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終焉の詩姫  作者: 立川マナ
第二章
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疑惑

 藤本は、和幸とカヤを見送ると、自分の部屋に戻った。学校に行くのに邪魔になるから、とカヤが置いていった紙袋が部屋の隅に固めておいてある。藤本にはなじみの無い響きのブランド名が紙袋に連なっている。あの聡明そうな顔立ちの美女も、まだ少女に違いないのだ。それを思うと、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。いきなり、厳しい現実をつきつけてしまった気がしてならない。まして、両親を失った直後なのだ。


「強い子だ」


 藤本は、寂しくつぶやくと、黒い皮のイスに座る。

 よく考えてみれば、両親が殺されたというのに、彼女は毅然とふるまっている。本当なら、どこかに閉じこもり泣き崩れていてもおかしくないというのに。今までよほどのことに立ち向かってきたのだろうか。それとも……まだ、実感がわいていないだけか。和幸の話だと、遺体はすでに搬送されたあとだった。カヤは両親の遺体と向き合ったわけではない。不幸中の幸いかもしれない。遺体がどんな状態だったかは知りようもないが、さすがに両親の遺体と対面するのはこの上ない苦痛だろう。藤本は、そんなことを考えながら、デスクの上の電話を手に取る。カヤに、協力する、と言ってしまった以上、藤本に出来ることはしなくてはならない。神崎殺しの犯人が誰なのか……。

 藤本はスピードダイアルである男に電話をかけた。呼び出し音が四、五回。そして、あの青年の、人を小馬鹿にしたような話し方が聞こえてくる。


「おはようございます、藤本さん」

「おはよう、三神くん」


 情報屋の三神だ。思えば、神崎がトーキョーの人身売買を仕切っている黒幕ではないか、という情報を売ってきたのも彼だった。それなら、やはり彼に依頼するのが筋だろう。藤本は皮肉そうに笑みをうかべる。


「情報を売ってほしい」


 コンコン。扉をノックする音が聞こえた。藤本は、眉をあげる。

 妙だった。カインの子供たちはノックはしない。ノックしてここに訪れるのは、シスター・マリアか……そして、受話器の向こうにいる男、三神だ。


「三神くん、今、どこにいる?」


 まさか、タイミングよくここに来た……そんなことがあるだろうか。三神が朝型の人間ではないことは藤本はよく知っていた。いつもここにくるのは、夕方か夜。電話でさえ、朝かかってきたことはない。事実、受話器の向こうの声は寝起きのようにかすれている。


「嫌ですね。そんな情報がほしいんですか?」


 やはり、ふざけたことをぬかす。馬鹿なことを聞いた。藤本は、面倒くさそうにため息をつく。


「またあとで電話する」


 返事も待たずに受話器を置き、扉を見つめる。


「はいりなさい」


 扉がゆっくりと開き、そこに居た人物が姿を現す。藤本はぎょっとした。


「神崎さん?」


 現れたのは、さっき和幸と学校に向かったはずのカヤだった。


「あの……」と、少女は焦った様子で扉を閉めると、藤本のデスクに駆け寄ってきた。


「どうしました?」


 藤本が戸惑いつつもそう尋ねると、カヤは切羽詰った表情で小声で答える。


「お尋ねしたいことがあって」

「はい。わたしでよければ、なんでも」


 まあまあ、座ったら、と藤本はソファを薦めたが、カヤは首を横に振った。


「和幸は?」

「教会の前で待っててもらってます。忘れ物をしたって言って……」

「忘れ物……」


 そんな小さな嘘をついたことに罪悪感でもあるのだろうか。藤本がカヤの顔色を伺うように見つめると、カヤは目をそらした。

 カヤとは昨日、少し話しただけだが、落ち着いて聡明な印象を受けた。そんな藤本には、こんなに落ち着かないカヤを見るのは、不気味にも感じた。


「聞きたいこととは?」

「夕べのことです」


 カヤは浮き足立っている。和幸に嘘をついて待たせている、ということは、和幸に内緒で何か聞きたいのだ。そして、忘れ物を取りに行く、と言った以上、早くすまさなければならない。カヤが焦っているのも当然だ。


「夕べ?」と、藤本は首をかしげた。「それは、あなたのほうがよくご存知では?」


 すると、カヤは首を勢いよく横に振った。


「私は、気を失ってしまって……。警官に殴られたあとのこと、何も知らないんです。目が覚めたら」


 カヤは目を見開いていた。その視線は藤本に向けられていない。自分の両手を、張り詰めた表情で凝視している。恐ろしいことを思い出している。藤本には分かった。和幸から、何があったか聞いていたからだ。


「血、ですか」

「!」


 カヤはハッとして藤本を見つめた。その通りだ。


「体中、血だらけだったんです」

「聞きました」と藤本はうなずく。

「和幸くんは……なんて?」


 カヤの声は震えていた。藤本には分からなかった。なぜ、彼女が自分にこれを尋ねるのか。和幸に聞けば一番早いはずだ。これから一緒に学校に行くのだし。とりあえず、自分が話せることは話してあげよう。藤本はそう思うと、ゆっくりと聞いた話を告げる。


