35. 不埒な輩の狙いは伯爵様?(冗談じゃありませんわ!)☆
ナムーラ隊長の忠告が、ずっと気になっていたのです。
行方をくらましたという海賊の話。
そう、軽業師は陸の者では無く、普段は海上で生活する者だと考えたらいかがでしょう。ならば、泳ぎが達者なのは当然のこと。
青い外套の傭兵連隊率いるナムーラ隊長が、出陣前に言っておりましたよね。ダーナー騎士隊に追い討ちを掛けられた海賊船三隻のうち、一隻がペンデルの南カルマン村沖へ移動。ボートで十数名が村へ上陸したと!
そして村で狼藉を働いた後、彼奴等の消息は不明になったと言っておりました。
足取りが途絶えたのは、陸路を封鎖したダーナー騎士隊の動きのウラを掻いて、カルマン村の北からロディー川の水上に逃れていたからでは?
私たちはペンデル沖の海賊船の動きに気を取られ、遊撃隊の動向には、今ひとつ注意を逸らされていました。ああ、こうなるとカルマン村での狼藉も陽動であったといえるのかも。そちらに目を奪われている隙に、身をやつした彼奴等は行き交う船に紛れて川を遡り、密かにこのレンブラント館を目指していた――としたら?
彼奴等は伯爵様に人身売買ルートを潰され、ペンデルの隠れ家を検挙、仲間を逮捕され、恨みを抱いていたとしてもおかしくはありません。
そうです、筒爆弾を仕掛けたのが海賊たちだとしたら合点がいきます。
大筒を備えた船を操り、襲撃の際はそれらを撃ち放つ。そんな彼らなら、筒爆弾の製造も火薬の取り扱いも、お手のものではないでしょうか。荒っぽい行動や、ゲリラ戦が得意なのもうなずけます。
ペンデル沖の海賊船がおとりで、目的はこのレンブラント館。
結婚の儀で警戒の緩んだ館に入り込み、爆弾で招待客共々伯爵様を吹き飛ばしてしまおう……なんてとんでもないことを企んでいるのかもしれません。
えっ!
そんなことになったら……、私も吹き飛ばされちゃうのよね?
「イサゴ、大至急伯爵様のご無事を確認できる手段はありませんか? 海賊たちは、私たちが考えていたよりも狡猾で計画的です。あの方の安全が心配でなりません」
不埒な賊が、レンブラント伯爵の命を狙っているのですもの!
レンブラント館を出立したときに、モリスの側に付いていたのは、アピガから同行していたであろう二名の騎士だけでした。目立つことを避けたのでしょうけど、お命が狙われているのに、あまりにも無防備です。
後から追い掛けた傭兵連隊とは合流できたのでしょうか?
ペンデルへ到着なさったのでしょうか?
現在、どこにおいでなのでしょう。ドレスを着てレンブラント館にいる私には、気を揉むことしかできないのです。こんなことなら、こんな気持ちを味わうくらいなら、タビロ辺境騎士団の女騎士でいる方がよかった。
レイピアを腰に差し、馬であの方のお側まで駆けつけることができたのに!
――不安で涙がこぼれそうです。
「大丈夫でございますよ、奥方様。伯爵様のお側にはナムーラ隊長率いる傭兵連隊がおります。お忘れでございますか、ナムーラ隊長はクオバティス沿海で海賊船を蹴散らした猛者でございますぞ」
そう、そうだったわねイサゴ。でも、合流できたのかしら?
