命の引き算
「誰に、料理習ったの?」
私は、キャベツを洗いながら、隣でたまねぎをきっている和幸くんに尋ねる。
「広幸さんっていう……俺の兄貴みたいな人」
和幸くんはなれた手つきで、たまねぎを頭の方から根元の方に、スライスしていく。
「あにき?」
「ああ。俺を『迎え』に来てくれたカインだ」
「!」
私はハッとした。そうだ。カインノイエは、クローンの子供たちを救い出し、育てる場所。カインノイエに救い出された子供たちはカインになって、他のクローンを救い出す。ということは、和幸くんを救い出したカインがいる、ていうことなんだ。
「四年前まで一緒に暮らしてた」
「そうだったんだ」
意外。藤本さんが皆を面倒みてるとばっかり思ってたから……でも、そうだよね。藤本さん一人で、そんなに大勢の子供の面倒をみれるわけがない。大人のカインが、他の幼いカインを育てるシステムになっているのかな。
「カインは、救い出した子供の面倒を見るの?」
私は和幸くんの横顔を見つめて尋ねた。いつの間にか、キャベツを洗う手が止まっていた。
「人による。でも、大体はそうなってるよ」
「そっか。和幸くんにはお兄ちゃんがいるんだね」
なんだか、嬉しくなった。クローンの子供たちはずっと孤独と戦っているんじゃないか、なんて思っていたから。藤本さんが親代わりといっても、とんでもない大家族だもん。パパやママを独り占めしたい年頃の子供にとっては寂しいはず。でも、お兄ちゃんやお姉ちゃんがいるなら、話は別。
「広幸さんか……」
キャベツを洗う手を動かしながらつぶやいて、私はふと気がつく。広幸……和幸……
「名前、似てるね」
洗い終わったキャベツの皮を一枚和幸くんに手渡した。和幸くんは受け取りながら、懐かしむような笑みを浮かべる。
「ああ。広幸さんがつけてくれたんだ」
「そうなんだ。通りで」
「俺たちカインは、『創られた』子供。両親なんていないから、最初、名前はないんだ。たとえあっても……オリジナルと同じ名前とか、ろくなもんじゃない」
オリジナル、ていうのは、自分のDNAの元になった人のことだよね。というより、同じDNAを持っている人、だ。
ろくなもんじゃない……か。カインの皆は、自分のオリジナルのことをよく思ってないのかな。和幸くんは前、自分のオリジナルが誰か分からない、て言っていた。知りたいと思うことはあるんだろうか? 探そうと思ったことはあるのかな? オリジナルの両親は? DNA的には実の両親になるんだもの。会いたいと思ってもおかしくはないはず。私だって……本当の両親に会いたい、て思ったことは何度もある。お母さんとお父さんが亡くなった今、こんなこと言うのは不謹慎かもしれないけど。
「だから、『迎え』に行ったカインがその子供の名前をつけるのが、今じゃ伝統になってる」
和幸くんが、キャベツに包丁をいれながら、そう付け加えた。
「伝統、か」
「ああ。だから、カインの中には、変な名前がごろごろ居るわけだ。俺は、ラッキーだよ。
『砺波』なんて、あいつを『迎え』にいったカインが、適当に地名から選んだらしいしな」
砺波、という名前に、胸がズキっと痛む。ごめんね、砺波ちゃん。砺波ちゃんは何も悪くないのに……砺波ちゃんが和幸くんと付き合ってるかも、と思うと名前を聞いただけでも悲しくなる。私は何様なんだろう。
「砺波って、地名だったんだね。珍しいと思った」と、私はなんとか返事をした。絶対、顔、ひきつってるよ。私は、和幸くんから顔をそらすように、キャベツに目をむける。私、さっきからキャベツ全然洗えてないな。
「他にも」と、和幸くんは包丁を止め、何かを考えるように視線を上に向けた。「そうだな。明後日、とか」
「え?」
私は思わず、笑ってしまった。
「あさって? それ、名前?」
「だろ? 笑えるよな」
和幸くんも笑いながら、私に振り返った。
「あと……皇帝、とかな」
「皇帝くん? からかわれたりしないの?」
「するよ。でも……『迎え』に来てくれた人にもらった名前だからな。文句はいえない」
「そっか」
「でも、さすがにひどいものは、藤本さんが止めるけどな。アスファルト、とか」
「アスファルト!?」
「ああ。どうかしてるだろ」
「うん、可笑しい」
私と和幸くんは見つめあい、二人で笑いあった。
幸せ、てこういう時間のことをいうんだろうな。私は笑いながら、そう思った。今夜起きた悪夢のようなことを、ほんの少しだけ忘れられる。こうして、台所で二人でたって笑いながら料理をする。夢みたいだ。
