56. 逆婚約破棄もできませんのね(ため息)
お待たせしました!
今回は、伏線回収と、後半からエムへのご褒美甘々もだもだゾーン(※当社比)へ突入です!
ただし!あくまでも当社比なので「ちがーう!」の反論はご遠慮ください。
「どういうことなのです、閣下?」
宰相閣下ってば、耄碌したのかしら? 私が侯爵令嬢? モリスが侯爵?
10歩譲って、モリスが侯爵になるって可能性はあるとしても、あたしがガランダッシュ侯爵令嬢とかって、わけわからん!
「モリス・クリストフ・ジャン・マリー・レンブラント伯爵は、第17次セルテ戦役での功績とロデア大海クオバティス沿海周辺における海賊退治、また人身売買組織壊滅における功績が認められて、陞爵となる。これは国王陛下からの結婚祝いだ」
「しかし閣下。たった今破談になったので、それは返上せねばなりません」
申し訳なさそ~なモリスの声。
老宰相が、ちらりとあたしを見る。目線の鋭さからして、反論を受け付けるつもりはないな、こりゃ。
予想は当たりらしく、ガランダッシュは淡々と続ける。
「次期宰相候補の侯爵の花嫁が男爵令嬢では、家柄のつり合いが取れんじゃろ。かように些細なことで、この爺が推すレンブラントの宰相就任にケチを付けられるのはアホらしい。そこで、そこの娘は一旦この爺の養女として宮廷に上がり、半年ほど王妃様の元へ侍女として出仕してもらう」
「あのっ、それって」
脳内パニック! 思考が追い付かない。モリスもあたふたしているから、これってモラハラまがいのサプライズってやつよね。いや、相手は宰相閣下と国王陛下だからパワハラか?
どっちにしても、この状況で、このタイミングでのサプライズ発表はないでしょ!――という反論も、当然のごとく無視された。
「実質、宮廷デビューということだ。そこで花嫁修業がてら宰相の養女として顔を売ってから、レンブラント侯爵に嫁してもらう。そういう段取りで陛下の許可を取り付けてあるのでな。婚儀は半年ほど伸びるが、侯爵の方も後始末やらなにやらで、当分忙しくなるであろうし。
ああ、心配するでない。養子縁組については、ホルベイン男爵の了承も取ってあるわ」
了承もなにも、国王陛下と宰相閣下がそう言うんじゃ、下級貴族の吹けば飛ぶような身分のお父様に、反論なんぞ出来る訳がない!
普通に考えれば、男爵家の娘が侯爵家の養女になるなんて玉の輿だ。しかもそのあと将来有望大磐石の侯爵との結婚ルートに乗っているとなれば、貧乏貴族はバンザイ三唱するところだ。上級貴族様の強力後ろ盾を確保出来るんだから、お家は安泰コース確保だもんね。いや、貴族だったら皆もろ手を挙げて大歓迎案件だろう。
格差婚だから心配は募るだろうけれど、こんな願ってもない良縁、声を大にして反対なんてできないじゃん!それどころじゃない、話の出所を考えてよ。うっかりゴネようもんなら、それこそ国王陛下のご機嫌損ねて、宰相閣下の制裁喰らってお家が取り潰される!
なんか……あたし、気が遠くなってきた。もう一回、意識不明になってもいい?
