36. タビロ辺境騎士団は人身売買組織を許さない
タビロ辺境騎士団がビスエヤ山脈の麓から南ターレンヌまで、遠路はるばる引っ張り出された。
――そうですわよね。辺境騎士団は国境を守るのが役目ですもの。
「それに。
南ターレンヌは王都から離れてはいるけど、辺境じゃないわ」
辺境騎士団は我が国の正規軍を構成する戦力のひとつで、主に、在郷の騎士たちによって構成されております。他に私のような付属の幼年騎士養成所で訓練を受けそのまま就職と云う者や、他の騎士団から流れてきた者もおりますが。
ところで。辺境騎士団と申しますと、のどかなド田舎の僻地を守備しているように考えている輩もいるようですが、実際は違います。ちなみにエムリーヌ・ホルベインが所属していたタビロ辺境騎士団は、国領の東側の国境線を守っておりました。
地図上では王都からは距離があり隣国との境界に接していますが、ご存じのとおりタビロ地方は古くから王家の直轄領で、街道の要所でもあります。領都タビロスの名は歴史書にも残されているほど。王都より歴史が長く、現在でも我が国の中でも五指に入る大きな宿場町、としても有名ですわよね。
ちなみに、モリスの治めるアピガもその五指に入っておりますのよ。えっへん!
あ、それはさておき。
そのタビロ領と隣国との国境を境にするビスエヤ山脈沿いを守備する騎士団ですから、決してタビロ辺境騎士団はヒマではございませんことよ。その騎士団――の少数精鋭選抜部隊が、団長と共にシュミンナまで来ているって云うから不思議で仕方なかったのよ。
国境警備はどうなっているのかしら?
「ああ、その点は安心なさい。副団長と残りの騎士団員が、いつも以上に厳重に国境沿いとビスエヤ山脈を重点的に見回っているわよ。タビロスの市民で編成された自警団共連携を組んでパトロールと監視を強化しているから、山賊たちも大人しく態を潜めている。昨晩、副団長からの報告にはそうあったわ」
フラヴィが髪を掻き上げながらそう言いました。
彼女がそう言うのなら、間違いはないでしょう。あのギャレル・ダルシュが伝令使として、タビロ領とシュミンナ、そしてアピガ・ペンデル間を走り回ってくれているそうです。ご苦労さま。
っていうより、まがりなりにも正規軍の一角でもある辺境騎士団をパシリ……いえ、こんな風に顎で使える人物って誰よ?
それにここはレンブラント伯爵の自治領でしょ。領主の許可を得ず、勝手に進入して駐屯までしちゃって良いと思ってんの? 本来なら不法侵入として、裁判沙汰になってもおかしくない話です。
レンブラント伯爵夫人(予定)は聞いていなぁ――い!!
「ハイハイ、奥方様。そこは、ちゃんと話を通してあるわよ。じゃなきゃ、あたしはここにはいられないでしょーが! 不法侵入一味の仲間として、あなたの旦那ご自慢の諜報部隊に拘束されて、地下牢に繋がれてるでしょうよ。
それとここまで出張ってきたのは、国境沿いの山脈を根城にしている山賊たちも人身売買組織に加担しているらしいって情報を宰相閣下が耳にして、こっちにも協力要請が来たからよ」
げっ! そこに出てくるのか、ボドワン・ガランダッシュ宰相~~~~!!
国王陛下の信任厚く、国政の切り盛りを任され――っていうか、現在は内政から外交まで牛耳っちゃってる鉄腕宰相閣下。そうね。この人くらいの権力と地位が無くちゃ、正規軍を「ほいさっ!」とは動かせないわよね。
なるほど、そうですわね。ビスエヤ山脈には、凶悪な山賊の根城がありました。山中を通る旅人や商人を襲って金品を奪う(場合によっては命も!)という被害が後を絶たず、タビロ辺境騎士団がどれだけ頑張ってもなかなか根絶やしには出来ませんでした。
退治しても、退治しても、どこから湧いて出てくるんだってカンジで!(まるでGのように……)
あのお年齢に似合わず(←ごめんあそばぜ!)の熱血宰相閣下からすれば、そんなことゆゆしき問題を放置しておくことなんて出来ませんわよね。おまけに我が夫の黒い噂もお耳に届いちゃっているようですし……。地獄耳め!
あれ、山賊の動きって、モリスたちが追い掛けている海賊たちと似ていませんか?
「おや、奥方様もそうお思いになる?」
フラヴィがニタリと笑いました。彼女がこんな顔をして笑うときは、なにか含みがあるとき。私は口元にハンカチを寄せて、
「思いましてよ」
事態はとんでもない方向へ、大きく動いていたようです。
それはそうと、モリスの容疑は晴れたのでしょうか!?
