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終焉の詩姫  作者: 立川マナ
第二章
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ばかやろう

「なんで、ファミレスなんだよ?」


 曽良からのメールに書かれてあったファミレスの前で、俺は立ちすくんだ。初デートにファミレス。それもカヤとのデートで、だ。カヤは一応、人身売買にかかわっていた男の娘。あんなでかい屋敷にも住んでいたし、根っからのお嬢様のはず。そんな彼女をファミレスに連れて行くなんて。それも、このあたりは若者のデートスポットで、周りを見渡すと、映画館やカフェ、大型ゲームセンター。そして道路をはさんだ反対側には、噴水のある広い公園まである。ファミレス以外にも、いろいろあるだろう。行くところが。

 やはり、曽良はどこかおかしいな。あいつの頭のねじは二、三本、まちがったところにはめられているに違いない。それも人に『創られた』からか? 欠陥? いや、そんなことを言ったら俺もそうなってしまうか。



「お、いたいた」


 俺は、窓際の席に座っている二人の姿を見つけた。厚化粧のウェイトレスと話している。注文してるのか? ま、なにはともあれ……


「窓際とは、助かった」


 外からで十分、様子が伺えるからな。

 にしても、デートを監視とは。気が進まない。だが、リストの言うことはもっともだ。カヤの秘密を知る俺が、傍にいてやったほうがいい。何かあったときに、助けてやれる。特に、ムシュフシュとかいう化け物。万が一、カヤがファミレスで転んで失神でもしてみろ。あそこにいる全員が、夕べの警官みたいになるんだ。食いちぎられ、体はもはや一つでなくなる。そう考えると、背筋がゾッとした。まあ、いざムシュフシュが現れても、俺には何もできないが。リストに借りた天使さまに何とかしてもらうしかない。俺にできるのは……ムシュフシュが現れないように注意することだけ。

 はあ。そうはいうものの……こうして窓から二人を見張るってのは……ストーカーみたいだよなぁ。俺はガードレールによりかかり、離れたところでファミレスにいる二人の様子を伺う。そんな俺の視界を、べたべたとひっつきながら、何組ものカップルがさえぎって行く。もう十一月だもんな。世間は恋の季節か?


――かずゆき。


 頭の中で、声がした。俺はハッとして頭に手をおく。ケットだ。えっと、どうするんだっけ? 心の中で会話ができるんだったな。頭で言葉を思い浮かべればいいのか?

 なんだよ、ケット?


――中にはいらないの?


 おお、答えた。便利だが気持ち悪い。悪霊にとりつかれてる気分だ。


――失礼だよ、かずゆき。


 ムッとしたケットの声が聞こえた。ふくれっつらをする天使の顔が思い浮かぶ。あ、そうか。こういうのも聞かれる(・・・・)んだな。

 悪い、悪い。ええと……質問、なんだっけ?


――レストランの中、はいらないの?


 はは。馬鹿か。趣味悪すぎだろ。入るかよ。ここから見てるだけでも、罪悪感で吐きそうだよ。


――ふうん。


 それだけ言って、ケットは何も言わなくなった。やれやれ、リストはいつもこんな感じなのか? 心の中で別人が話しかけてくるなんて。まるで、自分が二重人格にでもなった気分だ。不気味で仕方がない。天使に護られるってのも大変なんだな。


「あ」


 ふと、二人の様子に目を戻したときだった。俺は、ある事実に気づき、ハッとした。カヤの様子が……


「カヤ?」


 よく目をこらす。やはり、間違いない。カヤが、泣いている。俺は、ガードレールから体を離し、ふらりとファミレスに歩み寄っていた。二組のカップルにぶつかり、舌打ちをされたが、どうでもよかった。何かあったのなら、たとえ最低だ、と罵られようと、デートに乱入して事情を聞かないと。そんな気持ちが押し寄せていた。

 曽良が泣かした? いや、あいつは馬鹿だが悪い奴じゃない。カヤを泣かせるようなことは絶対にしないはずだ。ってことは……ふと、夕べのカヤの泣き声が頭に蘇った。シャワーの音で隠しながら、「お父さん、お母さん」と泣いていた彼女の声。そう。カヤは夕べも泣いていた。それも……俺に隠れて。


「!」


 俺のファミレスに近づく足が止まる。


「……そうだ」


 カヤは俺の前では普通に振舞う。今朝だって、様子は明らかに変だった。なのに、俺には何も言わない。放課後になると、すっかり普通に戻っていた。彼女は間違いなく、何か悩みを抱えている。……いや、何言ってんだよ、俺は。あいつが悩みを抱えていて当然だろ。急に両親を亡くしたんだ。普通にしてるほうがおかしいんだよ。

 なのに……と、俺はカヤに目をやる。窓の向こうにいる彼女は、泣きながら曽良に何か(・・)を話している。なぜだろう、あいつがこんなにも遠く感じるのは? 窓一枚隔てているだけなのに。まるで赤の他人に見える。距離を感じる。それは、メジャーで測れるようなものじゃない。もっと……深いところにある、距離。気持ち……信頼……心?

