58. 弟が見舞いに来てくれましたの……で、そちらの方は?
トラブル発生の模様です。
不幸中の幸いと申しますが落馬の際、骨が折れていなかったので、私の回復は思ったよりも順調に進みました。
とはいえ打ち身ねん挫はベッドに寝ているのもつらいほど痛く、身体のあちこちにできた内出血による青あざはゾッとするほど無残なもので、もしも痛みと痕が消えなかったらと思うと背筋が寒くなる思いでした。
だって全身青あざと傷跡だらけの妻なんて、新床でモリスに「興醒め」とか愛想つかされちゃったら悲しいじゃない!すごいのよ、大きさも大小、青紫色の痣から、緑色、黄色に至るまで、見本市ができるくらい種類豊富にありますの。自虐ネタには困らないくらい(泣けますわ!)。
せめて痣が消えるまで、お床入りは無しにしていただかねば!!
そうこうしているうちに、季節は初夏から夏へと移り変わろうとしていたのです。本来ならば、とっくにモリスと私は婚礼の儀を挙げていたはずなのに。海賊たちの襲撃と私のけが、宰相閣下の遂行する犯罪集団撲滅作戦の発動で、挙式の日程は白紙状態になってしまいました。
現在の私にとっては、内心、ちょっとだけありがたいことでもあるのですが(……う~ん、でもフクザツ)。
モリスは傭兵連隊を引き連れ、領地の見回りに出かけております。ほら、凶賊の残党がまだ領内にいるかもしれないでしょ。頭目を失った部下たちによる、報復行為を許すわけにはいきませんからね。特に我が家は、かなり恨みを買っていますし。
それに人身売買組織は国内に根強くはびこっていて、殲滅戦はまだ続いているのです。我が国の影の最高実力者が躍起になって旗を振っているのですから、当然のように国内の領主という領主は、自領の治安維持と犯罪組織の排除に動き出したのです。こういうことは足並みを揃えなければ、いけません。モリスも後ろ髪を引かれる様なお顔で、お出かけになりました。
残された私はケガの回復に努めると共に、イサゴたち家令と相談しつつ、レンブラント館の修復や落とされてしまったイロット橋の再建に尽力しておりました。
また私の負傷の話を聞いた領民の方々がお見舞いに参じてくださり、そちらの対応も応じなければならず、とても忙しかったのです。
少し強くなった日差しを受けて、居館の壁に這うように絡まる蔦はますます勢いを増していました。負けじと蔓を延ばすヘブンリーブル―(西洋アサガオ)。
病床のなぐさめになるようにと、安らぐ香りのラベンダーはマルゴが部屋に活けてくれたました。シーズンの盛りは過ぎたといえ、まだまだバラも勢いを衰えさせることなく、色鮮やかに美しさを競っております。そこで庭師が毎日見頃の花を見繕って摘んでは侍女たちに託してくれるものですから、部屋には花が絶えることがありません。
花香にモリス不在の寂しさを慰められておりますの。
そうこうしている内に、私を悩ましていた全身の痛みも、少しずつですが引いてまいりました。
まだ痣は残っていますが、肌の露出が少ないデザインのドレスを着るようにして、寝たきり生活を終了させました。まだ本調子ではないので無理はできませんが、少しずつ動くようにしてリハビリを開始――というかこれ以上ベッドでおとなしくしているのに飽きてしまった、というのが本音なのですが。
入浴をして、お化粧や着付けをしてもらうと、不思議なもので気分が華やぎ、元気が湧いて参りました。看病より身支度の方が世話を焼くマルゴたちも楽しそうですし、病状好転の知らせは他の使用人たち騎士たちにも笑顔を運び、しばらく重々しい空気に支配されていたレンブラント館に華やかな空気が満ちたのです。
やっぱり、館は、こうでなくっちゃいけませんよね。
自分の足で移動できるようになったので、窓辺に立ち、庭を眺めるのが日課になりました。まだ散策できるまで体力が回復していないのが残念なくらい、庭園は光に満ち溢れていますのよ。
私としては庭に出たいのですが、陽射しも強くなってきたので、無理を押し通してまた倒れることが有れば、ベッドに縛り付けられる生活に逆戻りになりそう。ここは医師のおっしゃることを聴いて、もう少し大人しくしていることが得策ですわよね。
私の部屋は居館の2階ですから、窓を開ければ庭園のバラやジャスミンの香りも届きますし、散策コースにそって植えられた矢車草の青い花も、南ターレンヌの青い空には清々しく映ります。
そんな花々を眺めながらですが、このままけがの後遺症が残るようならば婚約は破棄していただこうと、私は本気で考えておりました。だって、レンブラント侯爵家の未来にも関わるでしょ。
そしたら養父にお願いして、ホルベイン家に戻れるようにしてもらわねば。辺境騎士団は寿退団しちゃったから、再就職先も見つけなければならないわね。それとも……キャンデル団長にお願いしたら、ひょっとしたら復帰させてもらえないかなぁ。
故郷の家族はどうしているのかしら?寄り親のジョリイ伯爵が逮捕されそうだという話でしたが、困っていないでしょうか?
