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終焉の詩姫  作者: 立川マナ
第二章
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カインと不良 -3-

「大丈夫か、藤本?」


 平岡が心配そうに俺に駆け寄ってきた。


「え?」と、俺はとぼけた声をだす。

「みぞおち、殴られたじゃないですか」


 すかさず、リストがいやみっぽい口調で言った。俺はハッと思い出す。そうだ。殴られたんだった。


「あ、いてててて……」


 いまさらながら、俺はみぞおちを押さえ体を丸めた。横目に、リストが呆れた顔をしているのが見える。


「大丈夫かよ? 思いっきりはいってたぜ」


 平岡の悲痛な表情に、俺の良心が痛んだ。みぞおちよりも、そっちのがずっと痛いわ。


「オレが保健室につれていきますよ、藤本先輩(・・・・)


 リストが天使のような笑顔でそう言った。わざとらしい……。だが、にくめないかわいい笑顔だ。女だったらアイドル間違いなしだな。ナンシェとかいう子は、さぞやかわいいんだろう。俺は、ぼんやりとリストの部屋でみた写真を思い出す。リストによく似た女の子だった。リストが髪をのばして、頬をふっくらさせて、まつ毛を増やせば、あの子になりそうなくらい。

 そんなのんきなことを想像していると、「俺もついていくよ」という平岡の声が聞こえてきた。


「いや、いいですよ、平岡先輩」


 リストが間髪いれずに即答する。


「平岡先輩は、藤本先輩が次の授業に遅れること、先生に伝えておいてください」



 こいつは、よく次から次へとアドリブで言い訳がおもいつくな。俺は苦笑した。俺は、みぞおちを押さえたまま、平岡を見上げる。リストの天使の笑顔に、顔を赤らめている。おいおい、こう見えてもれっきとした男だぞ。目を覚ませ! と、俺は平岡の頭をゆさぶりたくなった。


「そうしてくれよ」と、俺は苦しそうな声で言う。自分でも分かる。大根役者とは俺のことだな。リストは心の中で爆笑していることだろう。

 だが、みぞおちにパンチがはいったのを目の当たりにしている平岡は、疑う様子もなく、申し訳なさそうにうなずいた。


「わ、わかった。頼むな、ロウヴァー」

「任せてください」


 また、天使の笑顔が炸裂か。どれだけ美しい顔してても……まさか平岡は、この後輩一年坊主が、神の子孫だとは思うまい。

 

   *   *   *


 平岡は、名残惜しそうに何度も振り返りながら、屋上を出て行った。平岡の姿が見えなくなるやいなや、じっと笑顔をキープしていたリストは呆れ顔になって和幸を睨む。


「和幸さんがなんで裏方なのか、よく分かった気がしますよ」

「うるせえ」と、和幸はみぞおちを押さえていた手を離し、背をしゃんと伸ばした。


 リストにはもちろん、分かっていた。先刻、屋上で繰り広げられた出来事は全て『茶番』であること。まさか、裏世界の殺し屋が、不良のパンチを大人しくくらって倒れこむわけがない。


「殴られたときに、もう少し声とかだしたらどうです? 少しはマシになると思うな」

「うるせえ。あいつのパンチが弱すぎるんだよ」


 リストの嫌味まじりのアドバイスに、和幸ははずかしそうに反論する。なんとも無茶な言い訳だが、和幸の素直な感想だった。


「もう少し衝撃が来るかと思ったのに、全然だ! 神さまが創る人間ってのは、こんなにひ弱なのかよ?」


 はあっと大きなため息をついて、そんな悪態をつく。すると、リストは、おほんとわざとらしく咳払いをした。


「神への冒涜を、神の子孫の前でよくできますね」


 その言葉に、和幸は不敵な笑みでリストを睨んだ。


「お前の存在自体、神への冒涜だろうが」

「あ……それ言います? ひどいなぁ」


 こればかりは、リストに反論のしようがない。神の子孫であり、『創られた』人間。神の遺伝子をもったクローン。リストこそ、神への冒涜……いや、神への裏切りそのものだ。


「まあ、それはおいといて」と、特に気にする様子もなく、リストは和幸にさわやかに微笑む。「なんだったんです、さっきのは? おとなしく殴られちゃって。避けたり、受け止めたり、カインなら簡単でしょ」

「お前がいると思ってな。止めに入ってくれるとふんでたんだよ」

 

 リストは顔をしかめた。


「失礼な。いつも休み時間はここにいるわけじゃないですよ」

「賭けただけだよ」


 和幸にとって、リストが屋上にいるかどうかはどちらでもよかった。いなければいないで、不良のひ弱なパンチを受け続けて、適当なところでのびたフリをすればよかった。ただ、リストがいれば、神さまの『奇跡』で何とかしてくれる。無駄にケガをしなくてすむだろう、と期待しただけだ。

 リストは、やれやれ、と呆れた顔で腕を組む。


「腑に落ちません。暴力は嫌いですけど……オレだって、正当防衛は認めますよ」


 遠まわしに、やり返せばよかったじゃないか、と言っている。和幸にはそれが分かった。堂々と神さまが暴力を認めるわけにはいかないんだろう。リストも一応、神の子孫としての自覚はあるようだ。和幸は、神の子孫も難儀だな、と思いつつ苦笑した。