 なんだ、この気に食わない気持ちは? ぐっと拳を握り締める。爪が手のひらに食い込んだ。

 窓の向こうで、曽良が立ち上がり……カヤの隣に座った。泣いている彼女の肩に手を回し、何かを語りかけている。カヤは、それに何度も頷き……曽良は彼女を抱きしめた。

 気づくと、俺の息は荒くなっていた。この気持ちはなんだ? 憎しみじゃない。怒りじゃない。悲しみじゃない。俺は……


「は……」と、俺は鼻で笑っていた。


 俺は、悔しいんだ。

 カヤは俺に何も打ち明けてくれない。俺はてっきり、あいつはそういう性格なんだ、と思っていた。もともと、誰かに悩みを打ち明けるタイプでもなかったようだし。自分のことは抱え込んで、人のことばっかり気にして……そういう奴だから、俺は待つことしかできない。そう思っていた。なのに、なんだよ、あれは? カヤは、曽良にはちゃんと涙をみせて話してる。曽良には、打ち明けてるんだ。

 は。馬鹿だよ、俺は。今さら、なに驚いてるんだよ? カヤが曽良の誘いにのった時点でわかってただろ。カヤは曽良を選んだ。それは、こういうこと(・・・・・・)なんだよ。


――かずゆき!?


 俺が踵を返し、ファミレスに背を向けたときだった。ケットの驚く声が頭に響く。


――どこにいくの?


 帰るよ、と俺は短く心の中で答える。


――ええ!? 『災いの人形』を見張ってくれるんじゃなかったの?


「俺は降りる。こんなのばかげてる!」


 つい、口に出していた。周りのカップルが不審そうに俺を見てきた。もう、どうでもいいさ。


――おりる、てどういうこと? ムシュフシュはどうするの?


 もしケットが姿を現していたら、あわてふためいて俺の服をひっぱっていることだろう。


「あそこの曽良に頼めよ。俺があいつに全部説明してやってもいいしな」


 全部……それは、『災いの人形』のことだ。やけくそのように乱暴に歩きながら、大きな独り言(・・・)を口にしていた。


――困るよぉ。本当なら、普通の人は知ってはいけないことなんだからぁ。


 その言葉に、「じゃあ……」と、俺はいらだった声をだす。「じゃあ、そもそも俺を巻き込むなよ!」


 周りのカップルが自然と俺との距離をあけている。おかげで人ごみの中、スムーズに前に進めるよ。

 俺は最低だ。子供みたいだな。でも、そうだろ。俺の言い分は間違ってないはずだ。俺は、神の一族じゃない。そもそも、人に『創られた』人間。神さまのごたごたに、一番関係ない存在だろ。『使命』だってないんだぞ。それなのに、なんで俺はこんなことに巻き込まれてるんだよ? なんで、言われるまま、あいつのデートのぞかなきゃいけないんだよ。なんでこんな惨めな目にあわなきゃならない? カヤの正体を知っているのは俺だけだから、と言われて納得していた。でも、それ自体、おかしかったんだ。世界の終焉? 『災いの人形』? なんで俺なんだよ? なんで俺が知らなきゃいけなかったんだよ? 俺の人生は十分ややこしいのに……なんで、俺は……


「あぁ、くそ!」


 俺は舌打ちして頭をかく。もう自分でも自分がなに考えてるのか全然分からなくなってきた。頭がぐちゃぐちゃだ。


「!」


 そのとき、ふと、ポケットの中から振動が伝わってきた。バイブだ。俺はおもむろに立ち止まり、携帯電話を取り出した。


「……曽良」


 それは曽良からの電話だ。なんだよ? タイミング悪すぎだろ。何の用だ? カヤを迎えに来い? それとも……遅くなる、ていう連絡か? 頭の中に、カヤの肩に手を置いて電話している曽良の様子が思い浮かんだ。ああ、くそ! 気づくと、俺の携帯電話は「ただいま、電話にでることができません」なんていう嘘を言い始めていた。はは。気が利いてるよ。俺は携帯電話をポケットにしまう。


――かずゆき? 電話、でないの? ねえ、大丈夫?


 ケットがおびえたような声をだしている。いや、心配しているんだろう。


「ああ、大丈夫だよ」


 俺は鼻で笑った。俺は呆れていた。自分に。

 ばかやろう、と俺は自分に怒鳴った。ただの嫉妬じゃねぇか。


「どうかしてるよ、俺は」と、俺は夜空を見上げて呆れて笑った。


 俺の人生は十分ややこしいのに……なんで、俺は……世界を滅ぼすような女に惚れたんだ。

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