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終焉の詩姫  作者: 立川マナ
第二章
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はせがわまさよし

 それは、六時を回ったころだった。和幸とカヤが去り、藤本は、どのカインにどの『おつかい』を頼むかを考えていた。そんなとき、コンコン、というノックの音がした。

 カインたちは、遠慮なく藤本の部屋に入ってくる。どんなに礼儀正しいカインでも、わざわざノックするような子供はいない。つまり……と、藤本は顔を上げ、ドアを見た。


「はいりなさい、三神くん」


 言われて、三神はドアを開け、部屋に入ってくる。不敵な笑みを浮かべて。


「なんで分かったんです? 僕だ、て」

「ノックして入ってくるのは君くらいだからね」


 へぇ、と鼻で笑い、三神はソファに座った。


「今日は、どんな情報を売りに来た?」


 藤本は腕を組み、イスに深く座りなおす。この若い青年はどこか気に食わない。だが、彼の情報屋としての腕は誰よりも認めているつもりだ。さて、今夜は何を言い出すのか、と藤本は構えた。

 だが、三神は「いえいえ」と肩をすくめて言う。


「今日は情報屋として来たんじゃありません」

「なに?」


 藤本は、意外な言葉に眉をあげた。


「あなたの友人として、忠告しに来ました」


 友人? 一体、いつから自分がこの情報屋の友人になったというのだろうか。図々しいというか、無礼というか。藤本は、やはりこの若者は気に入らない、と再確認した。しかし、忠告、というのが気になる。


「何の話だ?」

「あなたの息子さんのことです」


 藤本は、ハッとした。藤本には実の子供がいたが、それは娘だった。つまり、三神の言う息子というのは、カインの少年たちのことだ。だが、彼らがどうしたというのだろう。いや、そもそも誰のことをいっているんだ? 藤本は、興味を示すように、身を乗り出した。


「一体、なんの話だ?」

「あるカインを調べている同業者がいるんですよ」

「なに?」


 同業者、とは、情報屋のことだ。情報屋が、カインを調べている。それは、不気味な話だった。それも、『あるカイン』と三神は表現した。誰か一人のことを指している。こういうときは、大体、そのカインの命を狙う奴がいて、居場所を探っている可能性が高い。『おつかい』の報復だ。


「くわしく聞こう」


 藤本は真剣な表情で、三神を見つめた。


「その情報屋とは、『深い』仲でしてね、調査が行き詰って僕のところに相談しに来たわけです」

「どうやって知ったかを聞きたいんじゃない。わたしの『子供』に危険が迫っているのかどうか、を聞きたいんだ」


 まるで脅すように低い声で藤本は言った。三神は、両手を挙げて、鼻で笑う。バカにするような態度だ。


「いや、心配しないでください。多分、ですが、命が狙われているわけではないと思います」

「どういうことだ?」


 それでは、ますます分からない。命を狙っていないのに、なぜカインを調べる必要がある? 藤本は、顔をしかめた。


「命よりも……僕が心配しているのは、彼のメンタル面で」

「三神くん!」


 藤本は急に怒鳴った。まるでからかうように、話を遠まわしに語り続ける三神に堪忍袋の緒が切れたのだ。


「『彼』とは誰のことを言っている? 一体、誰が誰を探しているというんだ?」


 怒鳴られても驚いた様子もなく、三神は相変わらずの不敵な笑みを浮かべている。


「依頼人の名は、長谷川正義(はせがわまさよし)……だそうです」


 今まで散々もったいぶっていたのが嘘のように、三神はすんなりとその名を言った。藤本は、ぴたりと固まった。はせがわまさよし。その名前に覚えがないか、頭の中を必死に探す。


「はせがわまさよし……」


 口に出してみるが、覚えはない。

 三神は、命を狙われているわけではない、と言った。それなら、思い当たるのは……『迎え』に行った子供だ。今まで多くの子供達にカインを『迎え』にやった。一人一人、資料として名前は残ってはいるが、全員の名前を頭に記憶しているわけではない。その中の一人が、カインにお礼をしたくて探している可能性もあるだろう。

 藤本はそう思うと、デスクの一番下の引き出しを開き、資料をひっぱりだした。そこに名前があれば、過去にカインが『迎え』に行った子供、ということになる。

 だが……すばやく資料を調べだした藤本に、三神は笑い声をあげた。


「そこに、彼の名前はないですよ」


 三神は、はっきりとそういった。資料をめくる手をとめ、藤本は三神を見る。


「なんだと?」

「申し訳ないんですが、言えるのはここまでですね」


 藤本は、頭に血がのぼるのを感じた。思わず、立ち上がり、デスクに両手をたたきつける。


「いい加減にしろ! 知ってることを全部言え!」

「すみません。これ以上は、さすがに、彼女の営業妨害になりますから」


 彼女、とは、三神と『深い』仲だという情報屋のことだろう。


「ここまで話して、今更、そんな心配か?」

「ええ。ここまで話して差し上げたんだから、感謝してほしいですね」


 藤本は、ぐっとデスクに置いた手を握り締める。この男は……やはり、信用ならない。感謝、といっているが、ただ藤本が取り乱すのを観察したかっただけに違いなかった。


「僕はただ、藤本さんに準備をしていて頂きたくて……」

「準備?」

「ええ。とりあえず、驚くことが起きる。それだけは、頭においといてください。

 心臓発作なんて、起こさないように」


 三神は気が済んだかのように、ソファから立ち上がる。


「それじゃ……僕のお節介はこのへんで」

「待て」

「はい?」


 藤本は、真剣な眼差しで三神を見つめる。


「長谷川正義は、一体どのカインを調べてる?」

「それは……」と、三神は怪しげな笑みを浮かべた。「長谷川正義に会えば分かります」

「!」


 会えば分かる……どういう意味だ? 藤本は、三神が去った部屋で一人で考えていた。やはり、知り合い、ということなのだろうか。だが、聞き覚えのない名だ。歳を取って忘れているだけなのか。藤本は、ふうっとため息をつき、頭をかかえた。


「はせがわ……まさよし」

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