54. 勝負の行方
私が落馬の痛みも忘れ、モリスの剣捌きに夢中になっているところへ、先ほど蹴散らされた山賊たちが戻って参りました。
彼らも、クレルフォン一番の武将と海賊の首領の決闘に目を見張り、やんやと声援を送り出したのです。
――って、モリスのマントを羽織っているとはいえ、地面に伏せたままの負傷の乙女を放ったらかしといて、テメエらはそれかいっ! いや、ここは放置っといてくれた方が良いのか。
「おめぇら、余計な手を出すんじゃねぇぞ!」
ハマフはこの決闘を楽しんでいるようで、笑っています。モリスもお口元が軽く緩んで、いたずらっぽく微笑んでいるように見えます。はぁ、もう男って!
好敵手、とでも申しましょうか。自分の実力に見合う、もしくはそれ以上の敵手と出会い、勝負を挑めるという機会は滅多にあるものではありませんものね。おまけにこのふたり、互いに相手に手傷を負わされ矜持を挫かれ、腹の底にわだかまりを抱き続けてきたのです。それを晴らせる機会がようやく回って来たのだと思えば、手出しなど無用であるのは当然でしょう。
そのくらいは女である私にも理解できます。
ですからモリス。これはチャンスです。旧知の敵と思う存分やりあってくださいませ。額の傷の屈辱を晴らしちゃいましょう!
その時、武骨な手が私の肩を掴み、グイと引きずるように身体を起こされたのです。手加減が無いというか、手荒な容赦のない扱いですから、この手の主は山賊でしょう。
「なにをするの!?」
抗議はしたのですが、口から出た声は弱々しく威嚇にもなりません。
「悪ィいが、奥方様は邪魔が入らないうちに、俺らがいただいていこうと思ってね」
なに言ってんの、こいつら。私はモノじゃありませんってば!
でも、それが通じる相手じゃなかったんだっけ。モリスは決闘中だから、絶対、手も、目も離せない状態だし。私は身体に力が入らないし。
外野の騒ぎがモリスの耳に入ったようで、私の安全が気になったのか、彼の集中力が少し散漫になったようです。それを見逃さず、ハマフのサーベルがモリスの胴を払おうと水平に振られました。間一髪でモリスはひらりと飛び退いたので事なきを得ましたが、これでは私は足手まといです。
これ以上迷惑をかけないうちに、どうにかこの状況から逃げ出さなければ!
まだはっきりしない頭で打開策を練り始めたところに、また蹄の音が近づいて来るのが聞こえました。
そちらに目を向ければ、なんとデヴィです。連れ去られたはずのデヴィが、こちらに向かって、真っ直ぐ駆けて来る姿が見えました。
その後ろにダルシュも!(おまけ扱いでごめん)
山賊たちは、一直線に迫って来る芦毛馬をも捉えようというのか、私の肩を掴んでいるひとりを残して、一斉にデヴィの進行方向へ移動。口々に「ホー、ホー」と低い声を掛け、デヴィの興奮を静めようとします。
けれど暴れる馬を抑えつけるのは、馬の扱いに慣れた彼らにとっても至難の技。行く手を阻もうとする賊たちに囲まれると、デヴィはいななきを上げ、前足を上に挙げる竿立ちという動作を取りました。
山賊たちは、一斉に後ろへ引きます。馬に蹴り上げられたら、人などひとたまりもありません。運が悪ければ、命を落とすことにもなりかねませんから。
そこへダルシュが駆けつけました。
「おい、お前ら。エム……いや、レンブラントの奥方様をどうするつもりだ!
やい、そこのヤツ。その手を離せ!離さなければ、デヴィが蹴りをお見舞いするぞ!」
今のデヴィならやりかねません。馬の習性を熟知している(日頃の仕事仲間ですものね)山賊、ちょっと怯む。
されど負けじと、賊は腰に刺していた短剣を引き抜き、刃を私に近づけました。
「そっちこそ、この女をどうにかされたくなかったら、下がれ!」
「ばぁか、おまえら、周りをよく見やがれ!もう逃げられないぞ」
いつの間にか、私たちを遠巻きに、周囲をぐるりとナムーラ隊長率いる傭兵連隊が取り巻いておりました。さっきより色濃くなってきた夕闇の中でも、揃いの青い外套がとても頼もしく見えました。多勢に無勢、それでも山賊たちは傭兵連隊の包囲網を突破しようと四方へ走り出しましたが、次々と捕縛されていきます。
レンブラントの傭兵連隊を甘く見るなど、100年早い!
