42. 海賊の首領は独眼の男でございます
旧館の入り口の大扉の閂が外され、観音開きの重い扉がゆっくりと開いていきます。
目の前に現れたのは、ずらりと並ぶ海賊、山賊たちの姿。
ざっと見渡したところ100名以上、数えるたびに敵の数は増えているような気がいたします(どこから湧いてくるのよ!?)が、多勢であることは間違いなし。
騎馬の者もいますしそうでない者もいますが、どの顔も荒くれ者のそれで、みな凶徒と化していました。各々手には剣を携えたり、または弓矢を番えて、開いた扉から姿を現した私を標的と定め、今にも襲い掛からんと身構えております。
その凄まじさに、エムリーヌ・ホルベイン不覚にも二の足を踏んでいたのです。
私はごくりと唾を飲み込みました。彼奴等の姿は大広間に即席で造営された物見台の上から見てはおりましたが、こうして数メートルの距離で見るとでは迫力が違います。その視線だけで、射殺されてしまいそうなくらい。
彼奴等の身なりは垢じみたシャツにひざ丈のワイドパンツ。丈の長い作業着。擦り切れた革靴は、底が抜けそうですわね。
中には流行遅れの貴族風ジャケットを着ている者もいますが、おそらくその者は船長とか首領クラスなのでしょう。周囲の手下たちが、彼のことを「お頭」って呼んでいましたもの。
潮風と海水を浴びて衣服はゴワゴワ、日差しに焼けた肌は乾燥してカサカサ、汗と油で汚れています。髪も太陽に晒されて乾燥してウェーブがかかったというより、手入れもしていなくてくしゃくしゃといった方がよさそう。
海賊、山賊の違いはあれど、過酷な環境の中でとても衛生的とは言えない生活をしていることがありありとわかる恰好です。私が所属していた隊も勤務中は似たような環境でしたから「不潔!」と蔑みはしませんが、それでももっと身綺麗ななりでしたわよ!
さあ、エムリーヌ・ホルベイン!
ここから大勝負に出ます。
ああ。例のロングボウ(長弓)の射手も、こっち狙ってんじゃーん! マジかよっ!?
賊たちの前には勇敢な傭兵部隊が立ちはだかり、旧館へ詰め寄せるのを防いでいます。私はなるべくゆっくり、そう、まるで散歩に出てきた貴婦人然と優雅にスカートを揺らし、居並ぶ彼らの前まで進みました。
頼もしい悪友フラヴィを従えて。傭兵たちは動かさず、前に進み出たのは女ふたりなので、相手も余裕ぶっこい……もとい、余裕しゃくしゃくで構えています。
頭来ちゃう!!――ですが、
「皆様、ごきげんよう。結婚のお祝いにおいでくださったのであれば、ずいぶんと手荒い余興ですわね」
ここは優雅に。
でも貴婦人のお辞儀はしませんわ。その代わり、中央で一番偉そうにしている男(おそらく、こいつが首領!)を睨みつけてやります。髭面で片目の、擦り切れたジャケットを着た男に!
「そっちこそ、ずいぶんと荒っぽい歓迎をしてくれるじゃねぇか。奥方様よぉ」
下卑た笑いを顔に浮かべて、髭面首領はそう申しました。従う男たちも、同じような顔をして身を乗り出してきます。
威圧的な視線、イヤらしい目線。
荒事を生業にしている男たちに品位は求めませんが……おいコラ、距離が近いってば!
「荒事の方がお好きでございましょ」
「まあ、そっちがその気なら、こっちもやりやすい。小難しいことは苦手なんで、単刀直入に、簡単に行こうか奥方様。
俺たちはあんたの旦那、レンブラント伯爵にずいぶんと痛い目にあわされてねぇ。だからといってベラス号のハマフとしては、やられっぱなしという訳にもいかなくてね」
賊軍の首領は「ベラス号のハマフ」とかいう名前らしいですわね。独眼で髭面、大柄と風貌はいかにもなのですが、貧乏ゆすりが止まらないのはよろしくありません。大将としての威風が損なわれましてよ。
っていうか。やられっぱなしでいいじゃん! そうしようよ!
