48. メンツか、利益か
海賊の頭目ハマフとの交渉。エムは無事マルゴとドニを取り戻せるのか!?
手にしていたハンカチ(貴婦人のマストアイテム)を揉みしだきながら、私。
「困りましたわ、ハマフ船長。私がお頼みしても、その子たちをお返しいただけませんの?」
わざとらしく大きなため息をつき、困り果てたような声色で。でも視線は強気に、相手の目を見据えて。
大広間での緊急作戦会議で決定したとおり、私の現在の役目は「時間稼ぎ」なのです。ハマフたち賊の目をこちらに引き付けて、背後から現れる(はずの)援軍の存在を気取られぬこと。
「この目はあんたの旦那にやられたんだ。その代償を払ってもらおうと思ってねぇ。こう見えてもベラス号のハマフと云えば、ロデア大海からクオバティス沿海に掛けちゃあ名の知れた海賊の首領なんでね。安く見積もられちゃあ困るのさ」
何が可笑しいんだか、高笑いをしやがって。見積もるもなにも、支払う気はこれっぽっちもありませんよーだ!
表情を変えずに心の中であかんべをして、頭の中ではそのケツに思い切り蹴りを入れてやるっ! ふん! って。ああ。貴婦人らしからぬ振る舞いだと、お母様に怒られそう。
どうやらこのハマフという男、伯爵様と因縁がある様子。となれば、ペンデルを荒らしている一団とみて構わないでしょう。痛い目に合わされたとも、言っていましたしね。
それにつけても不思議なのは、どうして山賊団と共同戦線を張っているかってことよ。利害が一致すれば手を組むことも厭わないのはわかるけど、ならば彼らを結んだ「利害」ってなんなのかしら。っていうか、どうしてこいつらが手を組むことを思いついたの?
片や海賊、片や山賊よ。海賊船が来ていたっていうペンデル湾から、山賊団の本拠地のあるビスエヤ山脈までは440キロ程あったはず。馬で移動しても10日はかかる距離です。利害が一致したからって、そう簡単に手を組むことまで話が進むことはないと思うの。
なんだか、ヘンじゃございませんこと!?
「あなた方の本当の目的はなんですの? 伯爵様に仕返しというのは、まあ、メンツを大事になさるあなた方のことですからそちらも十分重要なことだと思いますけれど、物のついでの様にも聞こえましてよ。もっと重要なことから目を逸らせるための方便なのでは――と疑いたくなりましたの」
「ほぉぉ。世間知らずのお嬢様かと思っていたが、奥方様はとんだはねっかえりで小賢しい女だな」
顔をしかめたハマフ。あれ。当たり、だったかしら。
「俺は気の強い女は好きだが、利口ぶった女は嫌いでね」
「あなたの好みは聞いておりませんわ」
ピシャリと跳ね返したら、敵の頭目は顔をしかめました。
小娘に言い返されたのが、そんなに不満だったのかしら?
そして次の瞬間、ハマフがふいに私の胸元に手を伸ばしてまいりました。急いで身を引いたので接触や囚われることは避けられたのですが、掠めたハマフの指が、偶然にもネックレスの輪に引っかかっていたのです。
まばたきにも満たないわずかな間でしたが、口惜しいことに、ハマフはその一瞬を逃しませんでした。グッと指を握ると、そのままネックレスを引っ張り、無理やり引き千切ったのです。
プツンと糸が切れ、真珠の玉は勢いよくあたりに四散いたします。敵味方から同時に驚きの声が上がりましたが、ただひとり私は声を失っておりました。
なんてこと!
これはモリスから結婚祝いにといただいた、大切なネックレスなのですよ!
モリスが私に似合うとおっしゃってくださった、大事な大事なお品なのに! ショックで身体全体が痺れたようになり、動けなくなりました。それなのに私の気持ちを逆撫でるように、女海賊たちは嬌声を上げて、我先にと白珠に飛びついていくのです。男たちも、負けじと群がります。
「見てごらん。お宝だよ。こんな大粒の真珠、初めて手にしたよ!」
「これ一粒で、一財産だぜ!」
目の色を変えた海賊たちが、更にと真珠を求めて、こちらへじわじわと寄って参ります。欲にまみれ、その為ならば人の命を奪うことも厭わない人間の眼に囲まれ、不覚にも私は立ち尽くすしかありませんでした。
そんな私の危険を見たフラヴィが、隠し持っていた馬上筒(拳銃のような小型火器)を発砲しようと構えた時には、私たちはそれ以上の数の馬上筒や弓矢に囲まれていました。これではどうにもなりません。
「わかりました。私が人質になりましょう。その代わり、マルゴとドニは解放してくださいましな」
後ろに控えていた傭兵団からは不満の声が上がりましたが、相手の要求に従わなければ、この場で蜂の巣にされてしまいます。
腕利き揃いの傭兵たちも、十重二十重と囲まれて無数の銃口やら矢尻に狙われている私とフラヴィを、救出させるのは至難の業。いえ、実質私たちも人質となってしまったようなものですから、手も足も出せないでしょう。少しでも間違えた行動を取れば、私の命が無いことなど明白。これでは動けません。
健気なマルゴとドニも反対を叫んでいますが、こ奴らを納得させる最も有効な交渉材料を他に思いつきませんの。
「ハマフ船長、あなたは伯爵様に仕返しをしたいのでしょう。でしたら、人質は私の方が価値が高いと思いますの。要求も通りやすいと思いましてよ」
一応、まだ辛うじて、ハマフの野郎に敬称を付ける余裕があるのが奇跡です。これはお母様の貴婦人教育の賜物でしょうか。多少顔面が引き攣って、声が震えているのは決して恐怖からではありませんことよ!
「ほほう。子供を切り刻むのが趣味と云う冷酷な黒伯爵とて、妻は見過ごすことは無いと。そりゃまた大した自信だな」
なによー。そのイヤらしいにやにや笑い。モリスがわたしを見殺しにするとでも思ってんでしょーー!!
こいつ、絶対許さねぇ!!(はっ、言葉使い!)
「エムこん」にご来訪、ありがとうございます。
真珠のネックレス。結婚祝いにと、モリスから贈られた品でしたね。南洋の大粒の真珠で、虹色のテリが浮かぶ見るからに高価そうな品。この時代はまだ真珠の養殖なんてしていませんから、すべて天然もの。その中から、形や色、大きさ、テリまで揃えてネックレスに仕立てるのは、ものすごーく大変な手間と時間がかかったと思います。(養殖ができる現在でも大変なことらしいです)1個じゃネックレスになりませんものね。数を集めて、その中から選別して。磨いて、つなげて……。どのくらい、手間がかかったのだろう。
その前に、天然で大粒の真珠を揃えるのが大変だったはず! 大海の中で、偶然できた真珠を集めるのだけでも大変だと思うけど、揃えるとなると……。海賊たちが目の色を変えるのも当然なんです。
いや。問題はそこじゃなくて。
エムが人質になっちゃう。援軍、どうした――!?
というところで、次回をお楽しみに。





