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終焉の詩姫  作者: 立川マナ
第二章
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救世主の条件 -1-

「え……」


 俺は唖然とした。和幸くん……て俺だよな。カヤは確かにそう呼んだよな。言い間違いか? 人間違いか? そうに決まってる。何らかの間違いだ。だって、俺はここにいるんだ。

 困惑する俺を無視して、メッセージは無情にもたんたんと続く。


「今、ちょうど電話してたの」

「みたいだな」

「……どうして、ここにいるの?」


 待て、待て。どういうことだ? おかしい。カヤは普通に会話を続けている。それも、相手を完全に俺だと思っている。それに……相手の声だ。どこかで聞いたことがあると思ったら、俺にそっくりじゃないか。まったく一緒ではない。俺が思っている自分の声とは少し違う。だが……自分の声ってのは、本人には違って聞こえるという。カヤにとっては同じなのかもしれない。

 不気味な会話はまだ続いていた。


「一緒に来てほしいんだ」と『俺』が言った。なんだって!?


「カヤ、行くな!」


 俺は思わず携帯に叫んでいた。留守電だというのに、滑稽な様子だろう。だが……嫌な予感がして仕方がない。当然だ。俺の偽者がカヤを連れ去ろうとしているんだから。

 だが、これは過去に起きたこと。俺が今、何かできるわけはない。そして、メッセージは最後の一言を再生する。それはカヤの声だった。


「連れて行って」という、俺が『迎え』に行った夜と同じセリフ。


「カヤ!」


 カヤに聞こえるわけはない。でも、叫ばずにはいられなかった。そいつは、俺じゃない!


「メッセージは以上です」と、無機質な女の声がした。俺は放心状態で携帯をおろす。


「どうなってんだ、これは……」


 俺はまるで貧血を起こしたかのように、めまいを起こしてふらついた。なんとか壁に手をおき体を支えると、頭を左右にふる。しっかりしろ。考えろ、考えろ。冷静になれ。考えろ、考えろ。落ち着け。考えろ、考えろ。


「考えろよっ!」


 俺は気づけば、壁に拳をたたきつけていた。コンクリートの壁に俺の拳のあとがくっきり残っている。


「くそ」と、俺は頭をかかえた。

 どうなってんだよ? 誰なんだ? 俺のふりしてカヤをどこかへ連れ去るなんて……何のために? どうするつもりなんだ? 考えろ。誰がそんなことをする? 誰が得をする? 


「!」


 いや……と、俺はハッとして顔をあげる。そもそも、誰がそんなことをできる(・・・)

 そうだ。考えるまでもない。可能性は一つしかないだろ!


「ケット!」と俺は廊下に響き渡る大声で叫んだ。


 俺の隣に、光の粒子が現れ、それは少年の形へと収束していく。まばゆい光とともに、美しく輝くブロンドの髪と透き通る白い肌をもった少年があらわれた。


「かずゆき」と、少年は心配そうに俺を見てきた。俺はケットの言葉を待つことなく、声を荒げて怒鳴る。


「アトラハシスだ!」


 ケットは、俺の怒号にびくっと体を揺らした。


「俺に化けて、アトラハシスの奴がカヤを連れ去った!」


 そうだ。それしかない。カヤは、これっぽっちも俺の偽者に疑問をもっていなかった。それほど、俺によく似ているんだ。ただの変装とはいかない。誰かが、俺になったんだ。そして……そんなことができて、カヤを連れ去ろうとする人物。心当たりは一人だ。カヤを守る使命をもつ、アトラハシス。


「ケット! リストに連絡しろ。アトラハシスがカヤを……」


 興奮している俺とは対照的に、ケットはぽかんとしている。こいつにとっても『災いの人形』であるカヤは最重要人物なんじゃないのかよ? なんで、こんなにのんびりしている?


