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40. 頭蓋骨に風穴を開けられるのは困ります

物騒なタイトルですが、そのとおり大ピンチからの急展開です!






 物見台に上がったフラヴィが明り取り窓から外の様子をうかがっておりましたら、なにがあったのか、急に身をひるがえしました。狭く足場の悪い高所での動きですから、観ているこちらの方が肝を冷やします。


「ん、もう! ロングボウを射かけるなんて。当たったらどうなると思ってんのよ!」


 ――死んじゃいます。グサッと矢が突き刺さって、おそらく即死でしょう。


 ロングボウ(長弓)とは弓の一種であり、名前のとおり長さが120~180センチほどもある長大なものです。その有効射程は270メートル越え。発射位置や技量、筋量、熟練度次第によっては500メートルまでも飛距離を伸ばせるのだとか。とにかく長距離の的を射抜くことができます。


 何度か申しましたとおり、この旧館は有事の備えを考慮して建てられたものでした。籠城可能の、ほぼ要塞仕立て。頑丈な石造りの壁で、天井近くに明り取りの窓があるのみ。大砲でも撃ち込まれない限りは大丈夫、弓矢でもマスケット銃でも陥落するものかと高を括っておりました。

 実際、ロングボウではこの壁を打ち抜くことはできないでしょう。けれど射掛けられた矢が、窓をくぐり抜けて室内に降ってきたら困ります。


「どうしよう、これじゃうっかり窓から顔を出したら標的にされちゃう。様子をうかがう事もできやしないわ!」


 海賊山賊連合軍の装備や数を確認したいのに、これではそれもままなりません。

 フラヴィが盛大な舌打ちをして地団駄を踏んでいますが、そんな高所の足場の悪いところでジタバタしたら、矢が当たる前にそこから落ちちゃいそうだからやめて! 積み上げただけの即席物見台は不安定なんだからね。

 案の定即席物見台はグラグラと揺れ始め、そばにいた使用人たちが急いで机の足を押さえ崩れるのを防ぎました。


 ああ、やっぱり外の様子をこの目で確かめたいです。ロングボウは、射手の技量によってはくさび帷子(チェインメイル)どころか、鉄製の鎧(プレートアーマー)を貫くこともできるとも聞き及んでおります。(この目で確かめたいっ!?)

 外で応戦している傭兵たちは無事でしょうか? ロングボウを使える者が大勢いて、雨あられと矢を射かけられたら、いかに優秀な傭兵部隊でも無事では済みません。フラヴィもそう考えているのか、なんとか外の様子を見ようと首を延ばすのですが、すぐさま体制を低くせざるを得ないということは、ロングボウの使い手はかなりの熟練者で正確に高所の窓を狙って射ているのでしょう。

 賊らの中にロングボウの名射手がいたのは、完全な計算外でした。


 そのうち外から幾度か銃声が聞こえ、興奮した大きな声も聞こえました。なにが起こったのか確かめようとフラヴィがそろそろと窓から頭を出そうとしたとたん、短い悲鳴と共に彼女は身体を伏せたのですが、勢い余って物見台から落ちそうになりました。その光景を見ていた広間にいた全員の口から悲鳴が上がり、そして次の瞬間、高窓から矢が飛び込んできたのを目撃したのです。


「あぶない!」


 幸か不幸か、矢は天井の梁に突き刺さり誰もケガはしなかったのですが、非戦闘員のお客様方の心に恐怖心を植え付けるのは十分でした。バリケードを押しのけ、我先に逃げ出そうと争い始めたのです。


「なりません! ここで内から崩れては敵の思うつぼです。レンブラントの誇り高い兵士たちは必ずあなた方を守ります。どうか私たちの指示に従ってください。万事、私たちにお任せくださいませ」


 (わたくし)はバリケードから一番に飛び出してきた、身体の大きなクマ使いの曲芸師の男の前に立ちはだかると、大声で叫びました。

 声を張り上げるなど、貴婦人としてはあるまじき行為ではありますが、今は非常時なのでお許しくださいませモリス、お母様。


「奥方様のおっしゃるとおりになさってくださいませんか?」


 老執事のイサゴが落ち着いた声で付かさずフォローを入れてくれます。感謝。


「おうさ。今逃げ出したって、外にいる賊らに寄ってたかって殺されちまうぜ、にいさん」


 いつの間にか戻ってきたコルワートまで口添えしてくれて、事態収拾に一役買ってくれました。さらに、


「奥方様、何名か傭兵をお借りしてもよろしいでしょうか」


 と申します。私が首をかしげると、


「ちょいと奴らを脅かしてやろうじゃありませんか。やられっぱなしじゃ、気が済まねぇですからね」


 なにするつもりなのでしょうか。すご~くワルイ顔していますよ、コルワート。





 

 回復した数名の傭兵を連れて、コルワートは厨房脇の出入り口(例の、家庭菜園へと続くあの出入り口です)からこっそり脱出。教えてはくれなかったので、どうやって賊らに一泡吹かせてやるのかはわかりません。

 彼のことだから、勝算はあるのでしょう。フラヴィから聞いた話によれば、コルワートは調理人になる前は傭兵だったそうです。ナムーラ隊長の傭兵部隊の諜報部員として、各地を渡り歩いたなかなかの猛者だったらしいですわよ。

 

 あちらはコルワートたちに任せ、私は侍女たちと共にバリケード内に避難しているお客様方や子供たちの不安を解消すべく、声を掛けて回っておりました。

 大人でも不安なのですから、子供たちはもっと恐ろしかったのでしょう。ずっと泣いている子もおりましたし、震えが止まらずカタカタと歯を鳴らしている子もおります。そんな子らのそばに参りますと、彼らは私のスカートにしがみついてきました。抱きしめ、背中をさすってあげたのですが、これで少しは安心できたのでしょうか?

