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終焉の詩姫  作者: 立川マナ
第二章
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俳句と花束

 この人が……曽良(そら)、くん。ハーフみたいな顔だ。俳優さんみたいにかっこいい。あひる口もすごくかわいいし。確か、この人もカインなんだよね。まるで『殺し屋』には見えない。

 私と和幸くんが正門まで来ると、曽良くんはいきなり和幸くんに抱きついた。


「かっちゃーん! 久しぶり、久しぶり!」

「お前はやっぱりこうなのか! 離れろ、馬鹿!」


 わあ。男同士で抱き合っているの、初めて見た。和幸くんはすごい嫌がっているけど。それもそうだよね。部活帰りのほかの学生が、すれ違いさまに好奇の目で見てるもん。曽良くんって人懐っこいのかな。それとも『かっちゃん』が大好きなだけ?


「かっちゃん、冷たくなった?」


 気が済んだのか、あっさり和幸くんから離れ、曽良くんは悲しそうな声でそういった。


「お前が暑苦しいんだ。分かるか? 温度差があるんだ、ここに。温度差」


 そういって、和幸くんは自分と曽良くんを交互に指した。


「温度差?」と、曽良くんは首をかしげ、「あ!」とハッとする。あわてて和幸くんのおでこに手をあてた。


「かっちゃん、熱があるの!?」

「そういう意味じゃない!」


 和幸くんは声を荒げて、曽良くんの手をはたいた。なんか……すごい、個性的な人だな。和幸くんが一気に疲れてる。ふと、曽良くんは思い出したかのように、和幸くんの横にいる私に顔を向けてきた。


「神崎カヤちゃん?」と、曽良くんのアヒル口がにぱっとひろがる。

「あ、はい。初めまして。曽良……くん?」

「松尾芭蕉の弟子っす!」


 皆、これを言うんだなぁ。これで何度目だろう。私は、つい苦笑してしまった。


「どうしたの、そのあざ?」


 曽良くんは唐突に尋ねてくる。え、と私は左頬をおさえた。


「これは……」

「普通、藪から棒にそんなこと聞くか?」


 呆れた声でそういったのは和幸くんだ。けど、曽良くんは大して気にする風もなく、「そうだなぁ」と、急に腕を組んで悩みだす。なんだろう? 今の会話で悩むことって何かあるかな? すると、曽良くんは、ぽんと手をたたいた。


「カーヤは?」


 へ? いきなり……何の話? 頬のあざはもういいの? かーやってなに? 曽良くんは茶色の目をきらきらさせて私を見ている。えっと……どう反応すればいいんだろう?

 私がきょとんとしていると、和幸くんが大きなため息をついた。


「たった二文字の名前になんでニックネームが必要なんだよ」

「え? ニックネーム?」


 かーや? 私のニックネーム? そういえば……私、ニックネームなんて今までなかったな。


「ニックネームのほうが長くなってんじゃんかよ」と、和幸くんは曽良くんの頭を軽くはたいた。なんかこの二人、いいコンビ。


「そもそも、俺の『かっちゃん』もおかしいんだよ。名前が一文字しかはいってないだろ」


 確かに。かっちゃん、て聞いて、それが和幸くんだとは思わなかったもの。


「じゃあ、ズユッキーにする? それとも、ズッキーニがいい? なんか似てていいよね」

「なんでお前は、素直に名前を呼べないんだ」


 和幸くんはがっくりと頭を垂れた。

 どうやら、この曽良くんはニックネームをつけるのが大好きみたいだ。それも……失礼だけど、センスはない、かな。

 曽良くんは和幸くんに返事をする様子もなく、背負っていたギターケースを下ろした。え? もしかして、ここでギターだすつもり?


「なにしてんだ、お前は?」と和幸くんはいぶかしげな表情で尋ねた。

「いや、カーヤにプレゼントがあるんだ」


 えっと、カーヤは私なんだよね。さっそく使われてる。このまま定着するんだろうか。でも、プレゼントってなんだろう? ギターケースを開けてるから……もしかして、歌、とか? 私に何か演奏してくれるのかな? でも、ここで? 気持ちは嬉しいけど、ちょっと恥ずかしいかも。

 そんなことを考えていると……曽良くんは、ギターケースからあるもの(・・・・)を取り出した。


「はい!」と言って、私にそれ(・・)を渡してくる。

「え……」


 思いもよらないものに私はぽかんとしてしまった。


「なんで、お前は……」と和幸くんがあきれ果てた声で言う。「ギターケースの中に、花束いれてんだよ!?」


 そう、それはとてもかわいらしい、小さなブーケのような白いバラとすみれの花束だった。ギターケースには、なぜかその花束だけ入っていたようだ。え? ギターはどこ……?


