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終焉の詩姫  作者: 立川マナ
第二章
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欲深い望み

 曽良がカヤと去り、和幸は正門の前にたたずんでいた。カヤが選んだんだから、これでいいんだ。そう分かってはいても、何かが気に入らない。何か、落ち着かない。いらいらして仕方がない。カヤにさえイラついている自分もいる。


「くそ!」と頭をかいた。


「俺の女に手だすんじゃねぇ!」


 急に、後ろからそんな棒読みのキザなセリフが聞こえてきた。


「え?」


 聞き覚えのあるセリフだ。言った覚えもある。ついさっき、皆に馬鹿にされた自分のきめ台詞だ。

 振り返ると、そこには金髪碧眼の美少年がいた。世間一般でイケメンといわれる曽良とはまた違う美しさをもっている。西洋の絵画にでてくる天使のようだ。だが、そのにやにやとした笑顔がその神秘さを台無しにしている。


「今こそ、それを言うときじゃないですかぁ」とリストはため息混じりに言った。

「……ずっと見てたのか?」


 和幸は、歩み寄ってくるリストを睨む。


「いえいえ。『かっちゃーん、久しぶり』のとこからですよ」

「最初からじゃねぇか」


 リストはくすっと微笑んだ。


「なにやってんですかぁ?」

「お前に関係ねぇだろ」

「関係大有りですけど」


 リストは、和幸の隣にくると、偉そうに胸をはってみせた。


「は?」


 関係大有り? なんでだ、と和幸は眉をひそめる。


「言ったじゃないですかぁ。しっかり見張ってください、て」


 リストは頭の後ろで手を組んで、不満そうにそういった。和幸はハッとする。そういえば、確かに今朝そういわれた気がする。あれは、ムシュフシュの話を聞いたときだった。カヤの安全は周りの生死にもかかわるから、これからもしっかり見張れ、とリストに言われた。だが……と、和幸は首を横にふる。


「デートについていけるわけねぇだろ」


 他人のデートをつける。そんなこと、和幸の男としてのプライドが許さない。だが、リストは不敵に笑ってささやく。


「あのソラって人、死んじゃうかも」

「!」


 リストは急に真剣な表情になると、小声で告げる。


「ムシュフシュは一度目を覚ました。前より現れやすくなっている。彼女の身に何かあれば……本当に、危険なんです」


 和幸の脳裏に、夕べの血の海がよみがえった。曽良はカイン。曽良がついていれば、カヤは大丈夫だ。そう思っていた。だが、まさかカヤといるせいで曽良が危険だとは。


「全部知っている和幸さんに、『人形』のそばにいてほしいんだ」

「……」


 リストは、懇願するような表情で和幸を見上げていた。確かに、そう言われると、説得力がある。和幸はしばらく黙って考えると、あきらめたようにため息をつく。


「分かったよ。デートを見張ればいいんだろ?」

「そうこなきゃ」


 さきほどの張り詰めた表情はどこへやら。リストは、急に元気になってとびきりの笑顔を浮かべた。


「それじゃ、ケットをお貸ししますね」

「え?」


 ケット。それはリストの天使(エミサリエス)だ。それを貸す? そんなことができるのか、と和幸は首を傾げる。


「ケット、和幸さんの言うことを聞くんだよ」


 リストは自分の守護天使にそう命じた。だがその姿は見当たらない。どこにもいないじゃないか、と和幸はあたりを見回す。すると……


――よろしくね、かずゆき。


 そんな声が頭の中で響く。


「え!?」


 和幸は頭を両手でおさえた。なんだ、これは。まるでイヤホンで高音質の音楽を聴いているような感覚だ。その様子に、リストは苦笑した。


「そのうち、慣れます。心の中でケットに話しかければ、ケットは答えます。名前を呼べば、ケットは姿を現します。難しいことは何もありません」


 そういえば、ケットはリストが名前を呼ぶたびに現れていたな。和幸は呆然としながら、その様子を思い浮かべた。どうやら、本当に自分は天使を借りたようだ。


「ムシュフシュは、エンキとエンリルの使者には手を出さない。万が一、ムシュフシュが現れたときは、ケットが何とかするから安心してください」


 なるほど。ムシュフシュ対策か、と和幸は納得する。


「だが……」と、和幸は頭から手を離して尋ねる。「アトラハシス探しは? ケットが必要なんじゃないのか?」


 天使(エミサリエス)同士はお互いの存在を感じることができるという。リストは、その気配を頼りにアトラハシスを探していた。自分にケットを貸してしまえば、手がかりがなくなるじゃないか、と和幸は疑問に思った。

