41. 女には、剣にも勝る武器なのですわ
ジャンルはイセコイです。
でも今回もアクション回です。エムのお転婆ぶりは止まりません(←諦めた……)
マルゴと一緒にいるというのは、おそらくドニのことでしょう。お菓子を届けるといって、ふたりで南の森の館に出かけたのですから。
ロングボウの名射手がこちらを狙っていないことを祈りつつ、私はそろそろと窓から顔をのぞかせます。
――って。あの野郎、矢を番えてこっちを狙ってんじゃん!(ああ、言葉遣いッ)
フラヴィと一緒に慌てて顔を引っ込めて。もう一度、そぉ~っと顔をのぞかせ、外の様子を探りました。
旧館の前で、傭兵部隊の猛者たちと賊らが対峙しておりました。膠着状態、とでも言いましょうか。その賊たちの列の中央に、荒縄で後ろ手に縛られたマルゴとドニが立たされていたのです。ふたりとも真っ青な顔をして震えています。
鷹の目を持つエムリーヌ・ホルベインは、はっきりと確認いたしました。
「間違いないわ。どうしよう」
ん、もぉぉ! あいつら、なんてことするのよ。ふたりとも、まだ子供なのよ!
助けなくちゃ。
「出てきやがれ、レンブラントの奥方様よぉ! 伯爵様が留守で、恐ろしくって出てこれないってかぁ」
外からいやらしい声がかかりました。ごめんあそばせ。怒りで多少偏見が混じっているかもしれませんが、割れ鐘のような濁声で、耳に心地よいとは到底言い難い声であることは間違いありませんの。
「挑発よ。乗るんじゃないわよ、エム」
「わかっているけど、マルゴとドニが捕まっているのよ。あたしが行かなくちゃ」
焦る私に、フラヴィは鬼のような形相で引き留めるのです。
「なに言ってんの。あんたはレンブラント伯爵夫人で、賊を相手にするような身分じゃないのよ。言ったでしょ、もう辺境騎士団の騎士じゃないって」
「でも、レンブラントの奥方って呼んだわ。あたしのことでしょ?」
「だから挑発しているだけだって!」
わかっています。でも、私が行かなくちゃ、マルゴとドニがどんな目に合うのかわかんないじゃん!
ああ、動揺しているので言葉遣いが無茶苦茶になっているよう。
「でも、それでも……」
「だから、落ち着きなさい。それに、あいつらの前に出て行って、どうする気なの? あんたが捕まっちゃったら、一番困るのはレンブラント伯爵よ」
「でもぉぉぉ~」
フラヴィは私の両肩を掴み、揺さぶりました。動揺を抑えきれない未熟な私に渇を入れるためだったと思います。が、だいぶ荒っぽく揺さぶったので、同時に足元の机もガタガタと音を立て揺れ始めました。
なにせ急ごしらえの、机を積んだだけの物見台なので安定性が乏しいのです。つい、忘れちゃうけど。
「とにかく。あんたは物見台から降りなさい。まずは、深呼吸して気持ちを落ち着ける。それが先決!」
うん。けど、ここから降りるったって。
先ほど危機一髪でロングボウの矢を回避したのですが、その際に味わった驚きと恐怖で、お恥ずかしながら身体から力が抜けてしまいましたの。
だって私めがけて一直線に飛んでくる矢じりと、死を賭けたにらめっこをしたんですもの。放たれた矢ですから、猛スピードで迫ってきていたはずですのに、私の目には恐ろしいほどゆっくりしたスピードで飛んでくるように見えたのです。
ですから、もうダメかもしれないと覚悟を決めかけていたにもかかわらず、「ここで死んじゃったらマルゴとドニを救えないし、モリスの信頼にも応えられないじゃん!」と考えたら身体が動きました。よくあの強弓を避けられたと感心しちゃうよ、あたし――じゃなかった、わたくし。
九死に一生は得ましたが、まだ足が震えていますし、どうやって下まで降りればよいのか。
その時です。
「奥方様。ここへ飛び降りてこれますか?」
イサゴや回復の見られる傭兵、さらにお客様方の中から力のありそうな者たちが数名。タペストリーの端を持ってぴんと張り、その場しのぎではありますが、高所降下用の救助器具を準備してくれました。あ、さっき大声で怒鳴っていた大柄なクマ使いの曲芸師も手伝ってくれているじゃない!
