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終焉の詩姫  作者: 立川マナ
第二章
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カインと不良 -1-

 和幸は、一時間目が終わるチャイムとともに教室をでた。右のポケットには、クラスの誰かから回ってきたSDカードがはいっている。誰のものかは、すぐに分かるはずだ。


「おい、藤本!」という平岡の声が後ろから聞こえたが、和幸は振り返りもせず、階段へと向かった。二年三組、二年二組、二年一組、と通り過ぎると目の前に階段があらわれる。この校舎は、三階が一年、そして下にいくごとに学年が上がって、一階が三年だ。校舎はコの字になっており、校舎の東は一組から三組。南は、四組から六組。西は、七組から九組。きちんとフェンスがついた屋上は校舎の東のみ。南と西は平坦な屋根で、そこに出るための階段もない。つまり、『屋上』といえば意味する場所はひとつしかないのだ。

 和幸は階段を一気に駆け上ると、勢いよく屋上への扉を開けた。教室を出たのは和幸が最初だ。誰も来ているはずはない。和幸は扉を全開にしたまま、屋上に足を踏み入れ、太陽にむかって気持ちよさそうに伸びをする。


「さて、と。誰が来るかな」


 二、三歩、扉から離れると、階段に振り返りそうつぶやいた。

 若干、あのメッセージがしっかり伝わっているかの心配はある。『SDカード→屋上』。和幸としては、『SDカードを返して欲しければ、屋上へ来い』という意味だったのだが……果たして、意図を汲んでくれているかどうか。とりあえず、SDカードの持ち主が、屋上に来てくれればいいのだ。

 和幸は腰に手をあてがい、しばらく待った。そして……誰かが階段をあがってくる足音が聞こえてきた。どんどん、近づいてくる。カヤの着替え写真を売ろうとしていた犯人が。

 和幸がじっと、階段を睨むように見つめていると、あるクラスメートが姿を現した。とても馴染みのある顔。和幸は、目が悪いわけでもないのに、目を細めてその人物を凝視する。

 そして、「うそだろ!?」と、呆れたように怒鳴った。


***


「なにがだよ?」


 現れた人物は、まるで野球部みたいな頭をして、くっきり一重のがたいのいい男。一見、野球部の主将のようにも見えるのだが……俺は知っている。こんなたくましい体して、スポーツ少年みたいな頭して……こいつは、運動おんちのインドア派だってことを。そう、屋上に現れたのは、まさかの平岡だった。


「平岡? お前かよ!?」


 まさか、平岡が現れるとはこれっぽっちも考えていなかった。俺は、頭をかかえて大きくため息をつく。なにやってんだよ、こいつは。確かに、こいつはカヤによく見とれていたが……まさか、隠し撮りまでするような変態だとは思っていなかった。心から残念だ。


「お前ってなんだよ?」と、平岡は屋上にきといて、まだとぼけている。

「なんだよ、て……あのメッセージ見て来たんだろ?」


 すると、平岡はりりしい眉毛を器用に動かし、眉間にしわをつくった。笑えるほど真剣な顔だ。


「ああ。お前を注意しにきたんだ」

「は!?」


 注意? 平岡が俺を? なんのことだよ? すると、平岡は偉そうに腕を組んで俺をにらみつけた。


「いいか。神崎さんは女神だ」

「……」


 は!? おい、何を話しだすんだ?


「俺はてっきり、お前は神崎さんに純粋な気持ちで惚れているんだと思っていた」

「おい、平岡。何の話を……」


 惚れてる? ああ、そういえばこいつ、リストが劇に入ってきたときに、嫉妬だなんだと俺をからかってきたな。そうか、俺がカヤに惚れてる、と思っていたのか。

 だが……今は、そんな話はどうでもいいだろ。SDカードの話はどこだよ?


「お前と神崎さんじゃ、百パーセント無理だと思ってる。だが……もしかしたら、お前は、革命を起こすかもしれない、とちょっとは期待していたんだ」

「か、革命?」

 

 ってか、それなら百パーセントじゃないだろ。矛盾してるぞ。平岡は、気のいい馬鹿だとは前々から思っていたが……ここまで馬鹿だとは思っていなかった。なに言ってるのか、全然意味分からん。


「俺たち三流グループから、あんな美女にお近づきになれる奴がでるかもしれない……お前は俺たちにとって戦士だったんだ!」

「……」


 三流グループ? つまり、学校でイケてない男子ってことか? そうか、俺はそんなグループに属していたのか。目立たないように暮らしているうちに、どうやらそんなグループに入っていたようだ。知らなかった。それも、『俺たち』? 他にもメンバーがいるのかよ。一体、誰だ?