 だが、リストは首を横に振る。


「こっちが向こうの気配を感じ取れるってことは、向こうもこっちの気配を感じている、てこと。どうやら、アトラハシスはオレたちを避けてる。向こうのエミサリエスがケットの気配を察して、逃げてるんだ。見つからない原因はそれですね。

 だから、ケットがいないほうが見つけられる可能性が高い。といっても、手がかりなしで歩き回るだけだから。望みはないけど」

「……なるほど」


 アトラハシスが、なぜリストから逃げているのか。それは和幸には分からない。見当もつかない。そもそも……と、ずっと疑問に思っていたことを考える。アトラハシスはカヤを守る使命を持っている。なのに、『ストーカー』まがいのことをして遠くから見守っているだけ。姿も見せずに過激な方法でカヤを守っている。一体、なぜか。


「なあ、アトラハシスは何してるんだ?」


 和幸は、唐突にそうつぶやいた。リストはその言葉に、いつも和幸がやるように頭をかいた。


「オレにも、実際よく分からないんです」

「カヤを守る使命、なんだろ? 本当なら、俺がやってることは……そいつがやるべきこと、なんだよな」


 和幸は自分で言っていて、胸が痛んだ。誰かの代わり……それはひどく嫌なものだ。特に、クローンである彼にとっては。


「使命は、そうです」と、リストは冷静に言う。「でも……どうやら、彼は神への信仰を失った」


 え、と和幸は眉をあげる。アトラハシスは、神に気に入られた人間だったはず。人に『創られた』人間である自分にはうらやましくさえ思える。そんな彼が、神を捨てた、ていうのか。


「だから、もう彼が何をしようとしているのか、オレには分からないんです」

「……」


 リストのその表情は、せつなくて寂しそうで、それでいて憐れみに満ちている。和幸は、初めてリストのそんな顔を見た。年下とは思えない、僧侶のようなオーラがある。確かにこいつは、神の子孫なのかもしれない。和幸は、今更ながらにそう思うと、ごくりと唾を飲んだ。


「とにかく」と、リストは高い声で調子を戻す。「ケット、何かあったら伝えてね」


――うん。


 和幸の頭にそんな声が響く。やはり、気味が悪い。和幸は顔をしかめた。


「伝えてって……どうやって?」


 頭をおさえながら、和幸はリストに尋ねる。天使(エミサリエス)が携帯電話でももっているというのか。それより、リストが携帯電話をもっているかもあやしい。


天使(エミサリエス)と、その主人は契りという絆で結ばれてる。だから、話さなくても会話ができます。遠くにいてもね」

「テレパシーかよ」と、和幸は半笑いで言う。もうついていけない、と呆れている。

「そんなとこ」


 リストは、軽い調子でそう返事をした。


***


 それは、曽良とカヤをおいかけよう、と正門から走り出そうとしたときだった。


「和幸さん」というリストの声が聞こえて、俺は振り返る。


 なんだ、まだ注意事項でもあるのか? 全部、話した気がするが。


「神の一族としてじゃなく、個人的に聞きたいんですが」


 なんだ、真面目な顔で? 俺は黙ってリストの言葉を待つ。すると、リストはゆっくり唇を動かした。


「どうして、彼女を引き止めなかったんですか?」

「え」


 まさかそんな言葉がこいつの口から出てくるとは。それも、真面目な表情で……。俺は、その質問に答える必要があるのかさえ、分からない。


「なんだよ、急に?」

「待ってたと思いますよ。『人形』は」


 待ってた? 俺が引き止めるのを? カヤが? そんなわけあるか。だって……


「カヤが行くって言ったんだぞ」


 そうだ。カヤが曽良を選んだんだ。俺にそれを引き止める権利があるかよ。……って、おい。俺、引き止めたかったのか? 夕べの覚悟はどこいったんだ? 俺は、カヤの笑顔を見れればそれでいい。そう決めたはずだろう。なのに、不満なのかよ……カヤが曾良とデートするのが。女々しい奴だな、俺は。

