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終焉の詩姫  作者: 立川マナ
第二章
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恥ずかしい過去

「傑作だよ、これ」


 カヤが映画研究部の部室に戻ると、平岡のそんな嬉しそうな声と劇の練習らしからぬ笑い声が聞こえてきた。確かに、ヒロインの自分がいなきゃ通し稽古はできないだろうが、この騒ぎはなんだろうか。何やら、盛り上がっている。首をかしげながら、カヤは扉を開けた。


「うるせえ、平岡!」


 はいるなり、和幸のそんな怒号が聞こえ、カヤはびくっと肩を震わせた。


「消せよ、アンリ! 今すぐ、消せ」


 二十人近い参加者が、教室の端っこに集まって、何かを囲むように小さな円になっている。その円から離れたところで、和幸が一人、機嫌悪く腕を組んでいた。


「和幸くん、どうしたの?」と、カヤは歩み寄る。カヤが入ってきたことにも気づいていなかった和幸は、その声に飛び跳ねるように驚いた。


「げ! カヤ!?」と、和幸はあからさまに嫌な顔で叫んだ。

「『げ』?」


 そんな悪い反応をされるとは夢にも思っていなかった。カヤは悲しそうに立ち止まる。自分はほんの少しの間でも和幸と離れているとつらいというのに。本間と話しているときも、和幸が恋しくて仕方がなかった。授業中もずっと和幸と会うのを楽しみにしている。なのに、それは自分だけなんだ、とがっくり肩をおとした。

 すると、そんな悩みを吹き飛ばすかのような甲高い声が耳に入ってくる。


「カヤっち! 待ってたのよ」

「え?」


 それはアンリだ。


「アンリ、やめろよ!」


 アンリが急に人だかりの円の中から飛び出してきて、カヤに向かってきた。なにやらノート型パソコンを持っている。和幸があわててアンリを止めに入ったが、アンリはひらりとそれをかわしてカヤの横にすべるように駆け寄った。


「これ、見てみて」

「やめろ、カヤ!」


 和幸もあわてて駆け寄ってくる。どうやら、あの嫌な反応はこれが原因のようだ。カヤは興味津々にパソコンをのぞく。すると、そこには何かの動画が途中で止められていた。


「……動画?」

「わあ! カヤ、見るなって」


 和幸がノート型パソコンを奪いとろうと手を伸ばす。が、時すでに遅し。パソコンのある動画はすでに再生が始まっていた。


『何だ、お前は?』という平岡の声がして、動画には頬をはらしている平岡が映った。そして……


「和幸くん!」


 次に映ったのは和幸だ。カヤは、目を輝かせて画面に見入る。常に裏方だったんじゃなかったんだ、とカヤは内心驚いていた。


「アンリ、止めろ!」と和幸は言うが、アンリは右手を突き出し、怪しく笑んだ。

「もう遅いわよ」


 動画の和幸は平岡の胸倉をつかみ、ひどい棒読みでこう叫ぶ。


『俺の女に手だすんじゃねぇ!』


 その瞬間、部室中の生徒が大笑い。アンリは腹をかかえて苦しそうに笑い出す。


「下手すぎだろ!」と、平岡が笑いながら叫ぶ。

「才能ないない。一気にコメディ」と、呆れた口調で言ったのはコトミだ。


 和幸は、いらついた表情でため息をつく。顔は真っ赤だ。自分でもわかっている。それはみっともないほどの異常な棒読みだった。自分に演技の才能がこれっぽっちもないことは、アンリにかかわったお陰ではっきりと分かった。

 ただ、カヤだけはぼうっと画面を見つめている。爆笑の渦で、一人だけ無反応だ。音声は聞こえないから、もうアンリは停止ボタンを押したはず。動画に夢中なわけではないだろう。和幸は、苦笑いでカヤの様子を伺う。


「カヤ……別に、笑っていいんだぞ」


 カヤは優しい女だ。こんな状況で、俺に気を遣ってどう反応したらいいのか混乱しているのかもしれない。和幸は、せめて笑い飛ばしてくれたほうがマシだ、と心のそこから思った。


「そうよぉ」とアンリは、カヤをひじでつっつく。「何か言ってやんなよ。この大根役者に」

「お前な、アンリ! お前がどうしてもっていうから、参加してやったショートフィルムだろ!?」

「あんたのこの演技のせいで、真剣ラブロマンスがラブコメになっちゃったのよ? 偉そうにいえる立場?」


 それを言われると何も言い返せない。確かに、自分がぶち壊しにしている。和幸は、「あ~」とイラついて頭をかいた。


「私……」と、カヤがふと口を開いた。


 アンリは、「なに!?」と目を輝かせてカヤに振り返る。アンリにとって、このショートフィルムはネタだった。カヤがこれにどんな反応を示すか、一番期待していた。一方の和幸は、カヤがどんなことを言うか見当もつかず……内容によっては、一生治らない心の傷をおいそうだ、と誰よりも緊張していた。

 そんな様々な期待と不安の中、カヤは相変わらずぼうっとしてつぶやく。


「私、こんなこと言われてみたい」


 それは、誰も予想しなかったコメントだった。


「え」と和幸はあっけにとられ、「は」とアンリは気の抜けた声をだした。



***


「なんだったの、あの動画?」


 昇降口で、カヤは俺にそう聞いてきた。

 練習が終わって、俺はカヤと教室を出たのだが……妙に視線を感じた。今も、誰かが後ろで見ている気がして仕方がない。さぞや、不思議なんだろう。俺とカヤが仲がいいことが。つりあわないのは俺がよくわかってるよ。放っとけ。


