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(貧乏)男爵令嬢エムリーヌ・ホルベインの結婚~ワケアリ伯爵様と結婚することになったのですが私もワケアリなので溺愛はいりません~   作者: 澳 加純 


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幕間 伯爵の計略 ☆

お待たせしました。

今回は、伯爵ターン。不在の裏で、モリスはこんな悪だくみを実行していました。

エム、あなたの良人の「黒い噂」はほぼでっち上げだとしても、結構ワルい男かもという気がしてきた。

異世界陰謀活劇恋物語、ついに大詰めです。

 馬上のモリス・クリストフ・ジャン・マリー・レンブラント伯爵は、前方を見据えたまま微動だにしない。

 家令リヨンの姿ではなく、羽飾りの付いたつばの広い大きな帽子に、レース飾りの大きなえり付きブラウスに丈の短めのジャケット、ケープのようなマントを羽織った騎士風(キャバリエ)スタイル。

 クレルフォン国王オピネル8世も賛辞を贈ったという黄金の長い髪が縁取る整った顔は、宮廷画家が腕を振るった絵よりも凛々しい。第17次セルテ戦役で、敵国セルテの兵下たちを震え上がらせたという、神話の中の軍神の姿であった。



 内心では妻となる女性が、館の方角から姿を現すのを今か今かと待ちわびているのだが、そんなことはおくびにも出さない。出そうとはしない。


「伯爵」


 後方から近付いた傭兵連隊のナムーラ隊長が、声を掛けた。


「やはり、ご心配ですか」

「エムなら上手くやってくれるだろう。そんなに心配はしていないよ」


 伯爵は隊長の方へと顔を向けると、唇の端をくいと持ち上げた。豪奢な長い金色の髪が、風に揺れてなびく。


「しかし、まさか海賊どもがこれほど早く館を襲撃するとは」


 ナムーラ隊長が苦々し気に眉をしかめた。


「海賊どもにしてみれば、絶好の機会だろう。伯爵は留守、館は来たる結婚式の準備で浮足立っている。さらに傭兵連隊がペンデルに出発して屋敷の警備は手薄になった上に、世間知らずの奥方は客を招いて昼餐会を開いているんだ。さあ、いらっしゃいと言っているようなものだろう」


 黒い仮面の下から覗く瞳が、愉快そうに光った。自分の館や妻が危険な状態にあるというのに、どこか愉快そうに笑う伯爵の表情には、上級貴族の男らしいひとを使役(つかう)ことに慣れた冷酷さが浮かんでいた。

 上級貴族の嫡男として誕生し、幼い頃から親元を離れ宮廷で育った伯爵は、暖かい感情というものをよく知らない。時に部下や使用人を駒のように扱うことにも慣れていた。


 だから目的達成のためには、館にやって来たばかりの年若い奥方(つま)さえも利用するのかと、隊長の視線が厳しくなった。とはいえあの奥方様(エムリーヌ)はただ者ではないから、伯爵も一役買ってもらう気になったのだろう。


 隙だらけと見せかけ、実は館の守りは固めてある。襲撃を目の当たりにした彼女が困らないよう、知恵の回る腕利きの強者を選んで館に残してきた。

 奥方様付きの侍女たちも、ダーナー騎士団の騎兵中隊の中隊長の妻に、元ダーナー騎士団の女騎士、伯爵自身が人選したしっかり者の少女。

 加えて長年伯爵家に仕える知恵者の老家令に、料理人であり前身はナムーラ傭兵連隊の諜報部員でもあったコルワートという男。その部下で、厨房の下女に身をやつしたネル。

 この女、そのパッとしない見た目とは裏腹に大胆で有能。今回も事態の急変を迅速に移動中の傭兵連隊へと知らせに走るという伝令使の役目を担っていた。


「そうそう。宴席に奥方の親友で有能な騎士でもあるフラヴィ殿を、わざわざ葡萄茶色の外套(マントル)姿で出席させたのも、コルワートの独断ではなく、事前に連絡役(つなぎ)の騎士ギャレル・ダルシュを通してエドメ・キャンデル団長に指示をしなすった伯爵様でしょう」