ほどなくして、ハマフ以外の、その場にいた賊たちは皆捕まえられたのです。ああ、これで一安心。山査子の生け垣を飛び越えられなかった追撃者たちは、おそらくあとから追いかけて来た国王正規軍が捉えていることでしょう(ほら、ラッパの音が聞こえますもの)から、館を襲撃した海賊と山賊の連合軍はほぼ逮捕されたということでしょうね。
その包囲網の中から一騎、近づいてくるのはナムーラ隊長でしょうか。
「お辛そうですな。手当てをせねば。急ぎ館へ戻られますか、奥方様?」
もう言葉を発するのも億劫で、少し首を振ったのですが、それで隊長には伝わったようです。私は、この勝負の顛末を最後まで見届けなければならないのです。どんなに身体が辛くても、苦しくても。
下馬したギャレル・ダルシュが、私の上半身を起こし、後ろから支えてくれたので目線の高さが上がり、モリスたちの様子はよく見えるようになりました。
そう。モリスとハマフの決闘はまだ続いているのです。
モリスは左肩を見せるように横向きに立ち、短剣とレイピアを胸の前で肘を曲げて祈るように持つ構えました。相手に左肩と背中ががら空きだと思わせ、ハマフの攻撃を誘ったのです。疲れが判断を甘くしたのか、用心深いはずのハマフが、サーベルを前へ突き出しました。
対し冷静さを失わなかったモリスは、それを裏拳で叩き落すようにマンゴーシュで防御。同時に右手の剣で水平に斬りつけたのですが、ハマフはぎりぎりのところでかわしたのです。その後バランスを崩しながらも刀身を返し、素早く体勢を立て直すと、右足を踏み込んで反撃の一刀を繰り出してきました。
モリスはそれを予期していたのでしょう。レイピアをマンゴーシュの裏に、切っ先をななめ下に構えていました。ハマフはサーベルの刀身を下から上に斬り払い、その一振りの斬撃でモリスを真っ二つにする気のようです。金髪の獅子はレイピアで海賊の首領のサーベルを防御すると、マンゴーシュを持つ左腕で、相手の右腕を絡め取りました。
「おとなしく縛につけ、ベラス号のハマフよ!」
「冗談じゃねぇ、誰が捕まるものか!まだ船は拿捕されてねぇんだから、俺だけでも船に戻れば、また海賊稼業で荒稼ぎが出来らぁさ!」
ここでふたりは、一旦身を引き、間合いを取り――。
互いに肩で息をしているのですが、睨み合いは続いたままです。
「甘いな、ハマフ。すでにボント港沖でフィスカ号と共にベラス号も鹵獲済みだ。おまえの手下どもも全て手鎖につながれて、今はペンデルの牢の中だ」
「まだまだ。俺たちにゃ絶大な支援者が何人もいるんでね。レンブラント伯爵如きに邪魔はされねぇ!」
「ほう。それは誰だ?」
後方から、聞き馴染みのない声が。誰!?
少ししわがれているけれど、強い覇気の籠った威圧感たっぷりの声。現在ダルシュに支えられて、ようやく上半身を起こしていられる状態の私は振り返ることもできませんが、声の主が高圧的な身分であることは察することが出来ました。
ダルシュが悲鳴に似た小声を漏らしたので、彼のような身分の人間が出会いたくない部類の人、思うに普段はお目にもかかれないような、上級貴族の中でもさらにまた高い身分の人物なのではないでしょうか。
「そろそろ決闘ごっこも終わりにしてもらおう、レンブラント伯爵。
しかし!イロット橋が落とされたのは痛かったな。館の対岸から別の橋のあるシュミンナ郊外まで早がけさせられた上に、同じ距離をレンブラント館まで逆戻り。さらに南の森まで足を延ばすことになろうとは。
長距離移動で、尻が痛くなったぞ!老人は疲れやすいのだ、もっと大事に扱え!
それはそうと、それが海賊のハマフとかいう男か?」
私たちの横を、静かに通り過ぎる一騎。
乗り手は深緋の長衣に、同色のつばの無い円筒形の帽子を被った小柄でやせた体躯の白髪の老人で、嫌味ったらしい性格ね。
――!
モリス・クリストフ・ジャン・マリー・レンブラント伯爵に、頭ごなしに文句を浴びせかけれる人物なんて、この国にそうそう存在い。
そういえば、館の横手を通り過ぎる時に見えた旗印は……。
肝を冷やす私とダルシュを横目にスルーして、モリスも負けじと老人に嫌みの応酬。
「良かったではないですか。嘆いていた日頃の運動不足は解消、大好きな遠駆けが満喫できたでしょう。第一あなたならば、そのくらいの移動距離など朝飯前ですよね。宰相閣下」
え~~~~!!
このおじいちゃんが、ボドワン・ガランダッシュ宰相閣下ですって!?
あ、ヤバい。
意識が遠の……く。
「エムこん」にご来訪、ありがとうございます。
最後の大物が登場!
この事件の顛末、宰相閣下はどうつけるのか!?
次回より、ここまでにさりげなくばらまいておいた伏線の回収と、事件解決へのすったもんだが始まります。(全部忘れずに拾いきれるかしら?)
どうぞよろしく。





