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終焉の詩姫  作者: 立川マナ
第一章
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ファーストコンタクト

「え? 週番?」


 俺はハッと我に返って頭をかく。


「うん。野村先生が、週番の人に頼んだ、て言ってたから。私の学校見学」


 野村。二組の担任だったな。社会科のブルドッグと呼ばれている男。かわいい目をしたおっさんだ。


「へえ、そっか」と、落ち着かない様子で返事をする。神崎のこと……直視してられねぇ。美人だと聞いてはいたが、その言葉だけでかたづけられないんじゃないか? なんというか、神秘的。絵画だ、絵画。それに、見つめられるだけで誘惑されているような気さえする。


「それで、週番なの?」


 神崎の戸惑った声が聞こえた。俺は、あ、と苦笑い。


「いや、違う」

「そう」


 それじゃ、あなたは誰? という表情だ。どこか、疲労さえうかがえる。転入初日だしなぁ。いろんな奴にたかられたんだろう。こんなにきれいだし。

 にしても……と、俺は神崎のクラスをちらりとのぞく。


「週番、帰ったんじゃねぇの?」


 そう、クラスにはもうだれもいない。結構、部活がさかんな学校だからな、ここは。皆、授業がおわるとさっさと部活にむかってしまう。


「え、うそ」と、神崎はこちらに駆け寄り、ぐいっとクラスの中をのぞいた。見ているものは同じはず。誰もいない教室だ。神崎はがっくりと肩を落とした。


「じゃあ、一人で探検でもしようかな」


 神崎はがっかりした様子はあるものの、微笑してそう言った。

 いやいや、その前に言うことがあるだろ。転校生の学校案内頼まれといて、さっさと帰ったんだぞ、週番は。文句のひとつも言わないとは……絶滅危惧種、『美人で性格もいい女』か、こいつは? 


「えっと……」と、神崎が俺のほうに振り返る。そういえば……と口が動いた。


「週番じゃないなら、どちらさま?」


 首をかしげてそう尋ねてきた。ああ、そっか。そういえば、名前も名乗ってなかったな。


「隣のクラスの藤本」


 俺は自分のクラス、三組の教室のほうに、目をやってそういった。神崎も俺の視線をたどって三組のネームプレートに目をやると、「ああ」とつぶやく。


「神崎、だよな」と、俺は眉をひそめて確認する。神崎はイラン人だ、て聞いたし。こんな中東系の顔してる時点で神崎に間違いはないんだが。


「神崎カヤ。初めまして」


 神崎は、絵に描いたような屈託のない笑顔を浮かべた。俺は、なにか……胸の辺りでうずくのを感じた。くすぐったいような、気持ち悪いような。……落ち着かない。


「私に何か用だった?」


 ふと、神崎が真顔に戻ってそう聞いてきた。あぁ、そういえば……なんだっけな。そうそう、『これからお前を騙して父親をおとしいれるから、よろしく』。はは。言えるかよ。やっぱ、悪役の仕事だよなぁ、これって。まあ、そもそも、こんな美少女とお近づき(・・・・)になる方法なんてさっぱり分からねぇ。彼氏とかもういるんじゃないのか。いないとすれば、ハードルが高すぎるんだ。俺の見た目は、どうやら中の上(アンリ調べ)。神崎とつりあうとは思えない。さらに、俺は恋愛は専門外。今回の『おつかい』、俺は果たせるんだろうか。


「藤本くん?」という神崎の戸惑った声が聞こえる。


「あ、いや……」


 今、そんなこと考えている場合じゃないだろ、と自分で自分を叱る。とりあえず、今は『おつかい』はおいとこう。やることやらなきゃな。

 俺は、あ、と思い出したように手をたたく。神崎は、いきなりの俺の行動に目を丸くした。


「劇って、いいよなぁ」


 俺のひどい棒読みが廊下に響いた。


***


「え?」


 私はつい、間の抜けた声を出していた。なに、急に? しかも、すごい棒読みだ。私がぽかんとしていると、藤本という三組の生徒は、ひきつり笑顔で頭をかいた。


「俺、すげぇ劇好きなんだよね」

「……」


 私は、返す言葉が見つからない。一体、なんなんだろう? すごく、不自然。なんで急に劇が好きだなんていう話を始めるの? 


