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終焉の詩姫  作者: 立川マナ
第二章
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曽良スペシャル

「とりあえず、ドリンクバー二つね」


 曽良くんは、短いスカートのウェイトレスさんにそう微笑んだ。オレンジ色のメイド服みたいなかわいい制服。でも、派手なメイクと茶髪が浮いている。ギャル……ていうんだっけ、こういうスタイル?


「コップ、あそこに置いてありますから」


 そう小声で言うと、彼女はやる気がないのか、むすっとした表情で頷いて去っていった。あそこって……どこなんだろ?

 私は、窓際の席で曽良くんと向かい合って座っている。周りには家族ずれのお客さんがあふれている。


「にしても驚いたなぁ。これがファミレス初体験だなんてさ」


 曽良くんは、あひる口を大きく開けてそういってきた。私は、苦笑いで応じる。

 そう、私たちはファミレスに来ていた。行ったことがない、と言う私に、じゃあ行こう、と曽良くんが言い出して……今に至る。店内はすごいガヤガヤとしている。子供の泣き声やお母さんのいらだった声、笑い声、皿の重なる音、ナイフがこすれる音……いろんな音があふれている。私は、こういう環境で食事をしたことはない。両親との外食だって、いつも高級フランス料理とか三ツ星ホテルのレストランとかだった。こうして見知らぬ人たちが、家族で楽しそうに食べているのをみると……ウチは、やっぱり普通とは違っていたんだな、て思い知る。


「カーヤ?」

「え」

「どうしたの?」


 気づくと、曽良くんが首をかしげて私を見ていた。いけない、いけない。つい、両親のことを考えたら暗い気持ちになってしまった。曽良くんに悪い。気持ちを切り替えなきゃ。


「なんでもない。ごめんね」と、私が微笑んで謝ると、曽良くんはそれに返事をすることなく、メニューを開いた。

「パフェとか好き? 甘いもの。ケーキとかアイスもあるし」

「え……うん。アイスが、いいかな」

「おっけーおっけー」


 ぱーっと目を輝かせて、曽良くんはメニューに見入る。

 曽良くんって……細かいことを気にしないタイプなのかな。まったく、詮索してこない。私はなんだか調子が狂った。和幸くんだったら、「なんでもない」なんて言っても「本当か?」なんて言ってきそうなんだけど……って、私なに考えてるんだ。曽良くんに失礼だ。比べるなんて。


「あ! ジュース、何がいい?」

「え?」

「とってくるよ」


 とってくる? 頼むんじゃないの? 自分で持ってくるの? でも、どこから? 私はきょとんとしてしまった。


「何がいい? あ、曽良スペシャルにする?」

「そらスペシャル?」


 なんだろう、それは? ジュースの名前?


「そうしよう!」

「え、え?」


 曽良くんは私の返事をまつことなく、テーブルにメニューを開いたまま、立ち上がってどこかへ行ってしまった。私はぽかんとして残される。ジュース……どこに取りにいくんだろ? それにそらスペシャル? そんなのがお店においてあるの? なんだか、カクテルみたい。それとも、曽良くんがジュースに勝手につけたニックネーム?


***


 ドン、と置かれたジュースに、カヤは目を点にした。それは、こけのような緑色。それによく見れば、黒い液体が沈殿している。


「なに、これ?」


 おそるおそる聞くカヤに、曽良は腰を下ろしながら自信満々に微笑んだ。


「曽良スペシャル」

「……飲めるの?」


 曽良スペシャルが何かはもうどうでもよくなっていた。この様子だと、質問してもまともな返事が返ってきそうにないからだ。カヤはとりあえず、このあやしげなジュースが体に毒じゃないかだけでも確認したかった。


「飲めるでしょぉ。飲めるものを混ぜたんだから」

「……そう」


 混ぜた……カヤはなんとか分かった気がした。曽良スペシャル。それは、曽良が好き勝手に様々なジュースを混ぜた飲み物なのだ。

 カヤには、ドリンクバーの仕組みもよく分からない。曽良が一体どうやってジュースを混ぜてきたのか不思議だった。よく店の人に怒られなかったな、と曽良をどこか尊敬の目で見つめる。そのときだった。


「かっちゃんいつ来るのかなぁ?」


 曽良は、まるで恋する乙女のようなウキウキした瞳でそう、いきなり《・・・・》つぶやいた。カヤは思わずジュースをひっくり返しそうになって、あわてて両手でコップをおさえた。


「ええ!?」


 かっちゃんとは、和幸のニックネームのはず。いつ来る(・・)? 来るとはどういうことだ?

