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終焉の詩姫  作者: 立川マナ
第二章
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責任

 着替えたいというカヤを藤本の部屋に残し、藤本と和幸は、シスター・マリアの背中を教会の前で見送っていた。シスターは何度も和幸たちに振り返り、手を振っている。


「依頼?」


 和幸は、シスターに手をふりながら、藤本に尋ねた。藤本も、シスターに微笑んだまま応える。


「ああ。五歳の娘さんが盗まれたそうだ」

「俺、いこうか?」


 シスターが角を曲がった。藤本は満足すると、くるりと踵を返し、教会の中へはいる。和幸も藤本の後をおうように教会に入り、扉に手をかけた。木がきしむ音とともに、ばたん、と扉が閉まる。


「お前には、まだ神崎さんの護衛があるだろう」

「そのことなんだけど……」


 和幸が言いにくそうにつぶやく。藤本は手を後ろに組み、和幸に振り返った。その表情は険しい。さっき、シスターと話していたときとは大違いだ。


「あの頬のあざは?」

「!」


 藤本の問いに、和幸はハッとする。そう。今、カヤの顔を見て気づくことは、その美しい顔立ちではない。左頬のあざだ。当然、藤本も気づいていた。シスターも気づいていた。二人とも、カヤに尋ねなかっただけだ。


「わたしは昨日、はっきりと明確に示したはずだ。何かあったときのために、お前についていけ、と」


 藤本は、にらむように和幸を見た。

 藤本は、カインに実の子のように接している。いや、実の子以上に優しく甘いかもしれない。だが、『おつかい』に関してはきびしかった。『おつかい』での失敗は命をおとすことにもつながる。現に、何人ものカインが寿命ではなく、『おつかい』の最中に命をおとしている。それをずっと見てきた藤本は、自然と失敗に対する目がきびしくなっていた。先月、砺波(となみ)曾良(そら)を間違って撃ったときは、特にひどいものだった。和幸は、そのときのことを思い出す。藤本にこっぴどくしかられた砺波が泣きながら和幸の部屋に来て、一晩中泣き言に付き合わされた。だが、和幸は慰めはしなかった。『おつかい』のミスは厳しく追及される。それは分かりきったことだ。皆、分かって『おつかい』に臨んでいる。その上でミスをしたなら、言い訳はきかない。全部自分の責任だ。

 そして、今回は和幸のミスだ。和幸も分かっている。藤本にカヤを任されていたのに、カヤにケガをさせた。


「すみません」


 和幸ははっきりとそういい、藤本を見つめる。


「何があった?」


 藤本は、するどい目で和幸を見つめたまま、低い声でそう尋ねた。


***


 俺と藤本さんは、最前列のチャーチチェアーに並んで座っていた。俺の話を一部始終聞くと、藤本さんは深いため息をつく。


「なるほど。神崎は殺されたか」

「すでに警察がいた。屋敷には、しばらく近づけないと思う」


 カヤの指輪から送られてきた映像で、俺はしっかりと警察手帳を確認した。そして、あいつらは屋敷内をあさっていた。あれのどこまでが捜査かは分からないが……一応、捜査、という(てい)でやっている以上、俺たちカインは近づけない。裏で『殺し屋』と呼ばれる俺たちが、表の『番人』である警察と関わるわけにはいかないからだ。


「資料も、押収されているかもな」


 藤本さんは背を曲げ、頭をかかえた。藤本さんの、こんな落胆する姿を見たくはなかった。俺は目をそらした。ぎゅっと手を握り締める。


「ごめん、藤本さん」と、しぼりだすように言う。「神崎が黒幕だったかもしれないのに。それでなくても、重要な手がかりだったのは分かってる。トーキョーの黒幕にたどりつく貴重な手がかりだった。それを、こんな形で失って……俺の責任だ」


 誰が神崎を殺害したのかは分からない。正直、それは警察の仕事だ。だが、死人に口なし。これでは、神崎が黒幕だったのかも分からない。それに『殺人事件』になった以上、俺たちには手がだせない。神崎のもつ人身売買に関する資料も手に入ることはないだろう。今は、警察は汚職の巣窟。中には、人身売買に関わり私腹を肥やしている警官もいる、て話だ。人身売買が明るみに出るのを恐れ、もう資料を処分されている可能性もある。