 そして、南の森の館へお菓子を届けるといって大広間を抜け出したドニとマルゴは無事なのでしょうか?


「大丈夫でございますよ、奥方様。そんな悲しげなお顔はなさいますな」


 すでに結婚して子供までいるペラジィは、さすがにむずがる子たちのあしらいが上手です。スカートに取り付いている子供たちをさりげなく引き離しながら、途方に暮れている小さな子供みたいな私にもそう励ましてくれました。


「総司令官が不安を表情(かお)に出したら、負けてしまいますよ」

「それはいけませんね。ペラジィはダーナー騎士団騎兵中隊の中隊長の妻だけあって、肝が据わっていますこと」


 いつの間にか弱気になっていたようです。私は無理やり口角をあげて、笑顔を作りました。悲しい顔をしていたら、悲しいことしか起こりません。辛いとき悲しい時こそ、顔をあげ上を向かねばいけないのです。


 その時です。外からドーンという大きな音が聞こえて参りました。マスケットの銃声ではありません。もっと大きい。そして混乱する声。怒声。馬のいななきや悲鳴に近い驚きの声も聞こえます。

 再びドーンとか、パパーンとか、矢継ぎ早の破裂音。なにが起こっているのでしょう!?


「エム! コルワートったら、とんでもないこと始めたわよっ!」


 物見台の上から降ってくるフラヴィの愉快そうな声。

 ああ、もう。ジッとしてなどいられません。私も物見台の上にあがり、この目で外の様子を探らねば気が済みませんわ。


「皆様。しばらくの間、下を向いていてくださいな。私が良いと言うまで、決して顔をあげてはいけません事よ!」


 そういうが早いか物見台に駆け寄りますと、イサゴや使用人たちが止めようとする前に、積み上げた机をよじ登り始めました。大広間の一同、驚きのあまり声を失ったようですが(後で聞いたところ)お客様方と子供たちはすぐさま下を向き、使用人たちは奥方様が落ちないようにと机を押さえたり、不届き者が顔をあげないようにと見張ってくれたそう。

 不安定な足場より動きにくいドレスと格闘しつつ、三段目まで登ったところで、上から伸ばしてくれたフラヴィの右手を掴んで引き上げてもらいました。


「重いわよ。食べ過ぎで太ったでしょ」

「うるさいわね。それよりなにが起こったの?」


 促されて窓から顔を出してみると。

 コルワートたちは今晩打ち上げる予定だった花火を、賊たちに向かって打ち込んでいたのです。そうです、忘れておりました。披露パーティーの余興で打ち上げる花火、今夜テスト打ち上げも兼ねて、子供たちと花火大会を楽しもうとセッティングしてあったのでした。それを大砲代わりに使うなんて!


 なんてユニークで楽しい戦法を思いついたのかしら、コルワートって天才かも!!


 大砲より威力は弱いけれど、賊たちを驚かし、蹴散らすくらいならば十分です。旧館の前に詰め寄っていた海賊山賊連合軍は、クモの子を散らすように散っていきます。その中にはロングボウを携えた者もおり、おそらく彼奴こそが矢を射かけた熟練射手なのでしょう。

 その者、馬の扱いも巧みで、素早く飛んできた火花を避けました。普通弓兵は歩兵であることが一般的ですが、するとあの者は馬上からもロングボウを扱えるのでしょうか? とんでもない賊もいたものです。


 ――などと感心していたら、その者と目があってしまいました。お互い一瞬びっくりしたのですが、次の瞬間その者は馬を走らせながら矢筒(クィーバー)から矢を引き抜き、つがえ、矢じりを私に向け十分に引いた弦を……って――やばっ!!

 

「エムッ!」


 悲鳴のようなフラヴィの声。

 間一髪。本当に間一髪のところで私は窓の下に隠れ、その頭上を風を切る音が通過していきました。ず……頭蓋骨に穴が開くところでした。怖かったよう。

 隣でフラヴィも真っ青な顔をしています。


「ああああんた、やっぱり下にいなさい。奥方様が物見台の上(こんなところ)にいちゃダメよ」

「ムリ。今腰が抜けちゃっているから、降りるなんてムリよぉぉ」


 お互い声が震えています。めちゃくちゃ怖かったくせに、なぜか笑いが漏れてくるんです。しかも妙に空々しい。

 外からはまだ破裂音や、マスケットの発砲音、怒鳴り声の応酬など騒々しいのですが、フラヴィと私は命拾いできたことに喜びを静かに感じていました。でもそんな時間も長く続きません。下から声がかかったのです。

 ゼフラ中隊長でした。


「奥方様、大変です。外をご覧になることができますか? 賊らがマルゴと幼い子供を人質に、奥方様との交渉を要求してきました!」


 なんですって!!


「エムこん」にご来訪、ありがとうございます。


エムの心配が的中して、ドニとマルゴが敵の手中に。どうする、エム。

次回をお楽しみに。

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[良い点] 出ました弓兵! 手堅い攻防にドキドキします。 エム、ドレスで登るって凄いです。足元だって歩きにくい靴でしょうし。 次回も気になります。ですが慌てず。こちらは待つの楽しませていただきます〜…
[一言] 花火の応戦は見もの! ああ、でもマルゴたちがぁぁぁぁ!ピンチは続く…… 助けてモリス!!
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