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終焉の詩姫  作者: 立川マナ
第二章
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カインと不良 -2-

 和幸は、SDカードを持つ指に力を入れた。パキっという高い音が鳴ってSDカードは見るも無残にきれいに折れる。屋上が一気に静まった。


「ほら、返す」と、和幸は微笑して折れたSDカードを熊谷に差し出す。これに、熊谷は額に血管を浮き出して怒りをあらわにした。イケメンとうたわれる顔が一気に鬼の形相へと変わる。


「てめぇ、ふざけやがって!」


 熊谷はそう叫ぶやいなや、右の拳を和幸のみぞおちに思いっきり入れた。和幸の体はくの字に曲がり、スローモーションのようにゆっくりとその場に崩れる。がくっと膝をつくと、和幸は腹をかかえてうずくまった。


「なめたマネしてんじゃねぇよ。お前、何様のつもりだ」


 熊谷は唾を吐くとそう怒鳴った。学校一のワルだと自負していた熊谷にとって、大してクラスでも目立たない和幸にこんな態度を取られたのが腹ただしくて仕方がなかった。それも、高値で売るはずだったカヤの着替え写真を台無しにされたのだ。盗撮を頼んだ二組の女子にも、金は払っている。これでは、大損だ。


「適当に痛めつけて戻ろうぜ」


 つまらなそうにそう熊谷に促したのはスキンヘッドの男だ。


「ふ、藤本、大丈夫かよ」と、消え入りそうな声で平岡が後ろから声をかけた。心配だが、熊谷に目をつけられたくはない。おどおどして和幸に駆け寄ることもできなかった。

 その様子に、「お前は、なんだ?」と、いらついた声で熊谷は平岡に怒鳴る。平岡はびくっと肩をふるわせ、後ずさる。


「いや、あのさ……こいつ、神崎さんのこと惚れてて……だから、こんなことを。だから、これくらいで許してくれよ」


 それが、平岡にできる精一杯だった。少なくとも学年で一、二を争う不良に、まさか立ち向かうことはできない。せめて、和幸のために弁解してここは退いてもらおう。そう思ったのだが……熊谷と他の二人はそれを聞き、顔を見合わせ、笑い出した。


「惚れてるってよ!」

「笑えるぜ」

「こんなことしたって、神崎がこいつを相手にするかよ」

 

 口々に馬鹿にする三人に、平岡は言葉が出せない。


「平岡、さがってろ」


 和幸は顔をあげると、平岡を一瞥し、押し殺すような声でそう言った。それにピクリと反応したのは熊谷だ。笑うのを止め、和幸を見下ろす。


「お~、まだ余裕あるんじゃねぇか」


 涼しい表情は浮かべているものの……熊谷は、腑に落ちなかった。キレると自分をコントロールできない性格は自覚している。さっきも、みぞおちに本気で拳をいれた。手加減は一切なかったはずだ。失神でもするかもしれない。そうまで思ったのだが……和幸は、声もださずにうずくまっただけだった。さらに、怯える様子もなく、他人の心配をしている。何か妙だ。それに……気に入らない。

 熊谷は、和幸の髪を左手でぐいっとつかんだ。


「立てよ」


 和幸を睨みつけ、低い声でそうつぶやく。後ろの二人は、顔を見合わせた。


「おい、熊谷。なにマジになってんだよ、そんな奴に」

「軽く一発殴って終わりにしろよ」


 和幸は、髪をひっぱられるまま、素直に立ち上がる。まっすぐに熊谷の目を見つめた。その顔には苦痛の色は一切ない。おかしい。熊谷は顔をしかめた。ついさっきみぞおちに重いパンチをいれたのに、もうけろっとしている。まるで何事もなかったかのように……


