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終焉の詩姫  作者: 立川マナ
第二章
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和幸の解法

 俺は、ぼうっと窓の外を眺めていた。窓際の一番後ろ。俺はこの席を気に入っている。丁度グラウンドがよく見えるからな。二年二組がわらわらと体操着で出てきた。カヤの姿もみえる。この高校のジャージは、全身緑でださいことこの上ない。カヤが着ていると合成みたいに不自然だ。カヤには、もっとシックなドレスとか、そんなのが似合いそうだ。


「練習問題やってきてるかー?」


 そんなだみ声が聞こえてきた。俺は窓からちらりと声の主へ目を向ける。蛙のような顔で、黒ぶちめがねをかけた中年男が教科書を手に黒板の前に立っている。数学担当の石黒だ。俺はとりあえず、教科書を開いて練習問題に目をおとす。もちろん、やってきていない。まあ、石黒はいつも出席簿順で人をあてるから……俺は大丈夫だろう。

 ピーッという笛の音が聞こえて、俺はまたグラウンドに目を向けた。カヤは、他の女子とまだ馴染めていないようだ。一人で行動している。彼女の圧倒的な美しさは、女子には受け入れにくいのだろう。特に、二組の女子は高飛車なのが多い。カヤにはあっていない気がしてならない。ウチのクラスだったら、アンリもいるし、少しはマシだったろうな。

 にしても……と、俺はさっきリストに聞いた話を思い出す。


「ムシュフシュ」


 隣の奴にも聞こえないくらい小さい声でそうつぶやいた。

 カヤの中に化け物がいる……信じられない話だ。正直、びびっている。夕べのあの惨劇。思い出しただけでも吐き気がする。人を食いちぎった化け物が、カヤの中に巣食っているとは。そう考えたら、カヤが少し恐ろしく見えてしまう。『災いの人形』……今さらながら、カヤの正体を思い知らされた気分だ。


「藤本」


 急に前の席の中村が、石黒の目をぬってSDメモリカードを渡してきた。


「なんだ、これ」と、受け取りながら尋ねる。石黒は、こちらに背を向けて練習問題の番号と割り振りを黒板に書いている。


「いつもみたいに見てから回せ。男にな」


 それだけ言って中村は前を向いた。またかよ。俺は机の横にひっかけてあるカバンから携帯を取り出し、机の下でSDカードを挿した。石黒の動きに注意しながら、SDカードの中身を確認する。そして……


「は!?」


 思わず、大声をあげていた。石黒はもちろん、クラスの全員が俺に振り返っている。


「なんだ、藤本?」


 石黒は、黒ぶちめがねをくいっとあげて俺を睨んできた。俺は、あわてて教科書を指差す。


「いや、見直したら答えが全然違ってて……」


 何人かがクスっと笑うのが聞こえた。ああ、分かってるさ。嘘はばればれだろう。

 石黒は、ふん、と鼻で笑うと「そうか」と偉そうにだみ声で言う。


「藤本はちゃんとやってきたみたいだから……最後の問題を解いてもらおう」


 最後の問題ね。一番難しいやつだろ。即興でできるか、ての。

 だが、このSDカードを取り上げられるよりマシだ。俺は、「もちろん」と苦笑して言った。石黒は気に入らない表情を浮かべたが、また黒板に向き直り、問題を書き始める。

 俺は、また携帯を見下ろす。SDカードにはいっていた画像は……


「カヤ」と、俺はため息混じりにつぶやいた。


 そう、全部カヤの写真だった。それも、着替えている最中の。下着がしっかり映っている。そして左頬にはあざ。さては、今朝撮ったばかりのできたてか。更衣室でどう盗み撮りしたのか分からないが……女子に協力者がいるのは確かだ。まさか、男が更衣室で隠れて撮ったわけではあるまい。

