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終焉の詩姫  作者: 立川マナ
第二章
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帰宅

 和幸は、藤本から受け取った黒い箱を開けた。そこには、センスのない黒縁眼鏡とイヤホンがはいっている。いつの時代のがり勉眼鏡だよ、と和幸は嫌になった。もう少し、おしゃれなデザインの種類もあるのだが、その分値段が高くなる。藤本は、そもそも見られてはいけないのだから、と同じ機能で安いものがあればどんなデザインでもそちらを選んでいた。別にけちなわけではない。カインの生活費に上限なしのクレジットカードを渡してしまう藤本だ。金を惜しむことは無い。だが、無駄に高い機材を買うならば、その分『子供たち』の養育費にあてたい。そういう考えの持ち主だった。

 さて、と和幸はその眼鏡をかける。よくできた小型のディスプレイだ。解像度はそこまでよくないが、どういう状況かは理解できる。その代わり、自分の視界はふさがれることになる。和幸は、塀に背中を押し付けて、眼鏡にうつる指輪の映像に集中した。


「よし」


 和幸は満足そうに言った。カヤは言われたとおり、指輪を進行方向に向けて歩いてくれている。揺れはするが、しっかり、カヤの進行方向の映像が見える。

 和幸は、今度は黒い箱からイヤホンを出し、右の耳にはめた。指輪は音もひろってくれる。少し雑音ははいっているが、カヤが門を開ける音が聞こえてきた。安物ながら、必要なものはしっかりそろった商品だ。

 しかし……と和幸は思う。昔は、テクノロジーで名をはせたこの国も、今ではこんな雑な造りの中途半端な商品が出回っている。原因は分からない。だが、ある時期から世界のテクノロジーは止まってしまった。止まった、というのは誇張表現かもしれない。停滞した、といったほうが適切か。まるで、世界が成長を止めてしまったかのように。とにかく、質は悪くなる一方だ。その代わりにこの国で進み始めたのがクローン研究だった。まるでそれに勢いを吸い取られるようにその他のテクノロジーは伸び悩んだ。不可思議で気味の悪い風潮だった。

 和幸は、そんなことを考えながら、カヤの指輪から送られてくる映像を観察していた。


***


 和幸くんに言われたとおり、私は手を前で組み、指輪を進行方向にむけて歩いていた。ふと、家の前に一台のセダンが止まっているのが目に入る。両親の車じゃない。メイドさんやガードマンは車で来ない。誰かお客さんでも来てるのだろうか。

 私は疑問に思いながら、門を開き、敷地内にはいった。


「あれ」


 そして私はすぐに異変に気づく。人の気配がしない。家の明かりはついている。でも……いるはずのガードマンが庭にいない。私は広い庭を見回した。いつもなら、何人かのガードマンが銃をたずさえ、そのへんに立っている。なのに、誰もいない。それに……門が開けば、自動的に呼び鈴が中でなるはずだ。「おかえりなさい」とメイドさんが出迎えに来てくれるものなのに。

 もしかして、私を心配して皆で探しに行ってる? でも、ガードマンもいないのは変だ。空き巣でも入られたら大変なのに。

 戸惑いつつも、なんだか嫌な予感がして、私は足早に玄関へと向かった。ドアノブに手をかけ、「あ」と気づく。そういえば、鍵を持ってない。参ったな、と思いつつ、だめもとでドアノブをひねった。すると……ガチャっといとも簡単に開いてしまう。

 やっぱり妙だ。明かりはついてるから誰かいるんだろうけど……呼び鈴が鳴ったのに誰も出迎えに来ないし、鍵が開いてる。こんな無用心な状況はおかしい。

 私は胸騒ぎがして、ドアを勢いよく開けると、駆け込んだ。


「お母さん、お父さん!?」と叫び、靴をぬいで家にあがる。そのとき、私はハッと息をのんだ。


「なに、これ……」


 玄関にあがったその床に……白い線が引かれている。それは、いたずらにしては気味の悪い形。まるで誰か倒れた人のような……。そして、私はあることに気づく。台所のほうから、ピピーピピーというビープ音のようなものが聞こえてくるのだ。この音、何か私は知っている。住人に、あることを警告する音。


「防犯システムが……切れてる」


 そのときだった。わははは、という笑い声が二階からした。やっぱり誰かいるんだ。それも、複数の男の人の笑い声。ガードマンだろうか。二階で休憩でもしてるのかな。防犯システムが切れていれば、私が入ってきた呼び鈴もならなかったに違いない。それで、誰もでてこなかったのだろうか。

 私は、ごくりと唾を飲み、二階への階段を上り始めた。


***


 カヤは、左手を胸の前において、階段を上っていた。男たちの話し声が近づいてくる。それは、二階の奥からだ。だが、それはおかしい。二階の奥は、父の書斎。そこは普通なら入るのに暗証番号が必要な部屋だ。防犯システムが切れている今なら、容易に入れるだろうが、なぜガードマンがそこでたむろしているのだろうか。

