おはよう
しつこく繰り返される耳障りな音――それが鳥のさえずりだと気付いて、俺は目を開いた。最初に入ってきたのは、まぶしい光。思わず、もう一度目を閉じて、瞼を押さえるように腕を置く。
なんでこんなにまぶしいんだ? いくら朝でもここまで直接光に襲われることなんて今までなかったんだが。それに、気のせいか、腰も痛い。
とりあえず、瞼を開いて身体を起こす。が、やはり妙だ。休養を取ったはずの身体が、どうも重い。まだ疲れがとれていないみたいだ。
あくびをしながら頭をかき、不意に違和感に気付く。――風景が違っていた。いつも、朝一で見る景色じゃない。
ぐるりと辺りを見回して、ようやく自分がソファに乗っていることに気付いた。
「なんで、ソファに?」
しかも、しっかりと毛布まで持ってきている。俺は腰に巻きついている茶色い毛布をつかんで、小首をかしげた。これは真冬に使う供えの毛布。なんでこんなものを引っ張り出してまで、こんな寝心地悪いところで寝てたんだ? 仮眠でもとったんだっけ?
意味が分からねぇ。てか、思い出せない。
とりあえず、壁にかけてある時計を見ると、まだ七時。学校には八時にでれば間に合う。
しばらくぼうっとして、眠い目をこする。
もう少し寝よう。俺はのっそりとソファから立ち上がってベッドへと向かった。
***
和幸は、見事に寝ぼけていた。
一夜であまりにいろいろありすぎて、頭がオーバーロードでもしてしまったかのようだ。元々、寝起きがいいほうではないこともあって、彼は夕べのできごとを丸々忘れていた。
ベッドで二度寝をしようと、まるまっている毛布をはがした。なぜ、毛布がふっくらともりあがっているのか。そんなこと、寝ぼけている和幸には気にもかからない。
眠る準備に入っている瞼は、すでに半分ほど閉じている。和幸はあくびをしながら毛布の中にはいり、ベッドに横になった。
妙に暖かいな、と思った。湯たんぽでも入れっぱなしにしていたような暖かさがこもっている。もしかして、明け方に寝ぼけてソファに移動でもしたのだろうか。そんなことを、ぼんやりと頭で考えていた。
「……おはよう」
聞き覚えのある声がした。それも、すぐ近く。
和幸はふと目を開けた。
目の前には、女性の顔があった。二、三度、目をぱちくりさせ、じっくりとその顔を見つめる。しばらくそうして、見覚えがある、と思った。
だが、なぜ自分のベッドに女がいるのだろうか。和幸は意味が分からず顔をしかめた。
それもただの女じゃない。浅黒い肌に、彫りの深い顔立ち。まるでこの世のものとは思えないほど、美しい――と、その瞬間だった。電流でも走ったかのように身体中がしびれたような感覚に襲われ、一気に目が覚めた。和幸はぎょっと目を見開いて、
「カヤ!?」
***
俺はあわててベッドから飛び出した。
「カヤッ!!」
と、なぜか、名前しか口にでない。
か……かっこわるすぎだ。というか、最悪だ。
そうだ。夕べ、カヤは俺の部屋に泊まったんだ。それで……ベッドを貸した。――どうやったら、そんなこと忘れられるんだよ!?
「カヤッ……あ……の!」
悪い、寝ぼけてた。
そんなこと言って通用するのか? いや、事実なんだけど……ありえないだろ!
カヤはそんな俺と対照的に、落ち着いた様子でむくりと起き上がると、顔を赤らめて微笑んだ。
「はい」
カヤは、まるで出席確認のようにはっきりと返事をした。
でも……なんで、この状況で、『はい』なんだよ?
***
お、驚いた。何かいきなりまぶしくなったと思ったら……目の前に、和幸くんが。
どうしようかと思った。まだ……ドキドキしてる。胸が熱い。頭がぼうっとするのは、単に寝起きだから、じゃないよね。
『気にしないで』とか言えばいいのかな? 『大丈夫だよ』? わ、分かんない。
和幸くん、パニクっちゃってるし。とにかく、私は冷静にしてなきゃ。なんでもないフリしないと……。
でも……『はい』は、流石に変だったかなぁ。
「和幸くん、あのね……」と、私は彼を落ち着かせようと声をかけた。でも、それが余計に和幸くんを焦らせてしまったみたいで……
「天気、いいなあ!」と、和幸くんは不自然に急に叫んだ。
「……そうだね」
私はとりあえず、相槌を打った。