幕間 王妃はレンブラント伯爵の結婚に不満である
幕間の続きです。
王妃とヨラ侯爵と、お茶会という割には物騒な会話が続きます。
ヨラ侯爵は、この噂話というものが、いかに厄介なものなのかよく知っていた。最初は根も葉もない話でも、人の口に上るほどにその内容は複雑に、また信ぴょう性を帯びてきて、いつの間にか虚実皮膜の話を真実だと信じ込む者が出てくる。
事実侯爵もその被害者で、本来ならば大公と遇され王位さえも望める身分であったものを、出鱈目な情報に惑わされた先王によって、彼はヨラ侯爵家に養子に出されたのである。つまらぬゴシップに足を取られ、一介の侯爵家を継ぐことになってしまったのだ。
彼がそのことを心の底でずっと燻ぶらせているのは、誰も知らない。
――最近の巷の話題だが。
少し前まで宮廷は元より国中のそこかしこに流れていたのは、レンブラント伯爵が自領で子供を夜な夜な殺しているという、血生臭くも恐ろしい話であった。セルテ戦役の戦功を独り占めしたような形でカステ地方を手にし、国王の寵愛を独占している年若い伯爵へのやっかみも手伝って、噂話は特に宮廷人の間でどんどん過激に広まっていった。本人も聞き流して否定しないので、話の脚色に拍車がかかった。
そこへ降って湧いたのが、血みどろ伯爵の結婚話である。人々の関心を買わない理由はない。王妃ニネット・オドレもその話には興味津々で、目を輝かせているのである。
「あら、でもその結婚のお話を持ち掛けたのは侯爵だと耳にいたしましてよ。しかも侯爵の寄子の、そのまた下の寄子の貧乏男爵家の令嬢とか。伯爵の結婚相手としては、身分が釣り合わないでしょう?陛下も宰相も、当初は頭を傾げておりましたわよ」
「申し出があったなら、我がヨラ侯爵家の養女格で嫁がせても良かったのですが、陛下と宰相がそれを断ったのです」
「あら、どうして? その方が家の格もほぼ釣り合いが取れて、良いと思いますけれど」
「私もその理由は存じません」
今度は王妃が大きく頭を傾げた。不思議かつ不服そうである。
「ではセルテ戦役の英雄でもあるレンブラント伯爵を、あろうことか格下の家柄の娘と結婚させようとしているのは、陛下と宰相閣下なのね」
「あの宰相であれば、左様な意地の悪いこともしかねませんな」
侯爵の言う「あの宰相」とは、かの冷血宰相の異名を持つボドワン・ガランダッシュ侯爵のことである。
「良い縁談ではありませんね。陛下は何をお考えになっているのでしょう?」
王妃は、これは嫌がらせ行為だと言い出した。いくら黒い噂が付きまとう伯爵と云えど、れっきとしたクレルフォンの上級貴族なのである。しかも国王と伯爵は学友として共に育った仲であるというのに、何の恨みがあってそのような暴挙を強制するのかと憤りを示した。
ミレジーム夫人と女官長がいさめても、王妃の不快は収まらない。ヨラ侯爵がちらりと視線をあげて、王妃の乳母を睨んだ。
ヨラ侯爵の派閥に引き入れる工作のために夫人と深い仲になったというのに、国王と女官長の影響を受けて、若い王妃は伯爵に味方するような態度を取る。根回しの効果が少しもないではないか。
思えばこの四阿もレンブラント伯爵の寄贈であった――と嫌なことを思い出し、ヨラ侯爵は顔を歪めた。
食べ盛りの王妃の指が、すいと菓子に伸びた。
「そのご令嬢、先日まで辺境騎士団に所属していて、山賊退治に野山を駆け回っていたとか。実家は税金も払えない貧乏な、名ばかりの貴族だとも。きっと無教養で、粗野で粗暴な娘なのでしょう。黒いマスクがミステリアスで、クレルフォン宮廷の華とも謳われるレンブラント伯爵の花嫁に、山猿みたいな女など相応しいとは思えませんわ。宮廷の貴婦人達は、皆そう申しております」
