43. 奥方様の役割 ⭐︎
ビスエヤ山脈を根城にしている山賊団、ですって!?
以前にも申し上げましたとおり、山中において旅人などの通行人から財物を奪取する強盗,またその集団のことを山賊と呼びます。これが海上での行為になると、海賊となりますが。
ビスエヤ山脈は我が国と隣国の境にあたり、山脈に接するタビロ地方は、大きな声では言えませんが少し前の時代まで、あまり治安の良い土地ではありませんでした。交通の要所ということもあり、隣国から何度も侵略の襲撃があったのです。
民衆はそれに備え、自営組織を作りそれに対抗していたのですが、その中でも力を持った一部の組織が、本来の「自衛」を越えて盗賊まがいな行為も行う集団へと変わっていったのだ、と私は辺境騎士団の訓練生の頃教えられました。
国家としては、歴史ある都を有し大陸交通の要所でもあるこの地方を、無法地帯のままにしておくことは出来ません。
王家の直轄地になったことがきっかけで、王都から辺境騎士団が派遣され、行き交う旅人の安全とタビロ地方の治安はだいぶ回復されたのです。が、盗賊団の方も対抗して、機動力のある別働隊を組織したのでした。
それが馬を巧みに駆る遊撃部隊、馬賊でした。
なんでそんな奴らがここにいるのよ。態を潜めているんじゃなくって、南ターレンヌまで出張しているから、国境沿いは平和だったっていうの?
「まさか、海賊と手を組んでいるとか言い出さないでしょうね?」
「その可能性の方が高い気がするんだけど」
ボソッと恐ろしいことを言う、フラヴィ。やめてよぉ。
「奥方様、フラヴィ。その議論は後回しにしてくれ。今はこのレンブラント館を守る方が先決だ。敵はもう目の前に来ているんですぜ!」
コルワートの忠告に、フラヴィと私は我に返りました。
彼の申すとおり、今は議論の時ではありません。するべきことは別にあるのです。
留守居隊の人数は50名程度。こんな事態を想定していなかったので、館とその周辺の治安維持を保てるくらいの人数しか計算しておりませんでした。まだパトロールから戻っていない者たちがいると考えると、すぐに対応できる兵の数は半数程でしょう。
相手の兵力は、いかほどのものでしょうか。目視確認で70名ほどと申しておりましたが、正確な数はわかりません。別動隊がいる可能性もあります。
彼らの装備はマスケット銃と腰のレイピアだけでしょうか。海賊は大砲をぶっ放……(ああ、言葉遣い)打つと聞き及んでおりますが、そんなもの繰り出されては困ります。
しかしわが軍……あっ違った、わが家の不利だけは間違いないでしょう。戦闘可能な人員より、お客様や子供たち非戦闘員の数のほうが多いのです。
でも栄えあるレンブラント伯爵家として、彼らの安全はなにがなんでも守れねばなりません。
「旧館入り口の大扉を閉めなさい。閂をかけてしまえば、あの大扉を突破するには破城槌か投石機でも持ってこなければ壊せやしないんだから!
そのほかの入り口もすべて扉を閉めて。その前に、新館に残っている使用人や侍女たちを、旧館に避難させることも忘れないでね。籠城戦に持ち込むわ。援軍の到着を待つのよ。
さあ傭兵隊の方々、レンブラントの勇気を示すときです! 剣を取り、いざ……――」
と、交代制の休憩タイムに私たちと一緒に食事をしていた傭兵たちのテーブルに目をやると、なにやら彼らの様子がおかしいのです。
テーブルに突っ伏して震えている者、必死で食べたものを吐き出そうとしている者、果ては椅子から転げ落ちる者までおります。
どうしたの!?
