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終焉の詩姫  作者: 立川マナ
第二章
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ユリィ・チェイス

 アメリカ。テキサス北部。トーキョーのぎゅうぎゅうとした印象とは正反対の、のんびりとして広々とした田舎。たとえ近所でもとても『近く』はなく、一軒一軒が離れて建っている。それぞれが広大な庭をもち、そこには馬や鶏が家族同然に暮らしている。

月も高くなり、あたりは静まり返っていた。耳をすませば、遠くのバーの騒音が聞こえてきそうだ。そんな夜に、馬の背に乗る少年の姿があった。ある一軒屋の裏、まるで牧場のような広大な庭で、彼は愛馬の背にまたがっていた。

 月の光で、少年の高い鼻が濃い影を唇におとしている。ほっそりとしたりんかく。優しげなたれ目。透明感のある白い肌。栗色の髪は、馬のたてがみとは対照的に、短くゆるいパーマがかっている。彼は、愛くるしさと色っぽさをどっちももっている。よく年上の女性に好かれるのはそのせいだ。


「ビッグボーイ」と、愛馬の名をよび、少年は馬の首をなでた。ビッグボーイは、首を小刻みに上下に揺らしてそれに答える。

 ビッグボーイは、その名の通り、他の馬よりもずいぶん大きな体をしている。がっしりとした足の筋肉。黒い毛並み。幼い子供はビッグボーイを見ると、怯えてしまう。確かに、映画に出てくれば、間違いなく、悪役の馬になってしまうだろう。だからこそ、オレはビッグボーイが好きなのかもしれない。彼は、そう思った。


「ユリィ!」


 静かだった庭に、そんな声が響いた。がさ、がさ、と誰かが近づいてくる足音が聞こえる。ユリィは、声の聞こえたほうにビッグボーイの体を向けさせた。


「こんな時間に乗馬する奴があるか」


 家のほうから歩いてきたのは、ピンクのメッシュのはいった茶髪の少女。年頃は十三。そのショートヘアは、見るからに痛んでいる。ブリーチのしすぎだ。キャミソールからは、ピアスのついたへそがのぞいている。こちらの少女も、鼻が高い。つり目なのを除けば、どこか雰囲気は少年に似ている。


「アイリス、何の用?」


 ユリィは、ゆっくりとビッグボーイから降りると、ぽつりとそう言った。ぼけーっと眠そうなのは、彼の特徴だ。せっかくの愛らしい目も、いつも半開き状態。睡眠は充分とっているはずなのだが、いつも寝不足のようにふるまっている。

 それを長年見てきたアイリスは、もう飽き飽きしている。いつもイライラさせられる。今回も例外ではない。アイリスは、呆れたようにため息をついた。


「海外ニュース、始まるから。みたいんじゃねぇかと思ってよ」


 まるでどっかの不良のようにそう言って、アイリスは家のほうをあごで指した。ユリィは、馬の綱を手にもったまま、相変わらず、ボーっとしている。


「ちょっと? なんとかいえよ」

「あのニュース、やるかな」


 『あのニュース』が何をさすのか、アイリスにははっきりと分かっている。難しい表情で、そっぽを向いた。


「やるに決まってる。だから、わざわざ呼びにきたんじゃねぇか」

「……そう」


 『あのニュース』とは、イギリスの『死神』のことだった。ここ数週間、アメリカのメディアでも騒がれている。海外ニュースのトップは、大体その事件だ。それは、エディンバラで起きた幼女殺害事件。テレビに映った愛くるしい被害者の写真を、ユリィは忘れることはない。少女の名は、ポリー・マッコーネル。彼女は、観光客の目の前で、ある男に大きな剣でさされたという。しかし、不思議なことに、彼女の遺体にそのような傷はなく、眠ったように倒れていただけだった。

この事件は、エディンバラで大きな話題を呼び、イギリス中に怪奇事件としてとりあげられることになる。多くの観光客が、現場を目撃していて証言は一致している。だが、それとマッチする痕跡はない。剣はなんだ? その男は何者だ? 様々な憶測が飛び交い、ついには死神などという推理まで飛び出したのだ。今ではすっかり『エディンバラの死神』というキャッチフレーズでおなじみだ。

 ユリィとアイリスは、ろくにニュースなど見ない。その事件の詳しい話を知ったのも、アメリカで取りざたされてから随分たったときのこと。アイリスの友人から聞いたのだった。


『死神、あんたの兄貴じゃん』


 友人は、そう言った。


「あの、ポリーって子、何者なんだよ?」

「さあ」


 ユリィからまともな返事を期待していたわけではない。アイリスはうつむいた。

 友人に言われ、アイリスはあわててニュースをチェックした。すると、観光客が撮ったという事件直前の写真が公表されていた。男が剣を幼い少女にかかげている写真だった。ニュースによると、観光客はショーかなにかだと思ったらしい。なんともお気楽な話だ。

 アイリスは、その写真を見て、コップを落とした。ユリィは……ただ、呆然とした。写真の男に、見覚えがあったのだ。数ヶ月前、使命のために家を出て旅にでた、兄だった。


「意味わかんねぇよ。なんで兄貴は、イギリスで子供殺してんだよ?