 すると、曽良はくすっと微笑んだ。


「さっきメール来たんだ。今、どこにいるんだ? て」

「……え」


 曽良はポケットから携帯電話を出して、ゆらゆらと左右に揺らす。なんで、そんなメールをしたんだろうか、とカヤは疑問を抱く。一応、和幸は今、自分のボディガードだ。無事を確認するのも『おつかい』の内なんだろうか。


「多分だけどね」と、曽良は身を乗り出し、周りに知り合いもいないのに小声で言う。「カーヤを取り返しに来ると思うんだぁ」

「!」


 カヤの心臓がどくん、となった。取り返す? どういうことだ? それより、曽良はなぜこんなことを言うんだろうか。一応、自分をデートに誘ったはずなのに。まるで、和幸が邪魔しに来てもかまわない、といった様子だ。いや、それより……もう分かっていた。予想通りだ、という余裕さえ伺える。


「かっちゃん、怒ると恐いんだよなぁ。やだなぁ、やだなぁ。殴られたらどうしよう」

「へ?」


 曽良は、大きくため息をつき、携帯をポケットにしまった。カヤはまったく理解ができない。怒る? 和幸がなぜ怒るんだろうか。


「あのぉ、曽良くん? 何の話?」


 カヤが苦笑しながら尋ねると、曽良は頬杖をつき、けろっとした様子で答える。


「かっちゃん、カーヤのこと好きだよ」

「……」


 うるさいはずのファミレスが一気に静まった気がした。カヤは顔色を失う。


「……え!?」


 三秒ほどたっただろうか。カヤは、周りの雑音を消し去るくらいの大声を出した。


「あはは、やっぱり気づいてな~い」と、曽良は愉快に笑う。「あの顔見て、なんでわかんないかなぁ」

「か、顔?」


 どの顔だ? とカヤは顔をしかめる。すると、曽良は、おおげさなほど険しい表情をし「……分かった」と低い声で言った。それは、どことなく和幸の声に似ていなくもない。どうやら、カヤが「先、帰ってて」と言い、正門で別れたときの和幸のマネのようだ。


「え……え……」カヤは目を泳がせ、曽良の言う『顔』を思い出そうとする。顔がどんどん熱くなる。だが、思い出せない。ええと、ええと、と目をつぶり、記憶を引き出そうとするが、頭に浮かぶのはエンジ色のネクタイ。

 それは当然だった。カヤは、あのとき和幸の顔から目をそらしていたのだから。


「でも!」と、カヤは混乱しながらずっと気になっていたことを口にする。「砺波ちゃんは!?」


 和幸の部屋によく泊まりにくるという女性。元気で可愛らしい、同じカイン。カヤはずっと砺波が和幸の彼女なのでは、と疑っていたものだ。


「砺波……あぁ、トミーのことか」曽良は目をぱちくりさせる。「トミーとかっちゃんはただの幼馴染みたいなもんだよ。俺もだけど」

「へ」

「恋愛感情はないと思うよ」

「……」


 カヤは呆然とした。本来なら、ホッとすることなのかもしれないが……今までの自分の心配は一体、何だったんだ、と思うとがっくりくる。ずっとそれで悩んでいたというのに。だが、恋愛とはそういうものか、とカヤはため息をついた。


「ねえねえ」と、曽良が屈託のない笑顔を浮かべる。「カーヤはかっちゃんのこと好きなの?」


 それは、曽良の唐突な質問だった。カヤは、え、と目を丸くする。


「わ……私は……」


 赤面しながら、カヤは口を動かした。砺波と和幸の間に特別な関係はない。もう言えるはずだ。いや、言わなくては。こうして曽良とデートすることになったのも、自分が本音を隠したせいだ。ここで言わなくては、曽良にも悪い。そう思い、「本当は」といいかけたときだった。


「好きじゃないなら……俺が、かっちゃんにがつん、と言ってあげるよ」


 軽い調子で曽良はそう言った。


「え?」と、カヤは眉をひそめる。がつん、と何をいうというのだろうか。

「俺と『おつかい』を代われ、て」


 急に、無邪気な顔が真面目な『男』の顔に変わっていた。カヤの頬から、一気に赤みがひいた。心臓のドキドキが緊張の鼓動に変わっている。カヤは、曽良の意図していることをすぐに悟った。『おつかい』……それは、自分の護衛。和幸と『おつかい』を代わる……それは、曽良がカヤのボディガードになる、ということだ。


「あのぉ、ご注文決まりましたぁ?」


 相変わらずやる気のない、たらこ唇の女子高生がやってきてそう尋ねる。カヤは、そのウェイトレスに反応することもせず、ただじっと曽良を見つめていた。とても深刻な表情で。

 一方の曽良は、はいはぁい、と元気良く返事をし、メニューを指差した。先ほどの真剣な顔は消え去っている。


「このパフェと……あ、カーヤはどのアイスがいいの?」

「…………」


 カヤは、ぎゅっと拳を握り締め、ごくりと唾をのんだ。


「できるの?」というカヤの震える声が曽良の耳にはいる。ウェイトレスは、「は?」とあからさまに不機嫌そうな顔をした。なんだよ、まだ決まっていないのかよ。言葉がなくてもそれが伝わってきそうだ。

 曽良はメニューからゆっくりと顔をあげ、カヤを見つめる。


「え?」と、微笑する。聞き取れなかったのではなかった。カヤの言葉の意味はもう理解している。だが、確認が必要だ。

「『おつかい』……」


 そこまで言って、唇をなめる。カヤの喉は緊張でかわききっていた。だが、曽良スペシャルをここで飲む気にはなれない。かすれた声でカヤは続ける。


「『おつかい』、和幸くんと代わってくれないかな」

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