51. 貴婦人の乗馬と侮らないでくださいましなッ!
お待たせしました、エムパートに戻ります。
ep.50の続きから。ハマフを筆頭に、海賊・山賊連合軍を引き連れて、エムとデヴィが走ります!
目指すはモリスの待つ、南の森!
南の森への最短距離は、レンブラント館の前の広場を通り抜けて館の南に広がる丘陵地帯へ出る――なのですが、現在レンブラント館の前には押しかけた海賊山賊連合軍が大挙しておりますから、その真っただ中を突っ切るのはさすがの私でも無謀というもの。(ちらっと考えたけど)
それにその有象無象の衆の中には、例の長弓の名射手もいますから、あれで射抜かれたらおしまいです。それは、なんとしても避けたい。死んじゃうわ。
そこで一旦北へ。傭兵連隊の練兵場のある方向へと走り、そこから馬首を左にめぐらせて旧館の裏へと周り、館の裏側を通って丘陵地帯へと抜ける経路で南へと走ることにいたしました。このルート、以前ナムーラ隊長たちを振り切って(実際は追いつかれちゃったけれど)森へと走った時と同じなのですが、今回は追っ手の殺気立ち方が段違い。
捕まったら、命の保証はなさそうです。
海賊たちの乗馬の騎乗技術が巧みだったというのも驚きですが、山賊に至っては、もはやプロ以上なんですもの。普段山岳の狭いでこぼこ山道を走り慣れているので、平地を走るのは朝飯前。とにかく馬を早く走らせるのです。
これじゃ、追いつかれちゃう!
しかも私、着飾ったドレス姿ですのよ。決して乗馬に適したスタイルではありません。せめて乗馬服でしたら……と考えても、致し方ございませんわね。
デヴィは走るのが好きな馬ですが、あまり無理をさせたくはありません。ですが、もう、ここは踏ん張ってもらうしかない。スピードを上げるよう、愛馬に合図を送りました。
練兵場を右手に見ながら北側の旧館の横手を回り、館の西側へ。
ここにはコルワートや下女たちが大切に世話をしている家庭菜園があるので、それを荒らされたくないのも、このルートを取りたくなかった一因。
ところが、そこには揃いの葡萄茶色のタバードというデザインの外套を着たタビロ辺境騎士団の騎士が数名待機していて、菜園の側に寄って来た賊にはマスケット銃を撃ち放って、菜園へと近寄らぬよう踏み荒らされぬようにしてくれたのです。
驚いて二度見する私に、手まで振る始末。しかも南側の居館の裏側あたりでは、縛り上げられた数人の賊が、地面に転がされていました。もちろん、その傍には葡萄茶の外套の騎士が数名。不届きにも、館内に侵入しようとした者たちでしょうか。
ちょうど居館の裏口から、両手を拘束された賊が2名、倒つ転びつ出てくるのが見えました。その後ろから、意気揚々とコルワート。私の顔を見ると――
「こっちはお任せを!」
とか、にこやかに手を振っております。それは大変頼もしいのですが……。
なんですの、なんですの。これ?
段取りが出来過ぎているわ! ちょっとムカムカしてきたっ!
誰が仕組んだのか彼らを問い詰めたくとも、すぐ後ろに海賊船ベラス号のハマフ率いる海賊・山賊連合軍の騎馬部隊がいるので、しかも追いつかれそうなので、コルワートらに文句を言う間もありません。
そんなことより男乗り(馬の背に跨る乗り方)に比べると、横乗りは不安定なのです。加速が上がるほどに、姿勢の維持が難しくなるのですよ。余裕がありません。構ってなどいられない。もう、任せたからねッ!
ドレスの長いスカートが邪魔ではありますが、股関節にも体重を分散させるようにホーンを挟んだ左右の足で騎座を安定させ、風圧を防ぐために身体を少し前屈させます。
「デヴィ、がんばって!」
加速に対して踏ん張れる姿勢を取り、手綱の張りを調節しました。
後方からの聴こえる地響きのような蹄の音が、まるで私に襲い掛かってくるようです。ブルリと、背中を悪寒が這い上がってきました。
居館の横を通り過ぎ丘陵地帯へ入ろうとした頃、館の東側方面から、進軍ラッパの音が聞こえて参ります。あれは国王正規軍の進軍ラッパの音。いいえ、ロディー川を渡れずに川向うで鳴らしていたラッパの音ではありません。もっとはっきり聞こえましたもの。
私、耳もよろしいので、音の大きさで大体の距離感を測れるのは――申しましたっけ?
