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終焉の詩姫  作者: 立川マナ
第二章
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ガールズトーク -上-

「これ、かわいくない?」


 砺波ちゃんはそう言って、黄色いビスチェドレスを体にあてて私に見せた。ふわふわな胸元に、スカートはドレープチュール。かわいいお姫様みたいなドレスだ。あどけなさが残る可憐な顔の砺波ちゃんには、よく似合いそう。私は、力強くうなずいた。


「よく似合うと思う」

「そう? ありがと」


 実際は、私の意見は求めていないのかもしれない。砺波ちゃんは、軽い調子でそう答えると、ドレスを元の場所に戻し、違うドレスを観察し始めた。

 私は、砺波ちゃんと買い物に来ている。電車に乗って、都心の大型ショッピングモールにやってきた。ついて早々、このモールの名前を確認する暇もなく、砺波ちゃんは私を中へと連れ込んだので、私は今、自分がどこにいるのか正直把握していない。たまに、フロアの地図がおいてあるけど、砺波ちゃんはそれを見る時間すら許してくれない。立ち止まろうとすると、「なにしてんの?」と腕をひっぱられる。女子高生のショッピングはこういうものなのかな。すごく……情熱的。

 寂しい話だが、女の子とこうしてショッピングに来るなんて、小学校ぶりかもしれない。私は、中学校にはいってから、段々と同性に嫌われるようになった。理由は分からない。何かしたつもりは全くなかった。急に、「ちょっとかわいいからって」という言葉をよく耳にするようになり、冷たい目で見られるようになった。こう言うと自意識過剰にきこえるかもしれないけど、私は何をやってもうまくできた。自分でも不思議なくらいに、なんでもできてしまう。だから余計に、反感を買うことが多かったのだ。


「カヤ? なに、つったってんの? やる気あるわけ?」

「え?」


 気づくと、砺波ちゃんが腰に手を当てて私をにらんでいた。


「ごめん」


 私……いつのまにか、感傷にひたってたみたい。


「ここのドレス、いいのないわ。次、いくわよ」


 そういうと、砺波ちゃんはまた私の腕をつかみ、ずかずかと店を出て行った。

 私はひっぱられながら、私の腕をつかんでいる砺波ちゃんの手を見つめる。こうして腕をひっぱられてお店をまわるのは、私にとって新鮮で、すごく楽しいことだった。自然と笑みがこぼれていた。私は、ずっとこういうのに憧れていたんだ。


「あ、あれ、かわいくない?」と、突然、砺波ちゃんは立ち止まる。「シャトー」という名前のドレス専門のお店だ。店の奥に展示されているミントグリーンのドレスを砺波ちゃんは指差した。


***


 砺波は、展示されているミントグリーンのカクテルドレスをまじまじと見つめていた。オーガンジー生地のふんわりとしたスカートには紫の花びらの刺繍がちりばめられている。砺波は一目ぼれした。

 その隣で、カヤはただ突っ立っていた。こんなドレスばかりの店に入るのは初めてで、落ち着かない。


「ねえ、砺波ちゃん」と、カヤは、このモールに来てからずっと疑問だったことを聞こうと決心した。


「なに?」

「なんで、ドレスなの?」


 その言葉に、「は?」と砺波はきょとんとしてカヤに振り返る。

 二人がこうしてモールに来たのは、カヤの私服を買うためだった。あわてて家を出ることになったカヤを察した藤本は、砺波に一緒に服を買いに行くように頼んだのだ。

 だが、来てからというものカジュアルな服を見ることは一度もない。別にそれが不満なわけでもなかったが、あまりにもドレスを真剣に探す砺波に、カヤは単純に聞きたかった。


「パーティがある、て言ったでしょ」


 さも、当たり前かのように自信満々に砺波はいいきる。だが、実際はそんなこと一言もカヤに告げてはいない。ここに来る電車の中でも、砺波はずっとクラスの男子の悪口を言っていたし、モールに来てからは目に入る店を次から次へと厳しく評価していた。だが、そう言っても、砺波は気にも留めないだろう。カヤはそう悟ると、ただ苦笑いをうかべる。


「パーティって?」


 遠慮がちにカヤがそう聞くと、砺波は目を輝かせた。よくぞ聞いてくれました、といった表情だ。


「うちの高校のクリスマスパーティよ」

「クリスマスパーティ?」


 でも、あと二ヶ月も先じゃない、とカヤは思った。


「そう。うちの高校は、学園祭とかはへぼいんだけどさ、その代わり、クリスマスパーティはすんごいのよ!」

「そうなの?」


 ずっときついことばかり言っていた砺波が、ここまで賞賛するのだ。カヤはそのクリスマスパーティがどんなにすごいのか気になった。

 カヤが興味を示しているのを察した砺波は、オホン、とわざとらしく咳払いをし、まるで演説のように語り始める。


「うちの校長が高校時代、アメリカにいたらしいのよ。で、向こうってプロムとかあるじゃない? 高校卒業のときに、皆でドレスアップしてダンスするやつね。こっちではそういうのないから、それを売りにすれば入学者数あがるんじゃないか、なんていう悪知恵を働かせたわけ。で、はじめたのが、プロムに似せたクリスマスパーティよ。といっても全然違うんだけどね。全学年はもちろん、他校の人も出席していいし、ダンスも皆おそまつだし。