 だが、そんな質問をする間もなく、平岡の熱弁は続く。


「なのに、あんな美しい人を欲望で汚すなんて! それも、金のために! 純粋な気持ちはどこにいった!?」


 平岡は、目頭に手をあて、そう叫んだ。俺はただ、固まった。意味が分からない。


「俺は、お前を見損なった!」

「お、おい、待てよ。何の話をしてるんだよ?」

「だから、あのSDカードだよ! まさか、お前が神崎さんを盗撮までするとは……」


 このとき、やっと状況が理解できた。俺は、はあっと肩を落とす。

 どうやら、この馬鹿は俺があのSDカードの持ち主だと思ったようだ。つまり、カヤを盗撮した犯人は俺だ、と。なんでそういう思考回路になる? こそこそSDカード回すような犯人が、堂々と黒板にあんなこと書くかよ。


「俺じゃねぇよ、平岡」と、俺は力なく言った。

「え?」


 平岡は、うっとうしい泣きまねをやめると、俺をじっと見つめる。


「違うのか?」

「ちげぇよ。なんでそう思ったんだよ?」

「だって、黒板に書いてただろ。SDカード欲しい奴は屋上へ……そういう意味じゃなかったのかよ?」


 ははは。そういう風にとられたわけか。俺は呆れて笑うしかなかった。


「なんだ、お前は……俺が屋上でデータを売りさばくかと思ったのか」

「だから、止めにきたんだろう」


 やはり、気のいい馬鹿だな、こいつは。


「俺も同じことしようとしたんだよ」


 俺が肩をすくめてそういうと、平岡はくりっとした目を大きく開いた。


「は?」

「俺も」と、ポケットからSDカードを取り出す。「こいつに説教しようと思ってな」


 平岡が、目をぱちくりとさせた。そのときだった。


「藤本、いるかぁ!」


 そんな低い声がして、平岡よりも背の高い男の影が、ずいっとのびてくる。俺が平岡の後ろに目をやると、長髪、長身の男がポケットに手をつっこんで、偉そうに立っていた。すっと伸びた鼻筋。きれ長の目。長さが半分しかない眉。細長い輪郭。ウチのクラスでイケメンともてはやされる熊谷(くまがや)だ。だが、ひどい問題児で……いわゆる、ワル。二組のギャルに確か人気があったな。つまり……


「真打ちは後から登場だな、平岡」と、俺は平岡に小声で言う。いや、この場合は真打ちじゃなくて『真犯人』か。


 熊谷の後ろから、ガラの悪い痩せたスキンヘッドと、柔道部並みのがたいのいいスポーツ刈りが現れる。スキンヘッドの鼻は若干左に曲がっている。ボクサーにしては痩せすぎだ。生まれつきか、ケンカか。まあ、どうでもいい。スポーツ刈りのほうは見たことあるな。一組の……(はやし)、だったか。うろ覚えだ。


「俺のSDカードがなくなったんだけどさぁ。お前、知ってる?」


 熊谷は半笑いで俺にそう言った。後ろの二人は、くつくつと含み笑い。わざとらしいったらない。分かってて俺を馬鹿にしているのは明白だ。

 ふと横に目をやると……平岡は、まるで迷子の子犬のようにおどおどしている。平岡を巻き込みたくないんだが。こうなったらもう仕方ないな。

 俺は、手に持っているSDカードを熊谷に見せる。


「こんなの拾ったけど、これ? 名前書いてないんだけどさ」


 熊谷の笑いが消えた。もちろん、俺が持っていることに驚いたわけではないだろう。あのメッセージを読み取ってここに来たはずだからな。こいつの笑顔を消したのは……おそらく、俺の態度のせいだ。平岡によれば、俺は三流グループらしい。そんな奴に、こんなナメられた態度とられたら、プライド傷つくよな。


「てめぇと楽しくおしゃべりしに来たんじゃねぇんだよ。黒板にふざけたこと書きやがって。いいからそれ、渡せ。お前が持ってても仕方ねぇだろ」


 熊谷がじりじりと俺に近づいてくる。それに比例して、平岡が俺の後方へあとずさっていった。スキンヘッドとスポーツ刈りは後ろで、にやにやしている。


「それとも」と、熊谷が俺の目の前で立ち止まると、唇の端をあげた。「買い取りたいのか?」


 やっぱ、売るつもりだったんだなぁ。ま、それ以外考えられないけど。

 俺は、「そうだなぁ」とSDカードをまじまじと見つめる。


「いくら?」


 その言葉に、スキンヘッドとスポーツ刈りが大爆笑。


「SDカードごと欲しいのかよ? どんだけ!?」

「ほら、言っただろ、熊谷! 神崎の写真なら、こういう馬鹿がでてくるって」


 熊谷は、二人に一瞬振り返ると、ハハッと笑って見せた。


「一枚ずつ売るつもりだったからなぁ、カード丸々の値段は考えてなかったぜ」

「そうか。じゃあいいわ」

「あ?」


 さて……うまくいくかは、()のみぞ知る、てな。

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