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終焉の詩姫  作者: 立川マナ
第二章
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終焉の詩姫

「和幸くん、起きてる?」


 カヤのそんな声が聞こえてきた。夕飯も終え、皿を片付けたあと、俺たちはまっすぐ寝ることにした。カヤはまだ眠くない、と言っていたが、今夜あった出来事を考えれば、精神的に参っているはずだ。俺はとにかく、カヤを休ませたかった。

 だが、どうやら、本当に眠くないようだ。俺は、ソファに寝転がったまま、カヤの寝ているベッドのほうに顔だけ向けた。


「ああ。どうした?」

「嫌なら、答えなくていいからね」


 カヤは、ベッドに横になり、顔だけ毛布から出してこっちを見ている。


「なんだ?」

「オリジナル……」と、カヤはいいにくそうに切り出す。初めて口にする外国語のように、ぎこちない発音だった。「オリジナルの人に会いたいと思う?」


 何を聞くんだよ? 俺は思わず、体を起こしていた。


「は?」

「ごめんね。失礼だよね」


 カヤもあわてて体を起こした。今にも泣きそうなほど、申し訳なさそうな表情だ。そんな顔されると……


「いや、驚いただけだから」


 俺が寝転がらない限り、カヤもこのまま体を起こしたままにするだろうと容易に想像がつく。俺はゆっくりと体を横にした。予想通り、カヤもそれにあわせるようにベッドにまた寝転がる。


「オリジナル……」


 俺は考える。オリジナルと会いたいか? そんなこと考えたこともない。確かに、俺のDNAがどこから来たのか。それが気にならないといったら嘘になる。だが……


「会いたくないな」


 カヤの返事はない。会いたい、というのを期待していたんだろうか。まあ、いい。俺の正直な答えを言おう。それが、カヤが本当に求める答えのはずだから。


「ってか、そいつがもうこの世にいないことを願うよ」

「え」


 俺はまた顔を横に向け、カヤを見つめる。悲しそうな表情をしている。


「俺がもう一人いるなんて、気持ち悪くて仕方ない。それに……オリジナルと会えば、ますます自分が『創られた』人間なんだ、て思い知らされる。コピーなんだ、てな」

「そんな……」


 カヤが慰めようとしている。俺にはそれがわかった。カヤの言葉をさえぎるように、俺はすばやく言葉を返す。


「なんで、急に?」

「え……」


 俺にそんなこと聞かれると思っていなかったのだろうか、カヤは口ごもってしまった。さては……さっきの寿命の話か? やはり話すべきじゃなかったかな。カヤにはもう嘘はつきたくなかった。嘘で固められた関係はやめたかった。カインだ、と明かしたあの夜から……。だが、余計なことまで打ち明けてしまったのだろうか? 寿命のことは、俺たちカインにとっては当たり前のことで、俺は本当に気にしていない。カヤもそんな風に考えてくれると思っていた。でも、カヤは純粋で優しい女だ。それを考えれば、あんなこと話してカヤが気に病むことは当然か。


「カヤ、さっきのことなら」と、口にしたときだった。

「お父さんとお母さんは?」

「え?」

 

 カヤは、真剣な顔でこちらを見ている。何かを懇願するような視線で。だが、何を求められているのか分からない。


「お父さんとお母さん?」


 とりあえず、寿命のことじゃないことは分かったな。


「オリジナルの、ご両親とは会いたいと思わないの?」

「……」


 どうして、そんな質問を思いつくんだ。俺は言葉を失った。カヤの質問の意図がつかめないし、真意もわからない。なんだって、そんな質問を? どんな答えが望みなんだ?


「さあ、それこそ考えたこと無い」


 俺はカヤから目をそらし、顔を天井に向けた。そして、カヤの質問を考える。オリジナルの両親。本当に考えたこと無かった。それは、俺の両親、てことにもなるんだよな。実の両親。俺にはそんなものいないと思っていた。だが、確かに、DNA的には俺の実の両親は存在している。


「……」


 分からない。想像すらできない。そもそも、彼らは俺のことを知らないはず。俺は商業用に『創られた』。俺のDNAは盗まれたもの。存在すら知らない息子のクローンが突然現れたら……ショック死でもしないだろうか。まあ、もしオリジナルが死んでいればその両親もこの世にいないだろうが。

 そんなことを、頭の中で考えていると、カヤの小さな声が聞こえた。


「私はね、会いたいって思ってた」

「え?」


 俺はカヤに視線を戻す。カヤは、枕をぎゅっとつかみ、その手を見つめていた。


「両親には内緒にしてたけど……自分の実の両親のこと、知りたいってずっと思ってたの」

「あ……」


 そうか。カヤは自分をただの養女だと思っている。なぜ、カヤが神崎家の養女になったかは謎だが、少なくともカヤは自分に実の両親がいると信じているんだ。俺は知っている。『災いの人形』である彼女に、実の両親はいない。そんなこと、言えるはずもないが。


「私ね、ぼんやり覚えていることがあるの」

「え?」


 ドキッとした。待てよ。なにかとんでもない事実でもとびだすんじゃないだろうな。明日、またリストと朝のひと時を二人で過ごさなきゃいけなくなるのか?