「なかなかの情報通ですな、王妃様」
「ちょっと耳を澄ましていれば、このくらいの噂話はすぐに聞こえてきますもの」
得意気な表情のニネット王妃の無邪気さに、ヨラ侯爵は苦笑を隠せない。その後ろで、女官長が頬を緩めていた。
女官長は、王やレンブラント伯爵を子供の頃から知っているので、伯爵への信頼が厚い。それとなく王妃の耳に伯爵の情報を吹き込んで、彼女の関心を掻き立てているのだと、王妃の乳母ミレジーム伯爵夫人が漏らしていた。
夫人同様、女官長の伯爵贔屓が面白くないヨラ侯爵の表情は渋くなる。
「王妃様は伯爵の結婚には反対なのですか?」
「そんなことはございませんが、納得出来ない事も多々あるのが不満です」
そう言ってから、菓子を口に放り込んだ。お気に入りの玩具が自分の思うようにならず、腹を立てている感覚に近いのだろうか? ヨラ侯爵はそんな風に感じた。
まだ宝飾やドレスなどより甘い菓子を喜ぶ年頃の王妃であるが、幼い頃より宮廷のパワーバランスに揉まれて育ったひとらしく、本心や目的を読ませないところがある。幼さもどこまでが本当なのか、時に大人を煙に巻く演技ではないかと、小癪に感じることもあった。
小生意気な王妃の関心を、伯爵から遠ざけたい。できれば敵視してくれるくらいの方がうれしい――とさえ考えていた。だからだろうか。侯爵の不満をはらんだ視線が、王妃や女官長に気付かれぬように、侯爵の恋人でもあり王妃の信頼する乳母でもあるミレジーム夫人へと飛んでいた。立場を利用し、巧みに王妃の感情を侯爵派へとコントロールしろ、とでも伝えたいのか。
一瞬戸惑ったような気配を見せたミレジーム夫人だったが、横にいる女官長に気取られぬよう配慮したのか、視線を受け流し静かな表情を崩さなかった。
案の定、王妃は気づかなかったのか、愛らしい笑顔で侯爵に話を振ってきた。
「陛下の信頼する友なのでしょう。そんな大事な方に、どうして山猿を娶せようとなさったの、ヨラ侯爵?」
王妃や宮廷貴婦人達が山猿と蔑む娘を紹介したのはヨラ侯爵なのだが、侯爵自身はその娘のことは知らない。ジョリィ伯爵が適当に見繕ってきた年頃の娘であって、どのみち駒のひとつでしかなかったから、興味の湧きようもなかったのである。
そこへ――、
「王妃よ。我が友の花嫁に山猿はなかろう」
「まあ、陛下!」
国王を護衛する近衛兵と近臣を引き連れた国王オピネル8世が現れた。
「エムこん」にご来訪、ありがとうございます。
男爵令嬢であるエム、宮廷での評判はサイアクのようです。王妃様の周りに仕える女官たちですから、上級貴族(伯爵以上の階級出身)のご令嬢とかご夫人方なのでしょう。男爵令嬢なんて「屁!」な存在でしかないようです。しかも辺境騎士団に所属していた女騎士でもあったこともあり、ぼろ糞に言われています。でも辺境騎士団って、国境を守るとても重要な役目についているのですけれどね。しかも辺境騎士団の団長は、クレルフォンでは国王が直々に任命する重大な役職なのですが、ご婦人方は理解していない模様。
そんなご婦人方に囲まれ入れ知恵されている14歳の王妃様の認識ですから、エムは山猿になっちゃうんですね。面識もないので、歪められた情報を頼りに人物像を探っているのですから、仕方ないのかもしれません。確かにエムは相当お転婆ではありますが。かわいそ。
さて、いよいよ国王オピネル8世登場!この会話、どちらに転がるのか!?
お楽しみに。





