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終焉の詩姫  作者: 立川マナ
第二章
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カヤの真意

「『おつかい』、和幸くんと代わって」


 言った自分が一番ドキドキしていると思う。喉がからから。唇はかさかさ。私、今どんな顔しているんだろう。きっと、試験前の切羽詰った受験生のような顔だろう。しばらくの沈黙のあと、曽良くんは、クスッと微笑んだ。


「そうこなきゃ。かっちゃんには悪いけど……俺からうまく言うから」


 曽良くんの嬉しそうな顔に、私は焦った。いけない。早く理由を話さないと。私、また誤解を生んでしまう。


「あのね、曽良くん」と身を乗り出す。「私、和幸くんのこと好きなの!」

「……へ」


 い、言った。私、とうとう言った。運動もしていないのに、息があがっている。本人に言ったわけでもないのに、心臓がすごいスピードで動いている。やっと……言えた。でも……曽良くんはきょとんとして固まっちゃってる。


「あのぉ……」


 隣から、機嫌の悪そうな声が聞こえてきた。


「え」


 そういえば、ウェイトレスさんがずっとここにいたんだった。私は、まったくその存在を忘れていた。そして、おそらく曽良くんも……


「またあとで注文とりにきますからぁ」


 敬語はつかってはいるが、その声から彼女のイライラがいたいほど伝わってきた。むすっとしたまま、背を向け、レジのほうへ向かっていく。


「ごめんなさい」と、私は小声で言った。きっと聞こえてないだろうが、とりあえず私は謝っておきたかった。きっとレジで、窓際に座る迷惑な二人の客の話をすることだろう。


「カーヤ、どういうことなの?」


 曽良くんの困惑した声が聞こえてきた。私は我に返ったようにハッとして、曽良くんを見つめる。


「俺にかっちゃんと『おつかい』を代わってほしい。それってつまり、俺と一緒にいたい、てことなんじゃないの?」


 違う……とは言いづらい。それは、曽良くんは楽しいしかわいいし。友達っていう意味では一緒にいたい。ただ……曽良くんに私のボディガードになってほしいのは、まったく別問題。


「てっきり、かっちゃんより俺を選んでくれたかと思ったのに」


 そういって、曽良くんは私の横においてある花束に目をやった。そうだよね、私、思わせぶりなことをしてしまったよね。曽良くんは砺波ちゃんの紹介で私と会った。花束も持ってきてくれたし……私とは付き合う前提で会っていたに違いない。なのに、いきなり『和幸くんが好き』だなんて。やっぱり、自分の気持ちは隠すものじゃない。こうして、誰かを傷つけてしまう。世の中は複雑……。


「ごめんなさい」と、私はうつむく。「私、臆病でずるくて弱くて……砺波ちゃんにちゃんと言えなかったの。好きな人がいる、て」


 そもそもの始まりはそこだったんだ。砺波ちゃんに「誰か、よさそうな人はいる!?」と聞かれたときに、勇気をだして打ち明けるべきだった。そしたら、曽良くんに期待させることもなかったんだ。

 そう思って自己嫌悪におちいる私に、思わぬ言葉がとびこんできた。


「いやいや」と、曽良くんは真顔で手を横に振る。「それは正解だったと思うよ」

「へ?」


 思わずきょとんとしてしまった。どういうこと?


「トミーにそんなこと言ったら、必要以上にひっかきまわされて、まとまるものもまとまらなくなるからさ」

「……」


 そう……なの? 私はぽかんとしてしまった。ふわふわと能天気のようにみえる曽良くんが、こんな深刻な顔で言うなんて……砺波ちゃん、よっぽどすごいんだな。彼にはトラウマでもありそうだ。


「そっか、そっか。俺もトミーから紹介された時点で、本気にするべきじゃなかったなぁ。どうせ、無理やり押し付けられたんでしょ」


 曽良くんは、ため息交じりで微笑んだ。


「押し付けられた……わけじゃ」


 なくもない、かも。私は苦笑する。


――お願い、お願い、お願い。


 砺波ちゃんの懇願する声が頭に蘇った。


「ま、でもさ」と、曽良くんが気分を変えるかのように明るく切り出した。「こうしてせっかく知り合えたんだしさ。どう? ファミレス友達、てのは」

「……」


 私はぼうっと曽良くんを見つめてしまった。曽良くんはにぱっとアヒル口を大きくあけて微笑んでいる。私も、つられるように頬をゆるめた。


「うん」


 ファミレス友達。そんなものが巷で存在しているのかは分からないけど……その響き、私はなんとなく好き。曽良くんって……ただ無邪気なんじゃない。心も子供のように純粋なんだ。本当に、こんな彼が『殺し屋』だとは到底思えない。