「あの動画はな」と、俺は下穿きをほうりなげるようにして、地面におとす。「入学したてのころに撮ったショートフィルムなんだ」


 カヤも上履きを脱ぎ、下穿きに履き替えている。


「それを……なぜか平岡の奴が、一ヶ月前くらいからインターネットにのせてたんだよ」

「え!?」


 カヤは驚いて目を丸くした。ああ、そうだよな。おかしいよな。人権侵害だよ。俺は何も聞いていなかった。


「あいつ、この劇を宣伝するホームページをつくってるんだけどさ、そこに『今までの作品』とかいってあの動画を置いてたんだよ」

「そうだったんだ」


 実際、参加者は皆、そのホームページをチェックしていない。平岡には申し訳ないが。だから、誰もあの動画が置いてあることは気づいていなかった。今日……急に、平岡が皆にお披露目するまでは。


「平岡の奴がさ」と俺はカヤが靴をはくのを待ちながら言う。「アクセス数がすごいんだよ、なんて言ってノートパソコン開きだして」

「へぇ、すごいね、平岡くん」


 カヤは純粋に嬉しそうに微笑んだ。ローファーのつま先をとんとん、と地面にたたいてから、俺の横に歩み寄る。


「じゃ、帰ろっか」と、カヤは俺を上目遣いで見て微笑んだ。その瞬間、俺の心臓が大きく揺れた。


「あ、ああ」なんていって、俺はすぐ目をそらす。

 やっぱ、かわいいんだよな。平岡のホームページのアクセス数がすごいのも納得だよ。カヤは恥ずかしがるだろうけど……平岡の作ったホームページには、あらゆるところにカヤの写真がある。もちろん、隠し撮りではない。記録のために練習風景を撮った写真だ。だが、やはりカヤは目立つ。俺はネットのことはよく分からないが……おそらく、口コミだか書き込みだかで伝わっていったのだろう。美少女が載っているホームページがある、とかなんとか。それか、平岡自身がそうやってネットで宣伝した可能性もあるな。あいつはネットに詳しい。高校生なのに、プロ並みのホームページをつくってしまうくらだ。


「ねえ、和幸くん」というカヤの声がした。俺はハッと我に返る。いかん。ぼうっとしてた。

「ん? なんだ?」


 カヤはどこか恥ずかしそうにしている。どうしたんだ?


「また、和幸くんの部屋、泊まってもいい?」


 え。俺は、ごくりと唾をのんだ。


「あ、ああ。そうだよな。もちろん、いいよ」


 平静を装ってそういった。……つもりだ。だが、俺の演技がひどいのは自覚している。動揺しているのはバレバレだろうな。ああ、情けない。俺の部屋に泊まるのは当然だろう。カヤに今、帰る家はないし、事情を知っているのは俺だけだ。カヤは……仕方なく、うちに泊まるんだ。なに変に反応してるんだ、俺は……。


――私、こんなこと言われてみたい。

 

 ふと、さっきの言葉が頭に響いた。一気に顔が赤らむのを感じる。このタイミングで、なに思い出してんだよ。余計、動揺するだろ。あのときは、その言葉が意外すぎて呆然としてしまったが、よくよく思い出せば……すごい可愛いんじゃないか、あれ。分かってるさ。女の子ってのは、ああいう言葉に弱いんだろ。俺に言われたい……とかじゃない。単純に、セリフがいい、て言っただけなんだよな。つまり、俺の演技は眼中にないというか。

 ちらりと横に目をやる。カヤはちょうど、髪を耳にかけているところだった。そのしぐさがまた色っぽくて、俺は見とれてしまった。


「ん? どうしたの、和幸くん?」と、俺の視線に気づいたカヤが聞いてきた。

「え? いや、その……髪のびたな、と思って」


 なんだ、その返しは……。自己嫌悪に襲われる。どんだけ、アドリブに弱いんだよ、俺は。カヤはきょとんとしてしまった。


「そう、かな」


 そりゃそうだ。髪は伸びる。カヤは髪をつまんで眉をひそめた。きったほうがいいかな、とでも考えているのだろうか。悪い、カヤ……深い意味は何もなかったんだ。

 それにしても……と、俺は真面目に考える。カヤに、今朝のような不自然な様子は見られない。今朝、何があったか知らないが……とりあえず、落ち着いたみたいでよかった。まあ、無理しているだけなのかもしれないけど。でも、こうしてカヤが自然体で隣にいてくれると、俺も安心する。俺は、自然と頬が緩んでいた。

 そのときだった。思いもよらない奴の声が突如、俺の耳を貫いたのは。


「かっちゃーん!」


 聞き覚えのある、そのよく通る高い声。俺は、声のしたほうに目をやる。


「かっちゃん?」と、カヤは首をかしげた。


 校門のほうで、ギターケースを担いだ、短髪の他校の学生が手を振っている。ほりの深い顔に、高い鼻、透明感のある白い肌。学ランの似合わない、ニホン人離れした顔の少年だ。全体的に愛嬌のある顔で、大きなアヒル口が特徴的だ。

 相変わらず、テンション高そうだ。俺は急に疲労感がした。


「誰だろうね?」


 カヤは、不思議そうに辺りを見回した。どうやら、『かっちゃん』を探しているようだ。俺はため息混じりに、カヤの肩に手を置く。


「俺が『かっちゃん』」


 そういうと、カヤは目をぱちくりさせた。


「え?」

「それで」と、俺は学ランの男をあごで指す。「あれが、藤本曽良(ふじもとそら)

「……そら?」


 しばらくカヤはぽかんとして、思い出したかのようにハッとした。


「松尾芭蕉の弟子!」


 どうやら、曽良のキャッチフレーズはカヤには効果的のようだ。さて……曽良が来た。カイン一のイケメン、カイン一のいい奴、そして……カイン一、アホな奴が。

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