「あなたがしていた指輪から信号がこなくなり、和幸は屋敷に向かったそうです。そして、あなたをある部屋で見つけた。二階の奥の部屋」


 カヤは聞きながら、小刻みにうなずいていた。そう、二階の奥の部屋。そこで、警官に殴られ、気絶した。重要なのは、そこから……


「和幸が部屋に入ると、そこには四人の警官の死体と、彼らの大量の血がとびちっていたそうです」

「え?」


 カヤは思わず声をあげていた。それは、カヤの知りたかった内容を大きく省いていたからだ。


「そこにあなたが一人横たわっていた。和幸は、とりあえずあなたを抱きかかえ……」

「あの!」と、カヤは藤本の話をさえぎる。そこからの話は、正直どうでもよかったのだ。


「それだけですか?」

「はい?」

「和幸くんから聞いた話は、それだけですか?」


 『それだけ』。その意味が、藤本にはよく分からなかった。


「神崎さん」と、藤本は呆れたような声をだす。「一体、何を聞きたいのですか?」

「……」


 カヤは黙ってうつむいた。不安が心の中で渦巻いている。


「神崎さん。もし、何か知りたいのでしたら、和幸に直接聞いたほうがいいのでは……」


 カヤはぶんぶんと顔を横に振った。


「和幸くんは優しいから。きっと、私には隠す気がするんです」


 藤本は顔をしかめた。隠す? 一体、彼女は何の話をしているのだろうか。カヤはまた両手をひらき、視線をおとす。夕べ、そこにはべっとりと血がついていた。


「あの血は、あの男たちのもの。そして、彼らは死んでしまった」


 そこまで言うと、カヤは真剣な表情を浮かべる。どこか、恐怖におびえているような緊迫した顔だ。


「いえ、彼らは殺された」

「神崎さん、大丈夫ですか?」


 流石に藤本は不安になり、立ち上がった。カヤを落ち着かせようと肩に手をおく。


「落ち着いてください。どうしました?」

「誰に?」


 カヤのつぶやくような声が部屋に響いた。


「はい?」


 やっと我に返ったかのように、カヤはバッと藤本の顔を見上げる。今にも泣きそうな、不安な表情で。


「和幸くんですか?」

「!」


 藤本はハッとした。カヤが何を心配しているのか、やっと分かってきた気がした。


「気を失って、目が覚めたら血だらけで、和幸くんの部屋にいたんです。あの屋敷には、あの男たちと私と、和幸くんしかいなかった……彼らが誰かに殺されたとしたら、それは……」


 カヤはそこまで言うと、頭をかかえた。続きは言いたくないのだろう。藤本は、難しい表情でため息をつくと、カヤの肩から手を離す。自分の部屋の壁を見回すと、そこには歴代のカインたちが微笑んでいる。写真だけみれば、無垢な子供たち。だが、彼らは『殺し屋』と呼ばれていた。自分にはそれを止める力はなかった。いや、止める『言葉』がなかった。だから、彼らの行為を許すことにした。自分だけはそれを認めて、天というものがあるなら、共にそこで裁かれよう。そう誓ったのだ。

 だが……藤本はうつむいた。カインの中で、たった一人、その行為を拒絶し続けた子供がいた。それが、和幸だ。三神が、天然記念物、と揶揄するほどの珍しいカイン。和幸だけは、『無垢な殺し屋』と呼ばれるカインの中で、『殺し屋』ではなかった。

 自分は、昨日、この少女に告げた。和幸は人を殺したことはない、と。彼女はそれを聞いてホッと安堵したようだった。


「藤本さん」と、カヤは、昨日と同じように救いを求めるような視線で見上げてきた。


「藤本さんは、どう思いますか? 和幸くんは……」


 藤本は答えにつまった。藤本には自信がなくなっていた。昨日と同じことを言う自信が。和幸は人を殺したことがない。それは今となっては分からないことだった。カヤの言っていることは的を射ている。カヤが男たちに捕まり、和幸が部屋に駆けつけ、男たちの死体とカヤを見つけた。そんな和幸の話は、何かが大きくはしょられているように感じてならない。和幸がカヤのいる部屋に駆けつけるまでに、誰かが来て男たちを殺し……そして、和幸が現れる前に逃げた。そんなことが起こり得るのだろうか。万が一、起こり得たとしても、狙いはなんだ? なぜ、男たちを殺し、煙のように消え去った? それよりも……和幸がカヤを助けるために部屋にかけつけ、男たちを殺し、カヤを連れ出した。そのほうが自然に聞こえる。神崎が殺された、と言う事実に気を取られ、そんな些細な違和感に気がつかなかった。

 だが、もし和幸が男たちを殺したなら、なぜ言わない? 藤本にはそれが不可解だった。藤本に嘘までついて隠すことではないことなど、和幸は知っているはずだ。


「藤本さん?」


 頼りなく、震える声がして、藤本はハッと我に返った。藤本は、にこりと笑みをつくり、カヤを見つめる。


「和幸は、『男たちを殺した』とはわたしには言いませんでした」

「……」


 カヤの表情は曇ったままだ。もちろん、これがカヤの求める答えではないことは重々承知だ。だが……と、藤本は首を横にふる。


「わたしにいえるのは、それだけです」


 カヤは、ふうっと大きなため息をついて肩を落とした。

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