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(貧乏)男爵令嬢エムリーヌ・ホルベインの結婚~ワケアリ伯爵様と結婚することになったのですが私もワケアリなので溺愛はいりません~   作者: 澳 加純 


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幕間 ホルベイン家の納税先

おじさんたちの悪だくみ編、パート2!

前回の幕間、「宰相閣下とジョリイ伯爵」の続きとなります。エムの結婚に仕組まれたウラが見え隠れ……。







 ボドワン・ガランダッシュの、決済書類へのサインの手は一向に止まらなかった。ただサインをするだけではなく、時に「これは不可」と書類を突き返したりしているので、内容も真面目にチェックしているのだろう。

 しかし、その間タビロ辺境騎士団団長のエドメ・キャンデルと騎士ギャレル・ダルシュは不動のまま待っていなければならない。相手は、泣く子も黙る冷血宰相だ。

 その横で、まだなにか言いたげなジョリイ伯爵も、声を掛けるタイミングを探し続けていた。


 気まずい沈黙が流れた後、紙の上をペンが走る音。その音が終わるや否や、サイン済みの書類は侍従のひとりが宰相の前から外し、もうひとりの侍従が未決済の書類を宰相の前に滑らせる。流れるような鮮やかに手際に、ダルシュは内心感心してしまった。

 こうでもしないと書類の山は片付かねぇだろうなぁ、とも思ってしまう。おまけに、毎日こんな調子で仕事をせざるを得ないのならば宰相ってのも大変だ、とほんの少しだけ同情もした。

 そのわずかな同情も、ガランダッシュの顔を見ると霧散してしまうのだが。



「――して、そのハマフとかいう海賊。現在どこにいるのだ」


 不意に発せられた宰相の言葉に、一同はびくりとした。冷血宰相は書類と格闘しつつも、頭の中では、次の仕事の手順(こと)を考えているらしい。


「はっ。レンブラント伯爵の調査ではハマフはベラス号を駆って、現在はクオバティス沿海まで一旦引いた……というより、仲間のアラソラ号が拿捕されたことにより、体制の立て直しを図っている模様。ただもう一隻フィスカ号の賊たちの一部が、別動隊としてカルマン村を襲いその後の行方が分からなくなっているという報告を受けています」

