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終焉の詩姫  作者: 立川マナ
第一章
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kaya 1:1

 トーキョーの高級住宅街に佇む一軒の屋敷。そこは、万全のセキュリティと雇われた大勢のボディガードで固められた要塞となっている。何のためにそこまでのセキュリティが必要なのか、少女は常に疑問に思っていた。

 新しい制服に袖を通し、鏡を見つめた。そこには、あきらかにこの国――ニホン――の人間ではない娘がいる。くっきりとした顔立ち。ぱっちりとした目。浅黒い肌。どう見ても、中東の出身だ。

 少女は鏡を見つめながら、左手で自分の髪をぎゅっとつまんだ。つい最近ばっさりと切った髪は、もう肩にふれることはない。斜めに流すように分けている前髪も、眉までしかなく、視界を邪魔することはなくなった。確かにすっきりした。気分転換に髪をきったのは正解だったかもしれない、と彼女は思った。だが、それでもまだ足りない。きっと、何を試しても心のもやもやは消えることはないだろう。少女はふうっとため息をついて、鏡から目をそらした。


「カヤ? 準備できたの?」


 急に、ドアのむこうからノックとともに声がした。カヤはあわててバッグをとり、ドアにかけつける。


「はいはい! すぐ行く」


 ドアを勢いよく開けると、そこには三十代半ばほどの女が立っていた。きりっと凛々しい目はアイラインで強調され、少しやつれた頬にはうっすらと桃色のチークが塗られている。首や耳、手首、指、いたるところに宝石を身につけ、厚い唇に塗られた紅と同じ色のワンピ—スを身にまとっている。


「おはよう、お母さん」

「新しい制服もよく似合ってるわね」


 母親はカヤを誇らしげに見つめた。カヤは自分が彼らの実の娘でないことは知っていた。でも、だからといってなにか不満を感じたことはない。満足していた。彼らは親として、充分以上のことをしてくれていた。愛情も注いでくれている。だが、彼女のどこかで何か納得できていない部分があった。自分は何者で、どこから来たのか。そして……


「どうしたの?」母親はぼうっとしているカヤの顔をのぞいた。

「え、いえ……今度の学校では…うまくいくかな、て」カヤは廊下の窓から外を見つめた。

「もう、誰にも呪われてるなんて言われたくないから」


 母親はハッとして、カヤに振り返る。カヤは落ち込んだ表情でうつむいている。


「カヤ……かわいそうに」せつない表情で、カヤの頬をなでる。「あなたは呪われてなんかいない。何度も言ったでしょ。ただのストーカーなのよ」


 カヤは母親の優しさが身にしみた。だが、同時に申し訳なかった。


「そう。そして、何度も引っ越したわ。私のわがままで……」

「カヤ。気にしないでいいの。私たちはあなたにとってベストの環境を与えたいの。それだけなんだから」


 本当の娘でもない自分に、どうしてこの両親はこんなにも親切なんだろう。カヤは、胸があつくなった。自分は充分幸せだ。だから、わざわざ両親に自分が何者かなんて聞く必要はない。そんな失礼なことはできない。カヤはいつもそう自分に言い聞かせていた。

 でも、心のどこかで、それでも真実を知りたい、という好奇心がうずいているのは隠せなかった。


「さ、初日から、そんなしけた顔でどうするの?」母親はカヤのおしりをたたいた。

「ちょっと、お母さん?」


 カヤは母との友達のような関係が好きだった。母親は私服とは思えないドレスの裾をあげ、階段をおり始める。


「朝食がさめるわよ」


 母の後姿を眺めながら、カヤはまた窓の外を見た。


「お願い。今度こそ、そっとしておいて」


 自分でも、誰に言っているのか分からなかった。でも、それでも、『誰か』に言いたくて仕方なかった。今度こそ、なにもしないで、と。

 カヤは母親の後を追うように、階段を降り始めた。

 一階には、朝食のいい香りが漂っている。カヤが横を通り過ぎるたびに、屋敷のガードマンたちが頭をさげていった。カヤはそのたびに、おちつかない笑顔を見せた。物心ついたときからこんな感じだ。何度もやめて、と頼んだが無駄だった。さすがに慣れたが、好きになれない。


