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(貧乏)男爵令嬢エムリーヌ・ホルベインの結婚~ワケアリ伯爵様と結婚することになったのですが私もワケアリなので溺愛はいりません~   作者: 澳 加純 


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52. 馬は賢くて敏感な動物なのです

 障害物を飛び越えるのは、とても気持ちの良いものでございます。宙を飛ぶ感じを味わえますもの。


 人馬一体となり、障害物を飛び越えるのは、乗馬の醍醐味でもありましょう。その代わり、失敗した場合の大きなリスクをも背負わねばなりません。タイミングが合わなければ、騎乗者は馬の背から振り落とされ、運が悪ければそのまま死へとつながる大事故になるのですから。

 馬とて、障害物を飛び越えることが出来たとしても、着地に失敗し、脚を怪我するようなことがあれば命にかかわります。馬は4本の足が無ければ、自分の体重を支え切れない動物なのです。


 山査子の背の高い生け垣が行く手に見え始めた時、(わたくし)の後ろを走る賊どもは、ドレス姿の小娘は、当然スピードを落とすとか迂回するコースを取ると思ったのでしょう。単純にそう思わせるほど、その生け垣は高さがあり立派なもの(害獣・不法侵入者避けのフェンスですもの!)ですから。

 だからでしょうか、それとなく後方から「ざまぁ」な雰囲気が漂ってきたのです。小娘の伯爵夫人は逃走ルートを間違えたな、これで捕まえられるぞ、みたいな。


 馬の背に乗り、猛スピードで走っているのに、よくそんなこと感じていられるものだ――とお思いになりました?

 これがね、意外にわかっちゃうのですのよ。


 私、馬に乗るのが大好き。デヴィと一緒に風を切っていると、どんどん感覚が研ぎ澄まされていくような気分になるのです。片目のハマフが、歯ぎしりしながら手綱を握っている顔とか、振り返って確認しなくたってなんとなくわかってしまう。感じてしまうのです。

 あ、今「勝った!(小娘の捕獲確定)」みたいな顔しましたわね。


 フフフ。ざぁ~んねん、でした!


 鎧にかけた左足で踏ん張り、前屈姿勢のまま腰を浮かせば、タイミングバッチリでデヴィの後ろ脚が大地を蹴り、


 きれいに刈り込まれた山査子の垂直な壁のような生け垣の上を、


 ひらり


 と、飛び越えます。


 

 後ろで地響きのような驚きの声が上がるのが聴こえました。どうです。女だろうと、ドレス姿だろうと、やるときはやるんですのよ!


 

 障害物を飛び越えるのには、馬だって、そのための心構えが要ります。目の前に立ち塞がる障害物をいきなり飛び越えろと指示を出されたら、馬だって戸惑いますわよ。

 ましてやこれだけ高さのある、壁のような生け垣です。ペガサスのように翼があるわけでなし、450キロ以上ある体重を持ち上げるのは、強靭な脚力を誇る馬だって大変(ホネ)ですわよ。


 賊たちのほとんどは、私が生け垣の前で立ち往生すると思っていたものですから、山査子の壁に接触しないよう減速体制に入っており、ジャンプの助走を取れず、垣根を飛び越えることが出来なかったのです。あまつさえ生け垣に衝突する(もの)までおりました。馬たちには申し訳無かった(棘が痛く無かったかしら)のですが、私的にはしてやったり、でございます。

 飛び越えられなかった賊達は、後から追いかけて来るであろう国王正規軍に始末を任せましょう。降りかかる難儀は、まだ全部振り払われたわけではないのですもの。





 私の仕掛けたトラップを物ともせず、生け垣を飛び越えてきた追手は数えるほど。でも、こいつらこそ警戒せねばなりません。私がジャンプすることを見抜いていたほどの猛者です。おそらく普段から馬の扱いに慣れた山賊どもがほとんどのはず。


 むしろ、ここからが勝負!

 

 この先は森の入り口まで平坦な草原が続くので、スピードを出しやすく、追いつかれてしまう危険性が上がるのです。実際、ナムーラ隊長に追いかけられた時も、この辺りから取り囲まれて、スピードダウンをさせられましたっけ。

 走るのが好きなデヴィとはいえ、疲れが見えてきました。本心は、これ以上無理はさせたくないのですけれど。


「待てぇぇ!」


 ほら来た!耳障りな濁声。ハマフも生垣を超えて来やが……ちがッ、来てしまいましたのね。あンの野郎、結構やるじゃん!などと感心してはいられませんわ。

 私も気合いを入れなおさねば!

