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終焉の詩姫  作者: 立川マナ
第二章
71/365

布石

少しグロテスクな表現があります。

苦手な方はとばして頂いたほうがよいかもしれません。

 和幸は、部屋のあまりの惨状に言葉をなくした。ただ、立ち尽くした。部屋は、血だらけで、あたりに肉片や体の部位がちらばっている。めまいを起こして、ふらつく。こんなものは、見たことがない。

 心臓の鼓動が急速に上がっていく。


「カヤ……?」


 和幸は部屋にはいり、あたりを見回した。不安でふらついた足取りだ。こんな部屋にいたなら、カヤも無事だとは思えない。


「カヤ!?」


 やめてくれよ、と祈って、よく部屋を見回す。そして、細くてか弱い手が、厚いジャンパーを羽織った『胴体』の下からでているのを見つけた。


「カヤ!」


 カヤだと和幸はすぐに確信した。あわてて近寄り、『胴体』をよける。するとそこには、カヤがうつぶせで倒れていた。同じように血だらけだが、カヤの血ではない。ここに何人いたかは、定かではない。もう、一人、二人、と簡単に体を数えられる状態ではないからだ。和幸は、カヤを仰向けにし、体を抱き起こす。左頬にはあざがあるが、それ以外には特にケガもない。


「カヤ、しっかりしろ」


 和幸は、カヤの前髪にそっとふれた。じっとカヤの顔を見つめる。今まで感じたことのない気持ちが心の中にあふれた。和幸は理解した。ただ、心配なんじゃない。俺は今、怯えている。


「カヤ……何があったんだよ」


 そう苦しそうに言うと、和幸はカヤを抱きしめた。ぐっと強く、愛おしく……。そうすると、今まで落ち着かなかった気持ちがおさまった。満たされた気がした。これを、ずっと自分は求めていたんだ。和幸は思った。

 和幸は、やっとこのとき、自分の『変化』の正体が分かった。自分が今まで分からなかった感情。『好き』だなんだというのは、やはりまだ分からないが、これだけは分かる。もう、はっきりと言える。あぁ、そうか、と和幸は微笑する。


「俺は……ただ、君を守りたいんだ」


***


 フォックスは、鏡を見つめて、ふうっとため息をついた。くっきりとした顔立ち。二重のはっきりとした目。浅黒い肌。黒く、目にかかりそうなやや長めの髪。紳士のような雰囲気のただよう彼は、いつも、一人、暗い部屋で鏡だけを見つめている。自分に見とれているわけではない。そこの鏡に映っているのは、彼ではない。彼の何よりも大事なものだ。


「フォックス」


 妖艶、と言う言葉がよくあう女が、フォックスの座るイスに横から寄りかかる。彼女は、色っぽいスタイルを惜しみなく、ビキニのような服でみせびらかしている。その眼は燃えるような赤だ。彼女は、他でもない天使(エミサリエス)の一人。アサルルヒの天使(エミサリエス)、バールだ。


「なぜ、何もしなかったのです? いつもだったら、彼女があの部屋に入った瞬間にでも、奴らに呪いをかけますのに」


 バールは、退屈そうに尋ねた。


「そもそも!」と、バールは腰に手をあてがう。「いつ、彼女を奪いに行くのです? いつだって彼女を取り返せますのに。何を、もたもたと……」

「何度も話したはずです、バール。策を変える、と。しばらくは、わたしは彼に任せます」


 フォックスは、バールに振り返りもせずに答える。バールは、気に食わないように「彼、ね」と小声で言った。


「でも」と、バールは諦めずに反論を続ける。「そのせいで、あなたの大事なお人形は傷をおいましたわ」

「……」

「ま、『ムシュフシュ』が目覚めたお陰で……なんとかなりましたけど」


 バールは、ちらりとフォックスの顔色を伺う。依然、涼しい顔をして鏡を見つめている。


「ねぇ。あの人間(ルル)の坊やに何を期待していますの? あなたは、あの坊やを重要視しているけど……わたくしには分かりませんわ」


 すると、やっとフォックスは表情を変える。爽やかに微笑み、バールを見つめた。


「彼は、布石です」

「え?」


 フォックスは視線を前に戻すと、膝を組む。


「彼は、わたしの味方です」

「は?」


 バールには、主人の言っている意味が理解できない。会ったこともないというのに、どうしてそんなことが言えるというのか。


「あの二人は、間違いなく、惹かれあっています」

「お人形とあの坊や?」


 バールは眉をひそめる。そんなことに興味は無い。そんなことを考えてみたこともなかった。


「それがどうしたの?」

「あの少年、カヤを見殺しにするでしょうか」

「え?」と顔をしかめ、バールはしばらく考える。「さあ……状況によるんじゃない? 世界の終焉がかかれば、見殺しにも……」

「彼は必ず、カヤを死なせはしません」


 フォックスは、はっきりと言い切った。バールは、「へえ」と興味津々にフォックスを見つめる。


「何をたくらんでらっしゃるの?」

「……全ては、『収穫の日』です」


 全てを語らないフォックスに、バールは呆れてため息をつく。だが、主人のこういうところも、なんだかセクシーで好きだった。バールは、フォックスの頬にチュッとキスをする。


「楽しみにしてますわ」


 フォックスは、特に反応することなく、鏡を見始めた。

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