53. 王子さまは白馬に乗ってくるのが定説なのでしたわね
ようやくエムのパートに戻って参りました。
「52. 馬は賢くて敏感な動物なのです」の続きとなります。南の森を目指していたエム。森のすぐ手前まで来たところで、デヴィの目の前に野うさぎが飛びてしてきて落馬。動くこともできないエムの目に映ったのは、駆けてくるニ騎の姿。モリスとダルシュ!
(サブタイトルが甘くなると内容がハードになると云う、加純さんの謎の定義が順調に発動しています)
倒れたまま動けぬ私に、海賊の首領ハマフが顔を近づけて参ります。その顔に差す光線を見て、すでに西空に日は傾きかけていること、なびく髪の動き方で風が強くなっていることに気が付きました。日没が近づいていました。風が冷たいわけです。
「やれやれ。このまま山猿みたいな奥方様をかっさらっていく予定だったのに、ダンナがしゃしゃり出て来やたったな。まあ、あの伯爵のことだから、なんか仕掛けてくるとは思っていたが、こりゃあ一戦やらねぇと済まねぇんだろうな」
一戦?
なにをするつもりでしょう?
「いい機会だ。イゾルタンに行く前に、落とし前を付けてやる!」
ハマフは腰のサーベルを引き抜きました。鍔元から直線で中心あたりから大きく湾曲しているあのデザインは、山賊たちが持っているものと同じデザインです。
それにしても、落とし前とは?
あ!そういえば、先刻モリスに片目を潰されたとか、いちゃもん付けていましたわね。
イゾルタン――異教徒の住む大陸の名前です。こ奴ら、私をイゾルタンに連れて行くつもりだったようです。(冗談じゃございません、誰が一緒に行くものですか!)
おそらく消えた子供たちや奴隷となった人々も、イゾルタン大陸へと連れていかれたのでしょう。かの国では、市場で堂々と奴隷が売買されていると聞いたことがありますから。
おのれぇぇぇぇ。この悪党!
飛び掛かって顔引っ掻き回してやりたいけれど、身体が動かないじゃんッ!
悔し~~~~ッ!くそっ!!(お母様、乱暴な物言いも今だけは許して。国家の一大事が掛かっているんだから!)
(地団駄も踏めないなんて!)
(モリス! モリス! 早くこの悪党を捕まえて!)
心の声が届いたのか。白馬は薄闇の中を、まるで自身が発光しているかのように神々しく、たてがみと尾を長く風になびかせ、蹄に火花を散らしてまっしぐらにこちらに走って参ります。天から舞い降りたペガサスとは、あのようなものなのでしょうか。力強く大地を蹴る蹄の音が、頼もしく耳に響いております。
そして、その馬に跨るモリスは、まさに戦神レシェフのようです。ゆっくりと降りて来た薄闇も、モリスの黄金の髪を染めることはできなかったとみえます。彼の金髪は獅子のたてがみ――と比喩されるそうですが、まさに輝くたてがみです。(って、私、本物の獅子を見たことはございませんが)
王子さまは白馬に乗ってやって来ると教えてくれたのは、お母様だったかしら?それとも吟遊詩人の語る恋愛叙事詩?