「おい!? ケット、なにをぼうっとしてるんだよ?」


 俺はしゃがみ、ケットの両肩をつかんだ。すると、ケットは首を横に振る。その表情には困惑の色がみえる。


「ぼうっとしてるんじゃないよ。不思議なんだ」

「不思議? なにを悠長なことを!? カヤがアトラハシスにさらわれたんだぞ!?」

「アトラハシスじゃないよ!」


 え……? なにいってんだ、こいつは?


「かずゆき! アトラハシスのエミサリエスに、姿を変えるような力はないんだ」


 ケットは、まるで俺を説得するかのようにはきはきとそう言った。だが、俺には理解できない。


「なに言ってんだよ?」

「アトラハシスは、かずゆきに変身なんてできないんだよ!」


 俺は、言葉を失った。アトラハシスじゃない? そんな馬鹿な。じゃあ……と、俺は息を荒くしながらケットを見つめる。


「他の、天使(エミサリエス)の仕業か?」


 確か、天使(エミサリエス)は他にもいて、それぞれ違う力をもっている、と言っていた。それなら、変化(へんげ)する(もしくは、させる)力をもつ天使(エミサリエス) もいるんじゃないだろうか。その持ち主が誰か、なんて俺には皆目見当はつかないが……そいつが現れて、俺に変身してカヤをさらったのかもしれない。姿を変えるなんて、人間業じゃないんだ。天使(エミサリエス)が絡んでいるとしか思えないだろう。まさか、俺に全身整形したわけでもあるまいし。


「確かに、姿を変える力をもつエミサリエスはいる」


 ケットの冷静な声が耳にはいる。やっぱり! と俺は目を見開いた。


「でも……」と、ケットは続ける。「その気配はしない」

「……は?」


 気配……たしか、天使(エミサリエス)同士は、お互いの気配を感じ取れるとかなんとか言っていたな。それで、大体の位置は分かる、て。つまり、気配がないってことは、このあたりにその天使(エミサリエス)はいない、てことなのか?


「エミサリエスの仕業じゃないよ、かずゆき」


 ケットは、申し訳なさそうにそう結論付けた。


「そんな、馬鹿な……」


 俺は立ち上がり、頭をかかえる。天使(エミサリエス)が関係ないだと? そんなわけあるかよ。じゃあ、どうやって、俺のふりをしたっていうんだ? カヤをすんなり騙したんだぞ。ただ似ている、なんてもんじゃないはずだ。一体、天使(エミサリエス)の力なしでどうやるんだよ?

 くそ。カヤがさらわれたんだ。なのに、何も分からないなんて! 意味わかんねぇよ。どうなってんだよ? まるで、俺がもう一人現れたみたいな……


「!!」


 俺は、ハッとした。金縛りにあったかのように、体が硬直した。俺は……なんて勘違いをしていたんだ。


「かずゆき? どうしたの?」


 ケットの心配そうな声が聞こえてきた。俺の手が、痙攣するように震え始めた。心臓が、狂ったようにスピードをあげていく。


「俺の偽者じゃない」


 俺はかろうじて声をだした。


「え?」


 ケットが首をかしげている。だが、詳しく説明する気になんてなれない。俺は壁にもたれ、放心状態でつぶやく。


「俺が偽者だったんだ」


 こんな大事なことを忘れていたなんて。俺はどうかしていた。


「かずゆき? 何の話をしているの?」

「俺は……」と頭をかかえる。「俺は、もう一人いる」


***


「和幸くん……どこ行くの?」


 私は、隣に座っている和幸くんに尋ねる。私たちは、レストランをでてすぐにタクシーに飛び乗った。というより……和幸くんに押し込まれるようにタクシーにいれられた。なんだか、少し乱暴だった。まるであせっているみたい。なにかあったのかな。しかも、曽良くんには何も言わなくていい、ていうし。和幸くん、連絡してくれてるよね。黙ってレストラン飛び出しちゃったもん。曽良くん、心配してないといいけど。