 そんな自己嫌悪におちいっていると、リストが相変わらず真面目な表情でつぶやくように言う。


「ノーとは言えないからですよ、彼女は」

「え?」


 何の話だよ? ノーとは言えないニホン人か? いや、カヤはニホン人じゃないしな。リストは、遠くを見つめて続ける。


「彼女に人は傷つけられない。彼女は憎しみを知らない。人を嫌えない。

 自分を犠牲にしてでも他人を優先する」


 リストには珍しく、すごい真面目だな。そりゃ、確かに……カヤはそういう女だよな。憎しみを知らない、ていうのは言い過ぎだと思うけど。


「とんでもないお人よし、てことか?」と、俺はかみくだいて表現してみる。


 いや、待て。だから、曽良の誘いにのった、とか言うんじゃないだろうな。だから、なんだよ。なんでもかんでも『災いの人形』を理由にすればいいってもんじゃないだろ。


「そう」と、リストはせつなく微笑んだ。アトラハシスの話をしたときみたいな、大人びた表情だ。「そういう風に『創られた』んです」


 『創られた』……俺はハッとした。そうか、そういえば……カヤも、『創られた』んだよな。俺みたいに。いや、俺と逆だ。俺は人に『創られた』。そして、カヤは……神に『創られた』。俺たちは、正反対だったんだ。

 俺は拳を握り締めていた。

 結局、神も人間も同じじゃないか。好き勝手に命を『創って』もてあそんでやがる。


「神さまも馬鹿だな」と、俺は鼻で笑った。「そんなお人好しじゃ、この世の中で生きていけない」


 それは、冗談交じりの皮肉だった。いや、そのつもりだったんだ。

 リストは俺をじっと見つめた。その瞬間、ドクン、と俺の心臓が大きくなった。背筋がゾッとする。絶対的な恐怖感。リストからそんなものを感じた。これは、畏怖だ。


「そんな世界だから、神の『裁き』が始まったんだ」

「……!」


 リストの表情はひどく冷たく、感情のないような声だ。落胆……なぜか、俺の頭にその文字が浮かんだ。怒りでもなく、憎しみでもなく……リストは、落胆している。


「彼女は神にとって『あるべき人間』のモデルなんです」


 そういったときには、リストはいつもの穏やかな表情に戻っていた。


「つまり、神さま基準の『正しい人間』?」と、戸惑いつつも、俺は相槌をうつ。

「そう。そんな彼女が生きられない世界……それは、神にとって『救う価値のない世界』」


 なんだ、それは……勝手すぎないか。俺には言葉にできない憤りを感じた。根本的に何かが気に入らない。


「だから」と、リストは悲しく微笑んだ。「彼女は世界を滅ぼす権利を持っているんだ」


 世界を滅ぼす権利? 権利、だと?


「……ふざけるな」


 俺は、かろうじてその一言を引きだした。


「結局、神の一族としての言葉じゃねぇか」

「ほんとだ」


 リストは、鼻で笑った。自分で気づいてなかったのか。どうやら、成り行きでこんな話になったみたいだな。


「冗談じゃねぇ。まだ、カヤが世界を滅ぼすとは決まってない。そうだろ」


 リストはハッとした。俺は、リストを睨むように見つめる。カヤを……殺す使命をもつ少年を。


「俺はしっかり覚えてる。『テマエの実』。それさえ、カヤが食べなければ、カヤは『終焉の詩』を思い出さない。そしたら……カヤは人間のままで、お前もカヤを殺さない。そうだろ!?」


 俺は一息で言い切った。リストは、冷静に俺を見つめている。


「その通りです」


 リストは、視線をひとつも動かさずそう冷たく言った。


「それだけ分かれば十分だ」


 俺は、拳を握り締め、踵を返す。そのまま、リストに何も言わず、俺は曽良たちのあとを追った。

 そう……『テマエの実』さえ、カヤが食べなければいいんだ。簡単だ。

 カヤが曽良と付き合おうがかまわない。別に、『俺の女』じゃなくても構わない。この世界に、あいつの笑顔があればいい。同じ世界であいつが微笑んでいればいい。


 なあ、神サマ。世界とカヤを守りたい。そう思うのは、欲深いことなんだろうか。それを、あんたは罪だというのか。それなら、それでいい。俺は……生まれたときから、あんたのルールから外れているんだから。


***


 和幸の背を見送り、リストは目をつぶった。今にも泣きそうに顔をゆがめ、唇をかむ。


「すみません、和幸さん」


 震える声でそういい、ゆっくりと目を開ける。その目には、決して曲がることのない覚悟が宿っている。


「オレにも……守らなきゃいけないものがあるんだ」


 それは、たとえ嘘をついてでも守らなきゃいけない。リストは、心の中でそう付け加えた。

本当は曾良なのですが、変換できないときがあるので、念のため、曽良に変えます。芭蕉の弟子は曾良です。

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