「そういえば」と彼は、ひきつった笑顔をはりつけたまま続ける。「文化祭で劇があるんだよな。絶対、参加したほうがいいぜ」

「……」


 藤本くんはそこで一時停止。私も……思考が止まった。意味が分からないよ。


「あのぅ」と、私はなんとか言葉をしぼり出す。「一体、何の話?」


 聞かれて、藤本くんは大きなため息をはいた。ぐったりと頭を垂れる。


「ああ……だから嫌だったんだ」

「え?」


 嫌だった? 何が? 私に話しかけるのが?


「大丈夫?」


 私は藤本くんの顔を覗き込む。今日、いろんな人に話しかけられたけど、彼が一番変わっている。


「いいか!」と、いきなり藤本くんは顔をあげ、私に人差し指を突き出した。

「はい!?」


 思わず私は、背筋を伸ばして返事をしていた。今度は何?


「隣のクラスの近江アンリ。俺はあいつの差し金で来た」

「へ?」


 近江、アンリ? ええと……と、私は記憶を呼び起こす。確かに、聞いたことある名前だ。どの子だっけ?


「劇の勧誘に来ただろ、うるさい女が」


 藤本くんの呆れたような声が聞こえた。そして私はハッとする。劇! そうだ、そうだ。昼休みに来たショートヘアの女の子。劇に興味ない? て言って……台本を渡してきた。


「あいつに、劇のすばらしさをあんたに訴えろ、とか言われてな」

「なんで?」

「あんたを劇に引き込むためだよ」

「あぁ……」


 なるほど。納得。それで、急に劇が好きだどうだ、という話をしだしたんだ。

 それにしても……私は、フッと思わず噴きだして、笑い出してしまった。


「え? なんだよ?」

「ごめんなさい。あまりにも、変だったから」

「へ?」


 さっきのあれ(・・)は演技だったんだな。すごく不自然でわざとらしくて……思い出しただけで、自然と笑いがこみがえる。もっとほかにいろいろ方法はあったはずなのに。


「笑いすぎだろ」


 藤本くんがため息混じりにそう言った。あ、いけない。失礼だよね。私は、ハッとして笑いを止めようとした。すると……


「ひどい演技だったよな」

「え」


 彼の爽やかな笑い声が廊下に響きだした。あれ? 笑うな、て言わなかったっけ?

 藤本くんは頭をかいて恥ずかしそうに笑っていた。

 気づくと私は、彼の笑顔に見とれていた。彼は、目立ってかっこいいわけではない……と思う。きれいな黒髪は際立っているけど、全体的におちついた感じ。でも、笑った顔はすごく魅力的。爽やかな笑顔、てこういうことをいうのかな。


「俺、劇とか全然興味ないんだ」


 しばらく笑ってから、藤本くんはそうカミングアウトしてきた。


()ついて悪かったな」

「え」


 私は目を丸くした。一瞬、何のことを言っているのか分からなかった。『嘘』? もしかして……あの演技のこと? 

 私がぽかんとしていると、藤本くんは「そうだ」と腰に手をあてがった。


「学校、案内しようか」

「!」

「お詫びというか、ついでというか」

「……」


 学校を案内? 今から? 二人で校舎をまわるってこと?


「どうした?」


 あ、いけない。私ったら、ついぼうっとしちゃった。


「あ、えっと……」


 断ったほうがいいかな。だって、もし男の子と二人きりになったら……またアレ(・・)が起こるかもしれない。

 でも……と、彼を見上げる。藤本くんは穏やかな微笑を浮かべて私の返事を待っている。

 ダメだ。せっかくの親切な申し出を断るなんてできない。


「じゃあ……」と、私は遠慮がちに微笑む。「お願いしようかな」


 そういいつつも、内心不安でいっぱいだ。でも……大丈夫だよね? 転校初日だし、校舎の案内くらいじゃ……アレは起きないよね。


「よし……とりあえず、上からみてくか」


 そう言って歩き出した藤本くんの背中を見ながら、私は胸元をおさえた。心臓が騒いでる。鼓動が早い。喉がしめつけられる。緊張してる。転入して初めて男の子と行動を共にするんだもん。当然だ。これでまたアレが起きれば、転入初日で私の学校生活は終わりだ。大丈夫だよね。これくらいで、彼を怪我させたりしないよね? ただの校舎の案内だもの。デートとかそういうわけじゃない。

 だから、お願い……と、私は廊下の窓を見つめた。お願い、どうか、何もしないで。今度は放っておいて。もう、あんな目に遭うのはたくさん。私は、姿も名前も分からない『誰か』にそう心の中で懇願した。

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