50. 奥方様、再び暴走を始める
※途中、レンブラント伯爵領の地図とエムたちのおおよその現在地を現わした絵図を挟んであります。ご参考になさってください。
「南の森で黄金の獅子がお待ちですよ」
そう言うが早いか、コルワートは私の身体をデヴィの上に押し上げてくれたのです。彼の言葉の真偽を確かめる間もありません。
でも、黄金の獅子といえば、モリスのことですよね?
ペンデルに向かったはずの伯爵様が、南の森にいるってどういうこと?
戸惑い顔の私に、コルワートはウィンクで合図を送ってきました。もう、これは走り出すしかありません。
再度、遠くから国王正規軍の進軍ラッパの音が聴こえます。「鷹の目」と云われた私の目にもまだその姿はおろか軍旗の影さえ確認できないのですから、正規軍はまだ中洲の向こう側、ロディ川を渡れずにいるのでしょう。イロット橋を落とされたのが悔やまれます。
本来であれば、ロディ川とイゴール川に囲まれた中州にあるレンブラント館は天然の要害に守られている場所であったものを!
賊たちの動きに後れを取ったために、かえって援軍の到来を困難にさせる絶島にさせてしまいました。騎馬の兵を大量に川越させなければならないとなれば、やはり橋が必要でしょう。
ここから一番近いロディ川にかかる橋といえば、上流のシュミンナ辺りまで登らなければならなかったはず。時間がかかりすぎます。
「ははん! 国王正規軍がどんなに粋がろうとも、川を渡って来れねぇんじゃ恐れるに足らずってもんだ。せいぜい役に立たない進軍ラッパを吹き続けてもらおうか。
さて、奥方様よ。今のうちに俺たちは出発だ。イゴール川沿いに進んでグジムキンの橋を渡ったら、ボントの港まで走ってもらうぜ」
はぁあ!?
グジムキンにボント、ですってぇ。
急いで脳内にレンブラント伯爵領の地図を思い浮かべます。座学でレンブラント伯爵領の地理はリヨンことモリスに叩き込まれております、すぐにわかりましてよ。
グジムキンは、現在地からイゴール川沿いに上流に登って40キロ程のところにある町で、そこにはイゴール川に架かる橋があります。橋を渡ると街道まで続く道があり、レクトーという宿場町まで行きつけたはず。そのまま街道を北上すれば領都アピガ、東方面に向かえばラジェンデと云うクオバティス沿海に開けた港街、南下すれば隣国との国境まで進めるのですが、賊たちはレクトーから西へ進んでボント港へと向かう気のようです。
ボント港は、ロデア大海に面したペンデルやカルマン村からもさらに南に位置した、小さな湾に作られた港ではありませんでしたっけ? ボント港のあたりは豊かな漁場だと、リヨン、もといモリスは言っておりました。
ああ、でもあそこはロデア大海に面しているので、急深海岸でしたわね。小型の漁船のみならず、航海士の腕が良ければ、ガレオン船でも陸地近くまで船体を寄せてくることが出来るとも言っておりました。そこから海賊船に乗船し、海洋上に逃れようという魂胆ですね。
グジムキンまでここから半日はかからないとしても、3~4時間はかかる距離です。さらにその先のレクトーからボントまでなんて! 乗馬の苦手な奥方様が、騎乗で移動できる距離ではありません。
しかも、そろそろ日も暮れようとする時間帯なのですよ。夜間の移動は危険が多いというのに……って、こいつら危険なんて承知の上。夜陰に乗じてモリス達追っ手を撒くつもりなのでしょう。
ああ。一刻も早く、モリスにこのことを伝えなければ!
私の心は逸るばかり。そんな私の心情を慮ってか、デヴィも落ち着きません。
そのデヴィのコンディション。すでにこの場に連れてこられる前に、常歩はおろか速歩を十分にして、駈歩の準備をしていたような仕上がりなのです。なんでしたら、すぐに襲歩で駆け出すこともできそうです。
なに、これ?
私の暴走前提の設定なの?
レンブラント伯爵領と、人物たちおおよその現在地
ですが、それができないのです。
コルワートも後方を気にしておりますが、厄介な者が私たちの計画を邪魔しておりました。
例の長弓の名射手が、ずっと、私に狙いを定めているのです。妙な動きを見せたら、あの長弓からはなたれた矢が、一直線に飛んでくることでしょう。串刺しになります。どうしたものかと視線を動かす私に、手綱を曳いていたコルワートが、一瞬手のひらをこちらに見せるという仕草を送ってまいりました。
今少し待て?
