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終焉の詩姫  作者: 立川マナ
第二章
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藤本という男

 カヤはそのまま十分ほど待った。ステンドグラスをしばらく眺めてから、昔は教会として使われていた場所を見渡した。

 教会に行くという習慣がこのトーキョーで一般的だとは到底いえない。無論、だからこそ、この教会はこうして売り払われてしまったのだろうが。

 なぜ、藤本がここを事務所として選んだのか、カヤには興味があった。もしかしたら、この教会が、当時、安い良い物件だっただけかもしれない。だが、それにしてはこの場所は、教会としての姿を保ちすぎている。単に、安い物件だっただけなら、教会をそのままの形にして残しておくだろうか。全てをリフォームしてもっと事務所らしくしたほうが効率的だろう。

 それに……と、カヤはチェアの背もたれを人差し指でこすった。やはり、予想したとおり、指にほこりはついてこなかった。そう、この教会はとてもよく管理されている。掃除もされているし、キャンドルも新しい。

 藤本は、個人的にここを教会として使っているのだろうか。もしかしたら、藤本はクリスチャンなのかもしれない。それならすべてに納得がいく。

 カヤがそんなことを考えていたときだった。ギイッと木製の古いドアが開く音がし、和幸と……そして、薄い白髪頭の高齢の男が現れた。


「お待たせしましたね、神崎カヤさん」


 朝日が、男のくっきりとしたしわを強調させた。深くきざまれたしわに、濃い影がおちている。

 カヤは、ゆっくりと立ち上がり、頭を下げた。考える時間は必要なかった。この男こそ、藤本だ。和幸の親代わりであり、カインのリーダーだという男。カヤはすぐに判断した。


「あ、いやいや」と、藤本はカヤが頭を下げるのをみて、あわてて駆け寄ってきた。「そんなことはしなくていいのですよ」


 カヤの肩に手をおき、藤本はにこりと微笑んだ。その笑顔は、とても裏世界で子供たちを束ねている男とは思えないほど優しさに満ちている。カヤは、ぽかんと、藤本を見つめていた。


「わたしは、藤本マサルといいます。マサルはね、カタカナで、マサルです」

「え……あ……私も、カタカナでカヤ、です」

「はいはい、存じ上げておりますとも」

「……」


 カインのリーダーと聞いて、カヤはいろんな想像をめぐらしていた。カインは『殺し屋』だという噂も聞いていたから、そのリーダーなら強面の大男かもしれない、とも思っていた。それが、出てきたのは、しっかりはしているものの、物腰が柔らかく、おっとりとした優しい年配の男だ。

 予想とちがう藤本に、カヤはどう接すればいいのか分からず、ただただぽかんとしていた。


「えっと……」という和幸の声が教会に響き、カヤはそういえば和幸が藤本の後ろにいるのを思い出した。


「じゃあ、俺は学校に行ってくるから」

「そうだな。遅刻はよくない」


 藤本は、カヤの肩から手を離し、くるりと和幸に振り返った。


「カヤのこと、頼むな、藤本さん」

「ああ、分かっているよ」


 和幸は、少し心配そうにカヤに目をやった。和幸自身、藤本のことは誰よりも信用しているが、カヤにとっては藤本は見知らぬ男。それを考えると、カヤをいきなり藤本と二人きりにするのは気がひけるのだった。


「一時間目だけ出て、帰ってくるから」と、和幸はカヤに言った。

「こら! 事情は分かるが、学校をさぼるのは……」

「じゃ、いってきます!」

「おい、和幸!? 神崎さんは大丈夫だから、ちゃんと学校は……」


 『カインといえど、学業はおろそかにするな』というのが、藤本の教えだ。あんなことを言えば、小言が始まるのは安易に予想できた。和幸は、藤本の言葉に耳を傾ける様子もなく、逃げるように教会から飛び出していった。

 残された藤本は、「やれやれ」とため息混じりに微笑んだ。

 和幸が勢いよくあけた扉が閉まる音が教会に響くと、藤本はカヤに振り返って微笑んだ。


「では……神崎さん。少し、奥でお話をしましょうか」

「あ、はい」

「こちらへ」


 藤本に促されるまま、カヤは、さっきまで和幸がいた奥の部屋へと向かった。

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