「両親と関係あるかは分からない。でも……懐かしい声がするの」

「懐かしい声?」


 カヤは、首を伸ばし、窓から月を見上げた。


「小さい頃、夜になると、誰かがそばにいた気がするの。ベッドの横に、誰かがいて……私にいつも語りかけてきた」

「何を?」


 すると、カヤは今まで見せたことのないような、真剣な表情をみせた。俺は、その表情にぞくっとした。彫刻の女神のように、美しい。

 そしてカヤは、ゆっくりと口を動かす。なまめかしい唇を。


「しゅうえんのうたひめ」


 きっと、俺はいやらしい目でカヤを見ていた。少なくとも、その言葉を聞くまでは。俺は、え、と体を起こした。


「しゅうえんのうたひめ?」


 しゅうえん……それは、『終焉』か? 嫌な予感がする。そのフレーズは、『災いの人形』を思い起こさせるからだ。


「なんだ、それ?」

「どこかの、御伽噺(おとぎばなし)みたいなお話なの」


 カヤはそう言って、横に向けていた体を仰向けにした。そして、何かに乗り移られたかのように、カヤは真顔で語りだす。


「あるところに、土からできたお姫さまがいました。

 お姫さまは神さまに愛されていました。神さまのかわいいお人形です。

 しかしかわいそうなことに、お姫さまが生まれた世界はとても邪悪で、神さまは悲しみました。

 そこで神さまは、お姫さまにある(うた)を教えました。

 その詩は、世界に終焉をもたらすものです。

 神さまはお姫さまに言いました。

 『つらくなったらいつでもこの詩を(うた)いなさい。

 汝を苦しめる世界は破壊され、汝は楽園へと導かれるだろう』

 お姫さまは十七歳になるまで、世界に耐えました。

 しかし、とうとう、お姫さまは憎しみに病みました。そして……」


 俺は、カヤの御伽噺に聞き入っていた。その話には聞き覚えがあった。一緒ではない。だが、リストが話してくれた『災いの人形』によく似ている。お姫様は『災いの人形』、つまりカヤのことだ。俺の心臓が、ドクンドクン、と段々早くなっている。リストは言っていた。『テマエの実』を食べない限り、カヤは自分の使命を思い出さない。カヤは本当にこれをただの御伽噺だと思っているんだ。だが、誰がこんな話をカヤにしたんだ? 


「!」


 俺はハッとする。考えることもない。一人いる。考えられる奴が。カヤを見守り、過激な『ストーカー』並みのことをしてきた人間。アトラハシスだ。まさか、カヤにこの物語を語ったのはそいつか?


「でもね」というカヤの声が、俺の考察をさえぎった。いつの間にか、カヤがこちらを見ている。その表情は、いつもの愛らしいものに戻っていた。


「最後が思い出せないんだ。そこまでは覚えているの。はっきりとじゃないけど、話し出すと、するする出てくるの。きっと、小さい頃何度も何度も聞かされたんだと思う。誰かに……」


 その誰かは、アトラハシス。カヤが小さい頃は、カヤの前に現れていたのか。寝る前に、そんな御伽噺をするために……。アトラハシスはカヤの親代わりだという。まさか、寝かしつけていたんだろうか。


「ねえ、和幸くん」と、カヤはいたずらっぽく微笑んで、俺を見た。


「え?」

「和幸くんはどう思う? おはなしの続き。

 その子は、世界を滅ぼしてしまったのかな」

「!」


 ドクン。俺の心臓が大きく揺れた。


「どうしても、思い出せないんだ」


 カヤ……! どうしようもなく、せつなくなった。そばにかけより、抱きしめたくなった。カヤは何も知らないんだ。それをただの御伽噺だと思っている。

 俺は、つくり笑顔を浮かべることしかできなかった。俺には分かる。カヤは、続きを思い出せないんじゃない。続きがないんだ。『まだ』、ないんだ。

 

 そのエンディングは、これから、カヤが決めるものだから。

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