どうしようというのでしょう?
賊たちが次々と、移動のために騎乗を始めました。そして準備ができた者から、私とデヴィを囲むように集まってきます。そして側に就いていたコルワートに向かって、離れるようにと怒鳴り付けました。
彼は抵抗しようとしましたが、近づいてきた山賊のひとりが手にしていた刀で切りつけようとしたので、ケガをする前に下がるよう、主人が召使いに命じる様に言いつけました。
コルワートも怪しまれない程度に芝居掛かった態度で、不承不承曳き手を離し、後方で控える傭兵たちの方へと戻って行ったのです。その際、途中で馬上筒をずっとハマフに向かって構えていたフラヴィに寄って行きました。
コルワートが耳元で一言二言ささやくと、彼女の顔色が微妙に変わったのを見逃す私ではありません。あのフラヴィが多少ふくれっ面を作ったとはいえ、おとなしく従い同行したのですから、なにか事態を好転させる思惑がどこかで進行しているのでしょう。
鷹の目エムリーヌ・ホルベインにも、なにかが見えたような気がいたしました。
その間、私は馬の扱いが慣れないような顔をして、デヴィに前進を伴わない速歩をさせておりました。実際は、これは難度が高い技で、馬・騎手ともに訓練がされていないと行うことが出来ないテクニックでしてよ。
せわしなく落ち着かない様子(当然ですね、馬も騎乗者も走り出す気満々なんですから!)のデヴィを抑えつけようと、腕に赤い布を蒔いた山賊のひとりが手綱を掴もうと致しましたので、私は操作を間違ったような焦り顔で小股の速歩に切り替え、デヴィを取り囲む賊の輪から抜け出しました。
「おい、勝手に動くな!」
自身も馬上の人となったハマフが、こちらに駆け寄ってきました。海賊のくせに、思っていた以上に巧みに馬をのりこなせる様子。面白くありませんわ!
怒鳴るハマフに、乗馬が不得手な(ことになっている)私は、オロオロとした態度(もちろん演技です)で返しました。
「ですから、私、馬術は初心者だとお聞きになっていましたでしょう。馬が勝手に動きますの」
「ピアッフェにパッサージュができる奴を、初心者とは言わねぇ。さっさと停止しろ!」
ゲッ! バレてんじゃん!!
その時です。後方から銃声が聞こえました。
マスケット銃でしょう、最初の1発の後に数発、さらに数発と銃声が増えていきます。音の響き方からいって、川向うなんて遠くからではありません。せいぜい新館の裏手あたりから。
私、聴覚だってよろしいのです。兵学校時代に訓練し、だいたいの距離感を測れるようになりましたから。
重なって聴こえる、進軍ラッパの軽快な音。あれは国王正規軍ではなく、タビロ辺境騎士団のもの。
緊急事態の知らせを受けた辺境騎士団分隊(シュミンナ郊外に移動して駐屯していた騎士たちよ)が、駆けつけてくれました。というより、攻撃のタイミングを見計らっていたような気がしないでもありません。
国王正規軍の到着、駆けつけたタビロ辺境騎士団、そして南の森に潜むモリスとナムーラ隊長率いる傭兵連隊。
妙にコマが揃っていませんこと?
けれども!
いまは考え事をしている時ではありません。私が腹を蹴ると、待っていましたとばかりにデヴィは速歩から駆歩、襲歩へと歩法を上げていきました。本当にこの子は名馬です。疾風のごとく走るのですもの。
私に任せられた役目を果たすため、デヴィにもがんばってもらわねばなりません。
あとは任せました、ゼフラ中隊長と傭兵留守居隊の皆様、コルワート、フラヴィ。旧館の中で事態を見守っている家令のイサゴ、頼もしい侍女のペラジィとロラ。マルゴ。
タビロ辺境騎士団のキャンデル団長に、騎士団の選りすぐりの強者たち。
私は、南の森のモリスの元へ。デヴィを駆って風のように走りましょう!
「待ちやがれッ、このアマ!」
ハマスを筆頭に、賊たちが釣られるように私の後を付いてくるのは、地響きのような蹄の音で、後ろを振り向かなくたってわかりましてよ。ふん!
「エムこん」にご来訪、ありがとうございます。
エム、再び愛馬デヴィと共に南の森へと暴走を始めました。
そこにはモリスが待っているはず。
次回もお楽しみに!





