表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
終焉の詩姫  作者: 立川マナ
第二章
63/365

ガールズトーク -下-

「これ、いいじゃない」


 そう言って砺波ちゃんが渡してきたのは、真っ赤なマーメイドドレス。胸元は大胆に開いていて、体にぴったりとはりつくようなラインはスタイルを強調しそうだ。シンプルで好きなデザインだけど……私には、ちょっと色っぽすぎるんじゃ。私は、あわてて近くにあった適当なドレスに手をかけた。


「こっちのほうがいいかな」


 砺波ちゃんは私がひっぱりだしたドレスを見て、あからさまに嫌な顔をした。


「冗談でしょ」


 確かに、引っ張り出してから気づいたけど……テカテカした緑色に、フリルばかりついたセンスのないドレスだ。

 砺波ちゃんは奪うように、私の持っていたドレスを取り上げ、赤いマーメイドドレスを私につきつけた。


「しちゃく」

「え?」


 私は、砺波ちゃんの言葉の意味が分からなかった。まるで、初めて聞く単語のような気がした。でも、どこか聞き覚えのある……しちゃく……?


「試着!」


 砺波ちゃんは、店の奥にあるフィッティングルームを指差す。そこで、やっと分かった。


「試着?」


 まさか、こんなセクシーなドレスを着ることになるとは思っていなかった私は、固まった。は、恥ずかしい……。でも、砺波ちゃんを言いくるめられるほどの話術は私にはない。

 それに、砺波ちゃんはさっさと店員さんのところへ行って、試着させてくれ、と騒いでいる。もう後戻りはできなさそうだなぁ。


***


 砺波が、鼻歌まじりに携帯をいじっていると、扉の開く音が背後からした。試着室のドアだ。砺波は、わくわくしながら振り返り……そこにいたカヤに、思わず息を飲んだ。携帯を落としそうにさえなった。他のドレスを見ていた客も、思わず手をとめ、カヤに見とれた。

 赤いマーメイドドレスは、カヤの体に魔法のようにぴたりとフィットしていた。はっきりとした赤い色は、カヤの麻黒い肌で際立ち、ショートヘアが、露出している首元と胸元をすっきりとみせて色気をだしている。胸元が大きくあき、鎖骨のラインが強調され、谷間も目立たない程度にのぞいている。ボーイッシュな服を着ていたさっきまでのカヤとは一味違った。


「どう? ちょっと、露出しすぎじゃ……」


 恥ずかしそうに、カヤは胸元をおさえた。砺波は、ぶんぶんと顔を横にふり、カヤに歩み寄る。


「そんなことない! 丁度いい。これにしなよ」

「でも……」


 いまいち、踏ん切りがつかない、といったカヤの様子に、砺波は腰に手をあてがう。まったく、とため息をつき、カヤを軽くにらんだ。


「せっかく色っぽい体してるんだから、もっとつかったほうがいいよ」

「え?」

「男をたぶらかすにはもってこいの素材なんだからさ」

「は……」


 言って、砺波はカヤの谷間に人差し指をつっこみ、ドレスをひっぱった。ひょいっと胸元をのぞくと、「へえ」と怪しく微笑む。カヤは、いきなり胸をのぞかれ、何もできずにただ固まった。


「やっぱり、いいものもってるじゃない。Cカップ?」

「砺波ちゃん!」


 カヤはやっと我に返り、胸元を必死に押さえた。砺波の行動はもとより、カップ数まで言い当てられたのですっかり取り乱していた。異性はもとより、同性とも深い仲を築いたことのないカヤにとって、こういうノリへの抗体は全くない。対照的に、そういうノリしか知らないような砺波は、相変わらずの調子で続ける。


「いいじゃない、良い形してるんだし、ケチケチしないの」

「い、いいかたち?」


 バストの形に良いも悪いもあるのか。カヤはそんなことを考えたことも無い。褒められているのか、冗談なのかさえ、よく分からなかった。


「彼氏に言われたりしないの?」

「……え」


 何も言っていないのに、砺波はカヤに彼氏がいると決め付けているようだ。カヤは思わずぽかんとしてしまった。その反応で悟ったのか、砺波はぎょっとした。彼女は、気持ちを隠そうという気はさらさら無いのか、あからさまに感情を顔にだす。


「もしかして……いないの!? うっそ。じゃ、探さなきゃだめじゃん」

「わ、わざわざ探すこともないよ」

「クリスマスパーティはどうするの! パートナー探さなきゃだめでしょ」


 言われて初めて、そうか、とカヤは思った。靴を頼りに愛しき姫を探す、というシンデレラにならって企画されたイベント。自分を探す王子がいないのでは、始まらないのだ。前もって誰かに自分の靴を渡さねばならない。つまり、誰かを招待しなければならない、ということだ。