「受け取ってください」


 曽良くんはそう微笑んで、私の前で片ひざをついた。そして、その花束を私に差し出す。


「……え!?」


 思わず、ドキっとしてしまった。なに、このシチュエーション? 曽良くん、まるで王子様みたい。かっこいいし、すてきなんだけど……と、私はちらりと隣を見る。和幸くんも曽良くんの行動に目を丸くして口をぽかんとあけている。和幸くんの前でこんなことされても……。


山路(やまじ)きて 何やらゆかし すみれ草」


 急に、曽良くんがそんな俳句を詠んだ。私はハッとして曽良くんに視線を戻す。


「芭蕉の俳句。ふと足を止め、道端に咲く小さなすみれの奥ゆかしさに心がひかれる。そんな句だよ」

「……え」


 すてきな俳句。私はじっと花束に見とれた。そっか、その俳句からこの花を選んでくれたんだ。しっかり、名前にならって松尾芭蕉を勉強しているんだ。おもしろい人だな。私はくすっと微笑んでいた。


「そろそろ受け取ってくれないと、腕がしびれるんだけど」


 曽良くんのそんな苦しそうな声が聞こえて、私はあわてて花束を受け取った。


「あ、ごめんなさい!」


 って……受け取っちゃった! 心臓がドキドキしている。和幸くんの顔、見れないよ。これ、受け取ってよかったのかな。

 曽良くんは満足そうに立ち上がって、私を見つめた。背、高いな。


「じゃ、行こうか」

「え?」


 行くって、どこに? すると、やっと和幸くんが反応した。


「どこに行くつもりだよ?」


 気のせいかもしれないけど、なんだかイラついてるような……。


「デートだよ」と、曽良くんはけろっとして言う。

「デート!?」


 私と和幸くんの声がハモった。あ……そっか。そういえば、夕べ、私は曽良くんと出かける予定だったんだ。ドタキャンしちゃったんだっけ。


「三時間、ここで待ってたんだからぁ」と、自慢げに曽良くんは高々といった。


「三時間!?」


 私と和幸くんの声がまたハモった。まさか、私がでてくるのをここでずっと待ち続けていたの? 待ち合わせする、という考えはなかったんだろうか。それとも、サプライズが好きなのかな。


「なんで、そんなこと……」と、和幸くんは困惑ぎみに尋ねる。

「なんで……て、夕べ、メールくれたのはかっちゃんだろ。カーヤとのデートはまた今度にしてくれ、て」


 私はドキッとした。そんなメール送ってたんだ。ああ……やっぱり、デートって思ってたんだなぁ。砺波ちゃんからそう聞いたんだもんね。当たり前かぁ。ちらりと和幸くんを見ると、不機嫌そうな表情で腰に手をあてがっていた。


「また今度、てメールしたんだ」

「次の日でもいい、てことでしょう?」


 その言葉に、和幸くんはあっけにとられた。確かに、曽良くんの言うことは間違っていない。無理やりな気もするけど……。って、私は何のんびり考えてるんだ。どうしよう。デート? 今から? 断らなきゃ。でも、花束受け取っちゃったし、いまさら断るのってどうなんだろう。そもそも、砺波ちゃんは私によかれと思って曽良くんを紹介してくれたんだ。曽良くんもそのつもりでこうして来てくれた。それを今更、断るのって失礼すぎないだろうか。


「カーヤ、ほら行こうよ」


 曽良くんの手が目の前に出されている。私はごくりと唾を飲む。

 どうしよう……。ごめんなさい、私、和幸くんが好きだから。そんなこと言える? 今更そんなこといったら、曽良くんにも砺波ちゃんにも申し訳ないよ。それに、和幸くんが隣にいるのにそんなこと言えない。

 ごめんなさい、今日は気分が悪くて。ううん、それもだめ。夕べ、ドタキャンしてるのに、そんなこと言えない。どうしよう。なんて言おう? そもそも、嘘をつくのも気がひけるし。何かいい方法はない? 何か……何か……


「三時間も待ってたんだから」


 悲しそうな曽良くんの声が聞こえた。私はハッとして曽良くんを見る。


「夕べから楽しみにしてたんだよ」

「あ……」


 すごく切ない表情。だめだ。断れない。


「和幸くん……」と、私は隣に振り返る。でも、とても顔は見れない。エンジ色のネクタイを見つめて、つぶやくように私は言った。「先、帰ってて」


「……分かった」


 その声は、そっくりだった。


――もういいんだ。


 そう言ったあのときの声に。

芭蕉の句ですが、意味がちょっと違うかもしれません。すみません。

曽良の解釈、ということにしておいてください。


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