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終焉の詩姫  作者: 立川マナ
第二章
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愛という名の神

 朝日がステンドグラスを照らし、様々な色の光が教会にあふれている。藤本とカヤは、最前列のチャーチチェアーに並んで座ってそれを見つめていた。

二人は、ある人物を待っていた。話がおわってから、藤本は一本の電話を誰かにやった。ここに来るように、という内容の電話だった。カヤは誰が来るのかは知らない。和幸以外のカインの誰かだ、ということだけ藤本は教えてくれた。

 待っている間、藤本はたわいもない話をカヤにしていた。ほとんどが和幸の小さい頃の話で、教会にはずっと笑い声が響いていた。

 一通り、和幸の恥ずかしい幼少時代の話をすると、藤本は黙った。あれ、とカヤが藤本に振り返ると、藤本はステンドグラスを見上げていた。その視線をたどるようにカヤもステンドグラスに目をやる。

 ステンドグラスには聖母マリアと幼子キリストが描かれている。青い衣をまとって赤子を抱く聖母マリアの頭上には、輝く白い鳩が羽ばたいている。


「そういえば」と、カヤはずっと疑問だったことを口にする。「どうして、ここを選んだんですか? ここって、カインノイエの事務所、なんですよね」


 すぐに返答はなかった。藤本は、カヤを見ることもなく、しばらくステンドグラスを見つめていた。何かを懐かしく思い出すような表情だ。


「ここがまだ教会だったころ、ここの神父がわたしに言いました」

「え?」


 やっと藤本が口を開いたかと思えば、質問とは程遠い答えが返ってきた。いきなり、何の話かとカヤは目をぱちくりさせた。


「神は『愛』なのだ、と」

「愛?」


 カヤは、そんな風に考えたことはなかった。斬新だな、と思いつつも、どういう意味なのだろう、と首をかしげる。

 藤本は、ただステンドグラスを見つめて、言葉を続けた。


「この世に愛がある限り、人は救われるのだ、と教えてくれました」

「素敵な言葉ですね」


 カヤは、優しく微笑んだ。この二人の様子を今誰かが見れば、二人を仲のよい祖父と孫だと思うだろう。


「わたしも、そう信じたいと思っています。

 だから、ここを買い取ったのです」

「!」

「神父はアメリカの方でした。どうしても帰国しなければいけない事情があり、ここを手放された。だから、わたしはここを買い取りました」


 やっと現実に戻ってきたかのように、藤本はにこりとほほえみ、カヤに振り返った。その表情は、穏やかなカインの『父親』に戻っている。


「深い事情はないのです。ただ、神父の言葉が好きだったからです。

 それに、これは後付かもしれませんが……

 誰にでも扉を開く教会。それは、カインたちにはぴったりな家だと思うのです」

「……そうですね」


 カヤは、複雑な事情があったわけではないことに、内心ホッとしていた。藤本の話にはいつも寂しい物語が隠れている。なにも知らない自分が、軽い気持ちで質問していいのか、不安だった。質問しようとすると、常に、カインの写真をながめる藤本の表情がうかぶのだ。

 だが、今回は違った。暖かい話だった。カヤは、安心したように微笑んでから、目をつぶった。


「愛がある限り、人は救われる……」


 カヤの透き通るように澄んだ声が教会に響き渡る。カヤは宗教にかかわったことは今までなかった。教会に入ったのも、これが初めてだ。これからはいろうという気もない。だが、その言葉は、素直に信じてみたいと思った。


 そのとき、ばたん、と扉が開く音が教会の後ろから響いた。驚いてカヤと藤本は振り返る。


「お待たせ~、ぱぱ!」


 今にも下着が見えそうなスカートをひらひらとなびかせながら、セーラー服を着た少女はモデルのように中央の通路を堂々と歩いてくる。胸まであるウェーブのかかった黒髪が、ふわふわと歩くたびにゆれた。清楚で幼げな顔に、その大人びたウェーブはミスマッチしている。


「急に呼び出してすまないね」と、藤本は立ち上がり、カヤもあわてて立ち上がった。

 その頃には、少女は二人のすぐ近くまで来ていた。にこっと微笑む唇のグロスが、朝日できらりと輝く。


「ユーアーウェルカム」と、ランダムな英語を言いながら、少女は藤本の前で立ち止まった。カヤはその間も、彼女のミニスカートの動きが気になった。下着が見えはしないか、と心配で仕方がない。


「その子? 電話で言ってた、紹介したい子って?」


 少女は、藤本の隣にいるカヤを見やる。カヤは、「初めまして」と言おうと口をあけたのだが、それを少女の甲高い声が邪魔をした。


「その服!?」


 いきなりそう叫ばれ、カヤはびくっと体をこわばらせる。

 少女は、カヤに近づくと、服をまじまじと見つめた。


「あの?」

「どこで買ったの? 私も同じの持ってるんだけど」

「え?」


 カヤはその言葉にハッとした。もしや……と思った。この服は、自分のではない。この服は……


「もしかして、トナミ、さん?」


 おそるおそるカヤはたずねた。そう、これは和幸から借りた服だ。和幸は言っていた。よく泊まりに来るトナミという人物の服だ、と。

 少女は、その言葉に、服をチェックするのをやめて、カヤを真正面から見つめる。


「そうだけど? あなた誰よ?」

「彼女は神崎カヤさんだ」


 相変わらずの勢いの砺波に苦笑しつつも、藤本は横からそう言った。その名前に、砺波は「は!?」と声をあげ、藤本に振り返る。


「なんで? 神崎カヤって、確か……」


 そこまで言って砺波は、あわてて口を閉じた。「確か、和幸が騙して近づいてる女でしょ?」そのセリフは、事情が分からない今は、リスクが高い。もしかしたら、今も騙している最中かもしれない。

 和幸に、カヤに近づけ、という『おつかい』を伝えたのは砺波だった。恋愛とは無縁の和幸がこの『おつかい』をどうこなすのか、砺波は気になって仕方がなかった。それからというもの、自分の『おつかい』でもないのに、しつこく和幸に進展を聞いていたものだ。そのせいで、神崎カヤはまるでドラマの登場人物のような感覚で、まさか、自分が本人に会うとは思ってもみなかった。

 砺波は落ち着かない表情で、じーっとカヤを見つめる。その様子に、藤本は、ははは、と笑い声をあげた。


「大丈夫だよ、砺波。彼女は全部知ってる」

「知ってる?」


 それはそれで、おかしなことだ、と砺波は思った。騙しているのを知っていたら、騙せないじゃないか、と。


「どうなってんの?」

「事情がかわったんだよ」

「……ふーん」


 砺波は、カインの中でも、特に藤本への『信仰心』が強い。藤本が言うならば、それでいい。疑問などいらない。そういう考えの持ち主だ。今回も例外ではない。藤本が、事情が変わった、というなら、それでいい。彼女にとって、問題なのは……


「で、私に何して欲しいの?」


 それだけだった。


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