「俺は……」と、俺はつぶやく。「俺は『おつかい』をさぼるべきじゃなかったのかもしれない」


 藤本さんが顔を上げたのが、横目で見えた。


「俺はカヤを連れ出すべきじゃなかったんじゃないか……て思えて仕方が無い。『おつかい』をちゃんとこなしていれば、もしかしたら……」


 俺は独断でカヤを連れ出してしまった。はっきりとした根拠もなしに、その場の感情で行動した。その結果がこれだ。あのまま、カヤを騙して情報をつかめば……神崎が黒幕でなかったとしても、黒幕の正体を暴けたかもしれない。それに、カヤを連れ出したせいで、彼女を『おつかい』に巻き込み、危ない目にあわせた。俺がカヤをケガさせ、血の海に放り込んだんだ。第一、俺が、カヤを連れ出さなかったら、カヤの両親が殺されることもなかったのかもしれない。そんなことを考えていたら、俺は迷宮に迷いこんだみたいな絶望感に襲われた。


「和幸!」


 急に、藤本さんの怒号が教会に響き、俺はハッとする。


「いいか、和幸」と、藤本さんは立ち上がり、俺の目の前でしゃがんだ。その目はとても真剣で、そして優しさに満ちていた。「二度と、そんなことは言うな」


 それは、あまりに予想外の言葉だった。


「お前は自分の意志で選んだ。わたしは『おつかい』のミスは許さない。だが、『おつかい』をやめることは構わない。それは、君たちの選択だからだ。ただ……選択には『責任』がついてまわる」

「責任……」


 藤本さんは、力強くうなずいた。


「結果に対する『責任』だ。たが『責任(それ) 』はな、後悔とは違うんだ」


 藤本さんは、俺の両肩をがっしりとつかんだ。そして、一つ一つの言葉を丁寧にしっかりと口にする。


「お前の今の『責任』は、もし、もし、と考えることではないんだ。お前の選択が生んだ結果と向き合い、今、出来ることをする。それが、『責任』だ」

「……出来ることって?」


 俺は、藤本さんの目をじっと見つめる。藤本さんは、悲しく微笑んだ。


「それが何かは、わたしは教えられない。それを見つけ、何をするか選択すること。それもまたお前の『責任』だ。生きることは、選択と責任の繰り返しなんだ」


 『おつかい』をしているだけのときがずいぶん楽に思えた。言われたことをすればいいだけで、あとは藤本さんに任せていた。だが、今、俺が直面しているのは俺が選んだ行動の結果。カヤを連れ出す、という選択肢を選んだ未来。藤本さんは正しい。これは俺が選んだことだ。俺に、嘆く権利はないよな。


「選択と責任か。なんだか、面倒くさいな」

 

 俺は、鼻で笑った。もちろん、冗談だ。藤本さんは、はは、と笑うと俺の頭を子供のときのようになでる。


「わたしはそうやって、お前たちを得た。人生には面倒くさいだけの価値はある」


 俺たちカインは藤本さんにおんぶにだっこだ。たまに、不安になることがある。俺たちは藤本さんの重荷なのではないか、と。俺たち『創られた』子供のことなんか無視して生きていれば、ずっと楽な人生を送れていたはずなんだ。だが、藤本さんは、カインノイエのリーダーとしての道を選んだ。そして俺たちを実の子のように大切に育ててくれている。感謝してもしきれない。その上、俺たちを『価値』と呼んでくれた。藤本さんの人生の価値が俺たちだというなら、これ以上うれしいことはない。

 俺は微笑し、藤本さんが、よいしょ、と立ち上がるのを見つめた。尊敬のまなざしで。


「参ったな。こっぴどく叱るつもりが……」


 やれやれ、と藤本さんは腰を何度か叩いて笑った。この人も、ずいぶん歳をとったな。俺はなんだか急に寂しい気分になった。


「あのぅ」と、遠慮がちにカヤが現れたのはそのときだった。

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