「それで……」と、私が切り出したのは、和幸くんが野菜をいためはじめたときだった。
「広幸さん、今はどこに?」
私は、何も考えずにその質問をしていた。和幸くんの顔が一瞬ひきつった。炒める手がおそくなる。明らかに、雰囲気が変わってしまった。
「死んだ。四年前に」
「……」
廊下に、炒め物の音がうるさく響く。私は、言葉を失う。軽はずみに……なんてことを聞いてしまったんだろう。
「ごめん」
それしか、言えなかった。
「気にすんな」
和幸くんはそう言って私に微笑みかけた。その笑顔に、無理している様子はない。
「本当に、気にしなくていいんだ。寿命だった。仕方ない。俺たちは覚悟してる」
寿命? そんなに広幸さんは高齢だったんだろうか。でも、高齢のカインなんて想像できない。それに、俺たち? どうしても、その言葉を聞き逃すことはできなかった。
「覚悟って、どういうこと?」
「俺たち『創られた』子供は……」と言って、和幸くんは火を消した。いい匂いがただよっている。ふうっと一つため息をつき、和幸くんは私を見つめた。
「寿命が普通より短い」
「え?」
「それは、もとになったDNAを採取した年齢による」
「どういうこと?」
「DNAを採取した時点でオリジナルがもつ残りの寿命。それが、俺たちの寿命なんだ」
それってつまり……と、私は頭の中で整理する。オリジナルの寿命から、DNAを採取した年齢を引いた年数がクローンの寿命?
「たとえば、広幸さんは二十六で亡くなった。つまり、オリジナルの寿命がつきる二十六年前に採取したDNAで『創られた』んだ」
和幸くんは、さもそれがなんでもないかのように軽く言って、たまねぎとキャベツの炒め物を皿によそい始めた。
「そんな……」
「問題なのは、この事実があまり知られてないことでさ。ってか、クローンを売り込む奴がそれを隠している。あいつらにとっては良くない事実だからな。
とにかく……そういうわけで、結構いるんだ。高齢になってから自分を創ろうとする金持ちの馬鹿がさ。それじゃ、ちょっとしか自分の分身は生きられない、てのにな。俺たちにとっては迷惑な話だよ」
返す言葉が見つからない。和幸くんは平気そうに話してるけど……私には、すごく怖いことに聞こえる。『俺たちにとっては迷惑な話』。全く、その通りだ。だって、もし……もし、和幸くんのDNAが『そういう人たち』から採取されたものだったら? もし、百歳のおじいさんのものだったら? 和幸くん……あとどれくらい……?
「ちょっと焦げたな」
和幸くんは、苦笑してそういった。確かに、たまねぎが少しこげている。でも、そんなことより……
「和幸くん」
私は、じっと和幸くんを見つめた。自分で、何を言いたいかも考えていないのに。
「カヤ、悪かったな。変な話して」
和幸くんは、私の言葉を待つことなく、そう微笑んでくれた。謝ることないのに。私が、こんな話をさせてしまった。
「でも、俺は気にしてない。俺は自分のオリジナルのこと知らないからな。そいつの寿命なんて分からない。つまり、俺の寿命も不明だ。なら、一緒だろ」
「一緒?」
「ああ。皆、寿命はある。でも、具体的な数なんて分からない。『創られた』人間であろうが、授かった人間であろうが、皆、一緒だ」
それも、そうかもしれない。私はうつむく。和幸くんたちは、それを調べようと思えば調べられるだけであって、それを知らないうちは私たちと何も変わらないんだ。でも、そんな引き算で決められた寿命って……。
「ってわけで、俺たちは気にしてない。だから……」
和幸くんの手が私の髪に触れた。私は、ハッとして顔をあげる。そこには、穏やかで優しい和幸くんの笑顔があった。
「カヤも、気にしないでくれ」
「……」
気にしないなんて出来ない。でも、そんな顔されたら、うなずくことしかできなかった。
「さて。食べるか」
和幸くんはそう言って、お皿を二つ、部屋へと運んでいく。私はその背中を、複雑な気持ちで見つめていた。
クローンについて完璧に調べたわけではありません。このような説もある、という情報を元にしました。また、完全なクローンが造れるようになったときには、この寿命の問題はなくなる、という説もあります。
ですので、クローンの寿命に関しては、この物語の中だけの設定であり、フィクションです。
勉強不足で申し訳ありませんが、ご了承ください。