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終焉の詩姫  作者: 立川マナ
第一章
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『パパ』からの伝言

 昼休みになって、やっとその話題がでてきた。

 このクラスになって話すようになった平岡が俺の席に近づいてくる。


「なあ! 転校生だってよ」


 平岡は、噂話が大好きな奴だ。野球部みたいな頭して、ガタイもいいのだが、スポーツとは全く縁がない。女みたいに噂話をひろってきては、こうして俺に報告しに来る。会って一週間で、ちょっとした三神さんみたいな奴だな、という感想をもった。もちろん、三神さんほど腹黒くはないけど。


「転校生?」


 正直、そこまで興味があるわけでもない。それよりも、早く売店でメロンパンでも買いたかった。

 話に興味があるふりをしながら、立ち上がり、とりあえず平岡をそのまま売店へと誘導する。


「隣のクラスに入ってきたんだってよ」


 どうも、よく聞くセリフだ。


「パンでもくわえて遅刻してきたのか?」

「ははは、なんだよ、それ」


 教室から出るとき、アンリとすれ違った。アンリは、親友のコトミと夢中で話しこみながら教室へ入っていく。


「超きれい! モデル?」


 アンリは、いつもの甲高い声ではしゃいでいる。

 俺はいつのまにか脚を止めていた。


「どうした、藤本?」


 平岡が俺の背中にぶつかってそう言った。


「いや……」興味がないふりをそのまま続けながら、平岡に聞く。「で、転校生って?」


 その言葉に、平岡の目が輝いたのがよくわかった。

 売店へ行くまで、何人かがやはり転校生の話をしているのを耳にした。しばらくは、彼女の話題でもちきりになるだろう。平岡の情報だと、彼女はイラン人。完璧な容姿と頭脳で、前の学校でも注目の的だったとか。転校してきた理由は、親の仕事の関係。

 だが、実は、彼女にしつこく言い寄ってきた男たちが、何者かにボコボコにされ、病院送りにまでなり、学校から追い出された……なんていうホラ話も校内をめぐっていた。転校してきた数時間で、ゴシップの餌食だ。


「きっと、彼女のストーカーかなんかだよ。そいつが、ほかの男たちをボコボコに……」


 そのゴシップに見事に振り回されているのが、この平岡という男。

 しかし、そこまでのうわさを作り上げるほどの女性とはどんな美人なのか。悔しいが、確かに興味がでてきた。


「それで」売店で、どのパンを食べようか一通り目を通しながら、平岡に言う。「その子、名前は?」


 平岡が、うれしそうに微笑むのが目の片隅で見えた。そして、次の瞬間――


「かーずゆき」

「え?」


 いきなり、誰か(・・)が背中から俺を思いっきり突き飛ばした。俺はそのままバランスを崩して、パンの山に顔をつっこむ。平岡の笑い声と、まわりの嘲笑が聞こえてくる。

 俺には犯人の目星がついた。あの調子のよいきゃぴきゃぴ声と、後先を考えない浅はかな行動。

 パンから顔をぬき、勢いよく振り返る。そこには、やはり彼女がいた。


「へろー、和幸」


 自分のせいで俺が笑いものになったことをまったく自覚していない。俺は、自分がひどいひきつり笑顔になっているのに気づいた。


砺波(となみ)、どういうつもりだよ?」


 彼女の名前は、砺波。俺と同じ、カインの一人。

 またパーマをかけなおしたんだろう。胸まである黒髪は、どっかのお嬢様みたいにくねくねカールしている。髪型だけみれば大人っぽいのだが、こいつはいわゆる童顔、てやつだ。本人はそれを嫌がっているんだが。そんな幼い顔立ちは、『守ってあげたい妹』タイプ、てところかな。こいつをなにも知らない奴が初めて見たら、清楚な和風美人だと思うだろう。ま、その勘違いもこいつと会話していけば、すぐに消え去るだろうけど。


「どういうつもりもなにも、『パパ』から伝言預かってきたのよ」


 周りの目も彼女に集中している。そりゃそうだ。彼女のセーラー服は、他の女生徒のブレザーとまったくの別物なんだから。だが、それよりも注目を集めているのは、彼女のあまりに短いスカートかもしれない。