 そうだと答える代わりに、伯爵は鼻で笑う。


 シュミンナ郊外に駐屯していたエドメ・キャンデル率いるタビロ辺境騎士団の小隊を、人知れず館のすぐそばまで移動させ、機を観て賊の後方から攻撃させたのも伯爵の作戦だ。

 彼らの動きを賊たちにかぎつけられないよう、ロディー川対岸で国王正規軍の進軍ラッパを賑やかに吹き鳴らし続けることを提案したのもレンブラント伯爵だった。


 その裏で、正規軍本隊と宰相ガランダッシュは、シュミンナ近郊までタビロス街道をさかのぼり、ロディー川に架かる橋を渡り、レンブラント館へと急行する手筈となっている。



   挿絵(By みてみん)



「各所に潜ませた斥候から知らせが無いので、()()は予定どうりに進んでいるようですな」


 ナムーラがにやりと口元をほころばせると、


「――でなければ、困る」


 と伯爵がツンと顎を上げた。


「しかし。奥方様を囮にしたこと、あとでお怒りを受けそうですぞ」

「それは甘んじて受けることにするよ。その前に、私はエムに絶縁されそうだが」


 そう言って、レンブラント伯爵は愉快そうに声を出して笑った。雇われて幾ばくかの年月を側で過ごしてきたナムーラ隊長だが、これまで伯爵が目下の者の前で素直な感情を見せることはなかったので驚いた。

 奥方様(エムリーヌ)の呼び方も、これまではどこか固いものが混じっていたが、ごく自然に愛称で呼ぶようになっており、それも甘い響きが加わるようになっている。内心、これは雇い主(あるじ)にとって良い傾向だと思いつつも、あえて表には出さないようにした。


「それは困りますな」

「結婚証明書にサインをする前に離婚を宣告される、不名誉な夫になりそうだよ」


 言うことの内容とは裏腹に、声は至極楽しそうなのだ。

 貴族の結婚は家同士の契約なのだから、そんなことにはなりはしないとナムーラ隊長も承知している。ましてやこの結婚には、あのガランダッシュ宰相が一枚嚙んでいるのを知っている隊長としては、苦笑いで返すしかない。伯爵としては、事実を知った時、妻がどんな反応を示すのか想像するだけで楽しくて仕方ないようだ。

 伯爵がこれほど他人に興味を示すことは、これまでなかった。


「しかし、驚きましたよ。人身売買組織壊滅のために、実は伯爵様と宰相閣下が裏で手を組んでいらっしゃったとは」

「そうでもしないと、尻尾を掴ませてもらえないだろう。そろそろ組織とのいたちごっこにケリを付けなければ、私に『無能』の烙印を押されそうだ」

「それは困りますな」


 そうなることもなさそうなので、ナムーラ隊長の追随もどこかのんびりした声になっていた。


「ただ。ハマフが自ら出てきたということは、今回も尻尾切りになりそうだな」


 伯爵の声は苦い。


「なぜです?」

「親玉が危険を感じて組織から手を引こうとしているのを、ハマフが察したんだろう。組織がこれまでこの国で動き回ることが出来たのは、その親玉のおかげだ。そいつに引かれたんじゃ、ハマフ達海賊はこれまで通りの甘い蜜が吸えなくなる。

 私を叩くことで陰の親玉にアピールしたいんだろう、自分たちの価値を。だからビスエヤの山賊団まで担ぎ出して、館を襲撃した。罠とも考えず。

 しかしガランダッシュ宰相が動いたことで、親玉は強く危険を感じているはずだ。宰相の後ろには国王がいる。人身売買問題がただの犯罪ではなく、国家問題として解決に政府が乗り出してきたことを示しているからな。

