仕事だったでしょう。多分、両親は無条件で降伏したに違いありません。

 だから弟は、外套(コート)も羽織れず、普段着のまま連れて来られたのね。この季節だから良かったようなものの、冬だったら風邪ひいているわよ!

 う~~!あの尼僧には、慈悲ってものが無いのか。


「なんてこと!」


 子持ちのペラジィにはこの仕打ちは特にショックだったようで、悲鳴のような非難の声を上げました。


「そ、それでね。エム姉様に、これを渡せって、あの尼僧に言われたんだ」


 パトリスはポケットから小さな箱を取り出し、それを私に見せたのです。なんの変哲もない木製の小さな箱でしたが、ふたが簡単に開いてしまわないように留め具が付いていて、その留め具を外そうとしたら、慌ててマルゴに止められました。


「エム様。なにが入っているのかわかりませんから、それはわたしがお開け致します」


 そうですわね、侯爵令嬢はそういった雑事は侍女たちにやらせるのでしたね。(ああ、慣れないわっ!!)小箱をマルゴに渡すと、侍女たちは慎重に表をみたり裏返してみたり、なにか仕掛けを施されていないか確認してから、留め具をゆっくり外して静かに蓋を開けました。さらに、中に危険なものが仕込まれていないか細かくチェックしてから、私の手元に。

 見ると、割れないようクッションに収まった小さなガラス製の小瓶がひとつ。


「まあ、なんでしょう?」


 中身は容器半分ほどの量ですが、雪のように白い粉末。蓋を開けて中身を確認しようにも、マルゴの目が「絶対、なりませんッ!!」と射るような視線を送ってきます。普段は、そんなコワイ()じゃないのにぃ~。

 それだけじゃまだ危ういとでも思ったのか、そっと近づいたロラがサッと私の手から、その小箱を取り上げてしまいました。


「こちらでお預かりしておきますわ」


 やだ。みんなして、なにを危惧(おそ)れているのよ?



 そこへイサゴが騎士食堂から戻って参りまして、尼僧が私に話があると言ってまいりました。途端に表情が固まるパトリス。もともと臆病で優しい子だから、随分怖い思いをしたのでしょう。

 かわいい弟に恐怖感を植え付けるとは、姉としても黙ってはいられませんわ。私はうなずき、了承の意思を伝えます。

 でもパトリスと尼僧を会わせたくないので、弟の世話はペラジィやロラに任せ、私はマルゴを連れて第三応接室へと向かいました。


 レンブラント館には、幾つか応接室がございます。内装や広さもそれぞれ違うのですが、用途やお客様のご都合に合わせて、それらの部屋を使い分けておりました。

 これから向かう第三応接室は、コンパクト(……と言っても、ホルベイン家のリビングの倍以上はありましてよ!)ではありますが落ち着いた静かな雰囲気のお部屋で、私が気に入って常用しておりました。

 すでに尼僧と御者に扮した伯爵の部下は、食堂からこちらへ案内するよう、イサゴに命じてあります。


 部屋に入ると、待っていた尼僧アイリスは弾けるように立ち上がり、丁寧に頭を下げて、感謝とレンブラント家の多幸を祈る言葉を述べました。口上のなめらかさから思うに、どうやら尼であることは偽りではなさそうなのですが、それだけ――でもなさそうで。

 気付いていました?この尼僧、先程自己紹介の中で、レンブラント()()とハッキリ申しました。モリスが陞爵(しょうしゃく)したことはキチンと把握していたのです。決して世情にも疎い訳ではなく、むしろ詳しい。それは田舎とは違い、王都の方が情報が集まるのも、噂の広まるのも早いでしょう。

 けれど、ほぼリアルタイムで情報リサーチしているって、仕事早すぎんかいっ!(思わずツッコミ)

 彼女は警察長官とか軍人とか、国家の安全を守る役人ではありません。世捨て人の尼僧、ですよ。


 何者?

 私の表情が硬いのを見た尼僧は、状況を察したようです。身に着けていた修道女服(ハビット)のチュニックの上に重ねたスカプラリオの奥から、一通の手紙を差し出してきました。


「ある()()から、お預かりして参りました。どうぞ」


 その手紙には男性の筆跡で、こう書かれていました。




「お約束の件、実行を願う」


 これはジョリイ伯爵の筆跡でしょう。確かめなくてもわかります。そして、あのガラス瓶の中身も察しが付きました。


 ――あれは毒薬、ね。



「エムこん」にご来訪、ありがとうございます。


尼僧アイリスの衣装、修道服ハビット。ローブ調チュニック・ウィンプル等のフル装備(宗派によって多少の違いが有り)をそう呼ぶそうです。ラテン語で身体的な状態や服装を示す単語で、セカオワの曲で有名になった単語「ハビット(習慣・癖)」はここから発展していったようです。気になって調べちゃったわ!

スカプラリオを着用していますが、実際の宗教団体とは関係ありません。この物語は、架空の大陸のそこにある国の……というゆる~い設定で、衣装はシスターっぽいなというデザインだけで勝手に選んだだけです。


さあ、ジョリイ伯爵がとんでもない手紙とブツを送ってきました。エム、どうする?

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