 

 追いかけて来たハマフと山賊たち計六騎は、二手に別れ取り囲むように左右に展開し、私とデヴィを挟み込もうとしています。あの時と同じパターン。

 これは大ピンチです。


 もう少し、デヴィにはがんばってもらわねばなりません。祈るような気持ちで、デヴィを励まします。


(どうか、デヴィの持久力がもつ間に、助けが来ますように!)


 森はもうすぐです。常緑樹林のシルエットがうすぼんやりと見え始めてきました。コルワートは森の入り口でモリスが待っていると申しておりましたが、同行しているはずの傭兵連隊の影も見えず、静かなものです。大丈夫なのでしょうか?

 少しだけ不安が脳裏をよぎったその時、どうしたことか、目の前に野うさぎが飛び出してまいりました。


 私もびっくり致しましたが、馬たちも驚き、狼狽えました。実は、馬というのは大層臆病な動物で、いつも周囲の状況に敏感です。突然の音や動きに過敏に反応することがあります。


 山賊たちが乗っている馬は、訓練を受けていたのか、普段そういった環境(山の中)で暮らしているので慣れているのかあまり驚きはしなかったのですが、デヴィは過剰に反応してしまいました。優しく賢い子ですから、野うさぎを踏みつけまいと、前足を高々と持ち上げ、身体を立たせてしまったのです。


 あまりに突然のことでしたから、私の反応も遅れました。急いで手綱を握り直そうとしたのですが、デヴィの動作の方が早く、振り落とされてしまったのです。


「きゃぁあ!」


 なんとか受け身は取ったのですが、高い馬の背から振り落とされ、しかもドレス姿ですから、すぐに次の動作に移ることなどできませんでした。

 私を振り落としてしまったことに気づいたデヴィが、急いで駆け寄ってきて鼻先を私に摺り寄せ「大丈夫か?」と心配しております。痺れる手を伸ばし、名前を呼びながら手のひらで鼻の上あたりを撫でてあげると、少し落ち着いたようですが、すべての不安を取り去ってあげることはできませんでした。

 急停止できず行き過ぎたハマフと山賊たち六騎が、踵を返し、悠々と私たちの方へと戻ってまいります。彼奴等は馬上から私たちを見下ろし、 


「さあて、撥ねっかえりの奥方様よ。追いかけっこはここまでだ。動けねぇんなら、丁度いい。おとなしく人質になってもらおうか」


 勝ち誇った海賊の頭目の顔に、つばを吐きかけてあげたい。でも身体が痛くて、起き上がることさえできません。


 がんばったのに! がんばったのに、もうすぐだったのに。

 モリスたちの待つ、南の森まで、あとちょっとだったのに……。


 ハマフともう1名が下馬し、こちらに歩いてきます。山賊のひとりがデヴィの手綱を奪い取り、私から引き離しました。ハマフが私の身体に手を伸ばしてまいります。


「ふ、触れる……な」


 拒絶もうまく声に出せなくて……。


 悔しくて、悲しくて、涙がこぼれそうです。

 ああ、でもこんな奴らに泣き顔をみられるのは、もっとイヤ!


 懸命に涙をこらえる瞳に、前方に見える森の方向から、こちらに向かってかなりのスピードで走って来るニ騎が映ったのです。

 一瞬新手が来たのかと呼吸が止まったのですが、先を走る白馬の騎手は輝く金の髪をなびかせ、続く一騎の騎手は葡萄茶色の外套(マントル)を身につけているではありませんか。


 涙で多少曇っていようが、鷹の目エムリーヌの視力を侮ってはいけません。


「モリス! ダルシュ!」


「エムこん」にご来訪、ありがとうございます。

エム、大ピーンチ!!


山査子。バラ科の落葉低木ですが、山査子の英語名はホーソーン(Hawthorn)と云い、ホーは垣根を意味する古い英語 haga に由来し、ソーンは棘を意味するのだそうです。(wiki調べ)

低木ですが、樹高は1.5~3mになり、小枝には2~8㎜の棘があります。樹勢は強健で寒地にも耐えるので栽培しやすいこともあり、よく垣根に利用されています。また春には白い花が咲き、秋には実がなり漢方薬やお菓子に利用されたりも。

きっとレンブラント家でも、コルワートが果実酒にしたり料理のスパイスに使ったりとしているはず。

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― 新着の感想 ―
おおあ! ついにキタキタキタ! お馬さん、繊細な動物ですものね。 デヴィちゃんの無事を改めて祈るばかり……
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