他の席のお客様の間に動揺が走り、悲鳴が上がりました。
急ぎ中隊長にフラヴィとロラ、コルワートが彼らの元に駆けつけ容態を確認いたしましたところ、
「やられた。ワインの壺に遅効性の毒薬を盛られた。コルワート、その忌々しいワイン壺は、これ以上被害者が現れないように片付けてちょうだい。被害にあったのは傭兵たちだけだから、おそらくこのテーブルのワイン壺に、さっきの軽業師が薬を仕込んでいきやがったに違いないわね」
フラヴィの眉間のしわがまた深くなりました。その報告を聞いた私の眉間にも、おそらく彼女に負けないほどの縦じわが刻まれているはずでしょう。
幸い混入された毒は少量であったこと、そして傭兵たちも多量に飲酒していなかったようで、コルワートの見立てでは命に別条があるほどではなさそうだと申します。それはよろしいのですが、これでまた戦力が削がれたのは間違いありません。
ええい。筒爆弾だけじゃなく、こんな置き土産もしていったのか。あの軽業師に化けた海賊は。
余計なこと、するんじゃねぇよ!(あぁぁ。騎士団時代の荒っぽい言葉遣いに戻ってしまう。実家での矯正特訓の成果がッ。お母様の付け焼き刃貴婦人教育が崩壊する。苦労して被った猫の皮が全部剝がれるじゃん!)
もうこうなったら、とっ捕まえて生皮を引ん剝いてやるッ、ですわ。クソッ!(あ、いろいろとお聞き苦しい言葉が出てまいりましたが、聞き流してくださいませっ)
いけない。こんな時こそ頭を冷やさねば。
エムリーヌ・ジゼール・ホルベイン、お前の役目を全うするのよ!
己を叱咤いたしました。
私は「奥方」として、使用人たちに指図をしなければなりません。伯爵様が居られないのですから、主としてこの館を守らねばならないのは私。着飾って優雅に客人をもてなすのも、夫の留守に館を敵から守るのも奥方の役割なのですから。(……まだ正式には結婚していないけど)
「中隊長、コルワート。最悪、新館の損害は致し方なしとしましょう。お客様や子供たち、芸人たちを守る方が大事です。
毒に当たった傭兵たちは回復するまで広間で待機。体調が正常に戻った者から参戦するように、でも無理はしないで。
ペラジィ、あなたは子供たちの安全を優先して行動してちょうだい。マルゴも、よ!」
――と。ああ、そうだ。マルゴはドニと南の森の館へお菓子を届けに行ったのでした。
ふたりの安否もわかりません。また心配事が増えました。ああ、どうかふたりとも無事でいて!
そして騒然とする大広間のお客様方を鎮め、落ち着かせなければなりません。今一度、私は声を張り上げました。
「この場に集われた皆様、ご安心なさいませ。この旧館は石造りの堅剛な建物です。その昔は、要塞としての機能も果たしていたと伯爵様からお伺いしております」
正確には、教えてくれたのはリヨンと名乗っていた伯爵様なのですが。
「ここにはわが家が誇る、傭兵部隊の強者たちがおります。強固な館と臆することのない強者たちが、レンブラントの名に懸けて皆様を危険からお守りいたしますわ。
すでに知らせを走らせておりますから、伯爵様も兵を率いてお戻りになるはず。タビロ辺境騎士団の精鋭たちも駆けつける手はずです。
恐怖に捕らわれないで、私たちの指示に従ってくださいませ!」
恐怖に駆られた人々が小娘の言葉に従うか不安でしたが、傭兵たちやイサゴたち上級使用人たち、葡萄茶色の辺境騎士団の制服を着たフラヴィが、私の後ろに控えていることが彼らの心に信頼感を与えたのでしょう。
この場に姿はなくとも、レンブラント伯爵の威勢が、この館を守っているのだと信じているのかもしれません。
かく言う私も、モリスの存在を強く感じていたのです。生身の身体は遠く離れていても、お心はすぐそばにいてくれるのだと。
私はエムリーヌ・ジゼール・ホルベイン=レンブラント。
人々は声高に不安を訴えていた口を閉じ、伯爵夫人の次の言葉に従う意思を見せたのでした。
イラスト:深森様
「エムこん」にご来訪ありがとうございます。
さあ、頼みの綱の居留守隊にも異常事態発生。ただでさえ少ない兵力がまた削がれてしまいました。
少ない手勢でどこまで持ち堪えられるか、エム。
マルゴとドニの行方も心配。伯爵と辺境騎士団の応援は間に合うのか?
大波乱(多分)の次回をどうかお楽しみに!
イラストは深森様。美しいモリスをありがとうございます。