 しかし、それがわかっても探す気は起こらない。なぜなら、カヤがパーティの様子を思い浮かべたとき、カヤの仮面をはずしてくれた相手の顔ははっきりと浮かんでいたからだ。

 和幸くんと一緒に……。

 そう考えただけで、カヤは顔が熱くなるのを感じた。


「誰か、よさそうな人はいる!?」


 砺波が、キラキラとした瞳で見つめてきた。カヤは、「実は……」と言いそうになったが、あることを思い出して思いとどまった。そういえば……と、砺波を見つめ返す。トナミ、という名前を聞いて嫌な予感がしたのだ。今朝、和幸はよく泊まりに来る女性がいることをほのめかした。自分は、和幸からその女性の服まで借りた。その女性の名がトナミだ。珍しい名前だし、カイン。偶然、同じ名前ということはないはずだ。つまり、この目の前にいる子が、和幸の彼女ということもある。

 カヤは、砺波から目をそらした。


「それは、いない……かな」


 気づくと、そんな嘘をついていた。面と向かって聞く勇気がでなかった。少なくとも、泊まりに来るほどの親密な関係だ。具体的にどれほど親密か、なんて話されたら……とても、耐えられそうにない。

 そんなこととはつゆ知らず、それを聞いた砺波は、ばん、と自分の胸に手をあてた。


「大丈夫よ!」

「え?」

「私が紹介してあげる」

「……」


 目が点になった。カヤのそのときの表情は、まさにそれだろう。思わぬ展開になってしまうのではないか、という不安が電撃のように体を走った。今からでも心当たりはある、というべきだろうか。でも、誰だ? て聞かれたら? 和幸くん、と答えて、私の彼氏だから無理よ、なんて言われたら? そんな自問自答のような葛藤が頭の中をかけめぐった。結局、砺波が次の言葉を言う前に、対策を練ることはできなかった。


「今夜、あいてる?」

「!」


 砺波は、カヤの両肩をつかみ、迫るように質問した。ノーとは言わせない、そんな圧力を感じて、カヤは思わずうなずいてしまった。


「よかった。いい奴がいるのよ。丁度、彼女ほし~って騒いでたから、今夜にでもデートしな」

「あの、砺波ちゃん……」


 このままじゃ、本当に後戻りできないことになる。カヤはあわてて砺波を止めようと口をひらいた。 だが、砺波が人に気配りするような人間ではないことを、カヤはまだ理解していなかった。砺波は、聞く耳ももたず、新たな恋愛に首をつっこめることに意気揚々としていた。カヤの意見は、元から聞く気はないのだ。


「大丈夫、大丈夫。イケメンだし、紳士だし。背も高いの。カヤにはぴったりだと思うのよ」

「砺波ちゃん、待って。私ね……」

「とりあえず、会ってみなって。ね、お願い!」

「え」


 砺波は、ぱちんと両手をあわせ、カヤを上目遣いで見つめてきた。


「お願い、お願い、お願い」

「……」


 こんなに必死に、お願い、と言われては……カヤに断ることはできなかった。一方的ではあったが、砺波とのショッピングは楽しかった。こういう関係を、できるのなら続けたい。そんな感情がうまれているのにカヤは気づいていた。ここで断って、砺波が気を悪くしたらどうしよう。そんな不安が心の端っこにひそんでいる。友情、というものにあこがれている自分がいた。

 カヤは、苦笑いで、ただうなずいた。


「きゃ~~~、ありがとう! これで、あいつに借りが返せるわ」

「……え?」


 そんなことは聞いてないぞ? とカヤは思って、目をぱちくりさせた。借り? それは、一体何の話なんだ?

 そんなカヤの視線に気づき、砺波は、あはは、と照れた笑いを見せる。


「実は、この前の『おつかい』のとき、間違ってそいつを撃っちゃったのね」

「は?」

「暗くて、見えなかったのよね」


 ちょっと待って、とカヤは思った。『おつかい』のとき?


「その人も、まさかカインなの?」


 砺波はけろっとした様子でにこりと微笑んだ。


「そうよ、嫌?」

「え?」


 聞かれて頭に浮かんだのは、やはり和幸だった。


「嫌なわけない」


 気がつくと、はっきりとした口調でそう言っていた。それは、和幸へ向けた言葉だったが、それを砺波が知るわけもない。カヤがこの話に前向きなのだ、と勘違いし、さらに調子に乗り始めた。


「じゃ、ばっちりね。曽良(そら)には予定あけさせるから、心配しないでね」

「そら?」

「そいつの名前。松尾芭蕉の弟子の名前からとったんだってさ」


 松尾芭蕉の弟子? すごいセンスの持ち主だな、とカヤは思った。

 そういえば……疑問がうかんだ。カインの名前は誰がつけているのだろうか。彼らはクローンだという。両親といえる人はいるのだろうか。でも、こうして藤本を父と慕っている以上、そういう存在は感じられない。そもそも、家族といえる人はいるのか。和幸は、藤本という姓を名乗っているし、藤本は子供達を一人で育ててきた、と言っていた。名前も藤本さんがつけているのだろうか。それとも、『創られた』ときに、誰かに名前を与えられるのか。カヤはそんな疑問を抱いていた。本当は、そんなことを考えている場合ではないのだろうが。


「これから、楽しくなりそうねぇ」


 恋のキューピッド気分にすっかり浸っている砺波は、背伸びをしてそう言った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