 にしても……と、俺は削除を試みる。やはり、ロックされていて、暗証番号が必要だ。携帯に保存するのも、同じ。やっぱ、あとでこれを売ろうって寸法だな。というのも、こういうことは、よくあることなのだ。カヤは初めてだが……三年のマドンナや音楽教師などなど。何かと人気のある女子は標的になる。

 あー、くそ。誰だよ……と、俺は教室を見渡す。


「よし、名前が書かれてる奴は前にでて問題解け」


 石黒の声が響いた。黒板には、それぞれの問題の番号の横に名前があった。もちろん、最後の問題には、俺の名前が。

 まいったなぁ。SDカードのせいで、問題考えられなかったし。俺は問題を見つめる。あー、考える気もしない。


「藤本!」


 いつまでたっても黒板にでてこない俺に、石黒が苛立った声で呼んだ。

 俺は、この教師があまり好きではない。教科書に頼りすぎてオリジナリティに欠けているし、煙草くさいし。そういえば、カヤも数学はこいつだ、て言っていたな。カヤはどう思ってるんだろうか。あいつのことだから、真面目な人だよね、とかなんとか言いそうだな。

 そんなことを考えながら、立ち上がったときだった。


「あ」と、俺は大事なことを思い出した。「ノート」


 ハッとしてイスに座りなおすと、机の中をあさった。何人かは、もう黒板に答えを書き終わっている。前の中村が心配そうに俺のほうに振り返ってきた。


「降参しちまえよ」なんて言っている。

「その必要はなさそうだ」と、俺はあるノートを見つけて自慢げに言う。


 それは、カヤから借りた数学のノートだった。うっかり、返すのを忘れていれっぱなしにしていたのだ。ノートをひらくと、びっしりパソコンで書かれたようなきれいな字がみやすくならんでいる。俺は、黒板に向かって歩きながら、ノートをぺらぺらめくった。


「あった」と、俺は微笑む。


 さすがはカヤ。しっかり予習がされていた。この練習問題も解いてある。


「藤本、早くしろ」と石黒が急かす。どうせ、俺には解けないとふんでいるんだろう。残念だったな。


 俺は、黒板の右端にいき、チョークをとった。カヤのノートを片手に。


――じゃ、急いでとってくる。クラスにもってくね。


 カツッと、黒板にチョークをつきたてたときだった。カヤの嬉しそうな声が頭の中に響いた。そして……俺の頭に、一昨日のことがフラッシュバックのように蘇る。カヤがこの教室に来て、皆が驚いて俺を見て……俺はカヤを教室から連れ出して屋上に行った。


「……あ」


 そうだ、俺はあの日、カヤと約束したんだった。


「おい、藤本?」


 チョークを黒板にあてたまま動かない俺に、石黒は顔をしかめて近づいてきた。


「どうした? 分からないなら……」

「いえ、思い出しました」


 俺ははっきりとそう言って、黒板にある文字を書きなぐった。もう、カヤのノートは必要ない。乱暴に文字を連ねると、チョークが割れるような勢いでバシッと置いた。自信満々に教室を見渡し、俺は不敵に微笑む。


「そういうことだ」


 それだけ言って、俺は黒板を去り、席に戻った。クラスはシーンと静まっていた。石黒も目を点にしている。


「藤本?」と、中村が困惑した表情で俺に振り返る。「どういうつもりだよ、お前」


 俺は肩をすくめて、また窓の外を見つめた。カヤは相変わらず一人で行動している。それを見ながら思い出す。俺があいつにした約束。


――急に態度かえて避けたりしない。何があっても。


 俺は……俺だけは、最後までカヤの味方でいてやらなきゃいけないんだ。たとえ……化け物が体に宿っていようとも。

 数字だらけの黒板で、俺が書きなぐった文字が、異彩を放っている。

 『SDカード→屋上』。これが俺の解法だ。


「藤本、なんだこれは!」という、石黒の怒号が聞こえた。やっと我に返ったか。

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