 平岡が俺の隣できょとんとして立ち尽くしているのが分かる。


「伝言ってなぁ、電話すればいいだろ。ちょっとこっちこい」


 周囲の目が気になって、俺は砺波を下駄箱のほうへとひっぱっていく。


「ひどぉい。せっかく、こうして会いに来てあげたのに」

「会いにこなくていい!」俺はめんどうくさそうにため息をついた。


 砺波はそんな様子にかまうことなく、不満そうにふくれっつらをしている。


「どうしてそういう寂しいこと言うかなぁ。最近、全然会ってなかったから、こうしてわざわざ学校にまでおもむいて……」

「だから、学校に会いに来る必要ないだろ、て」


 彼女は、カインの中でも緊張感と慎重さが大いに欠けている人物だった。ノリと気分で行動し、エンターテイメントを優先する危なっかしい女だ。


「それで、藤本さんからの伝言って?」

「そうだった、そうだった。まずはじめに、携帯、『実家』に置き忘れてるから取りに来い、て」


 そこで、俺ははっとした。そういえば、携帯がない。ここで、砺波がずっと俺をからかっていたことに気づく。俺に会いにきた? 携帯がないから、直接言いにくるしかなかったんだろ。

 ちなみに、『実家』というのは、俺たちカインの中でつかっている暗号だ。俺たちカインの隠れ家。あの教会を改装した事務所のことを意味している。そして、彼女が言う『パパ』というのも、藤本さんのことだ。

 ほとんどのカインは、藤本さんのことを、『父さん』とか『親父』と呼ぶ。俺は、どうもそれが心地よくなかった。藤本さんには、もちろん感謝している。俺の父親代わりであることは確かだ。だが、それでも、本当の父親ではない。どうしても、それをゆずれなかった。


「そんで、次は」砺波は急に真剣な表情になり、声を低くした。「『おつかい』よ」


 俺は、はっとした。『おつかい』は、つまり、カインの仕事を意味していた。藤本さんからの指令である。

 砺波は、真剣な表情のまま、話をつづける。


「ここの学校に、人身売買を斡旋している疑いのある(・・・・・)男の娘がいるの」

「え?」

「彼女に近づいて、その男の情報を探って」


 俺はそれを聞き、あわてて砺波につめよった。


「ちょっとまてよ。どういうことだ、それ?」

「分からない? 女を利用してスパイしろ、てことよ」


 はっきりと言う砺波には、どこにもうしろめたさは感じられない。藤本さんの『おつかい』に、ひとつの疑いもないのだ。


「そんなことできるかよ。男の家に潜入して調べればいいだろ」

「馬鹿ね。そう言ってるんでしょ」

「は?」

「娘と仲良くなって、家に招待してもらうのよ。そしたら、堂々と入り込めるでしょ」


 入り込めるでしょ、てな。当然のように言い放たれても……。


「今回は複雑なのよ」と砺波はため息を漏らして、腰に手をあてがう。「その男が、全ての黒幕だっていう保障がないの。だから、こっそり調査したいの。――分かる?」

「つまり、しばらく、監視下で泳がせたい、てことか」

「そういうこと」


 なんとなく、理由は理解した。そいつが十中八九、トーキョーの人身売買を牛耳っている黒幕なら、さっさと始末すればいい話だ。だが、まだその確信はない。だから、その確信をとりたい。もし違うなら、せめてその黒幕にたどりつくヒントを得たい。


「でも、それなら、こっそり盗聴器とかハッキングとか仕掛ければ……」

「それができれば楽なんだけど……その男の屋敷は、もはや武装地帯なの。簡単には入り込めないのよ。まずは、内部の構造と、屋敷のセキュリティシステムを調べる必要があるわ。

 だ・か・ら」言って、砺波は俺を指差した。「まずは、お色気作戦よ」


 俺は口をあけたまま、立ち尽くした。砺波は、俺がなにも答えないのを気にすることもなく、当たり前のように話を続ける。


「女心は私に任せて。アドバイスしてあげる」

「ちょっとまってくれよ。俺は、そんなことでき……」

「できる、できないは聞いてないわよ」砺波は、するどい視線を向けた。「『パパ』がそういうなら、やるだけよ。分かる?」

「……」


 藤本さんは、俺たちカインにとって絶対的な存在だ。俺たちの命を救ってくれた恩人。俺たちを育ててくれた親。俺たちに生きる使命を与えてくれた……神だった。藤本さんは、絶対だ。