あ、でも、効果はあったのよ。はじめてから数年で入学者数アップ。ただ、女子生徒が男子生徒の二倍になっちゃったんだけど」

「……」


 砺波はハイテンションで一気に話し終えた。カヤは、すぐには反応できずにぼうっとしていた。入学者数アップのためのパーティ? まさか、こんな現実的な話をされるとは思ってもみなかった。もう少し、ロマンティックな話を期待していたのだが。


「毎年、実行委員がテーマを決めるんだけど……」といいながら、砺波は安売りドレスのコーナーに歩み寄る。


「今年は、シンデレラにしたの」

「シンデレラ?」

「そう。子供っぽいけど……」


 砺波は、適当に白いドレスを引っ張り出した。確かに、安売りなだけあって、粗末なドレスだ。生地もさわり心地は悪い。砺波は嫌な顔をして放り投げるように元に戻す。


「それしか思いつかなかったし」

「素敵じゃない」


 それは、社交辞令でもなんでもなかった。シンデレラがテーマのクリスマスパーティ。カヤは見てみたくなった。


「ありがと」


 砺波はかわいらしく微笑み、丁寧にそう言った。


「実はさ」と、声のトーンを変え、砺波はきりだす。「私、実行委員なんだよね」

「そうなの?」

「そうなの」


 砺波は、自慢げに微笑むと、カートに寄りかかった。


「毎年、テーマにあわせてイベントやるんだけど、今年はとびっきりロマンティックなの考えてるのよ」


 化粧品を売りつけるセールスマンのような、もったいぶった怪しい笑みをうかべる砺波。カヤは、自分の胸がときめいているのに気づいた。まんまとのせられているとしても、悪い気はしないだろうと思った。


「女の子は、前もって招待する男の子に、右足の靴を渡しておくの。

 ちなみに、この靴はわたしたち実行委員会が指定します。

 うちの高校のサイトでネット販売する予定。女の子はサイズだけ選ぶことになるわ」

「……」


 パーティに行く用意だけでも大変そうだな、とカヤは思って苦笑した。女子生徒の多い高校だというから、女の子の憧れがたっぷりつまったパーティになるのも当然か、とカヤは納得する。


「で、当日は、女の子は仮面をかぶって登場する。仮面舞踏会みたいにね」


 シンデレラに仮面舞踏会はないのでは、という疑問はカヤはあえて口にしなかった。


「男の子は、仮面をつけた女の子達の中から自分のパートナーを探さなきゃいけないの。こいつだ、と思ったら、持っている靴を履かせる。ぴったりあったら仮面をはずして、そのあとは二人であんなことやこんなこと~」


 きゃーっと砺波は、安売りドレスをひっぱりだし、ぎゅっと抱きしめた。周りでドレスをみていたほかの客が、何事か、と砺波を白い目でみる。その視線に気づいていないわけではないだろうが、砺波は全く気にする気配さえ見せなかった。


「素敵……」


 カヤも、パーティの様子を想像するのに忙しく、他の客の視線など気にならなかった。ため息混じりにそうつぶやくと、実行委員が目をぎらぎらとさせてカヤの腕をつかんできた。


「カヤも参加しなよ」


 砺波は力強くそういった。


「え!?」

「他校の生徒も参加オッケーのオープンなパーティなの。

 ね、クリスマス。二十五日。おいでよ」


 それを聞いて、カヤはハッとする。


「二十五日なの?」

「なに? 予定あんの?」

「私……」と、カヤはいたずらっぽく微笑む。「その日、誕生日なの」

「え?」

「十七歳の誕生日」

「……だから?」


 誕生日、ときいて、だからなに、という人も珍しいだろうが、砺波はそういう子だった。

 だが、今回ばかりは、的を射ている。カヤはしばらく考え、そう思った。誕生日は、本当なら両親と過ごす。毎年、何かと盛大に祝ってくれた。今年も何か、企画していただろうが……今となっては、どうなんだろうか。カヤの気持ちは沈んだ。今更、両親と誕生日にわきあいあいと過ごすのは想像もできない。今年ばかりは、誕生日だから何かある、というわけではない。


「ちょっと、考える必要ある?」という、呆れた砺波の声が店に響いた。静かなクラシックのBGMを消し去る甲高い声だ。


「え……」


 カヤは、我に返った。


「いいじゃない。誕生日を、パーっとウチの高校で楽しんだってさ」

「……」


 砺波はもっていた白いドレスを宙に放り投げた。なんてマナーの悪い客だ。きっと、周りはそう思っているだろう。でも、この無茶苦茶な明るさが、今のカヤにはありがたい気がした。

 カヤはしばらく間をおくと、にこりと微笑む。


「そうだね。いこうかな」

「そうこなきゃ!」


 砺波は、イエーイ、と声をあげ、カヤの腕をつかんだ。


「さ、そうと決まったら、カヤもドレス買うよ」

「え?」


 いきなり、ドレスを買うことになるとは思ってもいなかった。カヤは、お金はどうしよう、と不安になりながらも、砺波にひっぱられるまま、「シャトー」の奥へと進んでいった。


 今年の誕生日は、今までとは違うものになりそうだ。カヤに分かるのはそれくらいだった。カヤの十七の誕生日。今年のクリスマス。まさかそれが、『収穫の日』を意味することなど、知る由もない。

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