「泣くな、エム! みんなが観ているわよ。宴の主催者がそんな表情していたら、異変に気付かれちゃうでしょう。ほら、笑顔。笑顔。落ち着くのよ」
うん、そうよねフラヴィ。いまの私の仕事は、この昼餐会を無事に終わらせること。親友の励ましは心強い。
「エムリーヌ様。緊急の知らせはペンデルにも、シュミンナに駐屯しているタビロ辺境騎士団にも走らせてございます」
ありがとう、ロラ。気の利くあなたたちが側にいてくれて、どれほど頼もしいことか。
「でもイロット橋が落ちちゃったから、館のある中州から川を渡るのは……グスッ」
それが気がかりなのです。
「だってロディー川を渡らないと、ペンデルにもシュミンナにも行けないでしょう」
「伝令使を侮っちゃいけませんぜ、奥方様。伝令使の仕事ってのは、命令や伝達を伝えることです。なにがなんでも、手段を講じて使命を全うするってもんだ」
コルワートが声を抑えつつも、毅然とした態度で断言をいたしました。それは知っています。私だって、騎士団に所属していた女騎士だったのですもの。新米だった頃、フラヴィと一緒に伝令使の仕事もしたことがありました。
泣き言を並べそうな口を真一文字に食いしばり、心を落ち着かせようと試みます。
「それに、どうしてあたしが葡萄茶色の隊服を着てここにいると思ってんの?」
葡萄茶色はタビロ辺境騎士団の隊服の色です。ある程度の教養がある国民なら、フラヴィの所属や身分はすぐに察することが出来るでしょう。そのフラヴィが宴に参加していると云うことは、伯爵家と辺境騎士団になんらかの繋がりがあると表明しているようなもの。しかも領主の妻と親しくしているのを観て、あの海賊が変装した軽業師は焦ったことでしょう。
だから、宴の途中で姿をくらまそうとしたのよね!
堂々と葡萄茶色の外套姿での女騎士の出席は、おそらく辺境騎士団のエドメ・キャンデル隊長も承知の上――っていうか、隊長の指示でしょう。
そうでなければ、身分を偽るために例の物売り女の格好で来るわよね?
「ペンデルへはネルが馬を走らせていますよ、奥方様」
ネルって、厨房の下女のネルよね? 彼女が、どうして?
「下女とは仮の姿で、本当はナムーラ隊長の信頼厚い諜報部員って話は……あ、聞いてますか。
あいつはこの辺の地理にも詳しいし、馬の扱いだって、奥方様並みに飛ばせますからね。すぐに追いつきますよ。俺が請け負いますって!」
コルワートが胸を叩きました。どこから来るの、その自信。しかも、私並みに馬を飛ばすって、なにが言いたいのですか?
「シュミンナへは伝書鳩を飛ばしたわ。陸路の障害だって、空路なら問題ないでしょ」
さすが、我が親友。そういうことには、めっちゃ知恵が回るんだから。
そうか。フラヴィの訓練した伝書鳩は、とても優秀なのです。きっと、あっという間にシュミンナへ知らせを届けるはず! その辺の状況も踏まえての人選ですか、キャンデル隊長。
ともあれ辺境騎士団が応援に来てくれるのなら、鬼に金棒です。
――って。
あらぁ?
私が結婚(潜入捜査)準備のために除隊するときには、タビロ辺境騎士団に「レンブラント伯爵ことモリス・クリストフ・ジャン・マリー・レンブラントを人身売買関与の容疑で調査せよ」と、ガランダッシュ宰相閣下から指令が出ていたのではないのでしたっけ?
レンブラント伯爵家は王家とも関わりの深い名門なので、宰相も証拠不十分では処罰ができない。だから嫁入りの名目で潜入捜査(伯爵の素行と組織との関与の証拠集め、ね)をせよ、と密命が下ったのよね?
確か、私に命令を告げた使者も、そんな口調だったけど。
「状況が変わったのよ。あんたの旦那とギャレル・ダルシュが、バンディア大陸を股に掛けた人身売買組織と影で繋がりを持っていた上に、伯爵を陥れてこの国に混乱を起こそうと企んでいた不逞の輩の尻尾を掴んだの」
「え、この案件、そんな非常事態だったの?」
と本気で驚いて聞き返したものですから、
「ン、もう! いいとこの奥方様はのん気でいいわね。
だからタビロ騎士団が、辺境のビスエヤ山脈の麓から南ターレンヌまで、遠路はるばる引っ張り出されたんじゃない!」
フラヴィを呆れさせてしまいました。
「エムこん」へご来訪、ありがとうございます。
敵の正体がみえてきました。人身売買組織とそれに加担する賊たち。そして、レンブラント伯爵を陥れようとする悪人がいるようです。
陰謀の全容が……って、アレ? 恋愛はどこへ(汗)
モリスがいないので進展のしようがないのですが、エムの中では旦那様恋しと思っているみたい。
ちょっと堅い話が続いていますが、大事なところです。
そう、大事なところなんですよ。
厨房の下女のネルさん、これまでさりげなく何度か出てきていましたが、実はすごい人だった!
伯爵様の元へ、窮地の知らせを届けることができるでしょうか?
次回もお楽しみに。