「まあ、それは大変でしたこと」
と、こともなげに。ついでに必殺キラースマイル付きで相手の顔を見返してやります。男はわざとらしく片眉を吊り上げました。
スマイルはご機嫌とりじゃございません、嫌みでしてよ。ハマフは口を歪めたので通じたみたいですわね。
「新婚の奥方様にゃ悪ィが、目を潰された恨み、落とし前をつけさせてもらう」
「嫌ですわ」
私の即答にハマフとやらは顔を引きつらせておりましたが、後ろの子分連中は、お頭と世間知らずの貴族の奥方の珍問答を面白がって大笑いを始めました。
どこの世界に「落とし前でございますか。はい、どうぞ」で承諾するばかがいるっていうのよ!
しかも潰したのは私じゃなーい!(モリスだけど)
「ところで奥方様、あんたの後ろに控えている女騎士は、制服から察するにタビロ辺境騎士団所属かな。何でここにいる?」
「いいじゃない。友人代表よ」
フラヴィ、悪びれることなく返答を返します。祝辞じゃないから……。私の顔の方が強張りました。
「ところで海賊さん。ええっと、ハマフさんとかおっしゃいましたっけ?」
ここで口元に手を当てて、必殺・上目遣い――っていうか、相手の方が伸長高いからどうしてもそうなるんだけど――で、あざとぶりっ子攻撃!
賊の首領相手っていうのが悲しいけれど、マルゴとドニを救うためよ! 許してね、モリス。笑うな、フラヴィ。
――で、デレるこいつもこいつだわ。
向こうが私を世間知らずの甘ちゃんだと思っているのなら、好都合です。すっとぼけて、そう思わせておきましょう。
「あなたのお頭は潮風に晒されて錆びてしまいましたのかしら、お話が通じていませんわ。あなたの目を伯爵様が潰された、とかいうお話はわかりました。いかにも恨みに思いそうなことですわね。
でも、ここにいるのはあなたの部下――あ、手下とか云うのでしたわね。それだけではございませんでしょう」
ハマフは訝しげに顔を歪めました。
「そのタビロの女騎士様に、教えていただきましたの。腕に赤い布を蒔いているのは、ビスエヤ山脈を根城に悪行を働いている山賊団ですってね。
ハマフさんは海賊でしょう。ならば山賊団は、あなたや伯爵様とは関係ないのではありませんの。それとも山賊団もあなたの手下なのかしら?」
「いいや、違う。だが俺たちは、利害さえ一致すれば共に動くことだってできるんでね」
「あら、利害ってなんですの?」
ハマフは、小首をかしげる私を完全に見下したようです。この男、意外と感情が顔に出てしまうタイプらしいですわね。
「そう簡単に教えるわけにゃいかない。あんたの大事な伯爵様に落とし前を付けたら、教えてやるさ」
「あら。でもそれとその子たちは関係ございませんでしょう。私の大切な侍女と、世話をしているかわいい拾い子です。
お返しいただけませんかしら?」
世間知らずの上に、空気も読めないばかな小娘とでも思ったかも。手下たちが、どっと声を上げて笑ったのです。
「若い娘と子供は、奴隷として高値で売れるんだ。しかも、どっちも見目はいいから良い値が付くだろうな」
「なんですって!?」
怒りの声を上げるフラヴィ。驚くレンブラント伯爵夫人。
もちろんこの反応は芝居です。彼奴等がそう言いだすと思っていましたから、ここは想定内。私とフラヴィは、素早く目配せを交わしました。
人質のふたりは後ろ手に縛り上げられ、喉元に刀を突き付けられています。小さなドニが恐怖に耐えきれず、泣き始めました。マルゴも真っ青な顔で震えています。
早急にふたりを助けねばなりません。幼いながらも、必死で堪えているのですもの。
「エムこん」にお越しいただき、誠にありがとうございます。
いよいよエムと海賊山賊連合軍(の首領)の直接対決が始まりました。
ところで、賊軍の首領「ベラス号のハマフ」。モリスとは因縁の仲の様子。
それと海賊と山賊、利害が一致したとか言っていましたが。利害って、なんでしょうね。
そしてエムとフラヴィはどうやってマルゴとドニを助け出すつもりなのか!?
風雲急を告げる(予定)の次回、どうぞお楽しみに。