幕間 侯爵、タイミングを失う
もう一回、腹黒政治劇にお付き合いください。重要なところです!
現クレルフォン国王オピネル8世。
身長は高すぎもせず低過ぎずもせず、体型も痩せ過ぎずも太りすぎずもせず。優しい性格がそのまま現れたような穏やかな顔立ちなのだが、実に残念なことに見栄えがする外見ではない。その上表情が乏しいので、いつも寂しげ、もしくは不機嫌に見えてしまう残念な容姿であった。
その隣に廷臣として人一倍煌びやかなレンブラント伯爵が立つのだから、その光景をガランダッシュ宰相が渋い顔をして眺めるのも致し方ないともいえるだろう。
その国王が珍しく、楽しげな笑みを浮かべていた。
「ホルベイン嬢は活発な方ではあるらしいが、粗野ではないよ。婚姻の儀を終えたら伯爵と共に挨拶に参内するから、ご自分の目で確かめたら良いだろう」
王妃は立ち上がり、小腰をかがめる。周りの女官たちも、そのあとを追って腰を低くした。
「ようこそ、陛下。お忙しい中、よくおいでくださいました」
「貴女のお誘いだからね。余より、王妃の気まぐれに付き合わされるヨラ侯爵の方が、大変だっただろうに」
「滅相もございません。王妃様のお誘いとあらば、なにがあっても参上いたしますよ」
「まあ、侯爵。うれしいわ。以前こちらの四阿を送ってくださったお礼にと、レンブラント伯爵をお誘いしたのですけれど、丁重に断られてしまいましたの」
「それは不届きな!」
わざとらしく両手を広げて、侯爵が驚きの声をあげる。伯爵の無愛想を無理にでも非難したいのだろう。
3人が和やかな会話を進めている内に、国王の侍者や王妃の女中たちが、テーブルに王の席を用意する。国王が席に腰を下ろすや否や、お茶の入ったカップが差し出されたのだが、国王付きの毒見役がまず口を付け安全を確かめた。
そのあと国王がおもむろにカップに手を伸ばし、お茶の香りと風味を味わった。満足そうにうなずいたので、隣席の王妃の笑顔も一層輝く。
「それは仕方がないよ、王妃。タイミングが悪かったんだから」
「でも……」
幼い王妃は不満が隠せない。自分の好意を無視されたようで、伯爵の都合は理解していても、がっかりした気持ちを誰かに言わなければ気が済まないのだろう。
この国に嫁いできたときから、なにかと世話を焼いてくれる優しい後見役のヨラ侯爵ならば、些細なクレームも聞いてくれるし、慰めてもくれるのを知っているから、つい口が軽くなる。
国王も王妃の言葉が悪意のないことを知っているから、大抵の軽口は聞き流しているが、宮廷ではそこに尾ひれがついて、レンブラント伯爵に不利益なことにもなりかねない。
そろそろ無邪気な王妃の軽口を諫めなければと、国王は考えていた。本人は冗談のつもりでも、王妃の言葉には、それなりの重みと責任が付いてくるのを自覚せねばならない。
それでなくても、王の友人には黒い噂が付いて回っているのだから。
24歳の王と14歳の王妃の会話は、夫婦というより仲の良い兄妹といった調子である。実際共に同じ宮殿で子供時代を過ごし、成長したふたりだが、王妃がまだとても若いということもあり床を共にしていない。そんな事情もあるのか、周囲から見ると、この若い夫婦の会話はままごとをしているようにも見えた。
それでも国王オピネルは、王妃のニネットを愛おし気に見つめる。
「伯爵はこの国を荒らす人身売買組織と海賊を追っていて、領地のペンデルに海賊の頭目が現れたという情報を掴んだところだったんだから」
「ええ、それは伺っていますわ。ああ、そういうことなの? 伯爵が海賊を追っているから、山賊を退治していた令嬢を紹介したんですの? 侯爵」
「いえ、左様なことはございません」
やはり王妃はレンブラント伯爵の結婚に不満があるらしい。王妃の声色は屈託がないが、そろそろ本気で妻の口を制止しないと、友人に顔が立たなくなりそうだと国王は思い始めた。
立場上、オピネルにおもねる者は履いて捨てるほど存在するが、友人となると片手で足りるほどしかいない。その貴重な友人を、つまらぬ失言で失いたくはなかった。
手にしていたカップを皿に戻し、身を乗り出す。
「ああ、ヨラ侯爵。その海賊のことだけれど。先ほど、宰相から手紙が届いたんだ。ペンデル沖の海賊船から消えた海賊の首領が、レンブラント館を襲撃したらしい」
こともなげに、国王オピネルが言う。
「まあ、大変なことではありませんか!?」
「婚礼の準備で慌ただしい館は、警備も手薄でしょうに。伯爵は、確か領都アピガに滞在中でしたかな?」
王妃や女官たちは驚き声を上げたが、侯爵は意外にも落ち着いたものだった。
「侯爵は、伯爵の居場所を、なぜか詳しく知っているんだね」
「公務が忙しくて、郊外の邸宅より領都の住居にいる時間の方が長いと、セルテ戦役のいくさばで漏らしていたことがありましたから……」
「ほう。モリスがねぇ。確かに彼は、宮廷と領都を行ったり来たりで、滅多に由緒ある館に戻れないだろうね」
「まあ! では、そのレンブラント館はどうなっているのでしょう!?」
王妃が疑問を口にした。
「だって、海賊に襲われているのでしょう?」
「それこそ、花嫁となる令嬢が使用人や留守居の兵士たちと守っているのではないのかな」
国王の声は、のんびりしたものだ。
「そんなのん気に構えていて良いのですか、陛下?あなたのご友人でございましょう。その領地が海賊に襲われているなんて!」
「ああ、だから宰相が国王正規軍を率いて南ターレンヌへ向かっていたのだよ。その花嫁が最近まで所属してた、タビロ辺境騎士団の分隊も救援に向かっているし」
国王の言葉を聞いて、ヨラ侯爵は疑問に思った。ガランダッシュ宰相は、伯爵の婚儀に国王の代理で出席するために、祝いの品を持って南ターレンヌへ出発したのではなかったのか?