「カヤ! おはよう」


 丁度、テーブルにつこうかというときに、父親が新聞を手に部屋にはいってきた。


「新しい制服だね。よく似合うな」

「あら、カヤには何でも似合うわよ」


 両親はにこやかにカヤをほめた。


「もうやめてよ。恥ずかしいな。私も、あと半年で十七なんだし。子供じゃないんだから」


 その言葉に両親は、ハッとした。その妙な雰囲気に、カヤも手をとめた。


「……なに?」

「え、いえ」母親はひきつった笑顔で、キッチンのほうへ逃げるように去っていく。

「どうしたの?」おそるおそるカヤは父親に聞いた。父親も、作り笑顔を顔にはりつけていた。

「さあ。なんだろうな。カヤ、初日に遅刻はよくないぞ」


 父親は思い出したかのように席を立ち、トイレへと去っていった。残されたカヤはぽかんとしながら、卵焼きを口に運んだ。


「誕生日に何か企んでるのかな。まだずいぶん先なのに」


***


 カヤが学校へ出かけ、朝食の片付けがおわったダイニングで、カヤの母親は一人、座っていた。メイドが用意した紅茶には目もくれず、深刻な面持ちで電話を見つめている。

 時計の針が八時を刻み、鐘がなるとともに、電話が鳴り始める。母親はあわてて電話をとった。


「もしもし!」


 受話器の向こうの声は、しばらく何も言わない。


「カヤは学校に行ったよ」母親はせっぱつまった声をしぼりだした。

「そうか」受話器の奥の声は、静かにそう言う。

「もうちょっと私たちを信用してくれてもいいんじゃないの?」母親の声は、ヒステリックに近くなっていた。

「あんたが何を企んでいるのか知らないけどね。余計なことされると、こっちもやりにくくなるんだよ」


 受話器からはなにも聞こえない。母親は落ち着かないため息をはいた。


「あんたのことは、ストーカーってことにしてる。頼むから、もう余計なことはしないでちょうだい! あの子があやしんだらどうするの?」


 相手がなにも答えないのをいいことに、母親は責め立てる声を一層荒立てた。


「あの子にバレたら、困るのはそっちもなんでしょ?」

「愚かだな」受話器の向こうの声は、やっと一言だけそう言った。

「な……なによ?」

「約束の日、無傷で健康なカヤを渡すこと。条件はそれだけだ」

「!」


 冷たい声に、母親は寒気がした。


「また明日、連絡する」


 電話はあっけなく切られた。母親は呆然と受話器をもったまま固まった。じわじわとなんだか気持ち悪い感情が沸き起こってくる。


「なんなのよ、この男は」


 母親は、おもいっきり受話器を床にたたきつけた。

 その音に驚いて腰がぬけそうになったのは、忘れ物を取りに戻っていたカヤだった。


「なに……今の電話?」

 

 自分が震えているのが分かった。

 カヤは学校へ行く途中、上履きを忘れたことに気づいた。あわてて取りに戻り、水だけ飲もうとダイニングに立ち寄ろうとしたのだった。しかし、まさか、こんな会話を聞くことになるなんて。カヤはぎゅっと自分のひじを握り締めた。


「お嬢様?」


 呼ばれてカヤはハッとした。いつのまにか、そこにはメイドが立っていた。


「てっきり、もう学校にいかれたのかと……」

「え、ええ。上履き忘れちゃって」カヤはあわてて、右手にもっている上履きをみせた。

「遅刻じゃありません?」

「大丈夫、これでも足は速いから」


 言いながら、メイドの腕をひっぱり、ダイニングから遠ざける。とりあえず、母親にあの会話を自分が聞いていたことは隠さなきゃいけない。カヤはそういう気持ちにかられていた。真実を知りたい気持ちと、それを恐れる気持ちがうずまいている。

 逃げるように玄関から飛び出すと、心臓の鼓動がおどろくほど大きな音をたてているのを感じた。深呼吸をすると、カヤは走り出した。

 とりあえず、遅刻はさけよう。カヤが冷静に考えられるのはそれだけだった。

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