モリスに相談してみようかしら……。
――な~んて考えていたのが伝わったのかどうかはしれませんが。
ジョリイ伯爵領ホルベイン村から、レンブラント館へ、小さな見舞客が訪れました。小さなといっても13歳ですが、まだ王立学校にも入学できる年齢ではありませんし、れっきとした子供です。
それは私の実の弟で、次代のホルベイン卿となる予定のパトリスでした。
門番からの知らせを聴き、自室を飛び出した私は、北東側廊下の窓へと張り付きました。ここからならば表門から館の玄関へと続く馬車道が見えるのです。すぐに、ゆっくり近づいてくる馬車の影を見つけました。
突然の弟の訪問に私もたいそう驚いたのですが、それ以上に奇妙だと思ったのは、そのパトリスがひとりでやって来たということです。実父のホルベイン男爵は少々そそっかしいところのある人物ですが、13歳の子供を、ひとりで遠方へと送り出すような薄情な人物ではありません。第一、そんなこと母が許すわけなどありませんもの。
訪ねてくるのならばまず手紙で来訪を知らせてくるでしょうし、父が同行するか、信頼できる大人の従者を付けるはずです。
そういえば、ここしばらくホルベイン家からの便りが届いていないことに、ようやく気付きました。週に一度は、心配する母からの手紙が届いていたのに?
先週も、先々週も、音沙汰がないなんて。便りが無いのは良い便り――なんて考えておりましたが、急に不安の方が勝ってくるのはなぜでしょう。
ホルベイン村から南ターレンヌまでの道のりは、子供が歩いて来るには距離があり過ぎますし、まだそこここに人身売買組織の誘拐団が横行しているので危険すぎます。弟は1頭立ての粗末な馬車(モリスの援助があるとはいえ、実家は貧乏男爵家ですので)というより、床の周囲に背の低い柵がついているとしても、無蓋の荷馬車に乗って来たのです。処刑場へ向かう死刑囚の護送ではないのですよ。(一応)貴族名簿にもきちんと名が記された、クレルフォン貴族の子供ですのに!
よくよく見れば、その荷馬車にはもうひとり同乗者がいて、全身を包む地味な修道服に尼僧頭巾、どうやら尼僧のようなのですが見覚えはありません。その同乗者、尼の癖に、妙に鋭い眼つきでパトリスを見つめているのです。
辺境騎士団の騎士時代は「鷹の目エムリーヌ」の異名を取った私、ですからね。見えましてよ。
不可思議なことだらけに頭を傾げながらも、レンブラント館の玄関でパトリスを出迎えた時、その理由をなんとなく察することが出来ました。弟の乗る馬車の手綱を握っていたのは、ジョリイ伯爵の従者だったのです。
先だってお話したとおり、タビロ辺境騎士団に所属していた私の元に「殺人鬼のモリスに天中を下す手助けをせよ」と偽情報を吹き込み、花嫁という立場を利用し、スパイとして潜入捜査を指示して来たジョリイ伯爵――の後ろに控えていた従者。
背中を丸めてうつむいたまま。雰囲気も身体つきも貧弱に見せていたので、遠目じゃわからなかったわ。う~、不覚!
その顔は、忘れてなんかいないわよ。こっちを見て、なに、や~な笑い方してんのよ。じゃ、このなまめかしさを残した、眼つきの鋭い尼僧は誰よ!?誰かに似ていなくもないような?
荷馬車から逃げるようにして、パトリスは飛び降りました。そして真っ直ぐこちらに走り寄って参ります。
「姉上!エム姉様、お加減はよろしいのですか?」
私は再会を喜ぶ姉の顔をして、パトリスを抱きしめました。
「ええ。私は大丈夫よ。ホルベイン家の皆は元気に過ごしている?」
途端にパトリスの目の中に、怯えているような光が浮かんだのです。それがなにかと問う前に、弟の声を遮るように、例の尼僧が口を開きました。
「はじめまして、レンブラントの奥方様。私、尼僧アイリスと申します」
ヤな予感しかしないんですけどぉ~~!!
「エムこん」にご来訪、ありがとうございます。
エムリーヌはもうホルベイン男爵令嬢(ガランダッシュ宰相の養女になった)でもないし、貧乏でもなくなった(有力な侯爵家の令嬢で広大な領地を治める侯爵の夫人になる)のですが、お話はもう少し続きます。
もう連載終わる予定だったのに……。エムがプロットの上でおとなしくしていてくれないので、エピソードが増えていくの。なぜに~~。
おかげでここに来て、新しい登場人物が増えちゃった。パトリス君、よろしく。尼僧アイリスは、初登場じゃないのよ。以前から、名前だけは何度か出ています。というか、登場人物紹介3に出ているのよ。
モリスの留守中に、また一波乱ありそうな予感。どうなりますことやら。
(3月末までにエンドマークまで持ち込めるのか、非常に怪しくなってきたのは確かです……泣)