「で、そのフィスカ号とかいう船は現在どうなっておるのか」


「別動隊を下船させた後は、北上したらしいと聞いております」

()()()、では困るではないか」


 キャンデルの報告に、ガランダッシュが眉をひそめる。


「さようでございますなぁ。やはり海賊と繋がるレンブラント伯爵が、彼奴等を逃がしたとも考えられますぞ!」


 宰相の顔色をうかがっていたジョリイ伯爵が、待ってましたとばかりに口を挟んできた。

 まだ言いがかりをつけるのか、とダルシュが口を開きかけたところに、キャンデル団長が黙っていろの合図を送って来た。無理やり彼は言葉を飲み込む。


「ほう。北上とな。フィスカ号とやらはどこへ行く気なのか。ジョリイ伯爵よ、そなたはどう考える」

「はてさて。先のベラス号のように、少しでも安全なところへ逃げ込みたいでしょう。北方といえば、先の諍いの相手でもある隣国セルテもありますな。

 もしや、海賊どもはセルテ国と繋がっているのか? ならばレンブラント伯爵はセルテ国と図って、我が国を再び混乱の渦に落とそうとしているのやもしれませんぞ!」


 なんでそうなるんだと、今度こそ抗議の声を上げようとしたダルシュだが、その前に宰相がその意見を否定した。


「ははは。その陰謀説も面白いが、少々突飛であろう」

「なにをおっしゃいます。夜な夜な子供を切り刻むというあの伯爵であれば、国王陛下を裏切り、我が国を売ることもありえましょう」


「それも、またあり……か」

「さようでございます」


 我が意を得たりとでもいうのか、ジョリイ伯爵がにんまりと笑った。そのジョリイ伯爵の顔をちらりと横目で見た宰相が、フンと鼻を鳴らした。


「しかし我らはそのレンブラント伯爵の婚儀の祝いに、国王陛下の名代として出席しに来たのだがな。そういえばその伯爵の花嫁、なんといったか……」

「エムリーヌ・ジゼール・ホルベインでございます。閣下」


 我慢しきれず、ダルシュが言葉を発した。


「その娘、男爵令嬢であろう。王家とも縁のある名門貴族の嫁には、身分が不釣り合いではないか」


 でも許可したのは国王陛下で、ひいてはあんたも片棒担いでいるのだろうとダルシュは腹の中で不満を垂れた。貴族の婚姻は、国王の許可が必要。その国王は、宰相に仕事丸投げ状態だから、国の舵取りは宰相の腹づもり次第になっている。この婚姻の許可も、宰相が良しと云ったから成立したのだろう。

 誰の発案か知らないが、婚姻の許可が降りなければ、エムリーヌの結婚に形を借りた潜入捜査の任務は無かったのである。

 言いがかりに近いが、騎士で身を立てようと頑張っていた16歳の少女の人生を狂わせた原因の何分の一は、この宰相にもあるのではないだろうかと考えてしまう。


「確かジョリイ伯爵が縁組を取り持ったとか」

「はい。と申しましても、高級貴族のヨラ侯爵からどこぞに良い相手はいないかと頼まれまして」


 ヨラ侯爵。

 キャンデルとダルシュは、同時に頭をひねった。どこかで聞いたことがある名前だ。


「ヨラ侯爵。ああ、それこそ隣国(セルテ)との先の戦役の総大将であったな。レンブラント伯爵はその下で戦場の指揮を執っていたのだったか」

「さようでございます、閣下」


 あー、あの役立たず大将! とダルシュは合点したが、顔色には出さないように耐えた。キャンデル団長も口元をもごもごさせたから、恐らく同じことを思ったに違いないと推測する。

 侯爵は総大将の司令官ではあったが安全な後方から動かずで、実際に戦場で指揮を執り、獅子奮迅の活躍を見せたのはモリス・クリストフ・ジャン・マリー・レンブラント伯爵だ。参戦した兵士たちが、口をそろえて証言している。それゆえ国王は、恩賞のほどんどをレンブラント伯爵へと下賜したのだった。

 しかし、ここにはもうひとつ思惑が絡んでいる。昔から、ヨラ侯爵家とレンブラント伯爵家とはなにかと折り合いが悪い。そんな両家だから片方を優遇すれば、もう一方は不愉快に思う。この一件も侯爵家に遺恨を残すことになったのだが、それを裏で糸引いたのは国王と宰相だ。


 両家とも、名門高級貴族の家柄である。しかしながらレンブラント伯爵に黒い噂があるように、ヨラ侯爵にも近年(かんば)しくない評判が付きまとっていた。先物取引に失敗し、取り返そうと投資した貿易船が立て続けに嵐で沈没、巨額の借金を背負っているとか。

 そこへセルテ国への出兵と、ますます出費がかさんで実情は破産寸前という噂と、陰でその損失を補って余りある事業に成功し勢力を盛り返そうとしているという話もあった。


「確かエムのお父上の税金の納め先がジョリイ伯爵で、その先がヨラ侯爵じゃありませんでしたっけ?」


 小声でキャンデルに問うと、団長は小さくうなずく。この時代の納税の仕組みは、農民が地主や差配人に収め、その地主たちがその上の階級の領主に収める。そうして集まった税金を、領主はさらにその上の階級の領主に収め、やがて国庫に収まることとなっていた。

 貧乏男爵のホルベイン家は、貴族の端くれといっても小地主程度の家柄で、身分ピラミッドの下層に位置していた。


「以前エムが酔って愚痴った時に聞いた話ですが、セルテ出陣の際に、宴席で泥酔したお父上が抜刀騒ぎを起こして司令官の怒りを買ったとか言ってましたよね。その司令官様って……」