そんなことは夢物語だと笑っておりましたが、こんな幸運に遭遇することもあるのですね。今、現実に目の前に王子様……というより戦神みたいですが、駆けて参りましたのよ。まあ、私としては、王子様より戦神の方がときめくタイプなので万々歳なのですが。
モリスの姿があまりにも麗しくって全くと言っていいほど目に入っておりませんでしたが、その後ろから遅れず付いてきたギャレル・ダルシュが少し馬首を横に逸らし、曳かれて行ったデヴィの奪回に向かったようです。ああ、お願いよ。デヴィはとってもいい子で、がんばったの。助けてあげて。
モリスは私とハマフ、そして私を逃がさないようにと張り付いている山賊の傍まで駆けてきて、賊どもを蹴散らし、下馬すると真っ先に私の側に来てくださいました。
「大丈夫か!?」
あまり大丈夫という状態ではないのですが、彼の負担になりたくありませんし、流れ的にも「大丈夫です」と答えてしまいました。
ですがモリスは、
「あなたは嘘をつくのが下手でしたね」
そう言って髪をなでてくださいました。その上ご自身が羽織っておられたマントを脱ぐと、地面に伏せたままの私の身体にかけてくださったのです。仮面の奥の青い瞳が、一瞬だけ優しくなったように見えたのは、私の都合の良い錯覚だったのでしょうか。
「もう少しだけ、待っていただけますか?あの海賊と決着をつけて参りますから」
モリスの金の髪が、風にあおられ、ふわりと舞い上がりました。ああ、この方はやはり軍神なのです。己の名誉を汚そうとする敵とは戦わずにはいられないのでしょう。
「……はい。いってらっしゃいまし」
私はそう答えるだけで精一杯でした。それでも、なぜかとても幸せな気持ちだったのです。
踵を返したモリスはキリリとした姿勢で海賊に向き合うと、腰のレイピアを引き抜きました。
「落とし前とは片腹痛いセリフだな。わたしもおまえには恨みがある。この額の傷、借りを返させていただこう」
その言葉が終わるのを待たずに、ビュンという重く風を切る音を立ててハマフのサーベルが宙を切り、モリスに襲い掛かってきたのです。見守るほかない私の心臓は縮み上がりましたが、我が軍神の反応は早かった!冷静にレイピアの刀身でその一撃を受け止めると、前腕から手首の捻転を利用し、巧みに彼奴のサーベルを受け流しました。
その間もモリスの剣先は敵の鼻先に据えたまま、標的を外しません。横へ横へと身体を移動させつつ、相手の攻撃可能範囲を外れたところで、今度は彼のレイピアが鋭い突きを繰り出します。ハマフの頬を掠めた切先は、つぎにサーベルを振る右腕目掛け、擦り切りの攻撃へ。
いったん間合いを取ると、正確な剣先コントロールが海賊の急所を容赦なく狙っていきます。顔、喉、腕、胴体と鋭く直線的な突きの攻撃が、息つく間もなくハマフを追い詰めようとしていました。華麗なだけではなく、力強さをも感じる正確で見事な剣捌きです。
しかし、相手もその名を知られた海賊の首領。モリスの猛攻を紙一重のところでかわし、湾曲したサーベルの刃は斬撃を与えようと空気を切る音を上げて、モリスに襲い掛かろうとしています。大きく左足を踏み込み、下段から刀身を振り上げ、勢いに任せて一刀両断しようというのでしょうか。
攻撃を避けるため、モリスは蝶のようにひらりと後方へ。飛び退いたと思ったら、間髪おかずに大胆にハマフの懐に飛び込んで攻撃を仕掛けるなんて!
レイピアは片手剣です。細身の刃渡りは約1メートル程。刃の幅は2.5センチと、かなり細身の剣なのです。それに対するハマフのサーベルは、刃渡りは90センチほどでしょうか。レイピアより少し短いとみえましたが、刃の幅は倍以上。レイピアだけで防御は難しい。
モリスもそれをよく理解しているので、右手にレイピア、左手に帯に差してあった短剣を引き抜き、二刀流での構えに切り替えます。当然この間も、絶えず足を動かし、移動は続けていました。その足捌きも軽やかで、片手に1キロ以上の長剣を、もう片手にも700グラム程の短剣を握っているとは思えぬような軽やかさなのです。
モリスがこんな素晴らしいレイピア使いの名手だとは知りませんでした。
結婚の儀が無事に済んだら、ぜひとも教えを請わなければなりませんわ!
「エムこん」にご来訪、ありがとうございます。
連続投稿チャレンジに乗っかって、なんとかハッピーエンドまで持ち込みたいと奮闘中。作戦は今のところ成功しているようで、ついにエムとモリスが再会。といっても、あまり甘々にならない(←それどころじゃない!)ところがいかにも……ってところですが、ここはモリスの見せ場なので決闘シーンにお付き合いください。だけど。アクションシーン苦手だっていうのに、なぜ書こうとするのかなぁ。
モリスvsハマフ どうなるのかは次回に!!
がんばるわ。