 確かに、ウチらは人間(ルル)の敵だけど……子供を殺すのは、いけすかねぇよ」

「タール兄さんは……変わったんだ」


 ユリィは、無表情のままそう言った。


「変わった……ってなんだよ? お前、何を知ってんだよ?」

「オレは知らない。生まれる前の話だから。全部、父さんに聞いた」

「パパに? なんで、お前だけ聞いてるんだよ? あたしは何も聞いてない」

「アイリスは、オレより年下だ」

「だからなんだよ? 三つしかちがわねぇだろ」


 アイリスは、反抗期真っ只中だ。歳が近く、いつもボーっとしているユリィは八つ当たりの格好の餌食だった。


「オレは、トーキョーに行く」


 ユリィは突然そう打ち明けた。まるで、脈絡がない。アイリスは、なんと言われたのか、しばらく理解できなかった。やや間をあけ、目を限界まで開くと「は?」と声をあげる。


「なに? トーキョー? ニホンの?」

「うん」

「うん、じゃねぇよ。なんでだよ!?」

「カード、調べた」

「は?」

「タール兄さんのクレジットカード。航空券を買ってた。トーキョー行きだった」

「お前、まさか……」


 アイリスは、言葉を失った。ユリィの信じられない考えが分かったのだ。


「兄さんを止める」


 ビッグボーイがユリィの顔をつっついた。もう乗らないのか、と言いたげだ。

 しばらく固まってから、アイリスは短く息を吸ってまくしたてるようにユリィにつめよる。


「止める、て……バカじゃねぇの? あたしらニヌルタ一族だ。兄さんの使命はウチらの使命! 応援するのが筋だろうがよ」

「使命……世界を終焉に導くこと」


 ユリィが、珍しく目をはっきりと開けて言った。眠そうじゃないユリィの様子に、アイリスは一瞬たじろいだ。いつもなめきってバカにしているが、兄なのには代わりは無い。


「そうだよ。ウチらは、エンリルの子孫。人間を滅ぼすのが使命」

「『災いの人形』が『終焉の詩』を唱え、世界は大洪水にのみこまれる」

「そうさ。そうやって、害虫である人間(ルル)を排除するんだよ」

「オレたちもな」


 その言葉に、アイリスは眉をひそめた。やはり、真ん中の兄貴はアホだ、と確信して笑った。


「ちげぇよ。あたしらは、エンリルの子孫なんだから。兄貴がマルドゥクに勝利し、『災いの人形』に『終焉の詩』を詠わせたら、ウチらだけは助かる。そう教えられてきただろ。たとえ地球(エリドー)が洪水に見舞われても、ニヌルタ一族だけは、エンリルの恩恵で助けてもらえるのさ」

「恩恵とは何だ?」

「は?」


 恩恵、と言う言葉も知らないのか、とアイリスはため息をついた。だが、ユリィの論点はそこではなかった。


「助ける、というが、どうやってオレたち一族だけを助けようというんだ?」

「……それは…」

「エンリルは、宇宙の果てにいる。それで、どうやってオレたち一族全員を助けるっていうんだ?」

「エンリルは神だ! 偉大な力、『メ』がある」

「その力を、オレたちのために使うとなぜいいきれる?」

「それは、だから、ウチらの神だからだよ」

「そうだ、エンリルは、神だ。オレたち人間を嫌う神」

「バッカじゃねぇの? あたしらは人間(ルル)じゃない! 神の一族だ」

「違う。オレたちは、神の血がはいったただの『人間』だ」

「!」


 ここまで、たくさんしゃべるユリィをアイリスは今まで見たことが無かった。いつもボーっとして口数も少ない。のんびりと暮らすだけの牛に見えたものだ。だが、今のユリィは違う。まるで、今までためてきたうっぷんを全て吐き出すかのように、力強い口調で次から次へと言葉を並べている。アイリスは、一歩後ずさった。気迫負けだ。


「エンリルは、世界の終焉にオレたち一族を救う。それはただの言い伝えにすぎない。

 誰がそれを保証できる? 神はオレたちを救うというが、誰がそんなことをいった?

 オレは神に会ったことが無い。会ったことのないものを、どうして信じられる?」

「……いかれてるよ、お前」


 アイリスは、一風変わったユリィがあまり好きではなかった。キレイなお兄さんだね、と友人に言われるときだけ、ユリィの存在に感謝した。だが、それ以外では、いつもうざったかった。何を考えているか分からないただの奇妙な奴。いつからか、アイリスは、ユリィを兄と呼ばなくなっていた。


「何かがおかしい。何かが、オレたちの目をくらませている。そんな気がしてならない」

「お前がおかしいんだよ、ばぁか」

「……」


 ユリィは、黙って月を見上げた。もとのおとなしいユリィに戻ったようだ。アイリスは、つきあってらんねぇよ、と唾をはいて、家へと去っていった。

 ずっと動かないユリィの肩を、ビッグボーイは甘噛みしてきた。ユリィは、それまでまるで居眠りしていたかのように、ハッとした。


「ビッグボーイ」


 無表情のまま、ビッグボーイの頭をなでる。


「しばらく、出かける。アイリス、よろしく」


 気のせいかもしれないが、ビッグボーイが嫌そうな顔をしたように見えた。ユリィ・チェイスは、クスッと微笑んだ。

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