 カヤに、不安と恐怖が襲ってきた。明らかに嫌な予感がしていた。だが……


「何かあったら、すぐ『迎え』に行く」


 立ち止まって目をつぶり、その言葉を思い出した。この指輪を通じて、和幸が様子を見てくれている。何かあれば助けに来てくれる。そう思うと、勇気がわいてきた。

 そうっと二階の廊下を歩く。なぜか、左右に六つある部屋の扉は全て開けられていた。その中には、防犯システムが働いているときは暗号が必要な部屋も混じっている。そして、自分の部屋も開けられている。心臓があつい。カヤは、胸においている手をぎゅっと握り締めた。そうっと自分の部屋をのぞく。すると……


「!」


 カヤは、思わずのけぞった。部屋が、荒らされている。ありとあらゆる引き出しは開けられ、中のものは全部外にひっぱりだされている。下着まで、あちらこちらにちらばっていた。


「どうなってるの」


 消え入りそうな震える声でカヤはつぶやいた。もしや……空き巣? カヤはおびえながら、男たちの声がする部屋を見つめる。一番奥の部屋。ガラガラ、と物音がする。それはとても乱暴で、何かを探している音でもない。そして、彼らはガードマンじゃない。カヤは確信した。彼らこそ、空き巣かもしれない。

 物音がする部屋のドアは少し開いていて、そこから中がのぞけた。カヤは、じっと指輪を見つめる。ここまできたんだ。犯人の顔、見ておかないと。そんな使命感がわいてきた。何かあれば、和幸が来てくれる。それが、後押ししていた。

 部屋に物音を立てずに近づく。そうっとドアの隙間から中をのぞいた。すると、やはり男たちが引き出しや、金庫までこじあけ、中のものを乱暴にバッグに入れていた。


「見ろよ、この時計。ダイヤだらけだ」


 三十代くらいの小太りの男が、カヤの父が大事にしていた時計を自分の腕にはめている。


「おーい、ずるいぞ」


 猫背の年配の男が、うらやましそうにそんな声をあげた。その後ろから、背の高い青年が、カヤの父の高級なスーツを着て現れる。


「どうですか」と、にやついて、二人に見せびらかした。それを見て、他の二人は「似合わない」と馬鹿にして大笑い。


 どうなってるの? カヤは、目の前のことが信じられない。自分の息があがっていることに気づいた。体も震えている。両親はどこだ? 他の皆は何してるの? 分からないことばかりで、不安と恐怖、そして何か『理解できない感情』が渦巻いて、カヤを混乱させていた。そのときだった。


「なにしてるんですか」

「!」


 後ろから、そんな声が聞こえて、誰かがカヤの肩をたたいた。カヤは心臓が止まるかと思った。いつの間にか、後ろから誰かが近づいていたとは、全く気づかなかった。

 和幸くん、助けて。そう祈るように心の中で唱え、ゆっくりと振り返る。するとそこには、ひげ面の三十代くらいの凛々しい顔の男がいた。カヤは言葉がでず、じっと男を見つめる。しばらく男は、カヤの顔をまじまじと見、それから微笑んだ。


「神崎のお嬢様ですね」

「え」


***


 いい体格のひげのおじさんは、この季節には少し厚着のジャンパーの中に手をつっこむと、内ポケットからメモ帳のようなものを出して、私に見せた。


「警察……」


 私は、放心状態でそうつぶやく。体から一気に力がぬけた。そう、おじさんが見せてきたのは警察手帳だった。


「いや、無事でよかった。ケガはありませんか?」と、おじさんは優しく微笑む。

「はい。特に何も……」言いかけて、私はハッとする。そうだ、空き巣!


「あの、助けてください。この部屋に空き巣……」


 また部屋に振り返ると、丁度そのとき、小太りの男がドアを大きく開けた。


「!」


 気づかれた! どうしよう、相手は三人。警察の人も危ないんじゃ。私の心臓はまた早くなった。

 だが、その小太りの男は、私の予想を裏切り、愛想よく微笑んだ。


「神崎カヤさん?」

「……え」


 どういうこと? 部屋の中のほかの二人も、にこやかに微笑んで「よかった、よかった」と口々に言っている。


「彼らは空き巣じゃありませんよ」と、警官のおじさんが笑っていった。「彼らも私の同僚、警官です」


 警官? この人たちも?


「あの……?」と困惑気味に言うと、うしろから警官のおじさんが、私の肩に手をのせた。振り返ると、今度は、悲しい表情を浮かべている。


「てっきり、あなたも殺されてしまったかと……」

「はい?」


 殺された? 何の話?


「ご両親のこと、お聞きになりましたか?」


 両親のこと? 何? どうしたっていうの? まさか、人身売買のこと?