「参ります!」
言うが早いかフラヴィの手も借り、いざって物見台の端まで身体を移動させると、私はためらいなく宙に舞いました。
多少荒っぽい手段ではありました(あ~、貴婦人にはあるまじき行動の連続。忘れて!)が、無事大広間の床の上に立てた私は、イサゴやゼフラ中隊長に元女騎士の侍女ロラ、フラヴィ(彼女も私の後にタペストリーの上に飛び降りて来ました)と、緊急作戦会議を開いておりました。
もちろん一刻も早くマルゴやドニを助けてあげたいのですが、フラヴィが言ったとおり交渉に立った私が捕まってしまったら、レンブラント伯爵が困ります。そうならないために、なんとか手段を講じなければなりません。
と同時に、ペラジィの指示でタペストリーを衝立代わりにして、大急ぎで身支度を整え直すことに。そのまま旧館の大扉の前にダッシュしかけた私をロラが引き留め、レンブラント伯爵の奥方様をぐしゃぐしゃの格好のまま人前に出せませんと、ペラジィから無言の圧力を掛けられました。フラヴィにも「貴婦人たるもの、体裁を保つことも考えろ!」と怒られるし~。
ああ、高貴なご身分の方々の行動って、まどろっこしい!!
「知らせは飛ばしてあるんだから、伯爵様やタビロ辺境騎士団がもうすぐ駆けつけてくるはずよ。いい、エム。あんたの仕事は、とにかく時間を稼ぐこと。応援が来るまで、なんとしてでも時間を稼いでちょうだい!」
フラヴィは簡単に言いますが、どうすればそんなことが出来るっていうの。
「……って、どのくらい?」
顔をしかめる私。お構いなしに、ロラが手早くカールを直します。髪飾りも。
すると衝立代わりのタペストリーの向こう側から、ゼフラ中隊長の声が。
「相手の挑発に乗らず、のらりくらりと要求をかわしてください。奥方様」
「苦手です!」
いっそあなたがやってくれませんか――と言いかけた私の唇を、動かないでとペラジィの持った紅筆が制止させます。
「落ち着いてくださいませ、エム様。賊たちは、伯爵様が戻ってくるとは露ほども考えてはいないはず。ましてや辺境騎士団まで駆け付けるなどと、どうして思いつきましょう。ですから大挙してこの館に押しかけて来たのです。伯爵様を悩ませてきた悪党どもを、一網打尽にできるまたとない機会でもあるのです。勇気を出してくださいませ」
それはそうでしょうけれど、ロラ。こちらも、スカートに付いたほこりを払う手を止めずに。元女騎士だけあって、意見は勇ましい。だからって、どうすりゃいいのよぉ~。
「エム様」
エレ騎兵中隊長の妻でもあるペラジィの声は落ち着いていました。
「エム様はこの館の女主人、レンブラント伯爵夫人なのです。堂々としておられればよろしいのです。この国の大貴族の夫人として、人質の返還を要求すればよいのですわ。そして一歩も引かぬこと。これはお得意ですわね」
うん、……って思わずうなずいちゃった。
「貴婦人には貴婦人の戦い方、武器があります。美しく装うことも、女には、剣にも勝る武器となりますわ」
ペラジィはにっこり笑いますが、その武器、どう扱えば効果的なのか?
――おぼこの田舎娘には難題なんですけれど。
戸惑っている間に、化粧直しもドレスの着崩れの直しも済んでおりました。相変わらず、ふたりは手早い。さすが、モリスのお眼鏡に適った優秀な侍女たちですわ。
口から息を吐き、下腹に力を入れます。
なんとしても、マルゴとドニを助けてあげねばなりません。私はシャンと背筋を伸ばし、口角を持ち上げると、貴婦人らしく優雅に歩を進めていきました。
「エムこん」へ、ご来訪ありがとうございます。
エム、いよいよ賊たちと直接対決することになりました。きっとまた暴れるのね。
海賊・山賊連合軍がなにを要求してくるのか? 次回もお楽しみに。