すぐ近くですわよ。爆走中ですが、ちょこっとだけ視線をそちらに向けましたら軍旗も確認できました。
しかも数が多い! 軍旗の数や、進んでくる兵隊の編成を(チラッとでしたが)見るに、本隊が到着しているよっ!
あれ、いつ渡河したのでしょう。しかも統制されたマスケットの銃声も、小気味よく聞こえて参ります。これは指揮官の指令が、きちんと兵卒にまで行き届いているからですわね。
どなたでしょう、指揮官殿は。国王正規軍ですから本来は国王陛下が率いている軍隊なのですが、現陛下はそういったことは苦手なのだそうで、宰相ガランダッシュ閣下が名代として指揮を執る事の方が多いのだそうです。
っていうか、あれ、宰相閣下の旗印じゃん! 国王陛下の紋章に混じって、ガランダッシュ宰相閣下の紋章が見えたわよ。
お忘れかもしれませんが、私「鷹の目」の異名を持っております。チラ見でも、そこのところは見間違えることなどありません。
あの勢いでは、早々にレンブラント館の前の賊たちは、宰相閣下率いる国王正規軍に制圧されることでしょう。
北館に立てこもっている人々は、これで解放されるはず。よかった、ひとつ心配事が減りました。
――って。
だからって。私の後ろには、騎馬の賊たちが大挙しているのよ! こっちも、どうにかしてよっ!!
私、ひとり、貧乏くじ引いたの~~。意地でもモリスの元までたどり着いてやるわ。
腹の中、ムカムカじゃなくて沸々してきたっ!!
そんなときです。右横からふっと腕が伸びてきて、私の操る手綱に手を掛けようとしたのは。
横乗りの私は左側に足を下ろし(上半身は正面向き)ておりますから、右側への警戒が少々手薄になっていたようです。考え事をしてもおりましたし、ね。
賊がひとり、いつの間にか距離を詰め、馬を真横に寄せてきていたようです。不覚でした。
髭面をいやらしく歪ませて笑っています。デヴィに乗り移り手綱を奪って、無理やりデヴィの足を止めるつもり? それとも、私を振り落とすつもり?
伸びてきた左腕には赤い布が巻かれていますから、おそらくこの男は山賊の一味。
もう、やることがメチャクチャなんだから。
そうはさせるものですか!
右手に持っていた長鞭を、その男めがけ振り下ろします。互いに全力で走る馬上ですから、当たる当たらないは賭けでしたが、しなった鞭は勢いよく男の顔を強打したのです。
予期せぬ反撃の痛みに男が身を引いたとたん、体のバランスを崩したのか、声を上げて転げ落ちて行きました。
私は大ピンチを回避できたようです。
「待てー!」
後ろから濁声。しつこいわね、ハマフ。
怒涛の蹄の音が少し変わった気がします。数が減ったというより、追っ手の列が長く伸びたというか。馬術が巧みな山賊と、普段海の上で馬には乗らない海賊では、当然手綱を操る技術に差があります。走り出しは同じでも、距離を走れば、その差が出てくるのでしょう。
追っ手の列は、縦に長く伸びたとみえます。確認したわけではございませんが、「鷹」は耳もよろしいのでしてよ。
そうこうしているうちに、目の前に高い生け垣が見えて参りました。そうです、野生動物の侵入を防ぐために設置された、背の高いあの山査子の生け垣です。
以前あれを軽々と飛び超え、ナムーラ隊長を驚かせました。
ええ、もちろん。今回も飛び超えてみせますわよ。
「エムこん」へ、ご来訪ありがとうございます。
モリスの待つ南の森めざし、エムが暴そ……ゲフン走り続けます。
待っていた援軍、タビロ辺境騎士団が館の裏手を守っていてくれたようで、レンブラント館の被害は最小限に抑えられた様子。また国王正規軍も到着し、海賊山賊連合軍は一網打尽となりそうな様相。
とはいえまだエムとモリスは再会できたわけではないので、油断は禁物なのですけれどね。
次回もお楽しみに。





