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終焉の詩姫  作者: 立川マナ
第二章
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秘めた幸せ

 もう六時か。すっかりあたりは暗くなっている。

 俺は、上下黒の、ファッションセンスまるでゼロの服に着替えてカインノイエを出た。上はただの黒無地ロングTシャツだし、下も黒のジーパン。靴は、右足にナイフを隠したブーツ。これが、カインが『おつかい』をするときの服だった。そこらのバイトのほうが、もっとセンスのいい服を着ているだろう。いつだったか、砺波が藤本さんに「私に選ばせてよ」と怒鳴り込んだっけ。結局、まあいいじゃないか、と藤本さんに言われて、砺波の改革は失敗に終わった。藤本さんには、服を気にする俺たちの気持ちが分からないようだ。そもそも、見られてはいけないのだから、気にする必要はないだろう。そう言っていた。確かに……それも一理あるが……。

 こうして、カヤの隣をこんなださい格好で歩くのは、情けない。まあ、カヤは俺のこの格好を見ても顔色一つ変えてなかったから、気にしてないんだろうけど。

 ええい。そんなことはいいんだ。それよりも心配することがほかにあるんだし。


「本当に大丈夫か?」


 俺は、カヤに確認する。これで、何度目だろうか。ここに来るまでの道のり、何をすべきかを説明した。その間、まるで接続詞かのように「大丈夫か」を連発していた気がする。その度に、カヤは優しく微笑んだ。

 角を曲がれば、カヤの実家、というところで、俺は立ち止まった。カヤも、同じように立ち止まる。


「今夜じゃなくてもいいんだぞ」


 俺はカヤに振り返って、しつこいようだが、また確認した。


「今夜がいいの」

「急すぎないか?」


 カヤは顔を横に振る。


「早く、はっきりさせたいの。両親が人身売買に関わっていて、本当に私を誰かに売ろうとしたのかどうか……」


 そう言われては、なんとも言えない。そこまで気持ちが固まっているなら、俺にできることは……


「何かあったら、すぐ『迎え』に行く」


 俺は力強くそう言った。すると、カヤはきょとんとし……しばらくしてから、「あ」とつぶやき、顔をそむけた。

 なんだ、その反応? 俺、気色悪かったか?


「……」


 俺は、カヤを安心させるつもりで言ったのだが……なんだ、この沈黙は? そんなに変なことを言ったのか? よく分からんが、とにかく、俺の発言のせいで、妙な雰囲気になったのは確かだ。何がいけなかった?


***


 和幸くんは、隣で気まずそうな表情で頭をかいた。

 あぁ、もう、私は何してるんだろう。「ありがとう」とか、「よろしくね」とか、いろいろ言葉があるのに。胸が苦しいほど嬉しいのに、なんで何も言えないの? 私は、赤らんだ顔を見られるのがはずかしくて……それを隠すので精一杯だった。でも、すぐ顔をそらすなんて失礼だったよね。なんて思われてるか……

 そんな自己嫌悪と後悔の言葉を頭の中で並べていると、


「そうだ、これ」


 思い出したように和幸くんが言った。まともな返事ができてないのに、話がかわっちゃう。私は、自分で台無しにしたというのに、無性に悔しくなった。でも、もう遅いよね。とにかく、今はやるべきことに集中しなきゃ。私は、よし、と心の中で気合をいれて、顔をあげた。すると、目の前に指輪があった。


「へ」


 思わず、そんな声をあげていた。和幸くんが、どこから出したのか、シルバーの指輪を手にしていた。指輪には、黒い石がついている。なんだか、シンプルな指輪。


「それなに?」

「カメラ」

「え?」


 カメラ? 私は驚いて指輪をじっくり見つめた。もしかして、この黒い石が?

 戸惑っている私をよそに、和幸くんは私の左手を取った。ドキっと心臓が大きく鳴った。触れられるの……これで二度目だ。夕べ、私を『迎え』に来てくれたときと、これで二度目。でも、夕べとは違うドキドキがある。夕べは、不安と恐怖、そして家を飛び出すことへの緊張で、それどころじゃなかった。でも、今は違う。しっかり感じる。和幸くんの手の温もり。やっぱり、男の子の手は全然違う。大きくて、頼もしい。


「さっき、カインノイエを出るときに藤本さんから渡されたんだ」


 言いながら、和幸くんはリングにあう指がどれか、探っている。

 そういえば、確かに、カインノイエを出るとき、藤本さんが何かを渡していた。黒い長方形の箱だった。もらってすぐに和幸くんはそれをポケットにつっこんでいたな。指輪だけにしては、大きすぎた気もするけど……。他にも何か入ってたのかな。


「その映像は専用の眼鏡で見ることが出来る。家の外からそれで俺が監視するから」と、和幸くんは視線で脇にはさんでいる黒い箱を指した。

 そうそう、この箱だ。そっか。指輪と眼鏡がはいってたのか。なるほど、と私は頷く。にしても、おもしろいもの持ってるんだな。

 なんて、のんきに感心していたが、あることに気づいて私はハッとした。


「あ……」という、かすれた小さな声がでた。


 リングのサイズにあう指をみつけ、和幸くんが指輪をはめようとしている。でも、その指は……指輪をするには、すごくすごく重要で……。こんなときに、こんなシチュエーションで、そこに指輪をはめられるのは……!


「……」


 ごくっと私は唾を飲み込んだ。和幸くん……気づいてないのかな。それとも、分かってるけど気にしてないだけ? 私が意識しすぎてるだけ? どうしよう、言ったほうがいいの? でも、それも変だよね。けど、砺波ちゃんが彼女だったら……こんなの嫌がるはず。このまま黙ってたら……ずるいのかな。

 そんなことを迷っているうちに、和幸くんは、するっとカメラつきの指輪を私の薬指にはめた。左手の薬指に――。


「!」


 胸が、ドキドキしてる。分かってるの。そういうつもりじゃない、てことは。でも、なんだか嬉しい。だって、こういうときくらいじゃなきゃ、こんなこと実現しないかもしれないもの。ほんの少しの間くらい、こんなことで浮かれても(ばち)は当たらないよね。


「よし」と和幸くんは、はめた指輪の黒い石を時計まわりに少し回し始める。まるで時を刻むように、カチッカチッと音を出しながら、黒い石はぎこちなく回った。


「これで、起動したはずだ」


 和幸くんは、満足そうにいって、私の左手から手を離した。

 左手から、急に心地のよい温もりが去ってしまった。私はつい……名残惜しくて、和幸くんの手を目で追っていた。


「それ、安物だから衝撃には弱いんだ。なるべく、物にあてたりしないように」

「うん」


 私は微笑んで頷くと、左手の薬指を見つめた。そこには、見かけだけの指輪が光っている。

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