「よし。じゃ、ここからは……カインとして話を聞いてもいい?」

「!」


 曽良くんは身を乗り出し、テーブルに両腕を置いた。


「俺にかっちゃんの『おつかい』を代わってほしい。それは、本気なの?」


 私は、ゆっくりと頷く。それは本気だ。


「それはつまり、俺がカーヤの護衛をする、てことだよ? かっちゃんが好きなら、今の状況はすごくおいしいんじゃないの?」


 おいしい……そういう言い方が適切かは分からないけど、確かに今の状況は私にとってありがたい。付き合ってもいないのに、和幸くんと一緒にいられるんだもん。でも……そういう問題じゃないんだ。私はぎゅっとテーブルの下でスカートを握り締めた。曽良くんにどう説明しようか、頭の中で整理する。まずは、何かあったか話さなきゃ。夕べの出来事。四人の警官の謎の死。そして、私の懸念。和幸くんが……彼らを殺したのではないか、という不安。

 そんなことを考えているうちに、何かがじわじわとこみあげてきた。今朝からずっと我慢していた気持ちがあふれてくる。ずっと、ずっと堪えていたものが波のように襲ってくる。どうしよう。こんな公共の場で、私……


「カ、カーヤ!?」


 曽良くんが驚いて足をテーブルにぶつけた。


「どうしたの? え? 泣いてるの!?」


 だめだった。抑えられなかった。どんどん、どんどん、涙がこぼれてくる。


「私……」と、嗚咽しながら声をしぼりだす。「私、和幸くんに……殺させてしまった」

「え!?」


***


 曽良は、いぶかしげに、急に泣き出したカヤを見つめる。彼女はなんと言った? 和幸に殺させた? それはないだろ、と曽良は苦笑する。


「何の話をしてるの? かっちゃんは人を殺さないよ」


 それは、カインでは有名な話だった。危険を承知で、あえて人を殺さないカイン。その信念は見上げたものだが、他のカインにとっては理解しがたい。一体、彼の目的はなんだ? 彼は何を恐れているのだろうか。本人に聞くと、それは自分の意地だ、という。そういわれても、カインの誰も理解することはできなかった。


「私のせいなの」と、カヤは頭をかかえる。「和幸くんは私を守るために……」


 死んだ四人の警官。カヤが気を失ってから和幸がそこに現れるまでに殺されたという男たち。今朝、カヤは藤本に尋ねた。和幸が殺したのか、と。藤本ははっきりと否定しなかった。和幸が殺した、とも、和幸は無実だ、とも言わなかった。ただ、和幸は何も言わなかった、とだけカヤに告げた。カヤには分からなかった。状況から考えれば、和幸しか考えられない。だが、なぜ和幸はそれを言わない? 殺し屋、と呼ばれるカインに属していて隠す必要があるのだろうか。特に、藤本に言わないのはおかしい。考えられることといえば……


「和幸くんは、きっと苦しんでる」


 あふれる涙を止める努力すら忘れて、カヤは震える声で強く言った。


「自分でも受け入れられてないんだと思うの。人を殺したことにすごく戸惑って、一人でそれと戦ってる」


 曽良は、まだ状況を理解できずにいた。ただ、カヤの尋常ではない様子に、和幸が人を殺した可能性を真面目に考えるべきだろう、と冷静に判断していた。


「このまま、『おつかい』を続けていたら……私に関わり続けたら、また和幸くんは誰かを殺してしまう。そう思えてならない。それが……こわいの」


 カヤは鬼気迫る勢いでそこまで言い切ると、顔を手で覆った。


「いつか、和幸くんが……別人になっちゃうんじゃないか、て不安なの。

 それなら、そうなるくらいなら……もう、私を守らないでほしい」


 周りの客も、カヤの様子に気づいてじろじろ見ていた。たらこ唇のウェイトレスも、興味深くこちらに視線を送っている。曽良は、大丈夫ですよ、とにこやかに微笑みまわりに手をふってみせた。


「ねえ、カーヤ」と、曽良は腰をあげ、カヤの隣に席をうつす。


「落ち着いて。深呼吸して」


 カヤの肩に手をまわすと、顔をのぞきこむ。「ね」とアヒル口に微笑を浮かべ、深呼吸してみせた。カヤは何度か頷き、曽良と同じように深呼吸する。確かに、呼吸を整えただけで、ずいぶん楽になった気がした。


「よしよし」


 曽良はカヤをぎゅっと抱きしめると、カヤの頭を優しくぽんぽんとたたく。


「大丈夫、話はちゃんと聞いてあげるから。あせらないでいいんだ」


 カヤは曽良の胸の中で、また静かに涙を流す。打ち明けた相手が曽良でよかった、とカヤは心の底から思った。和幸が、曽良はいい奴だ、と言った意味がよく分かった気がした。

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