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終焉の詩姫  作者: 立川マナ
第二章
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命の引き算

「誰に、料理習ったの?」


 私は、キャベツを洗いながら、隣でたまねぎをきっている和幸くんに尋ねる。


「広幸さんっていう……俺の兄貴みたいな人」


 和幸くんはなれた手つきで、たまねぎを頭の方から根元の方に、スライスしていく。


「あにき?」

「ああ。俺を『迎え』に来てくれたカインだ」

「!」


 私はハッとした。そうだ。カインノイエは、クローンの子供たちを救い出し、育てる場所。カインノイエに救い出された子供たちはカインになって、他のクローンを救い出す。ということは、和幸くんを救い出したカインがいる、ていうことなんだ。


「四年前まで一緒に暮らしてた」

「そうだったんだ」


 意外。藤本さんが皆を面倒みてるとばっかり思ってたから……でも、そうだよね。藤本さん一人で、そんなに大勢の子供の面倒をみれるわけがない。大人のカインが、他の幼いカインを育てるシステムになっているのかな。


「カインは、救い出した子供の面倒を見るの?」


 私は和幸くんの横顔を見つめて尋ねた。いつの間にか、キャベツを洗う手が止まっていた。


「人による。でも、大体はそうなってるよ」

「そっか。和幸くんにはお兄ちゃんがいるんだね」


 なんだか、嬉しくなった。クローンの子供たちはずっと孤独と戦っているんじゃないか、なんて思っていたから。藤本さんが親代わりといっても、とんでもない大家族だもん。パパやママを独り占めしたい年頃の子供にとっては寂しいはず。でも、お兄ちゃんやお姉ちゃんがいるなら、話は別。


「広幸さんか……」


 キャベツを洗う手を動かしながらつぶやいて、私はふと気がつく。広幸……和幸……


「名前、似てるね」


 洗い終わったキャベツの皮を一枚和幸くんに手渡した。和幸くんは受け取りながら、懐かしむような笑みを浮かべる。


「ああ。広幸さんがつけてくれたんだ」

「そうなんだ。通りで」

「俺たちカインは、『創られた』子供。両親なんていないから、最初、名前はないんだ。たとえあっても……オリジナルと同じ名前とか、ろくなもんじゃない」


 オリジナル、ていうのは、自分のDNAの元になった人のことだよね。というより、同じDNAを持っている人、だ。

 ろくなもんじゃない……か。カインの皆は、自分のオリジナルのことをよく思ってないのかな。和幸くんは前、自分のオリジナルが誰か分からない、て言っていた。知りたいと思うことはあるんだろうか? 探そうと思ったことはあるのかな? オリジナルの両親は? DNA的には実の両親になるんだもの。会いたいと思ってもおかしくはないはず。私だって……本当の両親に会いたい、て思ったことは何度もある。お母さんとお父さんが亡くなった今、こんなこと言うのは不謹慎かもしれないけど。


「だから、『迎え』に行ったカインがその子供の名前をつけるのが、今じゃ伝統になってる」


 和幸くんが、キャベツに包丁をいれながら、そう付け加えた。


「伝統、か」

「ああ。だから、カインの中には、変な名前がごろごろ居るわけだ。俺は、ラッキーだよ。

 『砺波』なんて、あいつを『迎え』にいったカインが、適当に地名から選んだらしいしな」


 砺波、という名前に、胸がズキっと痛む。ごめんね、砺波ちゃん。砺波ちゃんは何も悪くないのに……砺波ちゃんが和幸くんと付き合ってるかも、と思うと名前を聞いただけでも悲しくなる。私は何様なんだろう。


「砺波って、地名だったんだね。珍しいと思った」と、私はなんとか返事をした。絶対、顔、ひきつってるよ。私は、和幸くんから顔をそらすように、キャベツに目をむける。私、さっきからキャベツ全然洗えてないな。


「他にも」と、和幸くんは包丁を止め、何かを考えるように視線を上に向けた。「そうだな。明後日(あさって)、とか」

「え?」


 私は思わず、笑ってしまった。


「あさって? それ、名前?」

「だろ? 笑えるよな」


 和幸くんも笑いながら、私に振り返った。


「あと……皇帝、とかな」

「皇帝くん? からかわれたりしないの?」

「するよ。でも……『迎え』に来てくれた人にもらった名前だからな。文句はいえない」

「そっか」

「でも、さすがにひどいものは、藤本さんが止めるけどな。アスファルト、とか」

「アスファルト!?」

「ああ。どうかしてるだろ」

「うん、可笑しい」


 私と和幸くんは見つめあい、二人で笑いあった。

 幸せ、てこういう時間のことをいうんだろうな。私は笑いながら、そう思った。今夜起きた悪夢のようなことを、ほんの少しだけ忘れられる。こうして、台所で二人でたって笑いながら料理をする。夢みたいだ。