「行けば分かるから」


 しばらくしてからそう短く答えて、和幸くんは窓の外を眺めはじめた。道路は渋滞だ。さっきからタクシーは動いていない。それでいらいらしているんだろうか。


「お楽しみ、てこと?」


 私は遠慮がちにそう尋ねた。でも、返事はない。

 なんだろう。和幸くん、雰囲気が違う。それに……と、和幸くんの手を見つめる。ひざの上においている左手が、ずっと落ち着きなく動いている。


「和幸くん、大丈夫?」


 体調でも悪いんじゃないか。そう思って私は和幸くんの肩に手をのばした。すると、和幸くんはばっとこちらに振り返った。その表情はひどくこわばっていて、顔色も悪い。


「気分悪いの? 大丈夫なの?」

「分かってほしい」

「え?」


 急に、和幸くんはせっぱつまった表情で言ってきた。分かってほしい? なにを?


「いつだって、犠牲はつきものなんだ」

「ぎせい?」


 やっぱり、和幸くん、変だよ。私は急に恐くなった。何か、おかしい。


「君は……『殺し屋』の女なんだろ?」

「え?」

 

 『殺し屋』の女? 何言ってるの? 『殺し屋』ってカインのこと、だよね。まるでその言い方は、他人事みたい。自分がカインなのに?

 私が戸惑っていると、和幸くんは、いきなり私の右手首をつかんできた。ひどく強く……


「痛っ!」と、私はおもわず叫んでいた。


「君にも罪がある。これは、君の贖罪(しょくざい)だと思って……」

「何の話をしているの!?」


 私は、勢いよく右腕を振り、和幸くんの手をはらった。まだ、痛い。私は右手首をさすり、和幸くんを見つめる。自分が震えていることに気づいた。嫌な予感が波のようにおしよせてくる。恐い。おかしい。和幸くんは、こんな乱暴なことしない。それに、隣にいるのに落ち着かない。いつもなら、和幸くんのそばにいるとすごく安心するのに。

 まさか……と、私は眉をひそめる。この人は……和幸くんじゃない? 信じられないけど、それしか考えれないもの!


「あなた、誰?」


 私は、かすれた声で尋ねる。すると、「もういいか」と()はおもむろに帽子をとった。茶色く染めた短髪が現れる。私は息をのむ。やっぱり、違う。和幸くんじゃない。

 男は、ふうっとため息をつき、私を見つめた。


「分かってください。できれば、こんなことしたくない」

「こんなことって……なに?」

「でも、仕方がない。正義(せいぎ)のためだ」


 答えになってない。この人、何なの? 何の話をしているの? それに、どうして、和幸くんと同じ顔……


「!」


 私は言葉をなくした。まさか……と、目の前の、和幸くんと同じ姿をした男を見つめる。よく見れば、和幸くんほどがっしりとした体つきではない。痩せているし、筋肉もそれほどついてなさそうだ。でも……それでも、やっぱり和幸くんに見えてしまう。


「あなたは……」


 私は確信した。この人が何者か、理解してしまった。

 そして、私が言い終わる前に男は頷いた。顔に皮肉交じりの笑顔をうかべて。


「俺のクローンが、世話になってるみたいですね」

「!」

 

 思わず、力がぬけた。背もたれに力なくよりかかる。やっぱり、この人が……和幸くんのオリジナル……。でも、なんで? なんで私の前に現れたの? どうして和幸くんのふりして私を連れ出したの? それに、和幸くんは言っていた。オリジナルは和幸くんの存在も知らないはずだ、て。なのに、どうして……


長谷川(はせがわ)正義(まさよし)といいます」


 オリジナルは低い声でそう言い、「初めまして」と、ぎこちなく付け加えた。

 私は何も反応できなかった。ただただ、和幸くんのオリジナルを見つめていた。長谷川正義、と言う名の、不気味な男を。

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