「閣下!お待ちください。エムはものではありません。それでは彼女も気持ちの整理が付かないでしょう」
「なにをいまさら。貴公の花嫁となった地点で、この娘は政治劇の盤の上に引っ張り上げられていたのよ。話に乗って首を縦に振った地点で、本人の自覚なんぞは関係なく、な。
それに下級とはいえ、貴族の娘だ。結婚に自分の意思が通らんのは、先刻承知だろう」
失礼ね。結婚に夢を持っていなかったからタビロ辺境騎士団に就職したのだし、話を持ち掛けられた時に、ヤバいことに足突っ込んじゃってるかも……って予感はあったわよ。
でもあの時訪ねて来たジョリイ伯爵が言うには「レンブラント伯爵は国家を揺るがす極悪人」で、協力しなければ実家に圧力をかけると脅すし、彼の悪事を暴くことが家族やこの国を守ることだって説得された。モリスは戦場では英雄、でも平時は救いようのない邪悪な人だと云い含められたのよ。これ以上被害者を増やしてはいけない、と力説された。
それに潜入捜査は、ガランダッシュ宰相の命令だって言われたのよ。
本当に目が回ってきて、起こしていた上半身が大きく揺れた。それをがっしりと支えてくれたのはモリスの腕だ。救いようのない極悪人は、本当はとても勇猛でやさしい人だったとは。
ふぅ。3日も意識不明で寝込んでいて、目が覚めた途端この騒ぎ。そりゃ、目も回るわよね。
「しかし、なぜいきなりこういう話になったのです? 前回陛下にお会いした時には、なにもおっしゃってはおりませんでしたが……」
そういえば国王陛下とモリスは、幼いときから一緒に育った学友とか誰か言っていた気がする。誰だっけ?モリスの腕の中で考えていても、答えなんか出やしない。
「話してしまったらサプライズにはならんだろう。『親友を驚かすのだ』と陛下はいつになく乗り気だ。情報が漏れないようにと、貴族院への届出書類などもご自分で準備をされていたからな。いつもなら平気な顔して代筆係に任せるのに、オール国王自筆の養子縁組懇願書と結婚承認願いの書類を受け取った貴族院議長も、腰を抜かしただろうよ。
この爺にも、王妃様にも、その時まで決して口を滑らすなとクドいくらい釘を刺されたわ!」
「昔から陛下はこういうことにかけては、本気出す性格でしたよね」
モリスがため息をついた。気を失いかけているあた……いえ、私はモリスの胸に頭を預けているような状態なので、ため息が降って来たみたいに感じておりました。(はい、お母様。言葉づかいには品格が現れるのでしたね。一寸の虫にも五分の魂、きちんと改めますわ)
それにしても、陛下は意外と子供っぽいことがお好きらしい。確か陛下の方が、モリスよりひとつお年上だったと記憶しているのだけど。
ん、待って。今、重要なことをチラッと思い出したような気がするわ。信じてしまったモリスの黒い噂の真偽よりも、もっと気になっていたこと。
なんだっけ?
「この娘の証言があれば、組織の犯行に現場で加担していたジョリイ伯爵に逮捕状が出せよう。しかし、その上の指示役まで白日の元に引っ張りだすには、まだ証拠が足りん!
とかげの尻尾切りをされては、元の木阿弥。組織壊滅にはならんぞ。ふん!
やはり、王妃様の側にぴったりとくっついている情報収集役をどうにかせんと。こちらの手の内が、ヨラ侯爵の方に筒抜けになってしまう」
宰相の眉間のしわが一段と深くなった。
ヨラ侯爵? 実家の寄り親の寄り親の侯爵家じゃない。そうよ、ジョリイ伯爵家の寄り親はヨラ侯爵家。
「あのご婦人は王妃様のご信頼が厚いですからね。簡単には排除できませんよ。まさか閣下は、エムをその楔にしたいのですか?」
ガランダッシュ宰相の計画が見えて来たわ。
私を養女にする表向きの理由は、レンブラント侯爵と身分のつり合いを取ること。侯爵家どうしの結婚ならば然したる支障はない。貴族院の承認も降りやすい。
その裏では、現宰相の養女を娶ることで、次期宰相となるモリスへの政権交代をスムーズに行う布石を置くこと。だからここ、ヨラ侯爵の寄子の娘ではなく、宰相の養女であることが重要なのね。
そして王妃様の侍女としてガランダッシュ侯爵令嬢が王妃様の側に上がって、未来の宰相の妻に箔を付ける。
そうやって現宰相派陣営が足固めをしている間に、私が問題のご婦人と王妃様の間に入り込んで、王妃様の信頼を勝ち取りこちら側の味方に就ける。
よく考えるわよね~、この宰相閣下。だから陰険とか、冷血とか言われるのよ。
「あの男とのパイプを断ち切れれば良いのだ。王妃様は、まだとてもお若い。なのに周囲は大人ばかりで、友人という存在がいないのもつまらぬだろうと思うてな。年齢も近いから、話し相手としてもちょうど良いかと思ったのだが。
ふん、駄目だとなれば――。いっそ貴公がミレジーム伯爵夫人を口説いて、こちらに靡かせてみるか?」
「却下です。私はこれから妻を口説かなければいけないので、忙しいのです」
ちょ、ちょっと、宰相閣下の前で、堂々となんてこと言うの!?
って、その問題の夫人って誰よ?舅が結婚する前から娘婿に浮気のススメ?