 私は、とりあえず、首を横に振った。すると、ひげの警官が、わざとらしいほどにつらい表情をうかべる。


「ご両親、今朝、遺体で見つかりまして……」

「!」

 

 私は……頭が真っ白になった。今、聞いた言葉の意味が、分からない。


「どういうこと、ですか」


 かろうじて、私は言葉を出した。


「お母様の舞さんは、玄関で。お父様の昭三(しょうぞう)さんは、そこのベッドルームでお亡くなりになっていました」


 頭の中で、さっき玄関でみた白い線が思い浮かぶ。まさか、あれが……お母さん?


「いや……」


 私は頭をおさえた。もう、聞きたくない。


「今朝、それを発見したメイドの山田さんから連絡を受けまして……ずっと調査していました。あなたも夕べから行方不明だということでしたので、わたしたちはてっきり……」


 殺されたって……誰に? なぜ? でも、今はそんなことより……ただ、悲しい。

 両親は悪い人だったのかもしれない。たとえそうだとしても、私は愛していた。私を育ててくれたんだもの。こんな別れ方……いやだよ。

 目から涙があふれでた。


「犯人の手がかりを捜すために、他の皆さんには出払っていただきました」


 そう言って、ひげの警官は「さ」と私の肩を引き寄せた。


「下で、落ち着いて話しましょう」


 言われるまま、私は呆然として足を動かした。ひどい疲労感がする。めまいがする。私……何しに帰ってきたんだっけ。何で、家を出たんだっけ。頭が混乱してる。どうして、両親を信じなかったんだろう。ちゃんと、話すべきだった。

 いつもより何十倍も遅い足取りで、二歩、三歩と廊下を歩いたときだった。


「ははは」と、この状況に似つかわしくない笑い声がした。それは、さっきの部屋から。私は立ち止まった。そう、何か引っかかっていた。


「犯人の手がかり……」


 ひげの警官は、犯人の手がかりを捜している、といった。でも……私は、後ろの部屋を振り返る。


「どうされました?」と、ひげの警官が問う。


 あれが、捜査なの? 宝石のどこに、金庫のどこに、手がかりがあるっていうの?

 私は思わず、走り出した。


「神崎さん!」


 そんなひげの警官の声も無視し、部屋に入ると、小太りの警官のバッグに向かって走った。そこにいる三人は驚いて目を丸くしている。


「捜査の邪魔ですよ!」と、父のスーツを着たまま若い警官が言う。何が、捜査なの?


 私ははっきり見た。彼らがバッグに、お父さんの宝石をつめこんでいるところを。楽しそうに、父のものを物色していたのを。笑いながら……当たり前のように。

 私は、小太りの警官が抱えているバッグにしがみついた。


「おいおい、ちょっとお嬢さん?」

「これは父の物です!」


 泣きながら、私は小太りの警官を見つめる。


「かえしてください」


 彼らが、一体何をしようとしているのかは分からない。宝石をどうするつもりなのか、全然分からない。でも、とにかく……守りたかった。私は、両親を信じなかった。あの電話一つで、十七年培った信頼関係を疑ってしまった。育ててもらった恩を仇で返すようなマネをした。だから、せめて……守らなきゃ。父の大切なものくらい、私が守らなきゃ。

 まるでバスケットのボールの取り合いのように、私と小太りの警官はバッグをつかみあっていた。


「証拠品の押収なんですよ」

「なんの証拠なんですか」


 証拠品の押収? 彼らの様子はそんな風には見えなかった。


「あなたがたは、本当に警官……」


 そこまで言ったときだった。ぐっと頭に激痛がはしった。思いっきり髪をひっぱられ、私は悲鳴をあげた。バッグから手が離れる。小太りの男の呆れた顔が見えた。


「全く……」というひげの警官の声が後ろからする。どうやら、私の髪をつかんでいるのは彼のようだ。


「せっかく、丸くおさめようと思ったのに、残念です」


 何? やっぱり、警官じゃないの? でも、あの手帳は本物にみえた。


「行儀の悪いお嬢様だ」

「!」


 機嫌悪くそういった小太りの男は、私にずかずかと近づくと、右の拳を勢いよく私のほうに撃ってきた。すごい衝撃がはしり、そして……目の前が真っ暗になった。


***


 屋敷の外で、俺はひどくイラついていた。

 くそ。なんだよ、このポンコツは? 俺は黒眼鏡をたたいたり振ったりしていた。カヤが変な男たちの部屋に入ってから、映像が来なくなっていた。もしかしたら、どこかに指輪をあててしまったのかもしれない。


「……」


 俺は、神崎の屋敷の二階を見上げた。あの男達は……危険だ。だが、中の状況が分からないんじゃ、無闇に駆け込んでも……って、もうそんなこと考えてる場合でもないか。入って連れ出す。それだけだ。

 俺はぽんこつ眼鏡を放り投げ、走り出した。

警官に対する描写がひどい件は、申し訳ありません。

100%フィクションです。

そのうち、カバーできる話を書きますので、今のところご容赦を。

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