なのに、まるでレンブラント館が襲撃されるのを見越して、進軍していたようなことを言う。しかもタビロ辺境騎士団まで動いている? 彼らは山賊退治のエキスパートだ。
侯爵は部下ジョリイ伯爵の密偵からの知らせで、海賊ハマスとその手下、そして同じく人身売買組織の片棒を担ぐタビロスの山賊一味が、合同でレンブラント館を襲撃するという報告を受けていた。つい先刻、尼僧アイリスと共にレスキン修道院でジョリイ伯爵の密偵を名乗る女と会い、その話を聞いたばかりだ。
あのレンブラント伯爵のことだから、万が一に備え館の警備を万全に備えているのは想像に難くないのだが、宰相が国王正規軍を引き連れて南下していたとか、タビロ辺境騎士団まで動いているとなれば手回しが良過ぎないか。
こうなると伯爵が結婚を承諾したこと自体が、ハマフたちを誘き寄せるための罠のような気がして来る。わざと隙を作り、海賊を陸地へ、内陸へと誘い込んだような。
しかし先祖代々守ってきた、自分の本拠地を囮にしてまで、危険な賭けをするものであろうか?肉を切らせて骨を断つというが、そこまでする上級貴族がいるものであろうか?
奴隷として組織に狙われているのは、ほとんどが貧しい下層民であって、裕福な上流身分である侯爵には、奴隷の悲しみ苦しみなど痛くも痒くもない。
特権階級に生まれ、他の者を見下して生きてきたヨラ侯爵には、理解の範疇を超えていた。
伯爵が国内にはびこる人身売買組織を撲滅させたいと動いているのは知っていたが、組織は複雑で貴族階級にも協力者がいたり、海賊やら山賊といった輩も甘い汁欲しさに加担をしているから、そう簡単につぶせるものではない。そう侯爵は過信していた。
それでもこの世の中に絶対は無いし、誰よりも組織の恩恵を受けている身の侯爵としては、潰されては困るのだ。そしてその悪名高い犯罪組織との、密接なつながりが明らかになるのも避けたい処だった。
侯爵自身は組織の人間と接触したことは、ほとんどない。組織の人間との交渉や、現場の汚れ仕事はすべてジョリイ伯爵に任せてある。しかしそれらを黙認・利便を融通する代わりに、莫大な利ザヤを得ていたということは間違いなく犯罪だ。国民を商品として異教徒の大陸へと売り渡し、他にも宝石や美術品の密貿易などにも加担していた。罪状が明るみに出れば、国家への反逆として、上級貴族ヨラ侯爵家の名前に傷がつく。
侯爵にとっては、どちらも高い収益を上げる優良な資金源であるが、そろそろ潮時、見切りを付けようと決心した。ならば、証拠となりそうな痕跡も消さなけらばならないだろう。
「陛下、王妃様。慌ただしくなってまいりましたゆえ、これにて私は退席させていただきたく存じます」
そう言いつつ、早くも侯爵は席から腰を浮かしかけていた。状況がどうなっているのか、早く確認したくてたまらない。
「いやいや。侯爵にはもう少し、王妃の相手をしていてもらいたい。ニネットも女官たちも不安がっているからね」
「ええ。お願いしますわ」
そう言って、国王と王妃はにっこりと笑う。国王の後ろに控えていた近衛兵たちが、静かに侯爵の両脇に立ち動きを封じる。
遅まきながら侯爵は気がついた。この茶会は侯爵を足止めするために催されたもの、だということを。国王と王妃に計られた?いや、その裏でお膳立てしたのは宰相か?
それとも自分の館を囮にして海賊を誘き寄せた、レンブラント伯爵か?
侯爵は退席するタイミングを失った。
「エムこん」にご来訪、ありがとうございます。
見栄えはいまいちの国王陛下ですが、そんなにボンクラでもなさそうな。というか、王妃様もそれなりに腹芸はお得意のように見られます。
次回はエムのパートへ戻ります。落馬したエム、どうなっているのでしょう?
お楽しみに。