「恐らく、ヨラ侯爵だろ」


 そもそも。ヨラ侯爵がレンブラント伯爵の結婚相手をさがすという事態(こと)がおかしい。両家の仲は良くないのだから。


「なんすか、この因縁話。おかしいっすよね、団長」


「そこ、なにを勝手にくっちゃべっているか!」


 騎士団長と部下の小声の会話を目ざとく見つけたジョリイ伯爵が、声を荒げた。


「なんでもありません」


 キャンデルがすました顔で返答をした。





 そうこうしている間に時間は正午を回り、昼餉(ひるげ)の支度が出来たと宿屋の主人がやって来た。それを機に退席する予定だった。だがここでなにを思ったのか、宰相が鶴の一声を発した。


「団長と伴の騎士、昼餉を食べていくがよい」


 キャンデル団長ならまだしも、一介の騎士身分のダルシュにとってはありがた迷惑でしかない。それでも宰相の誘いともなれば断ることもできない。ならば、できるだけ早く食事を済ませるしかないと観念した。

 重たい空気と厳めしい顔をした男たちが囲むテーブルで、ダルシュは黙々とナイフと手を動かし料理を口に運んでいた。

 こんな状況では味はわからない。上手いとも不味いとも知れない料理を、ただ消化するだけだ。


 もぐもぐと口を動かしている最中に、ふとダルシュはもうひとつ、ある話を思い出した。


 現在はレンブラント伯爵領であるカステ地方だが、前領主はミロリー伯爵家である。当主ミロリー将軍亡きあと未亡人がしばらく管理していたが、そういったことに不慣れな夫人の元ではトラブルも多々あったらしい。そんな中、後継者がいないミロリー伯爵家は断絶となり、領地は国家に返納された。

 くだんの未亡人はどこかの修道院へ籠ったそうだが、その未亡人の実家が――。


「確かジョリイ伯爵家……」


 青い瞳がちらりと宰相の隣席のジョリイ伯爵を捉えた後、頭に浮かんだ憶測が彼の背中を寒くした。

 彼は貴族名鑑を諳んじている訳ではない。が、件の未亡人は後妻ではなかったか。事故や病気で亡くなった将軍の息子たちは前妻の子だったから、その死に後妻が関係しているのでは――と噂になった記憶がある。


 将軍は鬼籍、未亡人は俗世を離れた現在、噂の真相は定かではない。が。ジョリイ伯爵の態度を見ていると、この一件に伯爵が関与しているのではないかとも思えてきた。カステ地方には、クオバティス沿海に面した良港がある。


 彼はさらに記憶を掘り起こそうとしたのだが、ドアをノックする音がそれを中断する。緊急の使者が到着したという知らせだった。


「ロディー川とイゴール側の合流地点にかかるイロット橋が、原因不明の出火により燃え落ちた――とレンブラント館より知らせの使者がタビロ辺境騎士団駐屯地に到着。不審者による爆破の可能性もあるので、応援を求むとの要請がありました!」

「エムこん」にご来訪いただき、ありがとうございます。


これまで物語の中でちらほら語られてきたことが、少しずつ繋がってきました。

宰相閣下以下おじさんたち、かなりワルです。おそらくエムが一番ウラ事情をわかっていない。利用されまくっていますが、どうなることでしょう。


エムのお父さんの酔っ払って抜刀事件、2話でマルゴに語っていましたね。あれ、です。ようやく伏線回収。


あ、突然出て来た感満載の「ヨラ侯爵」ですが、34話でエムが「納税先の先の高級貴族ヨラ侯爵のお顔も拝したことなどございません」と愚痴っていたりします。名前だけ、二度目のご登場でした。


レンブラント館の危機は、タビロ辺境騎士団の方へは伝わっているのがわかりました。ついでに宰相にも、ですが。さて、肝心のモリスの方はどうなっているのでしょうね。


次回もお楽しみに。

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