表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
終焉の詩姫  作者: 立川マナ
第二章
66/365

すれちがい

 もうすっかり空は夕焼けだ。私は、大量の紙バッグを両手に提げて、教会に戻ってきた。紙バッグにはいっているのは、全て洋服。それも、私が買ったことがないような派手なお店の。全部、砺波ちゃんに半ば押し付けられて買ったものだった。彼女は、私に同意すら求めず、自分の趣味で全て選んでしまった。果たして、これらを着ることがこれからあるのかどうか。

 砺波ちゃんは、同じように大量の紙バッグを提げ、鼻歌まじりに前を歩いている。教会の扉に手をかけ、私に振り返った。


「本当によかったの? あのドレス、買わなくて」

「え……うん。私には高すぎるから」


 あのドレス、とは、私が「シャトー」で試着した赤いマーメイドドレスのことだ。お店の人にも、「お似合いです」と何度も褒められ買うようすすめられたのだが……


「値段は気にすること無かったのに。どうせ、パパのカードで買うんだから」


 砺波ちゃんは、それがなんでもないかのように軽く言って教会の扉を開けた。私は、苦笑いをうかべる。


「だから、だよ」


 そう。現金もろくに持たずに家をでた私。そもそも、お財布自体持っていない。真夜中に和幸くんに連れ出されたのだから、当然だ。それを知った藤本さんは、砺波ちゃんにカインのカードを使って私の服を買うように、と頼んだ。カインのカードとは何か、と思ったが、ふたを開ければただのクレジットカード。藤本さんはどうやら、カインの皆にクレジットカードを渡しているようだ。カインを一人で世話している、と言っていたが、お金まで一人で面倒をみているとなると……相当、大変なはずだ。一体、あの藤本さんのどこにそこまでの力があるというのだろうか。

 そんなことを考えながら、私も砺波ちゃんのあとについて教会に入る。ぱたんと扉を閉じ、くるりと教会の祭壇のほうに体を向けた。そのときだった。


「砺波!」


 いきなり、そんな怒鳴り声が響いた。私の体がびくっと反応した。声の主が誰か、すぐに分かった。


 和幸くんだ。


 和幸くんは、上は半そでの白いTシャツ、下は黒のジャージ姿で、片手に雑巾を持って中央の通路の奥で立っている。顔には疲労がうかがえた。もしかして……掃除でもしてたのかな。


「あははは」と、砺波ちゃんの笑い声が教会に響き渡る。

「掃除させられてやんの。何しでかしたわけ?」


 やっぱり、掃除なんだ。

 私は、半日ぶりに会う和幸くんにドキドキしていた。いつも、ブレザーの制服姿しか見たことなかったから……こういうジャージ姿を見れただけで、なんだか胸がときめく。半袖からのぞく二の腕の筋肉がたくましい。男の子なんだな、て改めて思った。


「何もしてねぇよ。他にやることなかっただけだ。

 そっちだろ、問題は」


 でも、何か和幸くん、様子がおかしい?

 雑巾を床にたたきつけると、こちらのほう、つまり入り口に向かって、ずかずか向かってくる。


「こっちは、朝からずっと待ってたんだ。どういうつもりなんだ?

 居場所の一つも連絡してこないってのは?」

「は? なんで、そんなことしなきゃなんないのよ」


 やっぱり、和幸くん、怒ってる。砺波ちゃんは、そんな和幸くんにひるむ気配すらみせず、胸をはってはっきりとした口調で言い放つ。


「何度も電話したんだ」

「あら、ごめんね。気づかなかった」

「せめて、藤本さんには、どこにいる、とかメールでもしないか?」

「なんでそんなこといちいちしなきゃなんないのよ? 買い物行ってただけなのよ?」


 和幸くんは、砺波ちゃんの目の前で立ち止まって、砺波ちゃんを睨むように見下ろした。

 二人の会話は、すでに口論になっていた。私は、砺波ちゃんの斜め後ろで、止めるべきかどうか迷っていた。

 でも、それはおせっかいだよね。二人は付き合ってるのかもしれないんだし……和幸くんは、朝からずっと連絡のない彼女を心配してたのかも。だから、こんなに怒ってる、とか。この怒りは、優しさの裏返し?