「どうしたんだよ?」


 和幸が半笑いでそうつぶやいたのが聞こえた。周りの人間には聞こえないくらいの小さな声だ。明らかに、挑発している。熊谷は、何かがキレる音が頭の中でした気がした。


「そんなに神崎に惚れてるなら、おそろいのあざでもつけてやるよ」


 熊谷は頬をぴくぴくひきつらせてそう言い、和幸の髪をつかんだまま、右の拳をふりかぶった。


「わあ、藤本!」


 平岡の悲鳴のような声が響く。そのときだった。


「そこまでぇ!」


 それは、その場にいる全員の鼓膜をやぶるかというくらいの、怒鳴り声だった。


***


 やっぱりな。ここにいるんじゃないか、と思ってたんだよ。困ったときの神頼み(・・・)だ。にしても……止めるの遅すぎだ。

 熊谷は、突然の大声にビビって、拳を止めた。顔をしかめて声のしたほうに振り返る。後ろのスキンヘッドとスポーツ刈りも同じように後ろを振り返っていた。


「なにしてるんですかぁ?」


 そんなわざとらしいとぼけた声をあげて、金髪碧眼の美少年は、階段室の屋上からひょいっと飛び降りた。


「なんだ、こいつ」と、スキンヘッドがいぶかしげな表情でスポーツ刈りに尋ねる。

「例のイギリス人だろ。転校してきた」


 イギリス人の転校生は、ぐちゃぐちゃ話している二人は完全無視で、こちらに歩み寄る。


「これ以上は、茶番劇でも見てられませんよ」


 リストは熊谷を見つめながら、能天気な声でそう言った。茶番劇、ね。俺は鼻で笑う。視線は熊谷だが、俺に言っているんだろう。


「なんだよ、てめぇは」

「リスト・ロウヴァー。一昨日、転校してきたんですよ」


 いたずらっぽく微笑むと、リストは熊谷に手を差し出した。こんなときに、握手かよ。案の定、熊谷はカッとして、俺の髪から手をはなすと、リストの胸倉につかみかかった。


「お前か、調子にのってる一年の金髪は」

「これ、生まれつきなんですけど」


 おいおい。リスト……そんなに挑発するような態度で、どうなってもしらないぞ。って、俺がいえる立場じゃないが。


「ロウヴァー、謝っとけ!」と、平岡が後ろから必死に叫んだ。本当に気のいい奴だ。巻き込んで心底申し訳ない。


「先輩なめるとどういう目にあうか教えてやる」


 熊谷は、俺に振り下ろすはずだった拳をリストに向かってかかげた。


「はは、いいぞ、熊谷」と、後ろの二人はあおっている。こいつら、タダの暇人じゃないか。

 そしてリストは……何かする気配もない。俺は正直、焦っていた。神の子孫なら、何か奇跡みたいなものを起こせるもんだとばかり……。俺は不安になり、熊谷の手を止めようと足を一歩出した。そのときだった。


「オレを殴る気?」


 リストの真剣な声が聞こえた。熊谷の振り上げている拳が、びくっと揺れる。なんだ?


***


 リストは、熊谷の目をじっと見つめた。


「オレを殴る気?」


 もう一度、ゆっくりとつぶやく。熊谷は、目を泳がせる。自分の中で何が起きているのか分からない。ただなぜか、拳を振り下ろせない。味わったことのない、恐怖感に似た妙なものを感じていた。


「暴力は好きじゃない。教室に戻るんだ」


 リストが命令するように語調を強めてそう言うと、熊谷は小刻みに震えた。熊谷は、自分の中の何か(・・)と格闘していた。なぜか、言われたとおりにしなくてはならない気がして仕方が無い。なんで、こんな一年坊主の言うことをきかなきゃならないんだ。一発殴ればいいだけだ。そう自分に言い聞かせても、なぜか手が出ない。額にじんわりと汗がうかぶ。ダメだ。逆らえない(・・・・・)。熊谷は、観念したように唇をかみ締め、ゆっくりと拳を下ろしていく。表情には、屈辱と困惑がにじみでている。

 熊谷が感じている妙なもの。それは他でもない、『使命感』だった。リストの神の遺伝子が熊谷に働いているのだ。


「おい、熊谷?」という、スポーツ刈りの男の戸惑う声がする。


 熊谷は、乱暴にリストの胸倉から手を離すと、チッと舌打ちをして、二人の友人のほうへ歩いていく。明らかに落ち着きを失っていた。


「熊谷? なんだよ、急に?」

「なんもしねぇのかよ?」


 二人が引き止めるように熊谷を囲むと、熊谷は「うるせえ!」と二人をおしのけ、階段室へと歩いていった。熊谷の表情は異常だった。まるで幽霊でもみたかのような怯える表情だ。額には、運動をしたかのような大量の汗。二人は戸惑いつつも熊谷を追いかけるようにあとについていった。


「なんだよ、一体?」


 不良三人組が消えた屋上で、平岡が泣きそうな声でそうつぶやいた。

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