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終焉の詩姫  作者: 立川マナ
第一章
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kaya 1:2

 彼女が現れたのは、昼休みになってすぐだった。


「劇に興味はない?」

 

 初めまして、の挨拶もなく、まっすぐに私に向かってきてそう言い放った。ショートヘアの彼女は、目が大きくて、ハツラツとした雰囲気だ。


「はい?」それ以外の返事が思いつかなかった。

「今度の文化祭で、ウチの学年は、劇とお化け屋敷とファッションショーやるの。

 で、私は、劇のほうの責任者」


 彼女は、私がぽかんとしているのにもかまわず、話を続けていく。彼女の隣にいる友人らしき子は、申し訳なさそうな笑顔を私に向けている。こちらの彼女は、ロングヘアですらりとした落ち着いた子だ。対照的な二人ね。


「ていうか、この子がやりたいって言い出して、無理やり、劇を候補にいれたんだけどね」


 友人は、こそっと私に言った。もちろん、隣にいる『責任者』にも聞こえてただろうけど、彼女はまったく気にする様子もなく、私に期待の目を向けている。


「どう?」

「……どう、て」私も、苦笑いするしかできない。「考えてみるわ」


 とりあえず、その場は流そう、と私は席を立ち上がった。しかし、彼女はあきらめる様子もなく、台本を押し付けてきた。


「読んでみて」

「え」

「ちょっと、アンリ」


 さすがにこれには、友人が耐えかねて口をはさんだ。そう、ショートヘアの子はアンリっていう名前なのね。


「なによ、コトミ。いいじゃない。せっかく、ウチに転校してきたんだし。楽しんでもらわなきゃ」

「そう言うと聞こえはいいけど……」


 アンリって子、悪い子ではないみたい。二人の様子を見ていて、それは分かった。でも、だからといって、劇に参加するのがいいアイディアかどうかは分からない。確かに、文化祭には興味あるし、参加できたら楽しいだろうけど。


「ね、どう? 神崎さん」


 私の名前は知ってるのね。転校生はすぐに有名になる。もう慣れた。


「どうって、初めまして、もしてないのよ?」

「あ……」二人は、唖然とした。夢中で気づいていなかったみたいね。

「ごめんね! そうだよねぇ」台本をもちながら、あはは、と照れ笑い。

「私は、アンリ。近江アンリよ。初めまして」

「私は、町田コトミ。よろしくね」隣の子も、すかさず付け加えた。


 うん、これがもっともな順序よね。私はやっとすっきりした気分になった。


「神崎カヤです」


 私がそういうと、二人はにやっとした。


「知ってるよ〜ん」

「噂どおりの美人」

「え……」


 それを言われて、ずきっとした。これ、いつもと一緒だ。また、今までみたいなことを繰り返すの? 急に、二人の笑顔が怖くなった。


「あの、ごめんなさい。お昼、買いに行かなきゃ」


 私は、あわてて二人の横を通り過ぎ、教室からでようとした。それに驚いたのは、近江さんだ。


「ちょっとまって! せめて、台本だけでも読んでみて」

「え……」振り返ると同時に、胸には近江さんの台本がおしつけられた。

「ね、読んでみて!」


 近江さんはそう言って、町田さんと一緒に教室から出て行った。


「……」


 私の手元には、台本が残った。これって、どういうことになるのかしら。読んで、感想次第できめていいってことかな。まさか、これ受け取ったから参加決定ってわけじゃ…ないよね。

 すぐに返しに行くべきか迷っていると、「神崎さん」と後ろから呼びかけられた。

 今度は誰? 振り返ると、今朝も話しかけてきた加原くんだ。だらっとした制服の着方は、きっと彼なりのおしゃれね。


「お昼、どうするの?」

「売店」これもいつものこと。とりあえず、つくり笑顔でしのぐ。

「売店? せっかくなら、近くの…」

「お昼に外出るのは校則違反でしょ?」

「え? そんな、堅いこと…」校則、という言葉に一瞬、身をこわばらせた。

「初日だから。問題おこしたくないの」早口で言って、教室をでようとする。

「じゃ、屋上で」


 なかなかしぶとい。私は振り返って、台本を彼に見せた。


「これ、読まなきゃいけないから」

「へ……」


 これは有効だったみたいね。私は、台本に心の中でお礼を言って、教室を出た。確か、売店は下駄箱の前だったよね。周りの視線が集まってるのを感じつつ、なるべく目立たないように廊下の端を歩く。今度の学校は、前よりも新しい。校舎はよく掃除されているし、窓は透き通っているみたいにきれい。


「あれが、転校生?」


 ふと、誰かがささやくのが聞こえた。分かってる。いつものこと。私はそう思いつつも、自然とため息がでた。

 私のわがままで繰り返している転校。これくらい、我慢しなきゃ。両親は、私の新しい制服をみるのが楽しい、なんて言ってくれるけど…無理して明るくふるまっているのはなんとなく分かる。

 ストーカー……両親は、そう結論付けた。今までの学校での騒動は、私のストーカーが引き起こしたこと。私が気に病む必要はない。でも…本当は?

 ふと、足をとめた。上履きに目を落とす。


「あの電話……」


 上履きを取りに戻ったときのことを思い出す。偶然聞いてしまった母の電話。今まで聞いたことのないような母の口調だった。

 『ストーカーってことにしてる』という母の言葉を頭の中で繰り返してみる。どういうこと? お母さんは、何か知っている? 今までの事件を引き起こしてきた人物を?

 いつのまにか強く握り締めていた台本は、変に折れ曲がっていた。


「……」


 よれてしまった台本をじっと見つめた。これ、見覚えある。私の教科書。

 気づくと、台本が私の涙でぬれていた。


「うそ」


 周りにばれないように、コンタクトがずれたかのように目をおさえ、トイレにかけこんだ。

 ばたん、と個室のドアをしめると、深く深呼吸をした。台本は、もう「ありがとう」の一言で近江さんに返せる状態じゃなくなっていた。

 まだ自分が気にしていることに驚いた。両親の権力は、それを『嫌がらせ』でとめた。でも、『嫌がらせ』は止まらなかった。誰がしているのか、はっきりとは分からなかったから。その子が、襲われるまで……


「あの子にばれたらって、どういうことなの?」


 私は、確信していた。あのお母さんの言葉を聞けば、誰でも予想はつく。お母さんは、真相を知ってる。それよりも……


「何を隠しているの?」


 私は天井をみあげた。新しいはずの校舎で、なぜか天井だけはきれいではなかった。

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