「こちらが先約なので」
そう言って私の身体を引き寄せると、超至近距離で極上の笑顔を見せてくれるのです。もちろんうれしいのですが、心拍数と熱も爆上がりで、ますます目が回る……。
「ねえ。閣下とモリスは、仲が悪いんじゃなかったの。
閣下はモリスが国家転覆の計画を企てているのだと確信していて、国王陛下に進上してレンブラント伯爵家を取り潰そうとしているって。御政道を正そうとされている閣下のために、レンブラント館に入り込んで、モリスが犯罪に加担している証拠を見つけて来い――と」
あの頃巷では、レンブラント伯爵は毎夜子供を殺している殺人鬼だって取り立たされていたし、他にも人身売買組織と取り引きをしているって大ぴらに噂されていたんですもの。
そうか。私は、ジョリイ伯爵にまんまと騙され、唆されていたのね。
「そなたの良人となる男は、この国を蝕む犯罪組織を憎んで、この爺と共に撲滅のために働いていたのよ。あえて悪しき噂を流し、おのれの領地に、手先の海賊どもを誘き寄せたりもしてな。
して、娘よ。そなたに誤った情報吹き込んだのは、誰だ?」
宰相が、悪~い顔をして笑う。私の養父となる(らしい)ひとは、眉間にクッキリとしわが刻まれ口元もへの字に結ばれた渋面なのが基本形で、笑っても朗らかには見えない。
「それは……」
レンブラント伯爵家からの結婚申し込みの使者が来た翌々日、ホルベイン家の寄親でもあるジョリイ伯爵が、わざわざタビロスのタビロ辺境騎士団の宿舎まで、私を訪ねて来たのよ。
「――その時、聞かされました」
「それを、そなた以外に証明できる者はおらぬのかな?」
寄親のジョリイ伯爵は不遜なところがあって、最初から嫌いな人だったの。おまけに宰相閣下の使者だと虎の威を借りて威張り散らすから、あの日もめっちゃ態度悪くって。顔を突き合わせるのが嫌で、キャンデル騎士団長に同席してもらったのよね。
だから団長が記憶しているはず。
「エドメ・キャンデルか!でかした、我が養女!」
途端に渋い宰相の顔が明るくなった。あ、この人でも楽しそうに見える笑い方ができるんだわ。
「彼奴ならば、証人として申し分ない!早速キャンデルを呼び寄せ、証言を取らねば!」
あの冷血宰相が小躍りしそうな勢いで喜んでおります。余程、人身売買組織には手を焼いていたのでしょう。黒幕の尻尾を掴んだとばかりに、ガッツポーズ付きで笑壺に入っています。
閣下は「これ以上ふたりの邪魔はせんよ」とか余計な気を回しつつ、トレードマークのあの苦い表情とえびす顔を交互に浮かべながら、足取りはまるで宙を歩いているかの如く軽く、スキップをしながら退室していきました。
そのレアすぎる光景を言葉もなく見送る、モリスと私。
ドアが閉まり、廊下から人の気配が遠のいた頃。力強い腕が、しなやかにでも強引に私の身体に巻き付き、彼の身体にぴったりと引き寄せられました。
「キャンデル卿を同席させたのは、お手柄ですよ。エム」
モリスも楽しそうに笑みを浮かべておりました。そういってクシャクシャの私の髪の上に、キスを落としてくれたのです。
いろいろ気に食わないこともたくさんあるのですが、モリスに触れられると暖かな幸福感に充たされます。でも同時に、身体の奥底から甘酸っぱい不安が湧きたつのです。このせつなさを解消してくれるのが、私を見つめる、仮面の奥のモリスの青い瞳だけなのだとしたら――。
これでは、やはり逆婚約破棄はできそうにありません。
「策士の侯爵様。でしたら、がんばった婚約者にご褒美をもっとくださいな」
掛け布団がずり落ちるのも忘れて、私は彼の首に腕を回し、名工が刻んだような美しい、でも意地悪な唇を奪いに行ったのです。
「エムこん」にご来訪、ありがとうございます。
イセコイジャンル詐欺にならないように、砂糖大量投入しておきました。これでラブストーリーという言い訳もたつだろう――と!
ザッハトルテ×2にフルーツタルト、クレープとスイーツのイラスト描きまくった成果でしょうか。
ラスボス・ガランダッシュ宰相が、ちゃんと仕事してくれました。ありがとー!
おかげで、なんとか軌道修正されてきたよ。(←……って、まだ波乱有りだけど!)
パニック気味のエムの一人称がごっちゃになっていますが、「あたし」も「私」もこの回に限っては全部エムです。すみません、ややこしくて。
エムは、ホルベインのお母様の特訓を受けて言葉づかいをお嬢様風に修正したのですが、いかにせよ付け焼き刃で、感情が乱れると素が出てきます。幼少期とか、タビロ辺境騎士団にいた頃とかは、一人称は気取らず「あたし」だったのでしょうね。口調もざっくばらんで、結構乱暴です。実家でお母様は「上手に猫の皮を被り続けてくれ」と、ヒヤヒヤハラハラしているでしょうね。
次回も伏線の回収になりそうです。(←結構前半にばら捲いてきたので、汗)