 やだな。二人の口論も、見てるのがつらい。

 実際、ずっと和幸くんは私に話しかけてくれない。私に見向きもせずに、砺波ちゃんにばかり……。

 ああ、最低だ。嫉妬してるのかな。私はただ、和幸くんに助け出してもらっただけなのに。その上、和幸くんに何を求めてるんだろ? ずっと一緒にいてほしいの? そもそも、和幸くんが私に近づいたのは、『おつかい』のためだった。本当は、和幸くんは私と仲良くなりたいわけじゃないのかもしれないのに。


「カヤ」

「!」


 急に呼ばれてドキッとした。優しくて、愛おしい声。

 ハッと顔をあげると、和幸くんがこちらを見ていた。やっと、私を見てくれた。


「疲れただろ。朝から、こいつの買い物につきあわされて」

「失礼ね。カヤの服を買ってあげたのよ」

「はいはい」


 砺波ちゃんはムッとして、和幸くんの腕をはたいた。


「いってぇな」と、和幸くんは砺波ちゃんをにらむ。


「……」


 そんな、二人のやりとりに、また胸がいたんでしまった。うらやましい、と思ってしまった。嫉妬なんて、よくない。私の心が醜くなってる、そんな気がした。こんなの嫌なのに……アンリちゃんに嫉妬して、今度は砺波ちゃんに嫉妬してる。そんなこと知られたら、和幸くんに嫌われる。


「私……」と、勇気を出して声を出した。二人は、ぴたりと止まってこちらを見ている。

「私、藤本さんに話しに行くね。いろいろ、買っていただいたから」


 そう言って、私は両手に提げている紙袋を、和幸くんに見せるように高々と挙げた。

 

***


 カヤは、まるで逃げるように足早に俺の隣を通り過ぎ、藤本さんの部屋へと向かっていった。なんだか、様子が変だったな。

 ……。

 いや、変なのは俺のほうかもしれない。


『誰かに恋したんでしょ?』


 ええい、まただ。リストの楽しげな声が頭に響いた。掃除してる間も、ずっとこの声が俺の手を止めた。そして、その声を思い出すたびに、カヤの顔が思い浮かぶ。今朝、ベッドの中で「おはよう」と俺に言ったカヤの顔が。

 そのたびに、俺の頭はパニックになる。正直、俺の中で起きている『変化』に俺は戸惑っていた。いまいち、その『変化』の正体もよく分からないし、どう対処すればいいのかもよくわからない。

 そして……カヤとどう接すればいいのか急に分からなくなった。『おつかい』として接していたときのほうが、ある意味楽だったかもしれない。良心は、そりゃ痛んだけど……『おつかい』なんだ、と割り切ることで自然と接することができたんだ。何も深いことを考えることなく。

 でも、今はどうすりゃいいのか分からない。俺は、カヤの何なんだ?


「で?」


 砺波の苛立った声が、俺を現実に連れ戻した。俺は思わず、「は?」というアホな声をだしていた。


「なんで、ムキになって怒ってるわけ?」

「あ?」

「居場所のことよ。何事なわけ?」


 ああ、それか、と俺はため息をついた。


「いいか」と、子供に叱るような態度で俺は砺波にいう。


「学校から早々と戻ってきてみれば、カヤはいない。

 藤本さんいわく、砺波と買い物だ、という。

 どこに買い物だ、と聞くと、分からない、ときた。

 つまり、実質的にカヤは、今朝から行方不明だったわけだ。

 どんだけ……」


 そこまで言ったときだった。砺波は、俺の言葉を奪うように口をはさむ。


「心配してたわけだ」

「え」


 砺波は、目をまん丸にして俺を見つめていた。なんだ、この反応は? 俺は、気味が悪くて、後ずさった。


「なんだよ?」

「カヤが心配だったんだ」

「……だったら、どうしたんだよ」


 そうだ、思い出したぞ。砺波のこの雰囲気、俺には心当たりがある。恋愛話をするときのこいつだ。どんな話も恋愛にもっていくこいつのことだ。今回もそういうつもりに違いない。


「好きなの? カヤのこと」


 ほらな、こうきた。だが、不思議なことに、ハイテンションではない。いつもなら、キャーキャー言って、頼んでも無いのに一人で大盛り上がりするのに。目をぱちくりさせて、不思議そうに俺を見つめていた。


「そ……そういうんじゃない」


 俺は、目をそらしてそんな言葉を搾り出した。

 カヤのことを、『好き』? そんなことどうやって分かるんだよ?