「暴力沙汰で事を荒立てたくなかったんだ」

「は?」


 屋上に呼び出した時点で、ことを荒立てているような気もしたが……和幸には、あのままSDカードを放っとくわけにはいかなかった。最低限できる限りのことをしよう、と思いついた策がこれだったのだ。あのままこっそり隠したり捨てたりすることも可能だったが、それだと、犯人が『誰が隠した』と騒ぎ始めるおそれがあった。屋上に犯人を呼び出し、目の前でSDカードを破壊する。怒りの矛先は自分に向けられるし、こちらが黙っていれば向こうも表立って騒ぎ立てないはず。和幸には、これがベストの策だと思えたのだ。ただし、暴力沙汰にはしないことが絶対条件で……。


「俺は」と、和幸は自分の両手を見つめた。「いまいち、力の加減ができない。クラスメートなんて殴ったことないし。多分、大怪我させる。そうなったら……騒ぎになる」


 自分が殴られることは問題ないように思えた。商業用に『創られた』和幸は、体が人並み以上に丈夫だ。そこらの不良に殴られても、少し痛む程度だろう。あざはもしかしたらできるかもしれない。だが、転んだ、とでも嘘をついて自分が黙っている限り、教師にも何があったかはバレないし、周りの注意を引くこともならない。だが、自分が向こうに手をだせば……大怪我はまぬがれない。そうなれば、教師の目もごまかせない。生徒たちの好奇心もあおる。何があったんだ、どうしたんだ、と関係者は問い詰められるだろう。そうなれば……


「SDカードのことが話題になる。そういうわけにはいかなかったんだ」


 着替え中に写真を撮られて、隣のクラスに回されていた。和幸は、そんなことを、カヤに知られたくなかった。カヤは純粋だ。深く傷つくだろう。それに、夕べおそろしい目にあったというのに、次の日に辱めを受けることはない。たとえ、自分がどれほど殴られようと、和幸はカヤをこの一件から守りたかった。

 和幸は、ぎゅっと拳を握り締める。正直にいえば、今にでもあいつらを殴りたい。だが、それはカヤのためにはならない。それが分かっているからこそ、和幸は自分を制止できていた。


「SDカード?」


 リストが、きょとんとしてそう尋ねた。和幸は、ハッとしてリストに振り返る。そういえば、リストは何も事情は知らない。階段室の上から、盗み聞きはしていただろうが……SDカードの中身を見ていなければ、事情を全部把握することはできないだろう。


「いや、なんでもない。とりあえず、助かったよ」


 そして、リストがそれを知る必要はない。出来る限り、あのSDカードの中身を知る人間は少ないほうがいい。たとえ、リストでも……和幸に、それをバラす気はかけらもなかった。


***


 体育が終わり、更衣室で着替えを済ませた二組の女子がわらわらと教室に戻ってくる。熊谷はポケットに手をつっこみ、それを廊下で待ち構えていた。二組の女子は、次から次へと、熊谷をちらちら見ながら、頬を赤らめて教室に入っていく。熊谷は、彼女たちに一瞥もくれない。ただ、ある女を待っていた。


麻子(あさこ)!」


 熊谷は、目的の女を見つけて、そう怒鳴った。麻子、と呼ばれた女子は、え、と顔をあげて熊谷を見た。茶髪のロングヘアーに、高校生らしからぬ厚化粧。つり目をなんとかたれ目にみせようと、アイシャドウとアイライン、付けまつ毛を総動員している。痩せた骨ばった体と逆三角形の輪郭が特徴的だ。麻子は、熊谷を見ると、嬉しそうにとびはねる。


「いっちー!」


 周りの友人をおしのけるように麻子は走り出し、熊谷にとびついた。熊谷は、下の名前を一久(いちひさ)という。いっちーとは、そこからついた熊谷のニックネームだ。麻子がつけて、麻子だけ使っている。


「うぜえな」と、熊谷はとびついてきた麻子を突き放す。

「なによぉ」


 友人の前で、こんなことをされてはプライドに障る。麻子は、一気に不機嫌な顔になった。二人はつきあっているわけではなかった。熊谷にとって、麻子はただの都合のいい女だ。特別な感情はかけらもない。利用できるからそばにおいているだけだった。一方、麻子は、熊谷が学年の女子の中で人気が高いから近づいただけだ。どんな男の傍にいるか。それが麻子にとって、女のステータスだった。つまり、麻子にとっては熊谷は洋服や宝石と同じだ。


「写真のことなんだけどよ」と、熊谷は麻子の腕を引き、廊下のはじへつれていく。

「SDカード今朝渡したでしょ」

「壊されたんだよ」

「はあ!?」


 麻子のかすれた甲高い声が廊下に響いた。熊谷は麻子の肩に手をまわし、乱暴に近づける。


「壊されたってなんなのよ? 誰に?」

「いいから! データのこってねぇのかよ」


 その言葉に、麻子は、ふ~ん、と目を細める。グロスの塗られた赤い唇をぺろりとなめ、熊谷の顔にじっとちかよった。


「あたしの携帯の本体に残ってるけど……」

「金は払うよ」


 麻子は、満足そうにあやしく笑んだ。


「それ、今夜のホテル代ね」


 熊谷の耳に、麻子がそうささやくのが聞こえた。

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