30. 昼餐会の最中に怪しい人を見つけましたの! ☆
宴もたけなわになってきた頃、広間に新しい顔ぶれが入って参りました。結婚披露宴で芸を披露し、謝礼をたんまり貰おうと、意気揚々とこのレンブラント館へ集まってきた芸人たちです。
派手な衣裳の曲芸師は、楽師の奏でる陽気な曲に乗って軽業を繰り出します。
さらに動物使いが口籠をはめられたクマや、檻に入ったライオン、ヒョウを観て、子供たちはもちろんのこと大人たちも大きな歓声を上げました。
もちろん、私も!
誰もが目を輝かせて、彼らの妙技を見つめていたのでした。
小さなドニは猛獣たちを観るのが初めてだったようです。
短い悲鳴を上げて椅子から飛び上がると、私の後ろへ隠れてしまいました。でも好奇心には勝てなかったようで、私の背中越しに首を出したり引っ込めたりしながら、獣たちを観察しているのです。
「大丈夫よ、クマは鎖につながれているから、襲って来やしないわ。ライオンだってヒョウだって檻の中でしょう」
「でも、こっちを見ているよ」
「だ~いじょうぶ! そんなことになったら、この美人のお姉さんが自慢の銃でやっつけてあげる」
突然横から聞こえてきた、妙に自信たっぷりの声には聞き覚えがありました。
「フラヴィ、フラヴィじゃない!」
タビロ辺境騎士団の女騎士で、私の同僚。物売りに変装して厨房に通い、伝言のを受け渡し役を担っていたフラヴィが、今日は辺境騎士団の制服でそこに立っていたのです。
「あら。いいの? 物売り女の格好じゃなくて」
彼女の灰色の瞳が、呆れた素振りで私を見るのです。
「もう……って言うか、な~んか最初からあたしの正体なんてバレちゃっていたみたいだしねー。
あの料理人、只者じゃないって思っていたら、もと傭兵連隊の諜報部隊にいたらしいじゃん。怪我して、転職したみたいだけどさぁ。あのネルって下女も、のんびり無害な顔しているけど、諜報員でしょう。
ねえ、レンブラント伯爵家一体どうなってんのよぉ」
「えぇぇ!?」
フラヴィを昼餐会に誘ったのはコルワートの提案でしたが、それはいつも食材を運んでくれるお礼としてではなく、辺境騎士団の女騎士だから、だったのね。私たち、上手く誤魔化していたつもりだったのに。どこでバレたのかしらねぇ。
顔を寄せたフラヴィが、コソッと言いました。
「ま~さか、気付いていなかった……とか」
「あ~、コルワートはちょっと、なんか、えーっと。でもネルは……」
あっはっはー。
モリス、そういうことは事前に教えていただかないと。ふう。
「それより、レンブラントの奥方様。気が付いている?」
より一層声をひそめ、フラヴィが視線を広間の入り口付近へと飛ばしました。
「扉の横、柱の陰に隠れるようにして立っている軽業師。さっきからキョロキョロと視線が落ち着かないのよ」
「黄色のジャケットを着た男?」
少し前に綱渡りや玉乗りなど、アクロバットを披露してくれた男です。ドニが大層喜んで拍手を送っていたので、結婚披露宴でもその妙技を披露してもらおうと出演予定者リストに上げていた男でした。
「演技中は愛想良く笑っていたけど」
「見てよ。今は盗賊が獲物を狙っているような表情しているわよ」
「あら、ほんと」
と、ここでその男と目が合いそうになったので、フラヴィと私は視線を目の前のテーブルに置かれた料理へと移し、それを摘まみつつ楽しい女子トークに夢中になっている風を装いました。
「なに、あれ。結婚式の慌ただしさの隙を突いて、この館から盗みを働こうって気なのかしら?」
「注意した方がいいわよ。それでなくてもダーナー騎士隊はペンデルから動けないみたいだし、傭兵連隊もほとんどが出動しちゃったんでしょう。この館の警備が手薄になっている上に、婚儀の支度で人の出入りが慌ただしい。
レンブラント伯爵様は用心深い人物みたいだから対策は立てていそうだし、館の使用人も古参の――しかも一癖ある強者が多くて信頼できそうだけど、なんだかザワザワと落ち着かないわね」
そう。フラヴィの不安ももっともです。私の胸中に拡がる正体不明のもやもやも、これが原因なのでしょうか。
せめて、せめてモリスが側に――
「伯爵様が側にいてくれたら良かったのに――って顔ね。まぁ~、あの跳ねっ返りエムがいつの間にか恋する乙女の顔になっちゃって!」
「フラヴィ~~!!」
昔馴染みの冷やかしに、ついタビロ辺境騎士団に在籍していた頃のように声を荒げてしまいました。お客様の前で、貴婦人にあるまじき行為をしてしまいましたが、幸い皆は演目に夢中で、私の失態はスルーされたようです。
そんな中、ひとりスルーしなかったのは、
「ねぇ、ねぇ。コイするオトメってなぁに?」
私に張り付いていた、小さなドニです。
「それはねぇ……」
「ちょっと! ダメよ、まだドニには早いわ。もう少し大人にならないと」
「そうなの」
そう言って小首を傾げる仕草はとてもかわいいのですが、さすがにまだドニには説明しても理解が追いつかないでしょう。
「んー、それはね。エムリーヌが伯爵様を大好きってことよ」
「うんうん。僕も大好きだよ。エムと一緒!」
素直なドニはにっこりと笑顔を見せました。フラヴィにしてはまともな返答をしましたが、ここで気を許したらなにを言い出すのかわからない。
「かわいいわねぇ。でもね、君と大好きとエムの大好きは微妙に違うのよぉ~」
「えー? どう違うの?」
「フ・ラ・ヴィ~~!」
余計なことを教え込まないかと横であたふたする私を尻目に、元同僚であり悪友でもある女騎士フラヴィは、椅子から転げ落ちそうな程身体を揺らして大笑いをしています。
「君がもう少し成長したら、誰に教わらなくたって、きっとわかるようになるわ。小さなお利口さん」
そう言って彼女は、緩いウェーブのかかった赤茶色の髪を愛おしそうに撫でました。ドニは答えが聞けず少し不満そうでしたが、撫でてもらえるのは嬉しい様子で照れ笑い。子供が苦手なはずのフラヴィも、ドニのことは気に入ったようです。
ですが次の瞬間。
優しい笑顔を浮かべたまま、ドニに視線を止めたまま、フラヴィの声に多少の緊張感が混じりました。
「エム、あれ」
なにせ悪友、辺境騎士団に在籍していた頃は「お転婆コンビ」と云われ(なんでよー!!)任地を走り回った相棒ですから、彼女の意図するところはピンときました。
私もあちらに視線を向けることなく、後方の壁際に控えていた侍女のロラに合図を送ります。
「今、大広間を出て行った、黄色いジャケットの軽業師よ」
「心得ております」
小声での短い会話を聞き取ったのは、私たち女3人だけ。沸き上がった歓声にドニの興味が向けられた、まばたき3回分にも満たない時間の忍び事。
シードルのお代わりを頼まれたかのような平和な表情でロラはお辞儀をすると、まずは扉近くに控えていた傭兵のひとりに小さな合図を送り後を追わせました。
それから自分も何食わぬ顔で余興に盛り上がるひとの間を縫うように擦り抜け、大広間から出て行ったのでした。
謎の軽業師、その正体は?
次回をお楽しみに。
2023/2/14 挿し絵を追加しました。