 リストといい、こいつといい、何なんだ? 

 俺はずっと『おつかい』だけしてきた。付き合ってほしい、といわれたことは何度かあったが、興味はなかった。本当の俺を知らないくせに、俺に何を求めているんだ、と理解できなかった。正直、好きだなんだという気持ちは俺にはよく分からない。

 俺は『創られた』人間。神も俺の存在を知らない。そんな俺に、運命の相手など用意されてるとは思えなかった。誰かと付き合えば、その人の運命を狂わせるんじゃないだろうか、とさえ考えたこともある。そんな意識があったせいもあるだろう。恋愛というものに、これといって興味はなかったのだ。砺波とは正反対だな。


「カヤは……」と、俺は続ける。「カヤは、俺が連れ出した。だから、責任もってカヤのことを守らないといけないから」

「ふーん」


 砺波は、疑うような視線で俺をみながら、しばらく黙った。なんなんだよ? 何かたくらんでんのか?


「そう」と、砺波は高い声で言った。そして、にこりと屈託の無い笑みをみせる。「じゃ、よかった」


 それは、予想外の反応だった。いつもなら、恋愛話じゃない、と分かるとがっかりするものなのに……変だな、喜んでるようにもみえる。よかった?


「もう、心配したじゃない。あんたがカヤのこと好きだったらどうしようかと思ったぁ」

「は?」

 

 なんだ? 砺波にどんな影響があるっていうんだよ?


「そうよね、そうよね。和幸は『おつかい』のために、あの子に近づいたんだもんね。

 個人的な感情はないわよねぇ」

「……」


 その言葉に、俺は何も言い返せない。


「よかった、よかった。じゃ、つまり、あんたは今、カヤのボディガードなわけね」

「……ま、そうなるな」


 間違いじゃない。確かに、俺はあいつのボディガードだ。特に、神崎がカヤを探している今は、俺が守ってやらないと。

 だが……と、今朝、リストから聞いた話を思い出す。アトラハシスという人間のこと。リストは言っていた。アトラハシスは、カヤを守る使命をもつ人間だ、と。なぜ、姿を現さないのかは分からない。どういう経緯で、そいつがカヤを神崎に渡したのかもさっぱりだ。だが……もし、カヤを渡せ、と神崎に言ってきた電話の男が、本当にアトラハシスなら……俺は、カヤを連れ出すべきじゃなかったんじゃないだろうか。リストにアトラハシスのことを聞いてから、そんな考えが芽生えていた。カヤを守る使命をもつ奴がいるなら、そいつに任せるべきだ。俺には……そんな使命なんてない。俺がでしゃばるようなことじゃない。


「そんならさ」と、砺波はまるでおばさんのような声をだした。「今夜、待ち合わせ場所まではあんたが送ってあげてね」

「え?」


 待ち合わせ場所? いきなり、何の話だ?


「あ、そうそう。好きな子ができたら、すぐわたしに伝えるのよ。

 和幸の恋愛にはものすごーく首をつっこみたいから」

「は?」


 なんだよ、それは?

 しかし、そんなことを聞く暇も与えないかのように、砺波は紙袋を手に、ひらりと俺に背を向ける。


「じゃあ、そういうことで」

「は?」

「帰る~」


 砺波は背を向けたまま、俺に手をふり、教会の扉を開けた。西日が教会にはいってきて、俺は顔をしかめる。


「おい?」


 ばたん、と扉がしまった教会で、俺はただ佇んだ。

 相変わらず……嵐のような女だな。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