「それで……」と、私が切り出したのは、和幸くんが野菜をいためはじめたときだった。


「広幸さん、今はどこに?」


 私は、何も考えずにその質問をしていた。和幸くんの顔が一瞬ひきつった。炒める手がおそくなる。明らかに、雰囲気が変わってしまった。


「死んだ。四年前に」

「……」


 廊下に、炒め物の音がうるさく響く。私は、言葉を失う。軽はずみに……なんてことを聞いてしまったんだろう。


「ごめん」


 それしか、言えなかった。


「気にすんな」


 和幸くんはそう言って私に微笑みかけた。その笑顔に、無理している様子はない。


「本当に、気にしなくていいんだ。寿命だった。仕方ない。俺たちは覚悟してる」


 寿命? そんなに広幸さんは高齢だったんだろうか。でも、高齢のカインなんて想像できない。それに、俺たち? どうしても、その言葉を聞き逃すことはできなかった。


「覚悟って、どういうこと?」

「俺たち『創られた』子供は……」と言って、和幸くんは火を消した。いい匂いがただよっている。ふうっと一つため息をつき、和幸くんは私を見つめた。


「寿命が普通より短い」

「え?」

「それは、もとになったDNAを採取した年齢による」

「どういうこと?」

「DNAを採取した時点でオリジナルがもつ残りの寿命。それが、俺たちの寿命なんだ」


 それってつまり……と、私は頭の中で整理する。オリジナルの寿命から、DNAを採取した年齢を引いた年数がクローンの寿命?


「たとえば、広幸さんは二十六で亡くなった。つまり、オリジナルの寿命がつきる二十六年前に採取したDNAで『創られた』んだ」


 和幸くんは、さもそれがなんでもないかのように軽く言って、たまねぎとキャベツの炒め物を皿によそい始めた。


「そんな……」

「問題なのは、この事実があまり知られてないことでさ。ってか、クローンを売り込む奴がそれを隠している。あいつらにとっては良くない事実だからな。

 とにかく……そういうわけで、結構いるんだ。高齢になってから自分を創ろうとする金持ちの馬鹿がさ。それじゃ、ちょっとしか自分の分身は生きられない、てのにな。俺たちにとっては迷惑な話だよ」


 返す言葉が見つからない。和幸くんは平気そうに話してるけど……私には、すごく怖いことに聞こえる。『俺たちにとっては迷惑な話』。全く、その通りだ。だって、もし……もし、和幸くんのDNAが『そういう人たち』から採取されたものだったら? もし、百歳のおじいさんのものだったら? 和幸くん……あとどれくらい……?


「ちょっと焦げたな」


 和幸くんは、苦笑してそういった。確かに、たまねぎが少しこげている。でも、そんなことより……


「和幸くん」


 私は、じっと和幸くんを見つめた。自分で、何を言いたいかも考えていないのに。


「カヤ、悪かったな。変な話して」


 和幸くんは、私の言葉を待つことなく、そう微笑んでくれた。謝ることないのに。私が、こんな話をさせてしまった。


「でも、俺は気にしてない。俺は自分のオリジナルのこと知らないからな。そいつの寿命なんて分からない。つまり、俺の寿命も不明だ。なら、一緒だろ」

「一緒?」

「ああ。皆、寿命はある。でも、具体的な数なんて分からない。『創られた』人間であろうが、授かった人間であろうが、皆、一緒だ」


 それも、そうかもしれない。私はうつむく。和幸くんたちは、それを調べようと思えば調べられるだけであって、それを知らないうちは私たちと何も変わらないんだ。でも、そんな引き算で決められた寿命って……。


「ってわけで、俺たちは気にしてない。だから……」


 和幸くんの手が私の髪に触れた。私は、ハッとして顔をあげる。そこには、穏やかで優しい和幸くんの笑顔があった。


「カヤも、気にしないでくれ」

「……」


 気にしないなんて出来ない。でも、そんな顔されたら、うなずくことしかできなかった。


「さて。食べるか」


 和幸くんはそう言って、お皿を二つ、部屋へと運んでいく。私はその背中を、複雑な気持ちで見つめていた。

クローンについて完璧に調べたわけではありません。このような説もある、という情報を元にしました。また、完全なクローンが造れるようになったときには、この寿命の問題はなくなる、という説もあります。

ですので、クローンの寿命に関しては、この物語の中だけの設定であり、フィクションです。

勉強不足で申し訳ありませんが、ご了承ください。

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