 国王の承認があれば、王家とつながりのある上級貴族であろうと、その罪が明らかになれば逮捕され裁かれる。自分は安全圏にいたはずが包囲網はもう身近に迫っていて、それどころか首に縄がかかっていることを思い知っただろうさ。身の安全を確保するために、組織とのつながりを抹消しようと躍起になっているだろう」


「――で。その親玉、一網打尽にできそうですか」


 これまで逮捕しようにも、上手に網の目を抜けて来た御仁だけに、ナムーラ隊長も疑心暗鬼だ。


「なに。今回は国王陛下にもひと働きしていただくことにしたよ。陛下の呼び出しでは、拒否もできないだろう」


 伯爵が人の悪い笑顔を見せた。

 ナムーラ隊長は知っていた。クレルフォン国王オピネル8世とレンブラント伯爵モリス・クリストフ・ジャン・マリーは、幼少期を共に過ごした兄弟のような仲で、優秀な学友であったレンブラント伯爵に絶大の信頼を寄せているのだと。

 ここ数年は伯爵が自ら流した黒い噂に信憑性を増すために、あえて距離を取るような態度を示していたが、ふたりの友情は揺るがなかった。その後計画にガランダッシュ宰相まで加わり、連携は益々強固になったとしか言いようがない。


 伯爵が国王になにを依頼したのか、傭兵隊長の立場では計り知れない。が、抜け目ない敵の足を止めることは容易ではないだろうと想像できた。

 いまごろ、王都では国王オピネルも大汗を掻いているかもしれない。そう思うと、ナムーラ隊長も愉快になった。


「ただ、イロット橋を落とされたのは不愉快だな。

 諜報部員の知らせでやつらの細工のことは事前に承知していたし、落橋(それ)を見込んで計画を立てていた。橋を渡った後はすぐに街道をレクトーまで南下し、グジムキン村の橋に向かうこともできた。揺動とはいえ、無駄な遠回りをしなければならなくなった」


 伯爵はそれが大層不満だったとみえ、大きく肩を揺らした。本心は、いち早く館に駆け付け、奥方様たちを救出したかったらしい。声にもいら立ちが混じっている。

 感情を表に現わすことを不作法とする宮廷で育ち、それが染みついている伯爵にしては実に珍しいことだった。


 風に乗り、館の方角から大きな破裂音が聞こえてきた。元傭兵の料理人コルワートが賊どもに向かって、花火を大砲代わりに打ち込み始めたのだろう。順調に作戦が進行しているようで、ナムーラ隊長は内心安堵の息を漏らす。


「今更ではありますが、やはりこの計画のことを、一言奥方様にお伝えしておいた方がよかったのでは?」


 そうすれば、結婚不履行の危機の確率も多少は減らせる。伯爵もそうしたかったはずである、と隊長は思えた。


「エムは正直だから、全部表情に出てしまう。それでは囮の役目は果たせないだろう」

「それはそうですが……」


 こののちの結婚生活を想えば伝えた方が良かったのではと考えずにはいられないナムーラ隊長だが、名参謀にも不得手なことがあるらしい。

 宮廷のラブアフェアでは「不実も恋の手管の内」がまかり通っても、あのうぶな奥方様相手では、通じない確率の方が高いのだが――。


 ナムーラ隊長が余計な心配を始めた時、北東の方向から、馬が一騎駆けて来るのが見えた。


「エムこん」にご来訪、ありがとうございます。


ここにもエムに引っ叩かれそうな男がひとり。それで済めばいいのですが。

「あなたとなんか結婚しません!」とか言われたら、どうするのだろう? ハピエン予定だけれど、別ルートも面白そうな。(←こらこら)

べたべたな溺愛じゃありませんが、伯爵なりにエムのことは大事に思っているのですよ。たぶん、きっと。(ということにしておいてね)


次回もお楽しみに!

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― 新着の感想 ―
さすが伯爵!すべて計略の内! とは言え、ハラハラさせて~!エムにがっつり叱られるといいと思います!!
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