「分かってる」


 俺は静かに言った。


「よし」


 にこりと微笑んだ砺波に、さきほどの冷たい雰囲気は消えていた。


「それで……その娘って?」


 俺は覚悟を決めて砺波を見つめた。砺波は、ウェーブのかかった長い髪を右手ではらうと、はっきりとした口調で答える。


「神崎……神崎カヤよ」


 神崎カヤ。その名前に、聞き覚えはなかった。


「神崎カヤ、ね」

「確かに、伝えたからね?」砺波はそういうと、まるでおもちゃのような腕時計を見た。「さて、そろそろ私も戻らないと。遅刻しちゃう」


 砺波の高校は、ここから電車をつかって十分ほどいったところにある。そこまで急がなくてもいいのだが、あわただしいのは砺波の特徴だ。


「それじゃあ、また『実家』でね!」


 砺波はローファーに勢いよく足をはめ、こちらに手を振りながら校舎からでていった。


「相変わらず、嵐みたいな奴だなぁ」


 とりあえず挙げた手をぶっきらぼうに振りながら、俺はつぶやいた。

 砺波が去って、教室へ戻る途中、売店をちらりと見た。メロンパンは売り切れだった。「砺波の奴……」と、俺はぼそっとつぶやいた。


          *          *           *


 教室で、やきそばパンを一口食べて、俺はすぐにそれをふき出した。


「うわ、きったねぇ」

「なにやってんのよ、和幸」


 平岡とアンリが叫んだ。俺は、むせながら、とりあえず水を口に含んだ。しかし、パンが変なところにはいって、せきがとまらない。


「神崎カヤだって?」


 かろうじてしぼりだせたのは、その一言だった。

 アンリは、怪しい視線を俺に向けた。


「なぁに、和幸。あんた、女の子に興味ないのかと思ったら……ちゃっかり、チェック済みってこと?」

「そんなんじゃねぇよ」


 そんなことより、と俺はアンリにせまる。


「神崎カヤが例の転校生なのかよ?」


 俺の言葉に、平岡もアンリもきょとんとしている。


「何言ってんのよ。そこに反応したわけ?」


 俺は愕然とした。

 当然のことだけど、この二人にこの重要性はわかるまい。神崎カヤが例の転校生? つまり、前の学校を追い出される(という噂が流れる)ほどの絶世の美女?


「冗談じゃねぇよ」


 俺は頭をかかえる。そんな女をだまして、家に招待されるまでの関係になれ、ていうのか?


「和幸、変ね」


 アンリは、俺の様子に首をかしげた。まあ、自然な反応だよな。一方で、平岡は興味津々でアンリを見つめる。


「で、アンリ。何、たくらんでるんだ?」

「あら、分からない?」アンリは、ふふふ、ともったいぶった笑顔をみせた。


 彼女まで何かまきこむつもりなのか? 俺には大事な『おつかい』があるんだ。勘弁してくれ。しかし、そんなこと言えるわけはない。とりあえず、俺の『おつかい』の邪魔にならないような企画にしてくれ。俺は心の中でそう祈っていた。

 アンリは腰に手をあてがい、クラスを見渡した。


「神崎カヤは、今度の文化祭の劇に参加しまぁす」


 アンリの声はクラス中に響き渡った。


「……は!?」


 クラス中がざわついた。特に、男連中が顔色をかえたのは言うまでもない。平岡はたちあがり、アンリの手を握り締めた。


「まじか?」

「ほんとよーん。もう許可とったもん」

「すっげー。俺、俺も参加する」


 その平岡の言葉を皮切りに、ほかの男連中もアンリの下へ集まってきた。


「俺も俺も」「まだ、役あいてる?」なんていう下心丸見えの言葉を口々にとなえている。


 見事に、アンリの術中にはまりやがって。俺はそう思った。


「あんたは映研所属なんだから、強制的に参加よ。ありがたく思いなさい」


 アンリは罠にかかった男たちを軽くあしらいながら、俺にボソッと言った。


「え」


 平岡が、横で俺ににやついた。


「やったな! これで、神崎カヤとおちかづきになれるぜ」

「なにを、くだらな……」


 くだらないか? 俺は、はっとした。そうだ、これはついてるかもしれない。初めて、アンリに感謝した。


「なあなあ、こういう言葉知ってるか? 文化祭ラブ」平岡は、両手で器用にハートマークをつくって俺に見せてきた。俺は鼻で笑った。


「くだらない」

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