元々アレは、海賊たちを誘き出すための偽情報でしたのよ。彼自ら流したものとはいえ、どんどん尾ひれが付いちゃって、今や誰もが真実だと誤解されている黒い噂。
「それは、まだね。あの陰険宰相閣下、簡単に疑いを解いてくれないわよ。ううん、あわよくば疑惑のまま断罪されちゃうかも」
「おい、そりゃ穏やかじゃねえぞ。伯爵様は人身売買組織とは無縁だ! むしろ撲滅のために奮闘なさっているんだ!」
尽かさず伯爵様の擁護をしてくれたのは、料理人コルワート。横でうなずく筆頭家令のイサゴ。そして、ロラ。
「無実だろうとなんだろうと、国家のために有害だと思ったら抹殺しにかかるのが、あのガランダッシュ宰相なのよ」
冗談ではありません! 私の夫(……となる男性)を犯罪者になどしてたまるものですかっ!!
こうなったらタビロ辺境騎士団と共同作戦で、なんとしても伯爵様の汚名を晴らしてみせましょう。名誉の回復と領内、さらには国内の治安維持と平和を取り戻さねば!
でなければ、おちおち婚礼の儀を挙げることもできないような気がして参りました。
そうですわ。私の婚儀はどうなっちゃったの?
旦那様がおいでにならなければ、結婚の誓いも立てられませんことよ!
モ〜リ〜ス〜!
「ああ、そうだわ。その婚礼の儀に国王陛下の名代で出席予定のガランダッシュ宰相。アピガの手前まで来てるわよ」
「え、出席予定とはリヨンから聞いていたけど、もうアピガ近郊にいるの?」
「ン、誰よ、そのリヨンって?」
「ウチの家令よ」
「それだけ?」
家令のリヨンは、モリスの仮の姿ですものね。名前を出したときに、うっかり顔がニヤついちゃったかしら? もう。こういうことに関しては、イヤなくらい勘が鋭いのは女友達の恐ろしいところ。
事情を知っている本物の家令イサゴと料理人コルワート、侍女のロラは平然とした顔をしていますが、フラヴィは顔をしかめています。ごめんね、その辺の詳しい説明は、もう少し落ち着いてからにさせて。
それより、そろそろ昼餐会もお開きにしなければなりません。
芸人たちのパフォーマンスも終わったようです(ごめんなさいね。後半はそれどころじゃなくなっちゃって、ほどんど観ていなかったけど)し、用意したご馳走のお皿も大方カラになっているし、キリのよいところで打ち切るのも主宰者の役目です。
お腹がいっぱいになった子供たちは、そろそろお昼寝タイムのはず。このあと陽が落ちたら花火(これも余興のリハーサル兼ねてだけど)を上げるので、ここで少しでも睡眠を取っておかないと、花火を観る前に船を漕ぐことにもなりかねませんでしょ。
なにより海賊たちの不穏な動きが心配になって参りました。
現状がどうなっているのか調査中の残留隊の報告も詳しく聞きたいし、シュミンナのタビロ辺境騎士団からの知らせやモリスたちペンデル出張中の騎士隊・傭兵隊の動向も掴まねばなりません。ですが、これ以上お客様や芸人たちの前で作戦会議を続行させるのは、レンブラント伯爵家への不信感や不安感を植え付けかねません。
このまま何事もなかったように、楽しいままに昼餐会を終了させるといたしましょう。
席を立とうとしたところへ、私付きの侍女頭のペラジィがやって参りました。
「失礼いたします。あの、こちらにドニが来ておりませんか?」
「ドニが、どうしたの?」
「はい、それが先程から姿が見えないのでございます。探しに行ったマルゴも戻って参りません」
私もドニが熊の曲芸を喜んでいたのは、目の端で捕らえておりました。その後、デザートの砂糖菓子にパクついていたのも、なんとなく観ていたように思います。その後は……。
フラヴィもロラも首を振っています。
「ああ。あの赤毛の少年でしたら、ナプキンにパイやタルト、果物の砂糖漬けを包んでチュニックの下に隠そうとしていたのを、マルゴが咎めておりました。なにやら言い含められている様子でしたが。申し訳ございません。その後は私も注意を払っておりませんので、それからの行動はわかりかねます」
と、イサゴ。仕方ありません、私たちは突然現れた海賊らしき人物の対処で、子供たちの行動まで監視してはいられなかったのです。それでなくても、大広間には大勢の人々がいたのですから。
誰かふたりの姿を見ていた者はいないのでしょうか?
「エム様、わかりましたわ」
いつの間にかロラは大広間の入り口に立っていた警備係の傭兵をこちらに呼んで、確認をしていたようです。
「ふたりは菓子の包みを持って、南の森の館へ向かったそうです。熱を出して、昼餐会に来られなくなってしまった子がいて、その子に菓子を届けるのだと言っていたそうですわ」
まぁぁ、ドニ! なんてやさしいのでしょう。
「え? でも、このタイミングで!」
「夜の花火もあるから、むしろこのタイミングでないと……」
「いや、そうでなく……」
え、なにがそうじゃないのよ――と、焦るフラヴィに言いかけたときでした。
「大変です、狼藉者が!
武装した賊らしき者達が大挙してやって来ました!」
大広間の入り口にひとりの使用人が、息急き切って飛び込んで参りました。
ご来訪ありがとうございます。
エムたちの前に、賊が現れた!
次回をお楽しみに。